タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: 忘れられない人々
1971年4月、山手線の大塚にあった「武蔵予備校」の授業が始まった。

3人掛けの背もたれのないベンチに座る。肩が触れるほど狭いので、お互いに話さない方が不自然だ。

右隣は、都立白?高校出身の伊藤、左は広島大学付属高校出身の山田といった。伊藤は、ちょっと世を拗ねたようなところがあり言葉ずかいが荒かった。山田は坊主頭の髪の毛がやや伸び始めた感じでいつも目を細めてニコニコと明るいタイプ。

その後、ガチガチの右翼系の山田とはだんだんと距離ができてきた。成績もいつもトップクラスで、私なんかにしてみると眩し過ぎる存在。伊藤とは、いろいろな面で肌が合った。

「メルボルンに5年半になります。来年の2月に帰国します。日本の建設会社に就職が決まりました。」
予備校時代からのこの友人伊藤の一番末の息子さんが、メルボルンの大学を間もなく卒業、日本に帰国すると挨拶に来た。私たちが予備校で出会ったのは19歳だった。息子さんの年頃だ。

あの硬い、痔にならないとおかしいくらいのベンチに腰掛け授業を受けた日々から40年。いろいろと、次の世代の方々に、いろいろと引き継いでいく時が来ている。

らくてんCIMG1107.jpg

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Last updated  2011年12月20日 16時02分06秒
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