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[画像・enormous prawns in saffron coconut curry・vij's cookbook]和製カレーはどうやら邪道であるらしい、と薄々気付いたのは大学時代。毎夏家族と一緒に行く高原キャンプに、大学の友人が数名一緒に来てくれた。この家族とのキャンプの献立は子供の頃から毎年そっくりそのまま同じ。最初の晩は必ず母の和製カレー。友人には予め断っておいた。「和製カレーって、板状のルーで作ってあって、こってりしてて、バズマティやタイ・ライスみたいにあっさりポロポロのご飯じゃなくてしっとり日本米で、子供の大好物だったりするしアタクシも大好きなんだけど、もしかしたら本当は『カレー』と呼べないかもしれない。」案の定、和製カレーをお皿に盛られた皆は不思議そうな顔をしていたが、親友のPがいいことを言った。「これって、美味しいよ。『これはカレーだ』と思わなければいいんだよ。」なるほど。ムーミンが持っている数冊のインド料理の本では、どのレシピもまずカレー粉の調合から始まる。スパイスを小さなフライパンで煎り、香り高くなったら専用のスパイス・グラインダーで挽く。その時ナツメグを丸ごところころ入れている時もあるし、カルダモムの皮を一生懸命剥いている時もある。アタクシが一番衝撃を受けたのはエチオピアン料理のカレー。大学時代に初めて食べた時は数日続けて夢に出て来たほど美味しかった。連れて行ってくれたのはどっきり美男の先輩だった。ご両親お二人とも大学教授なだけあり博学で知慮深く、おまけにトライアセロンを飛び入りでこなしてしまう程のスポーツマンで、実はこの場で交際を申し込まれてしまったのだがアタクシはそれよりも料理に夢中だった。 ごめんね~ さすがに食いしん坊のアタクシを釣るには胃袋から、とたくらんだのだろう。エライ。インジェラという布の様な薄いパンを大きなお皿一枚に一杯に広げ、シチューに似たこてこてのとろとろに煮込んだカレーをちょっとづつその上に並べる。ヤギのシチュー、レンティルのシチュー、スパイスで真っ赤な鶏肉のカレー。そしてインジェラをちょっぴりづつちぎり取り、それで具を摘んで頂く。初めてだと右手ベトベトで顔中シチューだらけになってしまうのだが、それがまた楽しかった。あぁ。書いてるだけで食べたくなってしまう。二番目に好きなのがインド北部、ムガール帝国風のクリームたっぷりの優しいカレー。三番目はやっぱりタイのグリーン・カレー。でも何よりも嬉しいのはムーミンが作ってくれる真心のこもった複雑なカレー。なぜカレーを作るのにお鍋やフライパンが七つも八つも必要なのだろう。ムーミンが料理するとなぜ台所中が竜巻に遭った様になるのだろう。毎回なんとなく笑ってしまう。
2007.08.11
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ぺろん。ボクより大きく見えるんだけど。今回は丸ごとB女へのプレゼント。時々彼女と共同購入して半分づつにするのだが、彼女はすぐ切らしてしまう。洋館では半分の2.5キロでも使い道に悩んだり、ずぼらなアタクシはそのまま忘れてしまっていたりするけれど、B女は高級チョコの声が聞こえるのだそう。家にあると「B女~~食べて~~私を食べて~~」としつこく呼ばれるそうだ。端からちょっぴりづつ削ってかじったり、どっさりクッキーを焼いたり、チョコ・ケーキを焼いたりしているとあっという間になくなってしまうらしい。世界中で一番の好物なのだそう。死刑の前の最後の食事だったらチョコ三昧、という。洋館でも時々ムーミンが破片をぼりぼりしていたりする。「買うのはいいけど隠しといて!困るから!」と叱られる。これが和菓子だったらアタクシもアブナイのだが、幸いチョコだとそうでもない。B女とアタクシ、しばらく前にお揃いで「チョコ・チッパー」という熊手のお化けの様な、拷問工具の様な、不気味なモノを買った。それまでこの巨大なチョコの処理に頭を痛めていたのだが、チョコ・チッパー+金槌で解決。ムーミンの好きなチョコ・モカ・クッキーを焼こうかな。フォンデュ・パーティーにしようかな。春になったら、ゆっくり融かして、熟れたイチゴをトプンとつけて、お呼ばれに持って行こうかな。
2008.01.17
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子供の頃、一度だけ日本に遊びに帰った夏、確か11歳だった。その時、武芸の先生曰く、折角日本に行くんだから日本の道場で練習させてもらってきなさい、という事で妹Jと二人、ある道場で数日間お世話になった。その短い期間、都内の伯母の家にお世話になり、近くの銭湯に通う事になった。女子が少ないのはどこの道場でも同じらしく、そのおかげかもしれないが気さくで楽しいお友達がすぐできた。嬉しかった。Oちゃんは饒舌で明るくて、アタクシ達は三人でげらげら大笑いをしながらぺちゃぺちゃおしゃべりをしていた。だがアタクシ達を毛嫌いする男子もいた。「へー、おまえら日本人じゃないの、へー、不気味ぃー」とせせら笑っていたのだが、その後稽古中に妹とアタクシに立て続けにコテンパンにされ、むっつりと黙り込んでしまった。ごめんね。今度は「あいつら、女じゃねぇ、バケモノ」とアタクシ達をちらちら見ながら気味悪そうにひそひそ話している。もうその頃は日本でバケモノ扱いされるのは慣れて来ていたのであまり気にならなかった。明日もまたあの子達と稽古なのか、と思うとちょっと気が重かったが、その晩初めて銭湯に行く事になっていて、その上、じゃああたしも!とOちゃんも一緒に来てくれる事になって、妹Jもアタクシも嬉しさと緊張とでわくわくどきどきしていた。伯母と一緒に到着すると、Oちゃんが脱衣所(?)で待っていてくれた。嬉し恥ずかしの初銭湯。皆の前で脱ぐのも、そのままお風呂場へ行くのも、なんだか恥ずかしい。その上、日本で人との距離の取り方に戸惑っていた。間合いが狭い。「隣」に立つのでも座るのでもとんでもなく近く感じる。だがそんなささいな事でさえ日本独特の共同体制に入り込ませてもらっている気がして嬉しかった。大きな湯船に感動し、すぐ飛び込みたかったけれど、まず身体を洗う事になっているのよ、と伯母に教わり、シャンプーを泡立てていた。とにかく初めてなので全部見よう見まね。でも他人を見習おうにも裸の人をジロジロ観察するわけにもいかないので伯母の真似をしたり、隣の知らないお姉さんのする事をちらり、ちらり、と横目で見たり。「あの一番あっちのお風呂はすんごく熱いから入らない方がいいよ」とOちゃんに教えてもらったり。その時だ。「えぇ~~~っ!?なんでお前がいるんだよ!?」アタクシを怒鳴りつけているのはなんとあの男の子だった。アタクシ達をバケモノ呼ばわりした、あの子。もちろん、その子もアタクシもすっぽんぽん うそ~~~。なんでよりによってこんなヤツとお風呂に入らなきゃいけないんだ。第一なんで女湯に男子が入って来てるんだ。小学低学年ならまだしも、11歳、12歳となるとモノスゴク嫌だ。「そうなの~、こいつまだお母さんにつれられてこっちに入ってるの~、やだね~ 」とOちゃんが朗らかに言うのだが、アタクシは隠れるべき?逃げるべき?湯船に走るべき?いやそしたらおシリが見えちゃう...?明日の稽古はどんな顔をして行ったらいいのか?それより、今週毎日稽古の後の銭湯でこの子と一緒なのか? げんなり。「女の子らしさ」の微塵もない事を誇りにさえ思っていたアタクシだし、「女じゃねぇ」と言われてもふふん、と鼻で笑っただけだったのだが、やっぱり嫌いな男子に見られて平気ではないと言う事はやっぱりどこかちょっぴり女の子らしさが宿っているのかもしれない。それをよりによってこのイヤなヤツに思い知らされ、今思い返しても悔しい。因に翌日、皆何もなかった素振りだった。それは何もなかったふりだったのか。それとも気にしていたのは本当にアタクシだけだったのか。 それにしても、いつかまた日本で混浴を経験する事はあるのだろうか。
2008.03.20
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