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生前に息子と父とは心が通い合わないものなのか?! 息子は父親を精神的に殺して自分なりの生き方をしていくのか。 息子は父から精神のリレーを生きているうちにできないのか。 フロイトが論じたエディプス・コンプレックスも古沢平作が唱え小此木啓吾が普及させた阿闍世コンプレックスも、私の精神を分析するには、役立たない気がします。 自分なりに自己分析や社会分析を試み、何を父から精神のリレーをするか… 蕾が膨らみ少し開花し始めた牡丹に、どことなく心がひかれます。
2007.04.27
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白から青紫へ彩を変える山紫陽花の何と美しいことか…少しずつ…いつのまにか…
2007.05.24
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白いナデシコが夕暮れ時の陽射しを浴びて気持ち良さそうに咲いています♪
2007.05.31
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温かな陽光を浴び開花した二輪の白いリンドウを接写してみました♪我が家の庭には、同じく白いダイモンジソウも咲いています。接写して気がついたけれど、この白いリンドウには小さな斑点があるのですネ
2007.11.24
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白いホタルノフクロは、先日、吉備中央町山中へササユリを見に行ったときに山道に咲いていました。我が家の庭にも咲き始めています♪ふっくらした感じが愛らしい…白いホタルノフクロは楚々として品がありますネ
2007.06.08
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松島巌さん(コアガラス作家)は存在そのものが繊細で深みのある作品です♪アライグマが主人公の四コマ漫画「ぼのぼの」シリーズがお好きで貸してくださり、クスッと微笑む細やかな世界を好まれるんだぁ…と想いました。エジプトやメソポタミアというより色彩感覚は「平家納経」の日本的な美がお気に入りだそうです。 大原美術館に展示されていた児島虎次郎コレクションの退色した素朴な質感のコアガラス作品を御覧になり、これなら自分でも作れるかもしれない、と洋酒の緑色のガラス瓶を中学生の実験で使うようなガスバーナーで溶かし、昼のアイビースクエアーの美術教室のスタッフの仕事を終えた夜の10時から深夜1時頃まで、制作に時間をあて、この時間的制約が、34歳で勤めを辞め、終日連日作品作りに専念できた時の喜びやエネルギー源になった、と仰っていたのも印象的なお話しでした。
2010.08.12
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毎月第三日曜日の午後に「男のコミュニケーション」講座が11月18日から2007年度後期スタートです♪チラシを関係方面へ持参して新たな参加を呼びかけ中です。 昨日うかがったエピソードですけど、山陽新聞文化家庭部の記者さんが離婚問題に詳しい人へ取材した話しによると、妻を部下のように扱う夫に関係破綻するケースが多いそうです。こんな夫さんにも参加してほしいなぁ…グループワークメニューの詳細などはメンズリブサポート岡山のHPを御覧くださいますか。
2007.11.07
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この絵は色彩が誠に美しい、ところが手の仕草と眼差しが正気ではない… 「狂態を見まして、これは一種の天国だと思いました」 「これでも狂人かしらと思われるほど常人と変わらない人も、目を見るとすぐ解りました」 「『智恵子抄』は光太郎の贖罪のうた」は『魔女の論理』へ収録されていました。 エポナ出版から1978年に出された初版本のサブタイトルには、「智恵子は発狂せざるを得なかった」とあり、学陽書房から1996年に出された文庫本のサブタイトルでは、「智恵子は精神に異常をきたした」と書き換えられています。 私には初版本の目次のサブタイトルの方が、文庫本よりも、狂うことによる解放感が伝わってきます。 「私も現在の絵三昧の境に没入することが出来るようになるまでには、死ぬる程の苦しみを幾度もいく度も突き抜けて来た」と「絵三昧」『青眉抄』において松園は述懐していました。 「狂うことによる解放感」と「死ぬる程の苦しみ」とは、紙一重の心境の違いに想えます。 初版本も文庫本も、この「『智恵子抄』は光太郎の贖罪のうた」の結びは、「智恵子の悲劇は現在のもの」と書き換えられていません。この駒尺喜美さんの論考が「現在のもの」とは、「今や大衆化して一人一人の女たち男たちの継続課題になっている」と私には読めます。 つまり、私と連れ合いとの継続課題でもあります。 なかでも「僕等」の詩の解釈が圧巻です。 「「自分の痛さがあなたの痛さ、自分の快さがあなたの快さ」なのであって、逆は絶対に詠まない。「あなたの痛さがぼくの痛さであり、あなたの快さがぼくの快さ」には絶対にならない」 この箇所は、常に私の頭の片隅でリフレインして、普段の暮らしの何気ない修正的な行動原理になっています。そして、福沢男性論研究で見つけた「お互いに」「相互に」といった「人間世界に最も大切なること」すなわち「レシプロシチ(reciprocity相互性・互恵性)」という言葉の内容と呼応しています。 今日は連れ合いの誕生日です。 投稿したら、この後は、連れ合いの足や肩などをもんで私も寝ることにします。 最小の共同性である、家族や夫婦などの関係は、論じるもの、というより、何よりも営むもの、とシミジミ呟かれた故柳原佳子さん(家族社会学者)の言の葉が今も私の心のなかで生きつづけています。
2006.12.03
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