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『ブログ』っつーのはタダが当たり前である.僕は最初『goo』でブログを始めて,つぎにここ.楽天ブログ.こんな刺激的な執筆活動ができるブログというものに,僕は一銭たりとも払っていない.実は他にもこっそり立ち上げたブログもあるのだが,なんとなく居心地の悪い場所や人けのない場所からは遠ざかってしまう.それは人生のあらゆることに共通する.(^^)長らく更新を止めている自分のブログが,いまだ変わらずネット上に存在しているのをみると,嬉しくもあり頼もしくもある反面,恥ずかしくもあり..こんなのがどこかのサーバーをいつまでも占拠することで,電気や燃料を無駄に消費しているんだなぁ..と思うことがある.僕たちがキーボードを叩いた跡形が,水や空気と同じように,いつまでも永遠に遺っていくということは,やっぱ有り得ないよなぁ..とフッと思うことがある.gooから楽天に乗りかえたのは,1.とにかく常連の読者(たいていが顔見知り)から離れた場所で文章を書きたくなった2.いろいろな機能がついていて自分なりのアレンジがきく楽天ブログがカッコいいと思った..という理由からである.しかし楽天に移ってずっと感じていたことがある.楽天という企業が身内だけを囲うような姿勢であり,基本的に排他的であること.楽天ブログに不道徳な輩,例えば全く非生産的な無秩序ハンドルのエロサイト活動を規制する姿勢が見えないこと.これらの迷惑コメントを拒否する手間が,ここ数年全く改善されないこと.挙げ句の果てに,自分が使用しているプロバイダさえも拒否せざるをえないハメになったこと.こういう理由で,移り気な僕は,もうここを引っ越さずにはいられなくなったのである.無論どこの運営企業であろうと慈善事業でやっているわけではないし,エロでも何でも食うために色々と努力しているのは人間として尊いという気持ちもあり,僕なんぞの些末な煩わしさは,彼らの営利のために致し方ない範囲であるのを承知である.それで住所を変えたところで,どこにでも鬱陶しい輩は避けようがないのも承知である.ま,要するに『引っ越したい気分』になっただけのことだ.これを機会にまた新しく,気の利いた『カテゴリー』でも作って楽しもうかな.引っ越すにあたって,新しい居場所を,前回と似たような手法でこのページに残すことにしよう.(ただし数日あとになります)今回は誰かを拒否するためではないので,ちょっとした簡単なパズルを解くような感じを,皆さんに楽しんでもらえるようにしたいと思っています.エロサイト運営者でも,そうまでして僕のブログを追いかけたいのならば,それはそれで歓迎.あなたは貴重な(奇特な)僕の読者だ.今からここに対するコメント拒否は全て解除します.(もちろん不逞なものはその都度削除!)あー..断っておきますが,新しい場所でも内容は全く進化していません(^^;ではいずれまた!
May 11, 2009
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本日,大阪の病院で飲酒後であったにもかかわらず分娩を扱ったという報道があった.ようやくこの問題にメディアと世間の目が入るのかと,万感の思いである.厚労省は早速,『飲酒しての医療など言語道断.飲酒運転よりもはるかにタチが悪い』などと見解を発表したようだ.ごもっともな意見でまことに痛快.非常に気分が良かった.これを機会に是非,酔っぱらい医師によってなされる夜間救急医療を断罪して,抜本的な解決を図ってもらいたいものである.僕が医者になった頃は,大学病院でも当直医が晩飯を食いに行くといって近くの居酒屋で酒を飲み,そのまま病院に泊まっていたということが,ほんの数年前まで当たり前であったと聞いた.『今ではそんなことしたら即刻クビだよ』と言われ,ホッとした記憶がある.まったく今から思ってもトンデモない話であるが,当時は医療不信やら医療崩壊やらが表面化する以前であったので通用しただけのことである.国もメディアも今回の件を大々的に取りあげて,是非とも医療界と世間の感覚に変革をもたらすことを望む.救急医療に携わる医師は,たとえ勤務外であっても飲酒などもってのほかである.でなければこういうことになる.外科医に緊急オペの呼び出しの電話をかけると,この医者は家で晩酌をしているとのこと.飲酒手術など言語道断なので,外科医は出動を断らざるを得ない.こういう医者は,一年365日の断酒を継続することが出来ないので夜間は全く役にたたない.即刻クビである.ある医者は酒をやめられないからと,緊急手術など全くない平穏な病院に転職した.ある日の夜.いつものように晩酌をたしなんでいたが突然夜勤のナースから電話が鳴る.『先生.担当の入院患者さんのことで聞きたいことがあるのですが..』電話とはいえ,医師が患者の治療に関して報告を受け指示をするのは立派な医療行為である.だから彼は,『ゴメン.僕はいま飲酒中なので話は聞けないし指示も出せないよ』とある病院では,恒例であった忘年会やら送別会をしないことに決めた.院内の外科なり産科なりの医者がまとまって飲み会に参加するなど言語道断である.他科の当直医ならいるが外科のことは分からない.外科の患者で問題が起きたら外科医に聞けと電話をしたところ,外科医全員が職場の飲み会で飲酒中であったとしたら話にならない.だいたい職場の飲み会など,グダグダと上司や部下の愚痴を聞かされるだけなので,なんの意味もないし,これが禁止されるのなら万々歳である.国内だろうと海外だろうと学会に行った際は,酒を飲みながらの交流など論外である.自分もそうだが相手も医者だ.お互いいつ病院から電話がかかってくるかもしれない.スライド発表では表現しきれない名人の極意は,午後のティータイムで聞かなければならない.なんと爽やかな学会だ.僕が研修医の頃は,10時間以上もかかるオペなんかがあると,その日のうちには帰れなかった.たいてい手術が終わって先輩医師に居酒屋に連れて行かれる.そこでその日の手術の復習をさせられて,あの時のお前の鈎の引き方が悪かっただの,結紮が遅いだのと,余計な話を聞かされたものだ.さんざん酔っぱらって日付けが変わろうかという時間帯に,先輩と二人で酒の臭いを隠すべくマスクをして病室に行き,患者や家族を起こさないようにこっそりとバイタルやドレーン,傷の具合などを確かめて,ようやく解放される.解放されたといっても病院でシャワーを浴びて当直室で寝て,早朝のカンファレンスまでのつかの間の休息であるだけだ.これからの研修医はこういう馬鹿なことからは解放されるだろう.酒を飲んでしか外科医の魂を伝えられない馬鹿な先輩医師は世間から駆逐される.勤務時間内にシラフの先輩から真の外科医のあり方をキレイな言葉だけで学べるようになるのだ.『ノミニケーション』が無ければ成り立たないような殺伐とした病院は淘汰されるだろう.僕個人にしても,病院の慰安旅行で尻をさらけ出すような機会とも縁を切れるし,歓迎会や送別会で後輩や看護師たちの愚痴を聞かなくて済む.なにより後輩にオゴる経済的,時間的負担も無くなる.いつも家で,ちょっともう一杯とウィスキーをグラスに注ぐ僕をチラリ目線でたしなめる嫁さんの苦労も無くなる.もっとちゃんとした夫婦の会話もできるだろうし,そっちの方が生産的かもしれない.とにかく勤務時間外でも一滴も飲めないのだから,これは酒をやめるしかない.酒を飲めなくても人生を上手く運べる体質にならなければならない.そうなれたら,たるんだ腹がへこんで嫁さんも僕に惚れ直すだろう.二日酔いとはオサラバで毎朝毎朝がシャッキリスッキリ目覚めがよくなるのもいい.それでももし,僕が酒を捨てられないのならば,医者をすっぱりやめるのはもちろん,アルコール常習者という落伍者のレッテルを貼られてひっそりと生きるのにも悔いはないね.国やメディア,国民には是非このチャンスを逃さず,『一生酒を飲みません』と誓約できる者にのみ医師免許を与え,手術室や分娩室にアルコールチェッカーを導入して酒気帯び人間は入れないようにするというような,明確なシステムを構築する契機とするべきである.
Apr 20, 2009
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先月頃から新興市場の銘柄で久しぶりの『ストップ高』をみるようになった.これ以上下がりようのない株価まで下がった銘柄がごろごろある時世となった.あー,ひさしぶり!そんな鍋底価格の株を買って,そのかわり,この恐慌はまだまだ明けないとの思いから,先物を売っておいた.今朝,開場と同時に携帯メールが鳴り,先物売りがストップロスにかかったことを直感する.今日一日で日経200円高くらいまでは予想していたのだが,300円オーバーとは..久しく休んでいたので,感覚が鈍っていることを痛感する.と同時に,かつて経験した好機の再来の予感.あの時は,気づけばすでに好機の中にいたが,このつぎは,好機が生まれる瞬間から味わっていたい.経営の神様といわれる松下幸之助の言葉,『かつてない不況からはかつてない革新が生まれる.そしてかつてない革新からはかつてない飛躍がうまれる.』いろんな経験をしていろんな話を聞き,いろんな本を読み,自分なりに試行錯誤したが,投資の成否を決めるのは,勘とセンスと度胸と運.これに尽きると思っている.
Apr 2, 2009
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雑誌や新聞の人生相談などで,上司がどうだ..とか彼氏彼女がどうだとか..尽きない人間同士の軋轢に対する有りがちな答えとして,『他人は変わらないけど自分は変えられる』という文句をよくみる.一理あると思っている.最近,特に去年の後半くらいから僕の手術はひとつのヤマを越えたらしい.『死ぬ人はどうやったって死ぬ』そういうふうに心底思うようになっている.そんな自分にはっきりと気づいたのはついこのあいだだが,振り返れば,徴候が出たのはこの一年くらいだろうと思う.外科医15年目にしてようやく,『僕が』手術をしてダメなら,どうやったってこの人は死ぬと確信するに至る.他人にとやかく言われようとも気にならない.そもそも他人にとやかく言われ様がないし.『神様の手術』かどうか,現代の人間業としては完成してきたと思える.最近,超重症の患者を手術するにしても気が楽になってきている.僕が手術をして助からないものは他の誰でも助けられないと確信できるから.もちろん後世のひとからすれば,ひとりよがりの勘違いである.しかし,『僕がオペしたからダメだったんじゃないか..』という重圧から解放されるのは嬉しい.これは,他人が変わったのではなく,僕のなかで僕自身が変化したからである.
Mar 23, 2009
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朝からの長いオペが終わって,医局のテレビとネットのニュースにかじりつく...WBC日韓戦の敗戦は,当然のことながら,当たり前のことながら,どう考えたって,非常に悔しい気持ちになる.しかし..名古屋地裁の『闇サイト殺人』で,三人中の二人に死刑,残りの一人に無期懲役の判決が出たとのこと.この判決理由を読んで,我が意を得たり!と思う.いや,立場が違えば不謹慎と言われるかもしれないが,『素晴らしい』判決だと思った.WBC敗戦の苦汁などは二の次となった.三人全員を死刑にするには,判例からいって無理が出る.エセ人道者から批判のたてられようもある.そこで自首したひとりは無期懲役とした.常識からは考えられない闇のネットワークと動機によって犯された今回の犯罪は,自首が無ければ迷宮入りだった可能性が高い.あまたの明るみに出ないこの類の犯罪が跋扈する社会の中で..かろうじて一人の自首によって明るみに出た.そういうことを評価して,全員を死刑にしない,ということで,『たったひとり』だけ殺した者を死刑にするためのスケープゴートになっている.被害者の親族も犯罪者も控訴をするようだが,僕はこの判決のまま完結することを望む.もし僕が当事者であれば,こいつらには当然に全員死刑を望む.裁判というものが,当事者個人よりも社会に重きをおくことで,もし微塵でも手控えるようなことがあれば,もし僕が当事者であれば,裁判など関係なく復讐に狂うだろう.まったく腹に据えかねる犯罪である.粗い文章で思うままの表現ができていないようで歯がゆい.
Mar 18, 2009
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香川県立中央病院で起きた件に思うこと.メディアでは多くの『なぜ?』が問われる.なぜ単独作業なのか.なぜ絨毛検査などの親子確認を突きつめなかったのか.なぜ公表,説明が遅れたのか.僕はまだ子供をもつ身ではないし,生殖医療には全く素人同然だし,それでも医者として,独身を卒業した一人の男として,僕なりの想像力を駆使して考えてみたわけだ.この件が報道されて最初から覚えた僕にとっての違和感,すなわち僕にとって最も気になるポイント..件の産科医が受精卵を取り違えた可能性(いまだに)を考えるに至ったきっかけ,『男性医師は10月7日に女性の妊娠を確認。しかし、この女性の受精卵はこれまで発育しにくい傾向だったにもかかわらず、今回は妊娠後の経過が順調過ぎたため、作業手順などを点検したところ、取り違えの可能性に気づいたという。』という点.つまり粗っぽく言うとこの産科医は,この女性が体外受精をもってしても正常に妊娠することは極めて難しいと認識しつつ,幾度にもわたって治療を行っていたのではないか..と思わせるのだ.彼はこの患者に対して何度も体外受精を行いながら(あるいは要請されながら),自分の中では『まず成功しない』と思う虚しい作業を続けていたのではないか.ここが僕の最初から最大に気になる点なのだ.医者としてのコメント.惨憺たる状況の産科医にとって最後の聖域&食い扶持.生殖医療にまた『無節操』なメスが入るんだなぁ,ということ.保険診療にとらわれず『ダメもと』が通って,わずかな確率で成功すればそれこそ神様扱いをしてくれる.産科医にとって最後のユートピアに,追い打ちのメスが入るんだね.これで産科医は,医学部生を勧誘する最良の口実がまた失われるわけだ.男として思うこと.それでも彼は,よくぞ世間体や身の安全より『良心』に重きをおいた.記者会見では女性の神経に障るセリフを吐いたりもしたが,それでも人間としては平均点以上である.僕なら,僕だったなら『隠蔽の誘惑』に負ける可能性が大きい.彼は医者として,自分の身よりも『良心』に重きをおいただけで十分に立派である.夫としては,夫としては..まだなりたてなのでコメントのしようがない(^^;訴訟..起こすかな..それ以前に体外受精に踏みきったりするのだろうか..なんともピンとこないのだ.だから僕は産科医にはならなかった.いまのところ正解と思っている.
Feb 23, 2009
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今日も今日とて..緊急オペである.いったい外科医をつづけるかぎり,僕に安息の日はあるまい.医療..特に救急医療の崩壊は顕著に,僕のような,こんなご時世でもなお医局にしがみつくしかない外科医の私生活を直撃する.夜遅く帰宅して妻が言う.『ほんとに毎日お疲れ様だねぇ..いつもアリん子みたいに働かされて..』そういう素直な (しごく常識的な) 評価に実はホッと気がぬける..というものだ.強がった言葉よりも素直な同情が,本当にしんどい人間にはありがたいものである...というわけで件の財務相のあの体たらくね.国を代表する場で単に酔っぱらっていたのか.風邪薬と少しのアルコールと長時間フライトと時差の相乗効果なのか,あるいは真面目に『向精神薬』を服用しなければいけない容態なのか.どんな状況にせよ,今日の僕の状況と比べて,『あー,この人もしんどいな~』と,かなり分かる気がする.哀しいかな.彼はもう,公式の状況であの映像が出ちゃったから,遅かれ早かれ失脚するのだろうけれど.ま,他人事とは思えなかったよね(^^;僕だっていつかあんな体たらくで『酩酊オペ』をするかもしれない.幸い大臣と違って,どんな夜中の緊急オペだろうと,彼のように独りで役目を一身に背負うことはなく,必ず最低二人以上の外科医で人一人の命を背負うわけなのでね.生の映像が流出するわけでもなし(安心はできないけれど).飲酒運転を撲滅する勢いで,飲酒オペを撲滅するキャンペーンを展開してくれたなら,緊急オペの呼び出しを断る理由にもなろうかというものだ.そういう目で,財務相の行く末を追ってみよう(^^;
Feb 16, 2009
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『金持ち父さん貧乏父さん』や『坂の上の雲』のように,僕の人生,考え方,行き方の羅針盤になった書物.以下は僕の独自の書評である.誰も生き方に困る時があるだろう.自分は何のために生きているのか,なにを目指して行くのか.僕を必要としている人は僕の何を必要としているのか,僕は隣のいい人になにを求めているのか,僕は目に入る人のどこに腹をたてるのか.なぜ僕はいろいろなことを素直に受け入れることができず,なぜ僕はいつも頑張っているわりに,いつも幸福感以上に『浮遊である不幸』を呪うのか.スーザン・フォワード著.原題『TOXIC PARENTS』訳者がさんざん思い悩んだあげくの邦題が『毒になる親』という著書.僕が外科医をやる理由とか,僕が投資をやる理由とか,僕がいまとなるまで結婚しなかった理由,僕がそれでも犯罪を犯さない理由,僕が酒を浴びる理由,僕が人と目をあわさない理由,僕のお尻が腫れる理由,僕の椎間板が飛び出た理由,僕が田舎を飛び出て,中途半端に都市近郊にいる理由,ビルの横を三歩離れて歩く理由,肩が触れ合う店を避ける理由,電車はできるだけ指定席をとる理由.できるだけ切らずに癌を治めようとする理由.自分の気分より患者の血圧でその日の晩飯のメニューが決まってしまう理由.スーザン・フォワードはそれを,『あなたが物心つく前からすりこまれた親からの毒である』という.今年初めに僕は自分の親と縁を切って,『僕がひとりで築いた家』に帰り,同じ思いをした人がいるのだろうかと探るうちにこの本に出会った.このさき十年は僕の座右の書となるであろう.最低限僕は,こんな親にはなるまいと思った.このように僕が味わった毒の連脈を,僕の代で終わらせるだけでも,それだけでも僕が居る値打ちがあるかもな.と思った.考えてみれば,僕が物心ついた時から考えていたことではある.
Feb 15, 2009
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成田離婚なんて僕にはあり得ない!なぜなら,そんな短時間でくつがえるような決意で結婚はしない,と思っていたから.ところが実際に結婚が近づいた一年前の僕は,『成田離婚ってのも分かるなー』みたいな..あながち他人事ではない,という気がしたものである(^^;こんなに偏屈で狭量の僕が,一年も自分以外の人間と共同生活をキープできたということは,僕自身軽い驚きである.これはひとえに,僕の『ご飯だけは食べさせる』という能力(職業上の)によるもので,もしも昨今の不況にのみこまれて路頭に迷うようなことがあれば,あっという間に消えてしまう砂上の楼閣だろうとは..全く思わない(^^)ま,そう思うからこそキープされているのである.野郎ばかりの怒濤の焼肉祭りの数日後,彼女を焼肉に誘う.その日の彼女はけっこうハードスケジュールで,きっと焼肉が食べたいに違いない...つまり実は僕が焼肉を食べたかったのが,ふたつ返事でOKをいただいて,ひとり『やっぱりそうだろ!』とほくそ笑む.焼肉を食べる難しさというのは,自分だけが食べたいと思っていてもだめなところで..つまり『今日はなんでもいいよ』という程度の心づもりの人間を焼肉に誘ったところで『焼肉はパス!』と言われることが多々.相応の『肉が食べたい』ハートが相手にもないと成り立たないメニューであることだ.一年前に僕が連れてって好評だった焼肉屋に行く.お互い違った用事もないのだから早めの5時台に入店.これだとたいていの店が予約しなくてもいい席に座れるので楽だ.僕が好きな焼肉店はカウンターがメインで,あれこれ旨い肉があるのだけど『○○牛』と銘打ったようなところではなくて,なんかよく分からんけど旨い肉を出す店だ.『とりあえず生!』を頼んで,肉を頼んだら二人の前にサッと自分たちだけの七輪が置かれる.三十代後半になってからは,そんなに量が食べられないので,注文は厳選しなければならない.理想的には..なんにしてもキムチは頼むので最初に頼んでおく.大根キムチ(カクテキ)は水っぽいので好きではないのだけれど,白菜は欠かせないしキュウリも欲しいのでそれぞれ単品で頼むと腹一杯になってしまうから,しょうがないのでカクテキ入りを承知でキムチ盛り合わせを頼む.あと生レバー(あるいはレバ刺し).まったく!このツルッとした臭みのないレバーを生でごま油で食べるなんてのを考えた人に脱帽だ.ユッケは自分で頼んだことがない.嫌いだから.肉はあとで焼いて食べるのだから,なにもここでネチャネチャする生肉を食べる必要がない.焼きの最初はやっぱり塩タンだ.薄いのをこんがり焼いて食べるのも,サッと炙って食べるのもよい.贅沢にいくなら厚切りタンを表面こんがり,中がほんのり脂が溶ける程度が最高だが.生焼け派の僕は薄かろうが厚かろうが,表面をサッと炙って食べたいところだ.たいていの焼肉の相棒は,僕からすると焼きすぎなのだが,彼らは,彼女らは,さきにユッケを食べるからね.僕はユッケを食べないかわりに塩タンで半生を楽しむ.とはいうものの大人数で焼け残った黒いタンを食べると,これがまた旨くて!『焼肉はサッと焼いてサッと食べる』とする僕の信条などは,所詮グルメ本仕立ての格好つけであることを悟らないでもない(^^;この時点で網には焦げがついていないことが望ましい.しかし残念なことにだいたい薄切りのタンの欠片が燃えているのが,僕のまだ青いところである.小食の僕は次に早速メインとなるのだが,メインは当然ロースかカルビ.残念ながら今の僕は(特に小食の彼女といっしょだと)両方いけない.そこでだいたいロースは断念することになる.カルビは当然,骨付きが望ましい.韓国風にハサミで切らせてくれると,気分はカルビ奉行である.必ず『メスとハサミ使いは俺が一番だから』と好き放題やらせてもらう.骨付きカルビの一番旨いところは骨のまわりの肉だとかで,そこをガシガシ歯でこそぎ落とすのが通だと聞いたことがあるが,あんなのは筋張った『腱』を歯の隙間にはさませて喜んでいるだけだと,僕は思う.だからといってジュワっと柔らかいカルビ肉だけを出されても(ほんとは高級なのだろうが),やっぱ骨付きじゃないとロースと区別つかねーよ!と思うわけだ.メインというわけにはいかないが,必ず頼むのが『ハラミ』で.ハラミってのが実は横隔膜で,分類でいうと内臓系の『ホルモン』に入るものだと知った時には仰天したものだ.脂とタンパク質のバランスと,歯ごたえとフワっとした柔らかさのバランスと,高級さと場末感のバランスと.僕があえて二皿目を追加するとしたらハラミしかない.サイドメニューはキムチで十分なのだが,腹に入った脂肪分を吸着してくれよ!という思いをこめて,サニーレタスとかがメインの,皿にてんこ盛りのサラダを頼むのが,最近の僕の流儀である.いっとき流行ったロース肉をチシャ菜で巻いて食べる..などということは,僕はしない.肉の脂は思いっきりそれだけで,健康を気にするなら,サラダはサラダだけを頬張るのが僕の流儀だ.ホルモン系で必ず頼むのが,てっちゃんである.とある人に教えてもらった食べ方を,このうえない食通のてっちゃんを食す法として信じている.漿膜面,つまり腸の外側の脂がついた面のみを焼き,全体に熱が通って反り返ってきたら,つるつるの粘膜面は焼かずに食べる.『火の通った脂の旨味と半生のヌルっとした粘膜面の食感をもって好しとする』これでどれだけの人を焼肉ホルモンで籠絡してきたことやら(^^)まったくもって僕にはどうでもいいことなのだが,スープはいらない.焼肉といえば『わかめスープが必須』,『テールスープが絶品』は味としては理解はできるのだけれど,僕の体には余分な水分を摂る隙間がないのだ.ところで,何を食べようと焼肉で一番大事なことは,肉を網に乗せるタイミング,網から口にもっていくタイミングである.これが自分流にいけるかどうか.相手のタイミングを尊重できる席かどうか.焼肉のいちばん要のところである.二人でカウンターに座る.キムチと生レバーで生ビールをキューっとやっているうちに,僕たち専用の七輪がピカピカの網をのせて置かれる.二人なら網に乗っている肉は二切れか三切れ.のみ.それぞれがそれぞれのタイミングと焼き加減で肉を頬張る.早食い生焼け派なら,次から次へと肉を焼けばいいが,じっくり仕上げ派なら網の上で自分の肉をチリチリ,チリチリとじっくり仕上げればいい.基本はどちらも,これから自分が食べる肉を焼く.自分が(あるいは相棒が)食べてから次のを焼く,だ次が焼けるまで間があれば酒をチビチビやって,それが待ち遠しいなら,話をするか,半遅れで次をのせておく.だから網の上には二人なら二切れか三切れだ.おのずと円形の網上で僕のエリア,彼女のエリアが決まってくる.しかし性分なのか僕は彼女の網の焦げ具合がいつも目に入るので,彼女のエリアが焦げ付いたならそっと網を回して,火の気の弱い炭の上にやる.これがカウンター七輪網焼きの良さである.最後には..どちらが焼いたのか分からなくなった半焦げの,カルビだかハラミだかよく分からない肉を,自分のタレ皿に避難させて冷めることしばし..どうせこの頃合いには,僕は焼酎の追加追加で『カリッカリ』が欲しくなっているから,カリッカリの肉をザクリと噛みつつ酒を飲み干す.だからいつも,焼肉を食べた次の日には,会計の記憶がないのだ(^^;結局焼肉を食べるようなハイテンションの日には,肉の微妙な火加減や,肉がいいのか悪いのかなどは,はっきり言ってどうでもよかったな!ということになるのだ.一周年乾杯!
Feb 12, 2009
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僕には天敵ナースがいる.その名は ぶーちゃん(僕だけの愛称だ).彼女は婦長や主任のようなお偉いさんではない.しかし彼女はほとほと僕を困らせる.まったく予想外の,『患者の急変』の報せはほぼ必ずといっていいほど『ぶーちゃん』からの電話である.夜中に病院から電話がかかってきて,電話の声が夜勤のぶーちゃんの『すみませ~ん,センセイ..』だと,どんなに寝入っていようと背筋がゾクッとする.どんなに酔っぱらっていようといきなり氷水を浴びたように脳みそに鳥肌がたつ.彼女が電話してくるときは,たいてい僕の患者が予想外のとんでもない『急変』をした状況で,夜中だろうと休日だろうと楽しい飲み会だろうと,心臓の鼓動を意識しながらすぐさま病院に駆けつけるハメになるのだ.彼女はとにかく報告が遅い.できるナースは,患者の容態の小さな変化を察知して,なにかおかしいのだけれど,この状況は翌日の主治医の出勤まで待てる.今夜は外科の先生をゆっくり寝かせてあげよう..とか,すぐにどうこうではないけれど真夜中に急変するような気がするから早めに報告しておいた方がよいだろう..とかを,的確に判断する.ぶーちゃんの報告は,いつも決まってギリギリ..『そうなる前になんでもっと早く連絡しなかったんだ!』である.だからぶーちゃんから電話があると,僕は何はさておきすぐに病院に駆けつけないといけないことになる.まったく恐怖のぶーちゃんコールである.(--;新人時代のぶーちゃんは,彼女の同期の中でもとりわけ見た目が悪くて,見た目にまして口べたで,もちろん仕事のノミコミも悪かった.それが二年も経たないうちに,センスの悪い人間に特有の,妙な根拠の無い自信を得たのか,口べたではなく,口汚いナースになる.新人のぶーちゃんは,ぐるぐる眼鏡に無造作にゴムで後ろ髪をたばね,黒い地肌を隠すこともなく,タダの宴会ではがつがつと鍋をつつき,『私は彼氏とか興味ありませ-ん』などという人間だった(多少誇張気味ね(^^;)昨夜3時過ぎまで救いようのない緊急オペを終え,四時間の帰宅のあといつものように朝から出勤して,いつものように僧侶のようなどっちつかずの微笑での病棟回診のあと.詰所で汚れた手を洗う僕の目の前に..鏡に反射する見慣れない人間がいた.病院には似つかわしくない変に艶っぽい色黒の人だ.そう.ぶーちゃんであった.数日ぶりにみるぶーちゃんは,ぐるぐる眼鏡をコンタクトに変え,ばさばさにたばねた髪の毛をウェーブ&ウェットのショートカットに変え,重たいまぶたを青いシャドウでまとい,そして(ここが肝心),いままでのぶーちゃんは体のわりに自信なさげな小さな声で申し送りなんぞをしていたのが,今日の彼女は堂々と,滑舌のきいた口調で,的確に患者の容態を先輩ナースに伝えている.僕は迷わず(ちょっといたずら心もありで)『眼鏡やめたな.よくなったよ.その髪もいい.どこでコーディネートしてもらったの??』という.その瞬間のぶーちゃんの笑顔は,もはや僕の天敵の顔ではなかった(ような気がする).男心も分かっちゃいない,まして女心など..の僕だから,ぶーちゃんに対する言葉に打算はないつもりなんだけど.たぶん,ひょっとしたら,ぶーちゃんの自分という存在に対する向上心のおかげで,夜中突然の急変の報せが減るかもしれない.と祈りつつ..(^^)だね.
Feb 10, 2009
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民間病院の土曜はいまだに平日とかわらない通常業務である.ただ,土曜は小さな学会やら研究会やらがぽつぽつと開催される日でもあり,ひととおりの仕事が無事に終われば,昼過ぎにに病院を脱出して極力そういう会に出るようにしている.かれこれ五年のつきあいになる今の僕の上司は,夜中や休日の緊急オペに毎度出席させられるかわりに,最近になって土曜は自発的にオフにしたようだ.しかし近所で開催される学会・研究会のたぐいにすら出席しているのを見たことがない.だからいつまでたっても僕は,彼の仕事っぷりには突っ込みどころが満載なのであるあはは!(^^;ま,笑い事ではないのだけれど..病棟のナースにひんしゅくをくらうかなと思いながら,ある土曜,いつものように早抜けして研究会に出席する.大腸癌の化学療法がテーマの会であった.トリの講演は,日本の大腸癌治療のリーダーのひとりである外科医である.抗癌剤については当然のごとく欧米に比べて日本が数年の後進に甘んじているのだが,彼曰く,【手術のレベルが全く劣る欧米のデータをもって日本の大腸癌治療を,抗癌剤治療を論じたところで全く意味がない. マスコミなんかは『なぜ日本の医療は米国と同じことができないのか』などというが,私から言わせれば『なぜ米国は日本と同じレベルの手術ができないのか』と言いたい】と断じたところは痛快であった.書きたくてもなかなかブログにうまくまとまらないのだが,『エビデンス』やら『臨床試験』という大量の人間を動物扱いした挙げ句に得られる統計学的数字でしか日本の医療が成り立たない.こういう風潮に日頃から納得できなかった僕には,聞いてよかった話であった...と同時にこういうことを大っぴらに口にできる立場には,今のままの僕ではとうてい成れまいという嫉妬もある.それから数十分後に全く頭を切り換えて,その日の夜は『焼肉』と『情熱大陸』に思いをはせることになる.
Feb 8, 2009
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温泉やら蟹やら,旅に行って旅館に泊まるとき.僕がいまだに克服できない課題...それは仲居さんに渡す『心づけ』である.いろんな本,雑誌をみても宿代に含まれているから必要なしと書いてあるけれど,なんとなく,心づけを格好良く渡せるようになりたい,あるいはカッコよく渡せる妻になってもらいたい(..丸投げ) と思うのだ.(^m^)ま,これはまだまだ解けない課題.そういえば三十代の前半までは,旅館の夕食は絶対に『部屋食』にこだわった.人目をしのんで顔を合わすのは部屋専属の仲居さんだけ.それも『寒いですねぇ』などと当たり障りのない小話(苦手だが)か沈黙で適当に追いやって,あとは彼女と二人,部屋でしっぽりと旨い飯と旨い酒を味わう..うーん..至福の時である.ちょっとルール違反だが,ときには自分で選りすぐった酒を持ち込んで,仲居さんに隠れながらチビチビとやるのもまた良し.大枚はたいて露天風呂つきの部屋なんぞに泊まるのが,なんとも贅沢をしているゾ的満足感...なのであった.ところが最近は『食事処』にはまっている.だいたい旅館内の低い階にある広~い食事処.いまどきそこそこの旅館であれば『食事処』とはいえ,隣客との間には『ついたて』なんぞを置いて適度な距離をもたせてある.ある一軒で感心したところは,さらに天井から『すだれ』を備えつけていて,食べ物のあげさげの時に仲居さんがサッと開ける.あとは視界を適度に遮る.でも周りの客のざわめきが,会話の内容が分からない程度に適度に聞こえて,他の席で食材が焼ける音とか匂いとか,なんとなく皆の食事の進行具合が垣間見えて,そういう空間で自分も食事をする方が,なんだか楽しいのである.んでさらに,掘りごたつ式のテーブルだったりすると,座敷の部屋食なんかより足が楽でいい(年寄りか!)酒の持ち込みはさすがにできないけれど,だいたい食事処を希望すれば割引サービスがあったりして,まぁコスト的にもつじつまを合わせているつもりだったり.(^^)料理は食事処の方がより出来たてで来るし,酒の追加だって頼みやすい!結婚して嫁さんと旅館に泊まるのに人目をしのぶ必要がなくなったこともあるのかもしれない.べつに独身で彼女連れだからといって人目をしのぶ必要はないのだが,『ちゃんと』付き合っている女性とですら街中で腕を組むのを嫌がっていた,小心者?堅い?僕だからねぇ..(^^;そうか!ふだんの食事が二人っきりが多いから,逆にざわめきの中での食事が楽しいのかもしれない.んで温泉だって断然大浴場がいい.ま,しかしいくらそれなりの値段の旅館でも,場をわきまえない下品で騒がしい老年夫婦(なぜか年寄りに多い)なんぞが視界にちらつくようなときゃ,うんざりするんだけどね..居酒屋でも旅館でも,客層に違和感を感じるところは居心地が悪いものである...
Jan 29, 2009
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〈「人間嫌い」のルール〉という,ある日本人哲学者が書いた本によれば..哲学とは,ある物事の意味をより一層深く考え抜くことなのだそうだ.彼はその挙げ句,僕たち凡人にも分かりやすい偏屈者になり,すなわち家族や隣人,いっさいがっさいの人間関係を絶つ孤高な人間になることを目指して,おおむね達成しつつある..のだそうだ.(そんなに人間嫌いなら本なんぞ出すなよ)と思いながら..ならば僕だって哲学しているのだなぁ..と思った.世間とか自分とかに思いを巡らして,ある熱感をもってこのブログに,書き留めたいことを書き留める時なんぞは,まだまだ深みに足りない.書かない時.いろんな思い,考え,実状が,行きつ戻りつ交錯して,アルコールや暖かい風呂とか体温とか美味しい食べ物や綺麗なものを感じるだけの自分に,自分が存在する意義を見出して,結局考えがまとまらない時にこそ本当に,哲学者のようにどうどう巡りを楽しんでいる時間であるのかもしれない.そして,そういう時にこそ,携帯に撮りためた画像をボンヤリみながら,こうしてアップする.数は少ないが,僕には研ぎ澄まされた友人がいて(友人であったり恋人だったり,妻であったり)それぞれの感性で哲学で,こんな駄文に,それぞれの思いがあるのだという.新しい人間関係を,喜びと感じるのか,わずらわしいと感じるのか.それはその人の感性なわけで.僕は「比較的」わずらわしいと感じる性質なのだけれども,その原因を僕にしか分からない手法でケリをつけた今となっては,『それもまた良し』と思う.いつものことながら,なんだか全く不可解な文章になってしまったけれど,新しい人に,僕の文章が読まれるのかと,改めて過去の記事をサラサラと読んだところ..そんなに悪くはないな.と思った.だから新しい人は歓迎する.あいかわらず..器の小さな男ではある(^^;
Jan 13, 2009
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昨年は途切れたが、毎年恒例の蟹旅行.その年の投資成績が蟹の価格に反映される...ま,今年はこの通り.この画像だけでどう見えるのか分からないけど,仲居さんの『どれも刺身で食べられます』というセリフに心の中で,『?? うまいこと修飾するね』と思う (^^;蟹旅行から帰ると,年末の間の悪いタイミングで,家のメインパソコンがぶっ潰れていた.いきなりの,全く起動せず 状態...仕事のデータは病院のノートパソコンにも入れてあるし,結婚してからのデジカメ画像とかは外付けHDにバックアップを取ってあったので,仕事に差し支えないし,相棒にも小さな迷惑をかけた程度で済んだのだが.最近5年間の,僕のメールやら写真やら..とにかく僕の独身生活最後の個人情報?が吹っ飛んだ.ハードディスクが生きていれば復活するかもしれないけどね.んで,さっそくネットで新しいパソコンを組んでもらって,意外に早く今日の午後届いた.これは記念すべき,ニューマシンでの慣れない初更新である.この数日,ネットもできないし,テレビは..僕の大好きな年の瀬でもさすがに大晦日ともなるとクダラない番組しかなくて..おもむろに昼飯にステーキを焼こうと思い立つ.こないだ,クリスマスプレゼントにと全巻揃えてもらったアベちゃん主演の『結婚できない男』のDVDを昨夜観ちゃったもんね (^^)ひとりで近くのスーパーに買い物に行き,明日の朝飯と今夜のツマミと一緒に,どこ産だか分らない『国産和牛ステーキ用』肉を買う.形は良くないが脂身の少ないやつにする.ついでにイタリアワインも買う.ホントはブルゴーニュが飲みたかったけど,今年の投資がダメだったからやめておく.去年までは,肉が食べたくても家にはフライパンも調味料も無かったからステーキを焼こうなんて思いつきもしなかったけど,今年は..やっぱり違うなぁ.買ってきた肉をしばらく常温でおいておく.片面に,まさに『適当に』塩コショウをしておく.塩やコショウが手元にすぐに出てくる自分の部屋の変貌ぶりをあらためて認識する.サラダは買ってきたまま,プラスチックトレイ.フライパンとフタを出しておいて,ワインの栓も抜いておく.ニンニクを適当に薄切りにして,皿をサッと水にさらしてレンジに入れチンして温めておく.テーブルに,サラダとナイフ,フォーク,ワイングラスを置いといて,フライパンを火にかける.油を少量垂らして,スライスしたニンニクを炒める.油にニンニクの香りがついたらニンニクをあげるが,これに少々手間取って半分焦げてしまったから,結局食べなかった.塩コショウした面から強火で焼いて,焦げ目がついたら弱火にしてしばし..今年はこれまでに2回ステーキを焼いたが,格好つけすぎて(火加減にビビって),生焼けになってしまっていたから..気持ち長めに焼いて裏返しフタをする.焦らずじっくり待って,(というより焼けたニンニクを皿に盛るのにモタモタして)なかなかのウェルダンに仕上がった.最後にワインをぶっかけてフランべ.思わぬ火柱にビビること2秒.ホッとしつつ皿に盛ってテーブルへ..こんな至福の瞬間に,病院から緊急オペの呼び出しが来たら最悪だなぁ~..と,いつもの悪い妄想をしながら,まずはワインを一口.ザクっと肉にナイフを入れる.ほぉ~.なかなか見事なウェルダン.相棒にも食わせるのなら,ここまでは思い切って焼けない.でも香ばしくて旨い!アベちゃんばりに,『フゥーム..ホフ.ホフ..』とかやりながら,野菜もたっぷりとって完食!いつもそうだが,自分だけが食べるために作ったものは,酒も飲まずに一気に喰らってしまう.食べ終わったときに,ワインは1/3程度しか減っていなくて..そうしたら意外に早くパソコンが届いて,以来ずっとセッティングに熱中して,そして今である.飲み残したたっぷりの赤ワインを飲みつつ,いつもと変わらない,どんべえ天ぷらそば(今年はピンそば.ウマい!)を食べて...なんとなく,今年の僕の年末にふさわしい,ひとりの大晦日であった.このまま緊急オペに呼ばれないことを祈りつつ,病院で年を越す僕の患者が,あと数日は元気であることを祈りつつ.明日,田舎に帰ろう.あっ!年賀状のプリントができてない.. (--;
Dec 31, 2008
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今年の8月.僕はハイブリッドカーを買った(プリウスではなくてね).ガソリンが高騰してた時世だったけれど,ガソリン代を安くすまそうとか,そんな気持ちじゃなくて.日本が誇るテクノロジーに,ささやかながら投資をしてみようという思い..プラス,ベンツとかビーエムとかが買える値段で,こんな国産車を買ったという,ま,自分らしい天の邪鬼的なセレクトでもある(^m^)購入後,二週間もしないうちに,ハイブリッドカーが売れて困るので値上げするという発表があり..ハンメルンの笛に踊るネズミの典型のような,僕の上司が『さすがホームズ君.いい時に買ったねぇ』などと言ったのが夏の盛りか..二兆をこえる黒字を出した天下のトヨタが,ひとつ季節を越えただけで,赤字に転落.世間は『恐慌』とか『派遣切り』でテンヤワンヤだけど,ホントにそうなのかねぇ..上半期で二兆の利益予想をしていた,誰もが認める世界一の企業が,○○ショックで,いきなり赤字転落するってことは,世界一優秀なお前らが消した二兆は,実は米国の二流マイホームに全額泡と消えたのか?と問いたい.いまや世界中に溢れる不況話など,結局は,強いやつ,すなわち政府だとか,企業だとか,金満家に,それまで隠していたロスをカットする絶好の機会を与えているに過ぎないのだとも思う.ところで,飯島愛って.ほんのこないだまで,全国ネットに,普通に売れっ子タレントとして出てたよね.いきなりの(僕ら庶民にとっては)引退発表があって.なんの関係もない僕ですら,この人は病んでいるな,と思っていたけど.今日,仕事の帰りにニュースをみて,あー,やっぱりな..と思うくらい,辻褄があうものだった.僕ですら,そうなんだから,明日以後の,ワイドショーやらなんやらに出て,したり顔で『交友がありました』という奴は,僕以上に,こういう事態を止められなかった言い訳を..こういう事態になることが如何に誰にも止められなかったか その理屈を,述べてるのだろう.本当に彼女を理解している者は,何も語らないはずである.何も語れないはずである.どん底を,手を振って『どん底だ』と言う人間は,実は,それをもって自分以外の他者を蹴り落とそうとする醜い(しかし誰も否定はできない),神にしか救いようがない存在ではある.不景気を,大衆が言うように悲嘆したってしょうがない.
Dec 24, 2008
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世間がなんでもないような,とりとめのない今日.僕はガックリと落胆.僕のお気に入りブログのひとつ.『虎年の獅子座 東京株式市場金融最前線レポート 』..が閉鎖されるとのこと.『ぽんぽこのクール・トレーディング』が最近復活して喜んでいたのだが..こんな世情だから,株の話なんて,無知な(バカ集大成の)新聞や週刊誌の(いつもそうだが)過剰な悲観論ばかりで..相場が良かろうと悪かろうと,そういう非・風見鶏的意見を『継続』して,独自の視点で展開するサイトは貴重であった.ま,いいや.寂しいが仕方がない.たぶん少なからず..多くの人が,『寂しい』と思っていて,そういう物が消失していくからこそ,『崩壊』であり,『変化』であるのだ.これらのブログを参考に,けっこう相場にもまれてきて,最近は,自分だけ,海からあがって,対岸の火事のごとく,この賢者たちの見解を傍観してれば,そのうちノリ時も来るだろうと思っていたが.やはり,今は.誰にとっても,僕にとっても,行き方を変えるべき時なのだ.そうだ!会社四季報を買いに行こう.そして,手術の腕を磨こう.いい曲を聴き,いいものを食べて,いい酒を飲んで,いい本を読んで,いい人を探して,いい車をいいと感じ,いい絵をなんとなくいいと思い,なんとなく外国に行きたいなと思い,なんとなく,このままじゃダメだなと思いつつ,もう一度,今のいい自分を,今のいい世界を見直して.再び,いやいや,何度も懲りずに,相場を張らねばなるまい.相場を張る人間が世間に飽くことはないのだ(^^)v .
Dec 16, 2008
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そもそも僕は真冬でも,日本酒を飲むならキリッ!と冷酒だった.最近は熱燗にハマッている.きっかけは以前にも紹介した『超・居酒屋入門』(^^;まぁ,僕もそろそろオヤジになってきたということか..帰宅するやいなや,鍋に湯を沸かす.結婚祝いで職場のナース達に頂いた,なんてことのない(失礼!)片口に,冷酒で飲むべき?良い酒をたっぷり注いで,鍋の湯にチャポンと浸ける.あとはヌル燗,熱燗..どれくらいの燗になるのかは僕の勘しだいである.ただいま試行錯誤中.本にも書いてあった通り,やはり電子レンジじゃなくて,真っ当に燗しないとね!試しにレンジでチンしたら,むかし親父から臭ったようなとがった酔っぱらい臭がしてダメだった.最近は帰宅時間にあわせて,相棒が湯を沸かしてくれているのが嬉しい.手間が省ける.お猪口は,どこで買ったか忘れてしまった,これまたなんてことのないやつ.これにチロチロと熱い酒を注いで,ツイーっと呑みほす.旨い!三口目からは,ツイーっというより ガブリ!って感じになってしまうんだけどね.(^^;でも,やっぱりアルコール分が適度に飛んでいるからか,そんなに酔わない.いや酔っぱらうけど,記憶が飛ぶほど酔っぱらわない.ほどほど..である.適度に気分が良くなって,鼻歌が出て,腰をフリフリ踊り出す程度である.つまみは,相棒が熱燗に合うのを試行錯誤中である.昨夜は鳥の肝煮が良かった.なんとも日本酒に合うツマミだと感心していたら,ウスターソースで煮たのだと聞いてビックリした.考えてみれば,一人暮らしの時に熱燗なんてするわけないか.一人でお猪口に注ぎ足し注ぎ足しとは..なんともシミったれて虚しかったに違いない.次の空き瓶回収日も,エライことになりそうだ.(^^;
Dec 9, 2008
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最近はホントに自分でもビックリするくらい読書の虫である.ま,要するにヒマなんだけどね.(^^;セレクトに少々偏りがあるのは分かっちゃいるけど,それでも,できるだけいろんなジャンルの本を読みたいと思っている.んで,読んで良かった悪かった.何度も読んでしまうもの,途中でやめてしまうもの.それは色々なんだけど,困るのは読んだはしからドンドン内容を忘れていってしまうこと.ひどいので,酔っぱらって読んだものになると,読んだことすら覚えてないこともある.そこで..かねてから僕のブログに加えたかったカテゴリーを作成した.で,その第一弾!である.『シノギのプロが教えるビジネスの極意 沢田高士 著』こんなの本にしていいのか!?というような違法すれすれ..どころか思いっきり犯罪をもいとわず,殺傷ごと以外で金になることはなんでもやる,って人が書いた本である.この本も大部分を酔っぱらって読んだ.そんなのでも一番印象に残ったこと.著者の友人に窃盗を生業とする人がいる.ある盗品をサバくのにツテを紹介してくれと頼まれた.で,著者は業界でかなり有力なブローカーを紹介するが,その道ン十年の友人は,紹介を断ったという.理由は,このブローカーの足音が大きかったから.彼が言うのに,足音が大きいのは,警戒心に欠ける人間だから,一緒に仕事をするとロクなことが無いと.頑なに断ったそうだ.同感..(--;僕の職場にも足音の大きな人がいる.小さな休憩室で,僕が静かに昼飯を食べている時.廊下でペタ!バタ!ペタ!バタ!と足音がする.『彼が来たな』とすぐ分かる.そして休憩室のドアが,『ガキッ!バタン!』と荒々しく開いて,僕のすぐ横をペッタンバッタン歩きながら,『ンふぅう~!』と一人勝手にリラックスした大きな溜め息をつく.この瞬間は本当に,イラッ!!と来る.これぞ○○をおぼえる瞬間!といったとこか(--;ドアを開ける時の『ガキッ!』は,ドアノブが回りきらないうちにムリヤリ押し入る音である.こういう人ってのは,ドアの向こうに人がいるかもしれないなんて,想像できないんだろうねぇ..確かに一緒に仕事したくないねぇ..あと,いくら休憩室とはいえ,周りに人がいるのを平気で嫁さんに携帯をかけ,晩飯どうしよ~,なんて話ができる人間とかね..細かいことかもしれないけど,足音とか話し声とか,どんな仕事にでも必要な,基本的な動作が粗い人間は,やっぱり,何やらせてもダメな気がする.そして僕は,相変わらず..居酒屋で飲めば飲むほど声がデカくなって,連れにさえ恥ずかしい思いをさせてしまう.初めて行った海外でも,『うるさい猿め!』ってな目線を浴びるほど,ワイン一本で声がデっカくなってしまうのである.反省..(^^;
Oct 21, 2008
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『仁術と算術』.算術を投資として語るこのブログだから,気がのらなくて敢えてコメントを避けてきた最近の相場とはいえ,今日みたいなインパクトの強い日は書かねばなるまい,と思い書くことにする(^^;.ブラックマンデー前夜のバブル時代.'80年代末の日本.僕が大学に入る前後の頃である.僕は世間知らずの田舎者で(今でもそうだが),ずいぶん後になってテレビなどで知るのだが,世の中がイケイケドンドンで,なかなか楽しい時代だったらしい.医学部入学前年の春,たまたま合格した東京のある私大に籍だけを入れて,仮面浪人(いまでもこう言うのだろうか)の準備をしていた.その時にしばらく,横浜の叔父さんの家にやっかいになる.ガキの僕からみても,都市銀の偉いさんに登りつめ相当羽振りの良さそうな叔父さんだったが,当時マンション暮らしで.『都内に一戸建てが欲しかったんだけど,どこもトンでもない値段になっちゃってねぇ..』と溜め息をつく叔母さんと苦笑いをしていた.それが僕のバブルの象徴の記憶である.大学に入ってからは,月¥15000の風呂無しトイレ共同,六畳一間のアパート暮らし.親からの仕送りは月¥6万だったかな.いくら自分が苦学して身をたてたとはいえ,僕なりに安いのを探したつもりのアパートを,『他にどこか農家の納屋を改装したような,もっと安い下宿があるだろう』と言い,やっとの思いで買ったリーガルの革靴を見て,『革靴なんてのは,中古で買えばもっと良いのが買える』とか本気で曰う,時代錯誤も甚だしい親父でも,当時は株で相当儲けたらしい.(^^;そして何年かして僕はようやく独立して,なにがしかの金を稼ぐようになり,他に使うことも無いから,ガソリンをまき散らしながら走るようなスポーツカーを買って(今でも現役),女の子を誘ってはミナミにくり出していた頃.新聞やテレビで不況だ不況だと,あんまり言うから不思議に思って,当時ちょっとだけ付きあっていた某大手企業の社長秘書に訊ねた.『不況っていったって,ミナミの街はこんなに賑わっているしねぇ.そもそもバブルがはじけたとか,不況とかって,いったい何がどう悪くなってそうなったわけ??』僕の記憶では,彼女はこう答えた.『不景気不景気って,なにかのきっかけで誰かが言い出したわけ.そしたら僕も私も買い物を控えようということになって.そして物が売れなくなって,そうすると会社とかなんかが業績が悪くなるでしょ?んで社員の給料が下がる.バブルの頃のように誰もがなんでも買ってる時はいいんだけど,いったん誰も買わなくなると何でもかんでもドンドン悪くなるのよ.うーん..わたしにはそれ以上分かんない.』『ふーん.さすが○○社長秘書やな(^^).ま,次の店いきましょ!』てなもんであった.2000年のITバブル崩壊ってのもあったらしいが,これから日経平均が7000円台をつけるような頃.ようやく手術ってのが分かってきたゾ!の僕は相変わらず株なんてのは興味無し.一人暮らしのマンションを更にグレードアップして,いかにいい環境で手術の腕を磨いて,たくさん論文を書いて,学会発表にかこつけて色んな土地に行って色んな酒を飲みたいな,と考えていた.サブプライムローン問題から発した今回の暴落は,一説によると,こんなものではないらしい.'20年代の世界大恐慌の再来かもしれない,とのこと.生まれる前のことなので仕方がない.ちょっとネットで調べただけの乏しい知識ではあるが,ここから世界中が不況に陥り失業者が続出.好況に沸いていた米国経済が陥落.欧州に及ぶにいたって,共産主義やファシズムがますます盛んになり,第二次世界大戦を起こすに至る.我が日本は,米欧のブロック経済との摩擦で太平洋戦争に至った..という大変な出来事であったらしい.しょせん人間は,なんだかんだ言っても,イナゴやプランクトンと変わりがない.ある時,調子にのってワーッと繁殖してそこら中の食い物を食べ尽くし,残るは荒野と,喰いはぐれた死骸の山である.そしてしばらくなりを潜めて,生き残った連中がある周期を経てまたワーッと繁殖して..これの繰り返しである.世界恐慌の再来ならば,ここいらで世界的なイデオロギーの変化が起こったとして,僕らは歴史に残る時代を生きていることになる.小気味が良いのは,日本や欧米に限らず,中国やロシアのようなヘンテコリンな国(単に気にくわないだけだが)の株価の方が大打撃を喰らっているということか.恐慌まではいかないとしても,それは来るべき大変化が先延ばしにされただけのことであり,僕らが生き物であるかぎり,死骸に溢れた荒野は避けようがないのだろう.ならば僕が生きているうちに来い!という心境である.だいたいホニャララ問題は,本来(の定義は難しいが)持ち家を買うに値しない人間が,将来の値上がりを担保に(他の誰かに売って儲けようと)過剰な利子を払って持ち家を持った,という事態が,本来の姿に修正されていることだけのこと.そのあおりを最初にくっているのが,『本来』持てぬ夢を一時だけ実現させただけに過ぎない人間(例えば数百億の報酬を得た某グループトップとかね).彼らが得た夢がパッと散って,過剰な取り分を削がれて本来の姿に戻る過程であるだけである.パッと散って少数生き残った物が実体を形作る.まさに『対称性の破れ』である(^^;.どんな主義だろうが,どんな国だろうが,どんな人間だろうが,いままでさんざん『本来』に比べて過剰に美味しい目をみてきたものが苦胆を味わうサイクルに来て,いままで苦く生きてきたものが『今度こそ?』主道にたつ可能性が出るサイクルに来たんだろうと思う.ま,偉そうに言っても(偉そうにしか聞こえないので書かなかったのだが),僕もその,対称性だか非対称性だかの一粒子である.僕が新しいイデオロギーにもついて行ける生き物なのかどうか.自分でも気づかないうちに,食い物をむさぼり食うだけのイナゴになってしまっているのか.コッチにこうなろう!と思うのは,それこそ自分一人で株価や為替をなんとかしようという,夢のまた夢の所業なんだろうね.さて.実体の僕の『株価』はどうかというと.後出しじゃんけんが許されるとして,人生初の海外旅行前に買ったポジションを,その旅行中に全て閉じてしまえれば,成績的にもスタイル的にも一番良かったかなと思っている.今のポジションは,仮に日経平均がゼロ円になったとしても,元本は無傷だが,そんな事態になれば残してある元本(すなわち円)も紙屑だよな(^^+株価や通貨や,いろんな指数は,しょせん数字であって,それを食べて生きられるものではない.結局,僕はどんな時代になろうとも,自分の所業や価値を食い物に換えられればそれでよい.生きている間は,神様に申し訳がないから一生懸命にやるしかない.んで換えられなくなったその時は,我が身を土に返してリサイクルされるだけのイナゴの死骸だ.たぶん,世の懸命な投資家の多くの人は今,同じようなことを考えて暮らしているだろう.そうでない人は早々に死ぬか,全く別の新しい(そして刹那的な)世界を作る.ノーベル賞の話.昨日,日本人が3人受賞.今日さらに1人が受賞.僕は,『あー,日本にもこんな良き時代があったのか』と思った.いずれも20年も30年も前の業績である.受賞者は僕の祖父,若くても父の世代である.それが数十年の時を経てようやく株価を上げることになる.これに本気で浮かれるような自分では,とてもじゃないが,株で10億作るようなことはできないだろう.僕が大好きな『日本』..の人々やメディアが,ピークを過ぎたかもしれない日本人の能力を,本気で,憂えて諦めるか,次の日のために荒野に種を播くか.そういう視点でこのノーベル賞バブルを考えてくれたらなぁ,と思う.(追伸:酔っぱらい長文更新なので,後日改良するかもしれません(^m^))
Oct 8, 2008
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先週,仲の良い後輩が泊まりで学会に行ったという.今日は彼が僕の病院に来る日で,学会で得たなにか良いネタでも聞かせてもらおうかと楽しみにしていた.期待を裏切られ..というか案の定なのだけれども,お一人様でかなり東国の居酒屋事情を満喫?いや,研究してきたらしい.聞かせてもらった居酒屋事情もさることながら,見知らぬ土地の見知らぬ店に単独突入し楽しめるのは,名店をはずさない眼力によるものなのか.彼の流儀であれば,どんな店であろうとも名店たらしめているのか.とにかくその体験を非常に羨ましいと思った.本格的に夏に入る前に,挙式やら新婚旅行やら,初めての体験(ときに面倒くさい体験だったけど)を数こなしてから後,これまでに輪をかけてハイペースで読書に没頭していて,数冊まとめ買いしても,すぐに読了!..とはいえ,半分は酔っぱらって読んでいるものだから,読み終えてもほとんど記憶になかったりする.(^^;今日も仕事の合間にネットで数冊の本を購入し,帰りに本屋によって,また数冊買い込む.その中から,一冊目に読むと選んだのが,太田和彦 著 『超・居酒屋入門』さきほど『はじめに』に目を通し始めたのだけど,数ページの導入で,早くもこれは名著だ,とメロメロになった.久々の感覚.ちょっと抜粋.【大勢で乾杯するビールもいいが,一人でクーッと飲み干すビールもうまいものだ.枝豆が空になり,蛸ぶつに箸がのびた頃ビールが終わり,次は酒とついでに冷や奴でもとろう.気がつけば家でふだん食べているものと同じものばかりで苦笑する.よく女房が「外でお酒飲んで,いいもの食べて」と皮肉を言うけれど,男は一人になると案外つまらない肴で飲んでいるのだ.】あはは!(^^)すげー分かる!!仕事のこととか,世界恐慌の予感とか,ダメな政治とかメディアとか,結婚生活とか,自分の行く末とか..いろいろテーマを溜めこんで,ブログに書きたいことはいっぱいあるのだが,『超・居酒屋入門』のほんの『はじめに』を読んだだけで,とりあえず難しいことはどーでもいーやと思う.いやぁ久しぶりの名著の予感でワクワクする.(^^)v
Oct 6, 2008
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2002年に買い始めて以来コツコツと積み上げてきた金(ゴールド).昨日から今日にかけて全て現金化する.いつもながら..なんとなく勘で(^^;僕の独りよがりな目論見では,4000円/gくらいまでいくと思っていたのだが,3500円あたりで反転して,3000円/gを割り込みそうだ.原油が,このままピークアウトするのかは分からない(いつだってなんだって分からないけども)けれども,僕の勘では,現金(つまり円)の価値が上がりそうだと感じている.僕が投資を始めた頃は,今から思えば,株も金も土地も,そして人間も,なにもかもが安かった.あの頃から買い続けていた色々なものが,幸いに値上がりし続けて,いくぶんかの利益(円ベースで)を残すことができた.そして その利益は,僕の新しい生活が始まったおかげで,アッという間に消えてしまいそうだ(^^;金とか中国株とかドルとかユーロとか,一応,買い始めた時の想定としては,日本という国がブッ潰れた時にでも,せめて僕と僕の家族くらいは生き延びられるようにと,まったく自己本位な考えのうえであったわけで..相場の上がり下がりが どうなろうと,何十年でも持っていてもよいものとして,いわば保険として買っていたものである.中国株も外貨も金も,今までになにがしか儲けさせてもらって,その利益を確定(すなわち円に替える)させようということは,6年前の僕の考えが,少々ブレはじめた ということなのかもしれない.しかしこの期間に着々と本業で,どこでどうやっても食えるだけの技量を身につけたということに,我ながら自分の抜け目のなさを思うのだけれども..事故とか事件とか病気とか..思わぬことに足下をすくわれないようにしないといけない.我ながら,人並みに年をとりつつある...のか!?(^^;
Aug 13, 2008
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さきほど友人から,僕の『生命保険』についての考え方を教えろというメールがきた.ちょこっと返事をしておいたのだけど,全然足りないと思うので,せっかくだから,ブログ更新のネタにさせてもらって彼女にも読んでもらおうと思う.幼い頃,母親から聞いたことがある.『もしお父さんが死んだとしても いっぱい保険をかけてくれているから,あなたたちが大学までは行けるようになってるのよ』それ以来,『生命保険』なんぞについて考える機会はなく,このオカンの言葉によって,なんとなく『結婚したらデッカく生命保険に入るもの』と思っていた.僕が結婚して すぐに,同期から保険加入のお誘いをうける.『俺も入っている良い保険があるんだけど..ホームズが結婚する話をしたら,担当者が話をしたいと言ってるので一回話だけでも聞いてみたら?』ま,必要になるんだろうし,そういうツテがあるなら話くらい聞いてみるかと思いつつ,彼がいくら支払っているか聞いてみた.もともと経済観念が庶民派なヤツではあったのだが,子供ができて以来,投資にも興味をもって勉強しているみたいだし.そんな人間が妻一人,子一人の家族のために いくら負担しているのか興味もあった.保険料は僕の想像を遙かに上回るもので,なんと 年間百ウン十万円を払っているとのこと.ビックリするやら呆れるやらであったが,彼は彼の考えでやっていることなので,なんともコメントの仕様がなかった.僕が言ったこと.『それは興味がある保険だね.是非話を聞きたい.保険営業マンに連絡くれるよう言っといてよ.ただし.カネに関しては相当シビアに考える人間だから,手強い相手だよ とは言っといてね』例えば,家族は妻一人の僕が,今死んだとする.それで妻がいきなり路頭に迷うことになるだろうか.否.彼女は働くことができる.僕と結婚する前のように,独りの生計を維持することくらいできるはずだ.では子供が,そう..小さいのが二人くらいいて,そして僕が死んだら?その時だって,仮に僕が無保険であったとしても3人が路頭に迷うことはあるまい.彼女は働くだろう.子供たちを食わせるために,いまの僕と同じように.僕は一応,今までまともに働き 税金や保険料を政府に払ってきてるから,なにがしかのカネが支給されるだろう(ややこしくなるので詳しくは書かないが).そして僕や彼女の,親や兄弟が懸命に支援してくれるだろう.いまチビが生まれたとして,せめて僕と同じくらいの教育,大学まで行かせるのにあと20年あまり..その間に僕が稼ぐ給料は,2~3億と思われる.その半分.たとえば1億の死亡保険をかけていたら,妻と子供は安泰にちがいない.僕が死んでも,誰も働かずに生きていけると思うかもしれない.しかし現実は,政府や血縁の援助が期待できる.そして妻も働くし,子供だって稼げるようになればバイトでもしながら学校に通うだろう.奨学金をもらえるかもしれない.1億の保険金を貰えるように毎年百万以上のカネを保険会社に垂れ流しにするくらいなら,そのカネを貯金する方がマシだと思う.もっというなら,そのカネを元手にして20年後に1億を自分で作ればいいと思う.そのタネ銭にするべきだと思う.働くことや,殖財に対する努力をせずして,ダンナが死んだら ハイこれだけ保険金がおります ってーのは,非常にムシが良すぎる話だと思う.保険会社に保険料を支払うってのは,そのムシが良すぎる『安堵感』を買うことなのだと思う.ダンナや父親が,若くして死んだら,その哀しみ,不運はカネで軽くできるようなものではあるまい.人が死んだら,なんとか頑張って,それを受け入れて,あとに残された自分や家族が食うために,それぞれが一生懸命に できることをするのみである.ちなみに,同期に紹介を頼んだ保険営業マンね.僕が結婚して半年経ったいまでも,なんの連絡もよこさない.『やっぱりな』と思うしかない.そして今の僕が入っている保険ってのは,毎月三千円程度を支払って,いつか入院した時に,日額1万円のカネを貰えるというものだけである.僕は医者だから,どんな病気でどんな病院に入院しようとも,特別待遇で 大部屋には入れてもらえない.差額室料を払って個室に監禁されるからね(^^;そのためだけの保険である.んで,こんな考え方が正解なのか,どうか.それは神様にしか分からないのだけれど,僕は,人間が努力し得る範囲で よーく考えて,いまのところ,保険料にまわすカネは投資にまわした方が良いと考えている.ミセスハドソン?これが僕の『保険観』です.
Aug 1, 2008
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きっと,実物の僕を知っている人が,特に同じ職場の人なんかが,このブログをみたら.普段とは違う あまりの支離滅裂のダラダラぶりに驚くにいちがいない.新婚の僕にナースが問う.『ホームズ先生って,奥さんの前で冗談とか言うんですか!?』『冗談どころか,酔っぱらったら腰ふって踊ったりするゾ!』って言ったら,『エェーッ!!そんな姿,想像できない!』と言われた.僕は,殺伐とした雰囲気になりがちな環境だからこそ,努めて,病院では『なごやかな』冗談をまじえながら仕事をしているつもりだったので..ちょっと意外なコメントだった(--;先日,研修医時代に一緒に仕事をした2コ下の後輩と,ほぼ10年年ぶりに一緒にオペをする機会があった.彼はワケあって,およそ1年 外科の仕事を離れていたから,なんてことはない虫垂炎の手術だけれど,ひょっとしたら僕の想像以上に緊張感を持っているのかもしれない と思って,いつも一緒に仕事をしている部長がビックリするくらい,和やかな雰囲気でできるよう意識して『淡々と』メスをふるったつもりであった.オペが無事に終わり,たかだか1年くらいだから,ブランクを全く感じさせずに助手をしてくれた後輩と,オペ後のコーヒーをすする.彼曰く『いやぁ..やっぱホームズ先生と一緒にオペすると緊張しますわぁ..』ありゃ??そうなの??それは君にとって久しぶりのオペだからであって..(--;と思っていたら,別の病院で違う人とオペをする機会があったのだけど,そこでは感じない緊張感があるのだそうだ.彼は,それを,僕が出す『オーラ』だと言うのだけれど,彼はいいヤツだから,純粋に僕を誉めるつもりで言ったのは想像つくのだけれど.僕の心の中では,僕の色々な経験をふまえたうえで,また違う視点で,『なんか俺って,やっぱり人に緊張感を与えてしまうのね..』と思ったのである.そういえば,現実にお付き合いがある人で,このブログの存在を知っているのが数人いるのだけれど,エロサイトの勧誘以外に全くコメントが書かれない僕のブログに,たまにはコメントくれよ!とお願いするのに,誰もがきまって,『ホームズのブログにはコメントの仕様が無い!』と断言されるのも,やっぱり僕の『キャラクター』なんだよなー..と,良いことなのか悪いことなのか,どっちでもないのか,僕自身よく分からないのだけど,寂しい.とは思う(^^;後輩とのオペの件を,家に帰って,我が相棒に話したところ,『あー,そりゃアタシもよく分かるわ!ホームズって,人のやることを黙ってジーッと見ていて,なんにも言わないんだけど,なんか心の中でダメ出しされているような気がするの』だって..結論は.僕は『大将』の器ではなく,良くて『参謀』の器なのだ.である..(前にも言ったけど)日本陸軍が全滅の危機にある砲弾の中で,『ほー,皆さん戦ですか?』と宣った大山巌ではなく.日本海海戦の間中,艦橋から一歩も動かず,彼の足跡だけが海水で濡れていなかったといわれる東郷平八郎でもなく.日本の運命を,その頭脳で一身に背負ったがために,戦後すぐに死んでしまった児玉源太郎や,発狂寸前で坊主になろうとした秋山真之の方が,僕のキャラクター?オーラ?なんだろうね.ま,そりゃ例えが良すぎるか(^^;※『坂の上の雲』より
Jul 30, 2008
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僕は,冷たい食べ物が好きだ.そういうことに気がついたのは,そう..大学に入って1年くらい経ったころだろうか.僕は大学に入るまでちょっとの間,親元を離れて浪人生活をしていた.(入ってから今までもずっと親元を離れているが)医学部ってのは毎年毎年,進級するのに厳しい試験があって(当たり前だけど),試験前夜となると毎夜毎夜,僕の下宿に,普段は遊びほうけている同級生が一夜漬けにやってくる.(もちろん僕は,たまたま下宿生だというだけで,普段遊びほうけている学生には違いがない)ある時,試験勉強の合間に,実家から通学している同級生とコンビニへ行き,弁当を買って(僕にとってはいつもの晩飯なのだが),一緒に食べる機会があった.買ってきた弁当を,そのまま食べる僕をみて,『なぁホームズ.電子レンジがあるんだから,この弁当をあっためようよ.このままじゃぁマズいメシだけど,あっためるとなかなか美味しくなるよ』と彼が言う.彼の言う通りに,コンビニ弁当をあっためて食べて,彼が誇らしげに『な!あっためるとなかなか食えるだろう』と言うので,たしかにそうだね..と応えながら,やっぱり弁当は,冷たいご飯の方が旨いな.と思った.そうだ.この瞬間から,僕は,冷たいご飯が好きなのだと自覚するに至ったのである.チビの頃に幼稚園に持っていかされた,オカンが作った弁当は,当然冷たいおにぎり.ちこっと大きくなって,遠足に持っていかされた特製弁当には,冷たいおにぎりと卵焼き.2時間目が終わって喰らう早弁は,ねばねばしてるんだけど,粒のひとつひとつが立っていて,箸で切ったら切るように,四角く切りとられる冷たい飯.一人暮らしで食べるコンビニ弁当は,あっためると中途半端な香りと味が余計に引き立って,それなら,パックされた冷たいおにぎり.特に梅とかコンブとか冷たい具が硬いご飯の中にギュッと詰まったおにぎりの方が,僕は断然に美味しかった.それから数年経って,学会で初めて宮崎に行ったとき,『冷や汁』なるものに出会う.宮崎では,僕らが飲んだ後で喰らうラーメンのように,冷たいご飯に冷たい味噌汁をぶっかけたような『冷や汁』でシメるのだそうだ.メチャクチャ美味であった.喰った時には,そこまで思わなかったのだけれども,後々に,なぜかそう思った.今日は久しぶりに大きな手術があった.大きな手術でも小さな手術でも,僕か僕以外の外科医が執刀するのでは,ちょっとした違いや大きな違いがでることがあるのだが,今日は久々に,大きな手術で僕と僕以外の外科医で明らかに技術の差が出る手術である.手術前に食べた,病院食兼,職員の昼飯のメニューは,冷たくて硬いご飯と,冷たい味噌汁.中国で骨抜きにされたのであろう塩鮭と,炭水化物とタンパク質の塊にしか思えない大豆の煮物.それから,食あたりを避けるためだけに冷蔵庫に隔離されたキュウリとワカメの酢の物であった.ま,これが僕の日常の昼飯.僕は,それぞれの品をいっさいレンジでチンすることなく迷わず,冷たい飯に冷たい酢の物をのっけて,冷たい味噌汁をぶっかける.これで宮崎で食べた,あの冷や汁の完成である.他の医局員がギョッとする視線を意識しつつ放ったらかしつつ,ズルズルと胃袋にかっこむ.おかげで今日のオペは最高の出来であった.きっと.僕が執刀したから,今日の患者さんは,並の外科医に執刀されたよりも,違う人生を歩むだろう(こういうこというと広島の教師がまた激怒りだろうが).僕は冷たいご飯が好きだ.冷たいご飯を食べる生活も好きだ.中途半端に,できあいのものをレンジであっためるような生活は嫌いである.できあいのもは出来合で,できたてのものは出来たてで.それぞれ良さがある.それが僕の,食のうえで,行き方のうえでの価値観である.
Jul 24, 2008
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先日テレビで,話題の『ホームレス中学生』を観る.ま,いつものことなんだけど,僕は『流行』と聞けばきくほど,敢えて距離をおいたりする.んで,世の中にかなり広まって,もう時代遅れでしょ?って頃になってようやく手にとったりする.んで,なかなか面白がる.んで,けっこうハマッたりする.お笑いは好きだけど(最近はジョイマンに注目している),なんとなく気にくわなかった この『麒麟』って芸人ね.彼が良くなったのか,この作品が良かったのかはともかく僕なりに感じたことがある.彼が生きていた,大阪の下町.そこに生きる人々.どこまで実話かどうかは分からないけれど,こういう体験をしたならば,この先ずっと,いろんな見知らぬ人との出会いを楽しみに思うのかもしれない.隣の知らない人を幸せにしようと思うのかもしれない.少なくとも自分が,隣人を含む『世間』というものに,知らず知らずに すごく世話になっていて,自分が自分の力だけで生きているのではなく,いろんなものや いろんな人と関わって,生かされているのだと感じるだろう.んで僕は職業がら,人の生き死にに大きな影響を与える可能性があるはずなのに,僕自身は,彼のように 全くの他人から自分の生き死にを左右されるような体験が無かった.だから,世間や見知らぬ人に対して,時に非常に辛辣ですらある.のかもしれない..と思う.だからといって,自分の境遇を『不幸』だとは全く思わないのだけれど,ベストセラーを出版したり,無数の人に感動を与える人間とは,全く次元が違う境遇なのだな,と感じる.他人の痛みを理解できない自分を,あらためて自覚して,今さらだから,正直に受け入れて僕なりに今の職業を全うしたいと思う.
Jul 14, 2008
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医者がテーマのテレビドラマね..ま,暇な時にたまに観たりする.視聴率をかせぐのはやっぱり,売れっ子の若手タレントを起用して一流のミュージシャンの歌を主題歌にしてるような..このクールでいうと,あれね..今日やってた.エリート意識真っ盛りの,医者になりたての研修医が,救急とか外科の現場でオロオロして,それを,長年コツコツやってきた職人医師が教育をしていく.ま,いつものパターン.実は,そろそろブログを更新しようと,初めての海外で日本人のポジションを痛感したこととか,ミシュランのガイドブックに医者をみたてた記事なんぞを書こうとしたり,できの悪い外科医療や政治をみて思ったことを書こうととしたり,さっきまで考えていたのだが,どうでもよくなった.たぶんブログをはじめた頃の僕は,どちらかというと教育される立場の若手医師,の感覚であった.しかし,いつの間にか,テレビドラマを観ている最中ですら,自分を外科の指導医として『も』捉えていることに気づいている.日本消化器外科学会の総会が来週開かれるんだけど,その中の演題に,若手医師をどう育てるかについて語るものがあって,『ネット世代』とか『カーリング世代』とかでくくられるイマドキの新人社会人は,外科の世界でも確かに存在する,という記事に目をひかれる.今の若手外科医は,『糸結び』の練習をしないそうである.糸結び..すなわち『結紮』といって,血管やら腸管を縫った糸を『くくる』行為である.研修医の机には,手術で余った糸を使って練習した結紮が無数に,自分の車のハンドルまで使って,結紮の練習をするので,まるで『リリアン』を連ねたかのような糸のカーテンが,そこかしこに並んでいる.それが僕の中の新人外科医の行為である.どうやら今は,そんな若手外科医はいないらしい.へえぇーーー!そんなので外科医になれるんだ!時代か?,テクノロジーか?の進歩ってのは,人間を堕落させるものらしい.糸結びといえば,料理人でいえば『みじん切り』みたいなもので,それができたからといって,イコール美味しい料理を作れるわけではない,プロとしては当たり前の,『技術』というにはおこがましいくらいの超基本,されど素人ではどうやっても敵わない,プロとしての『根本』の行為である.僕の後輩で,僕より結紮の上手なヤツはいない.僕より絹糸のカーテンを紡いだヤツがいないのだ!逆に,僕の先輩で,どうやっても敵わない結紮をする人がいる.その人は早々に外科医を引退した.僕は,僕より結紮が下手なくせに論文や又聞きを語る後輩には,何も教えない.教える気がしない.なぜなら僕は,そういう彼らより,論文を書いた外科医や自説を論じる達人外科医の『根本』を肌で理解していて,それを楽して(論文を読むとか,人から聞いたという行為で)得ようとするような,キュウリのみじん切りの手間を惜しむ人間が,どんなに綺麗な(本当は綺麗でないけれど)キュウリ細工をしたところで,それはまがい物でしかない.新人だろうと,それを感覚で理解できなかった人間は生まれつき外科医をしてはいけない!くらいに,虚しい気持ちになるからだ.....たぶん僕の先輩たちは,僕に対して,同じように思っていたのだろう.踊れど進まず.なんとなく,されど強く,確かに,そう思う.
Jul 10, 2008
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新しい生活を始めるってことは,なにかと物いりなものである.この数カ月間は,今までの僕の人生にはない カネの出入りの激しい期間であった.『金持ち父さん 貧乏父さん』に言う,『たいていの人は稼げば稼ぐだけ支出を増やして,いつまでたってもラットレースから抜け出せない』非常に耳が痛い(^^;先日,ついに僕の家にダイニングテーブルが届く.一人暮らしの時に買ったウォールナットのソファーとテーブルは,今まで空き部屋だった リビングの隣りの部屋へ移動.そして空っぽになったリビングに 大きなダイニングテーブルが入る.うーん..デカい!!寸法は横165cm×縦95cm.まぁ今の二人暮らしには不要の大きさである.ダイニングテーブルを選ぶにあたって まず,以前にソファーを買った家具屋に行く.この店では,部屋の間取りのコピーを持っていくと店員が同じ縮尺の模型を作って,家具の配置や寸法を あれこれアドバイスしてくれる.時間はほぼ無制限.僕らが納得するまで あーだこーだと店員が配置を提案してくれる.実にいい店だ.どうやら昨今の住宅事情から,売れ筋は,横が135cmから150cmまでのもので,縦はだいたい80cm.それ以上となると,なかなかラインナップが無いらしい.横135cmあれば,大人2人と子供2人が座るには十分.150cmもあれば,大人4人が肘を触れあわずに座れる とのことであった.僕は,なるだけ大きなもの!横は180cmくらい! と言い張ったのだけど,将来,戸建てに住むようになればアリだけど,今のマンションの部屋にはとてもとても..歩くところが無くなります..と言われてシブシブ断念する.んで,その店は諦めてそれまでは高価すぎると目もくれなかったチーク材の専門店に立ち寄る.実は,その前にもちょっと立ち寄ったのだが,ダイニングテーブルなるもののサイズ勘が無かったし高そうだし で,ほぼ素通りしていた店である.重厚な作りのテーブル群には,さすがに横135cmは無かったが,たいていが150cmのもの.それ以上になると,いっきに180cmである.でも あった!!『廃盤品.現品限りにつき¥30%OFF』→ おー!!これだこれ!このサイズだよぉ寸法は165cm×95cm.僕には志がある.ある日 僕は気の合う酒呑みと総勢4人で,外で飲んでいる.酔っぱらって気をよくした僕が,『これから帰るゾー!!』と,家に電話をして,野郎3人を僕の家に連れて帰る.そこには,パパっと手際よく大皿に盛られた肴がふたつみっつ.それをデーンと真ん中に置いて,オッさん4人が,それぞれ箸をとり,銘々が自由に呑み,かつ食べる.それから冬の季節には,真ん中にデーンと鍋があって,(ここで縦95cmってのが重要)大人の4人や5人くらい,まとめて座って ワイワイ呑み,かつ喰う.そして,それぞれ成長が違うチビが3人くらいいたって,そいつらが毎日家に帰って晩飯を食べる年頃までは,十分に使用に耐えうるサイズ.そういうサイズだ.確かに今のマンションには大きいが,この先ずっと,マンションでせせこましく暮らすべく僕のテーブルのサイズを この部屋に合わせるほど,そんなに志は低くはない.話は長くなるが,この際カネの遣いかたについてもうひとつ.人に金品を贈る時は,馴染みの仲であろうと義理であろうと,よっぽど心して,どれだけの値打ちのものを贈るか考えなければいけない.ある本を読んで,非常に感銘を受けたのであるが,中途半端な金額の贈り物は,相手に感謝されないばかりか,『ナメられた』というマイナスの効果を生む.同輩である友達はもちろんのこと,後輩や,年下の人たちからもお祝いをいただいて,嬉しいを超え,こちらが恐縮するくらい感激したことがあった.これは金額の多寡ではなく,『こんな僕にそこまでしてくれたのか』という,その行為に対してである.逆に,僕より身分が上の人からのお祝いに,(こんなことは言っちゃいけないと承知で)非常に不愉快な思いをさせられたこともある.その金額の中に,あまりにもキッチリとした計算が込められていて,『相場がこれくらい.んで君はこんなだから,こんだけマイナスね』という気持ちがよく分かるものであった.....うーん...ま,いいや.やめとこ(^^;とにかく僕は,人並以上のカネを持つことの本当の値打ちは,人のためにケチケチせずにカネを使える ってことにあるような気がしている.逆に,どんなに金持ちになっても,人のためにカネを遣えないようであれば,それは,なんともまぁ志の低い,心の貧しい人間であると,そう考える.ちなみにチークのダイニングテーブルは,自分のため ではなく,呑み仲間と,妻と,いつか会うチビたちのためである(^^)v
May 27, 2008
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大勢の人の前で自分の何かを披露する.僕の今の身分で,そういう機会といえば学会発表くらいなものだ.聴衆は十数人程度の時もあれば,ごく稀に百人,二百人ということもある.他人の発表を聴いていて『あー,この人は上手だな』と思うのは,自分のことを『わたし』とか『わたくし』とかって言えて,セリフの最後が『~でございます』なんてので締めくる発表である.こういう発表をするのは,たいてい名の知れた外科医で,普通の発表においてももちろんのこと,講演やランチョンセミナーの演者としても実にカッコいいものである.僕はたいてい学会発表でも,自分のことはやっぱり『ボク』だし,文章の締めは,せいぜい『です,ます』か,おカタくいって『~であります』くらいなものだ.よっぽどの大舞台で意識して『わたしは..』なんて言ったこともあるが,発表の最初の一,二度くらいで,あとはすぐに『ボク』に戻ってしまう.ましてや『ゴザイマス』なんてのは,これまでの人生でたった一度も言ったことがなかった.ま,所詮医者なんてのは,社会に出る前も出た後も,こういう真っ当な言葉遣いなんての,教えられる機会も披露する機会も無いからね(^m^)んで,先日.こんな僕が,ついに人生初の『ゴザイマス』を披露する機会がやってきた.その会は,まさに僕が主役でありホストでもある結婚披露パーティーである.『披露宴』ではなく『披露パーティー』である.いつからか僕は,あんな形式ばった,お仕着せがましい『披露宴』なんてものは絶対やらない!と決めていて幸いにも相棒の理解もあって,教授とか上司とか初めて見る親戚とか僕らのナマの生活や行き方に全く興味のない人たちを,巻き込まずにすんだ(^m^)本当は互いの両親すら呼ばない予定だったんだけど,まぁそこは神様のいたずらか僕ら人間の制御できない事情により急遽お招きすることとなる.人並みのことはしないと企画した事とはいえ,なんだかんだいって作ることになった僕らのプロフィールパンフレット.あー,やっぱり僕の親父が反応した.僕の趣味の欄.『投資』→『このバカ野郎!趣味が投資などと恥ずかしいことを披露しやがって!!』最後に記した『研究テーマ』.僕 :『癌を切らずに治す方法』彼女:『夫とキレずに付きあう方法』→『めでたい場に『切る』だの『キレる』だの!バカ野郎!!』アハハハ(^^)見事に予想通りの反応であった.そして.日本一お洒落な場所で式を挙げた僕らが,日本一モダンな風景が見える場所で主役になる.んで,アウェイの土地にやってきて舞い上がった僕の友人たちは,僕のエピソードを『キレる』だの『転落』だの忌み言葉連発で飾り,挙げ句の果てに,四十前まで独身であった僕に『ホモ』疑惑まで投げかける.(--;...あんな会を主催できて,主役になれたことを誇りに思う.(^^;だから僕は,会の最後に,僕の思いっきりの形式ばった,かしこまったセリフ.『わたしたち』のためにお集まりいただいた『皆サマ』,本日はありがとうございました.これから新しい人生を二人で歩いていくわけで『ゴザイマス』が皆さまが今までと同様に私たちとともに在ることに感謝いたします.おー!言えたねぇ..残されたビデオを何度も何度も見ては,よくやった!と,自分を褒めている.だから,やって良かった と思う.年の離れたゲストも,あーだこうだ小言を言いながらも,『良かった』と言ってくれる.まさに『ゴザイマス』口調のおかげだな!(^^;
Apr 30, 2008
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ひ!っさしぶりの投資ネタ.はるか昔なので記憶が曖昧だが(^^;,日経平均が18千円台をつけた後,16~17千円台で,いつものように売ったり買ったりしてたような記憶がある.んで売り中心で先物をイジってた記憶もあるなぁ..うーん,んでその後なにしてたんだろ??ほとんど記憶喪失である.ま,それは冗談として,現実逃避していても,いやでも確定申告で向き合わされたわけで..去年の成績は,現物の成績がマイナス.先物が同じ分だけプラスだったので,税金分だけわずかにマイナスだった.おっ!やるじゃん!..と思うことなかれ.確定してない含み損を大量に抱えたままの年越しで.日頃 逃げ足のはやいチキンを自負する僕にしては,完全に逃げる機会を逸し..うーん...機会がなかったというより,瞬間冷凍されて冬眠させられた気分だったのだ(^^;もちろん,いや幸い,枠いっぱいで買っていたわけではなかったが,残りの現金を,金利もつかない信用口座に置きっぱなしで,僕の『ライフ』において,他のことに没頭?していたわけだ.今日,久しぶりに活動した(もがいた?).塩漬けになっていた古株の一部を処分して,それと同じ分だけ銀行株を買う.さて,今までのお休み期間が正解だったかどうか.いま休みから明けるのが正解なのかどうか.そんなことは,いま分かろうとしたって仕方がない.相場のタイミング,というよりも,僕のライフの中でのタイミングで,もうそろそろ活動再開の時期なのだ.この一年での教訓.手数料が安い口座よりも,逆指値注文ができる口座を使うべきだ!!(^m^)
Apr 23, 2008
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『地球のことを考える』などと,大仰なカテゴリを作っているけれど.ほんとに恥ずかしながら,僕はいまだに海外に行ったことがない.学生の時は,時間は腐るほどあったけど金が無い.仕事をはじめて小金はできたが,時間が全く無い...どうせいつか新婚旅行,ってやつで行くだろうと思っていたけど,そんな機会もなかったわけである.(^^;そういえば一度,イタリアで開かれる国際胃癌学会というのに行く予定,したことあったっけな.それが海外デビューだったはずなのに,9.11テロが起こってしまい,恐くなってキャンセルしたのだ(^^;投資を始めて海外の出来事にすごく興味をもつようになり.いつまでたっても満足できない自分のオペを,劇的に飛躍させるのは留学か!とか..そんな感じで,早く日本から,一度は出ないといけない!なんて思っていたわけだ.んで,この地球儀.誕生日のプレゼントにもらった.うーん..地図を眺めることが大好きな僕にゃ,たまらんギフトですな!海外でなにかニュースがあるたびに,この地球儀で位置確認!!ときには酒を飲みながら ボーッとこれを眺めたりする.全く知らなかったが『リプルーグル』という,地球儀では世界最大の会社のものなのだそうだ.紙製の巻き尺がついていて,地球の表面にピッタリと合わせられるようになっている.ハワイとか,ニューヨークとか,アイラ島とか..一度は行ってみたいところまで,どれくらいの距離があるのか.なんとなく分かる..ような気がする.ヨーロッパやニューヨークに行くのに,なぜ飛行機が北極圏を飛ぶのか,『なるほど!』ってね.小さいながら,自分の部屋の中に地球があるってのは,うーむ..我ながらカッチョいい!
Apr 3, 2008
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結婚して よく聞かれること.『飲みに行くの,減ったでしょう?』うん..激減である.べつに僕は,飲みに誘われればいつでも行くつもりだし,僕の趣味を理解してくれている妻だから,外飲み禁止というわけではない.しかしねぇ..まず,飲みに誘われなくなった(^^;んで僕自身も『誘われれば』ってスタンスになってしまったからね.そりゃぁ激減するわなぁ..気の合う仲間と外で飲んで,好きなことを好きなだけ喋るのが一番楽しい.難しいオペをするより,株が上がるより,ずっと幸せ.そういう時があったのにねぇ..僕より先に結婚してどんどん消えていく外飲みの戦友たちを寂しく思っていたが,まぁ見事に僕も戦死である....とはいうものの,酒量が減ったかというと そうでもなくて.うーん..細かく計っているわけではないけれど,逆に増えたような気が..(--;体調を崩して,アルコールを控えていた我が相棒に,復活の兆し.こりゃしばらく 家飲みが続くな(^^;
Apr 2, 2008
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僕の後輩が,3ヶ月も前に胃癌のオペをしたお婆ちゃん.いまだに入院している.その人は,もともと脳梗塞を患い半身麻痺の状態で,胃癌を患う前は家族のもとを離れ療養施設にいた.なんでまだ入院しているかというと,術後の経過は非常にいいのに,医学的に悪いところは全くないのに,食事を全然摂ろうとしないからだ.僕の病院では,数人いる外科医が曜日ごとに全患者の病棟回診を担当する.最近の僕は回診当番の時に,このお婆ちゃんに,いつも情け無さそうな表情で医者の顔を見ているこのお婆ちゃんに,『無理に食べなくてもいいでですよ. 食べないことは悪いことじゃない. このまま食べずに命をとられるわけじゃないんだから. 必ずいつか食べたくなる時が来るから,焦らなくていい.』そういうことを言うようにしていた.たぶん..うすすすと..そういうことを言うのは僕だけのような気がしていたが.僕の回診を見ている主治医とか,ナースとか,そういう人たちに そういう考え方もあるのだと分かってもらえたらいいな,と思っていた.今日,そのお婆ちゃんのいる病室をおとずれた時,若手ナースの怒鳴り声が耳を突く.『食べないと帰れないよ! 私たちだって一生懸命にやっているのに. うつむいていないで私の顔を見てよ!』僕は黙って詰所に行き,婦長を呼ぶ.『あの患者さんね.いま担当のナースが怒鳴りつけているんだけど,よくないから婦長さん頼みます』実際はもっとひどい口調だったのだが,まぁ,ここで書くのはやめておく...婦長いわく,『患者さんに活を入れるつもりで行き過ぎたみたいです.すみませんでした.』『年上の人間には,どんな状況だろうと敬語を使わなければいかんでしょ. 若手ナースほど,出来の悪いナースほど,年寄りにぞんざいな口調で話すのが気になっていたのだけれど. さっきのはひどいですね.』僕がこんな風にあくまで婦長経由で注意するのは,僕が直接注意すると,どうしても強い口調になってしまって,とくに短期間で病院を渡り歩くようなナースがすぐに辞めてしまうからである.まだまだ僕には,人を指導,注意するだけの度量は備わっていないのだ(^^;当直のある夜.病棟からギャンギャン大声がする.胃潰瘍から出血を起こしたおばちゃん.別の病院から『出血が止まらないからそちらで頼みます』と転院になった人だそうだ.しかし僕の病院に来た時にはすでに,出血は自然に止まっている程度だったのだが,実はアルコール常習者で肝臓がボロボロの状態のような人,言わば『厄介者』を押しつけられた格好である.僕が見た時は,暴れて点滴は取ろうとするわ,『帰らせろ!』と夜勤ナース二人を相手に取っ組み合いを仕掛けているような状態.ま,どう見ても完全に目がイッテる..病棟でも名うての肝っ玉ナースが,逃げだそうとする患者の腕をつかんで,『あなたはこの点滴が必要なの! このまま帰るなんてとんでもない!』しかしおばちゃんは,点滴を引っこ抜いて,腕は血まみれ..病室中を走り回って元気いっぱいである.僕が見たときは,おしっこの管を抜きにかかった時で,とりあえず僕は『おしっこの管は抜いて.点滴も無しでいいよ』と言った.医学的にみて『正常な判断能力なし』と思われようと,本人が治療を拒否するのに,僕らがそれを無理強いすることはできない..と僕は考えている.こういう人に,『胃潰瘍』のことだけに視点をおいて,点滴が必要だの言ったところで,それは僕らの常識であっても,本人にとっては『虐待』に他ならない.結局,家族を呼んで.『このまま帰って死んでもかまいません』という言質をシッカリとって,しかし,『帰らせるのは心配だろうけど,血を吐いたらその時また,うちの病院に来ればいいじゃないですか』と..心からそう言っておく.いろんな人がいるけれど,基本的に僕は,食べたくない人は食べなくていいと思っているし,死んでもいいと思っている人は,それでもいいと思っている.僕自身.自分がどんな状態になろうとも,自分が嫌なことを 他人に強制されたくないと強く思っている.僕が『職業』としてやっている医者なんて,車を売る職業とか,株を勧める職業とか,根本的になんにも変わりはない.いくら良いものと思っていても,その人が必要ないと考えていれば強制できるものではない.その権限もない.(ただし患者の要求を拒否すれば処罰されるが)僕たちは神でも政治家でもない.患者もナースも医者も,みんな人である.自由や自己実現といった『本来生物にあり得るはずのないもの』を追い求めるのであれば,相応の呪縛と挫折を味わうであろう.もちろん僕自身に言い聞かせている.
Mar 19, 2008
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しばらく穏やかな医療活動をしていたのだが,(^m^)久しぶりに受け持ち患者の予想外の急変に遭う.急変ってのは いつでも予想外だろうって??いやいや..僕の感覚では,全くの予想外の『急変』ってのは滅多にない.病院からかかってくる『急変』の報せは,たいてい何かしら予想はしているものだ.昨夜の電話は,全く予想外の急変を知らせるもので,その瞬間からいまだに事態は好転せず..珍しく職場からのブログ更新である.車を飛ばしてかけつけながら,患者の病状と同じか それ以上に,家族から訴えられたりしないだろうかと,そういうストレスを,僕も人並みの医者として感じていた.本当の敵は『病気』であるはずなのに,それ以上に患者の家族や社会,マスコミに対して,アドレナリンを費やされることは,ま,ちょっと自分でも..『まだまだ若輩よのぉ~』と思う.そういう一日である.
Feb 20, 2008
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僕は日テレの,ぐるナイ『ゴチになります!』が大好きだ.東京中心の高級店で繰り広げられるご馳走バトル.自分が食べたこともない厳選食材のオンパレード.超一流の料理人が繰り出す目くるめく一皿一皿.金曜の夜,家でご飯を食べる時は,僕の食事はゴチとともに始まる.これがまた,料理を食すレギュラー陣とゲストのリアクションがホントにウマそうなので,なんか自分が食べているご飯だって美味しく感じるし,酒だってすすむのだ.で,見終わった後いつも,こんな風な料理を出す店に『いつか食べに行ってやる!!』と思ってしまうのだ.毎年毎年,年末には誰がクビになるかが,また楽しみで.誰かがクビになった瞬間から,年明けに登場する新レギュラーがいったい誰になるのか,気になって仕方がない.ところがなんだ!!森 泉 とはよぉーーっ!!!もうガックリだ..いったいこの番組のプロデューサーはなにをトチ狂ったんだろう.見た目が僕の好みじゃないのはもちろん(ホントに僕の勝手だが)なんでこんな,育ちが良くて子供に毛が生えたような空っぽタレントを出すんだよ!彼女が料理を食べてる画をみても全然美味しそうじゃないし..どっちかってーと,『普段もっといーもの食べてるしぃ』みたいな..これでは,高級料理に対する僕の興奮も萎え萎えである..こんなのに今年一年間付き合わされるのか...なんとなくゴチは今年で終わるような気がする..まぁ,まったくのイメージだけの個人的な感情っすよ.しっかし,しょうもないネタなだけに,やり場のない怒りと落胆ですな.
Feb 16, 2008
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最近の僕のブログ..なんとも『ほのぼの』ブログだなぁと我ながら思う.んで実際に,読んだ人からそう言われることも多い.投資に関しては昨年夏頃から取引をすることが激減しているし,最近の世の中は,なんといったってまずまず平和なんだろうと感じている.僕がブログの話題に事欠くようになったのは,それはたぶん,相場や世の中のせいが半分.僕自身の変化が半分..ってとこだ(^^;彼女とか元彼女とか,友達とか元友達とか,先輩とか後輩とか,あるいはネット上でたまたま繋がっている人たちとか..そういう比較的身近な人に向けたメッセージを,ブログの文章に含ませることは,便利でスマートで粋なやり方のような気もするけど.まぁなんというか..『オレってそんなに意気地がなかったっけ??』と,思わないでもない.----------------------------------------------------------先日,久しぶりの後輩と飲んだ.外科医なのに基礎研究に目覚めて,米国留学を決意した. 熱いヤツだ.不運なことに留学が決まった直後に病気になり入院..留学は取りやめになった.厳しいステロイド治療を続けながら,なんとか退院にこぎつけて..彼と二人で飲むのは本当に久しぶりだった.待ち合わせに向かう途中から,いや..二人で飲むと決まった時から,病み上がりの彼に会って最初にかける言葉を決めていた.『意外と太ってないな!』僕自身,ステロイドの辛い副作用の経験があるから..昔から付き合いのある人間に久しぶりに会う時に,やっぱりこう言われるのが一番ホッとするだろう.数ヶ月ぶりに見る彼は少し太っていたが,遠目からもすぐに彼だと分かる.努力家の彼だから,案の定..退院後,できる範囲で身体を鍛えて,ようやく人に会う自信がついたのだろうから.それをまず一番に評価しなければいけない.ほどほどに酔いがまわって,治療中のさまざまな思いや,将来のこと,家族のことを,思い巡らせるうちに,僕にも彼にも,どちらにもそれぞれの思いがグッと..まぶたに,息づかいに こみあげてくる瞬間がある.僕たちは共通の体験をしているから,そして二人とも,ちょっぴり人間のことを細やかに考えられるようになっているから..互いに互いのグッときた瞬間に気がつかないふりをして..それよりも大事な未来の出来事について思いをはせた.----------------------------------------------------------しっかし!あんまり彼が,僕のブログを褒めるんだけど,ま!どこかの出版社にだまされて,自費出版などと言い出すことはないだろう. (^m^)
Jan 30, 2008
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この正月はなんとか帰省できた.正月に帰省するのは四年ぶりである.四年前,無口な弟が結婚した直後の正月だった.男が多数派でなんとも殺風景な,僕ですら居心地の悪い家だし.そんな場に,女が多数派だった家から連れてこられた新妻は..辛いかもなぁ..そんなことを考えながら帰った.初めて他人を家族として迎えた我が実家では,僕の予想に反して彼女も家族も明るくくだけていて,『うちにもようやくこういう空気が流れるのか..』と内心ホッとした記憶がある..なにが悪かったのか,それから半年も経たずにその人は他人に戻り,次の年から元どおり,僕も帰省しなくなった(^^;この正月は...買い物などには興味がない弟が,僕たちのために珍しくワインを買ってくれていた.家族にはなんの前情報も入れてなかったらしく,母が用意できたのは普通の『コップ』である.弟は,そんなことはお構いなしに,誰かのコップが半分になるかならないうちにガバガバと注ぎ足していき,結局,自分が一番酔っぱらって..まぁ,なんというか..ちょっとした粗相もしてくれた(^m^)これも我が実家にできた新しい歓迎と考えよう.そして今,僕が住んでいる家は,男女比が1:1になったから,それほど殺風景ではない.ちゃんと人数分のワイングラスがある.それどころか,シャンパングラスだってそろってしまった(^^)ここに来るまでの彼女の人生は,段ボール箱およそ30個分にギュッと圧縮(?)されて僕の..僕たちの部屋にやってきた.数週間もすれば,箱の中身はモザイクとなって,きれいすっきり,部屋と同化するだろう.そして僕は,小さな椅子を買ってあげた.『ウーッ!』っとうめき声が聞こえるので,なにかと思って見たら,リビングのドアの上についている留め金に手が届かないらしく一生懸命に背伸びをしている.同じ視線で見てみると,備えつけのキッチンの戸棚も,ちょっとしんどそう(^^;だから小さな椅子を買ってあげた.この上に立つと,ちょうど僕と同じ身長になれる.無理に背伸びをしなくてすむように...僕はなかなか気に入ってるが,さて当人の使い心地はどうだろうな..(^m^)
Jan 15, 2008
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正月の.. だらけたテレビ番組や,なんとなく『おめでとう』と言っときゃ済むみたいな雰囲気にいまいち馴染めない.それよりも年が暮れるいまの方が,みんなが何となくせっぱ詰まって一生懸命で好きだ.例年通りならこの時間は,こんな年の瀬に入院している不幸な患者たちの病状を気にしつつ,『どん兵衛天ぷらそば』を独りで食べながら,実家に『この正月も帰れないよ』と電話をし,他に面白い番組もないので,『紅白..』を見て..『おぉ~!やっぱ年末だ!』と実感しつつ,急にこの一年を振り返る気になり,年賀状を書く. 今年の僕は,いつもより少しだけ『正月』を大切にするようになり,すでに年賀状は出した.(こんな早いのは何年ぶりだろう!?)大学を卒業して初めて,帰省の切符も予約した.土産も用意している...同郷の人と結婚すると決めたからには,この正月はなんとしてでも帰らねばならない.しかし相変わらず,年末の寒い時期に必ず出現する『重症患者』を受け持っていて..明日の朝までにコールがなければ,やっぱり思い切って帰ろう..そんないつもの年末と大して変わらない..かもしれない..気分だ.うーん..やっぱ正月なんて僕には関係ないんだけど..なんてね(^^; 今年の相場で儲けるほど僕は変人ではなかった.仕事は..今年も訴えられるようなことはなし.ひとつ新しいオペをマスターした.身体は順調だったが最後に椎間板ヘルニアを患った.これは来年の課題にしよう.人付き合いは,旧い関係は熟成されて概ね良好.新しい関係は..これも来年以後の課題にしておこう(^^;毎年恒例の友人との年末カニ温泉ツアーは,仕事の都合と互いのモチベーションが交錯した挙げ句,無くなった. こうしてなにかを得るかわりに何かを失うのか..いやいや..長い目で見れば,一回休憩をいれただけのことだ.こんな風に僕の部屋から見える風景の中では,『年が変わる』という特別な日も,『日付けが変わる』という何でもない日と,そう変わりはない.繋がる人たちと,糸一本でも繋がっていればいいと思う.ではまた来年(^^)/~
Dec 31, 2007
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左手の痺れが出始めて三週間.この間ずっと薬を飲み続けてきたがいっこうに治まる気配がない.整形外科医に相談して,やはりMRIを撮りましょうということになった.早速検査室に予約をお願いしたところ,『いまキャンセルが出たから,すぐ撮れますよ』とのこと..まったく有り難い.この業界で働いていて良かったと思える瞬間である(そういう瞬間には遭いたくないが).んで,MRI検査室へ..もちろん僕はMRIを受けるのは初めてである.感想.怖かった..(--;技師さんと一緒に薄暗い部屋の中へ.『先生,おしっこ大丈夫ですか?』えっ!!おしっこ??そんなに時間かかるの?『だいたい三十分くらいですね』あー,それくらいだったら大丈夫..そして検査台に仰向けに横たわる.この瞬間,『ビーン!!』と左手に痺れがっ!!技師さんに頼んで痺れが治まる程度に枕を少し高くしてもらうが,この時点ですでに若干の恐怖心が..機械音がうるさいからとヘッドホンをつけられ,頭の回りに筒型の柵をはられ完全に固定.そして手になにやらゴムボールみたいなものを握らされる.『それでは今から始めますね.先生,閉所恐怖症なんかじゃないですよね?なにかあったらこのボールを握ってください.外に連絡できます.』はいはい..MRI検査って閉所恐怖症の人はダメなんだよね~..でも僕は大丈夫...と言いながら無意識にボールを握りしめていることに気づく.そしてドームの中へ.狭い(--;太っているわけではない僕でも,けっこうギリギリのスペース.んでこの時にすでに,ジワリと左手の痺れが再来している.ウオォー!これで三十分かよ!!なんか心なしか,動悸と目まいがする(--;左手はジンジン痺れだし,ゴムボールを握った右手にはじんわりと脂汗が..結局,手の痺れに耐えきれず何度か頭を動かしてしまったので一部を撮り直し.いや~..かなり辛い体験でした.みんなこんな思いをしてるのね..結果..素人の僕が見てもはっきり分かった.頚椎の間の椎間板がプクッと飛び出ている.んでその突起物が神経を圧迫している.立派な『頚椎椎間板ヘルニア』でした.しかも二カ所も..予想はしていたものの(いや,軽く考えていたか..),実際に画像を目の当たりにすると,かなり!相当... ショックだった.あかん..今回はこのへんにしておこう.これ以上書いてると,またヘコむ..(^^;;
Dec 22, 2007
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えー..昨今の医師不足とかそういうお話ではございません.僕自身の話.思えばこれまでに,外科医としての危機が二度あった.一度目は外科医6年目に発症したゴム手袋アレルギー.両手首までの酷い蕁麻疹が数週間続いて,外科医をやめなきゃならんのかと思った.今はラテックスの手袋をやめて合成ゴム製のものを使用している.たまに他の病院でラテックス製の手袋を使っても蕁麻疹は出ない.幸いにも僕のアレルギーは,その時の体調や精神状態によって出たもので.一時的なものであったらしく,ホッとしている.二度目の危機はその二年後.強烈な肛門の痛み.もともと痔の気があったんだけど..あの時は立っていること自体が肛門に負荷をかけ,あまりの痛みに冷や汗が出て倒れそうになるほどだった.どんな薬を使っても治らなくて,肛門科をかじっている自分からしても手術適応だったのだが..絶対に他人に尻は切らせないという強い信念(恐怖?)のもと,狭心症の薬であるニトログリセリンを尻に塗りつけるという斬新な治療法に出会い完治した.しかしその3年後にまた再発.秘密兵器のニトロも全く効かず,およそ半年間苦しんだ.よく新聞なんぞに 『病気を苦にして自殺..』 なんてのを見るよね.なんかそういう気持ち分かるな..って感じの,なかなかハードな経験だった.そして三度目の危機がいまおとずれている.もともと酷い肩凝り性である.3週間前くらいから強烈な首と肩の痛み.いろいろ無理をしていたので仕方ないかと思っていたんだけど.今回は左の親指と人差し指がビ~ン..と痺れている.数日でとれるだろうと思っていたのに,肩凝りが良くなっても痺れだけがとれない.整形外科のドクターに診てもらったところ,『頚椎症性神経根症』 という診断をくだされました..トホホ...薬を飲み続けているものの,いまだ改善傾向なし.幸い症状が酷くなることはないが.毎日毎日,昼過ぎてから夕方にかけて痺れがだんだん酷くなり,なんとなく胸まで締められるような感じがする.痛いという感じはないけど,痺れるというのはかなり気持ち悪い感覚で..憂鬱..いろいろ調べたら,なかなかやっかいな病気みたい.まず良くなるにしても数カ月かかるそうだ.悪くなれば排尿障害なんかが出て手術になることもあるとか..うーん..良くなるとして数カ月この痺れに付き合うのか..指の動きには問題ないので,手術も内視鏡もこなしているが,この歳でこんなことでは,いつまで外科医を続けられるものやら....というトホホな日々である. ( >o<;
Dec 15, 2007
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『相場は全てを織り込む』という言葉がある.一見その企業に対して割安に思える株価でも,それは全てを織り込んだ価格なのだ.一見,こんな企業がこんなに高いの?と思えても,高くなるには必ず理由がある.株価はその企業の過去・現在の実績と,将来性と,時運と..全てを織り込んだ『現時点での事実』なのだ.だからトレーダーは,株がいかに割高,割安と思おうとも,その時点での株価は事実として受け入れなければならない.人はつい,自分の株価を見誤る.自分の株価はもっと高いだろうとか,どうせ自分は大したことがないとか..数字にならないから自分の値打ちは分かりにくいけれど,よくよく冷静に考えてみれば,今の自分の株価はダウ理論のとおり,その都度の『適正価格』なんだと思う.せっかく投資に学んでいるのだから,僕は自分についた今の株価を,まず適正な価格として冷静に受け入れるという,辛い作業をこなさなければならない.
Oct 13, 2007
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仕事をこなすだけの毎日である.日常の仕事の中では『えっ??』と思うようなことがたくさん転がっているが,それもあとになって思い出すこともないくらいの些細なことになるだろう.10代は,初っ端に大病を患って,半ばまでにこれを克服し,最後に田舎を飛び出た.20代は,医者になるための一歩を踏み出し,半ばで外科医になると決め,とにもかくにも最後には一人で食えるようになった.30代の初っ端は坂道を一歩一歩登るというよりも,一本道の急な坂を駆け下っているような感覚で.すぐに次の足を前に出さなければ転んでしまう気がして脇目もふらず疾走し,半ばを過ぎて気づいてみれば,いま登っているのか下っているのかが分からなくなっていて,淡々と日々が過ぎていくのみである.いま思えば,10代や20代の方が変化に富んでいてずいぶん面白かったような気がするが,もっとよく考えてみれば,いずれも半ばを過ぎた頃の日々日常は次の10年のことなど何にも考えていなかったダラダラとした日を過ごしていたと思う.んで,最後になって『こんなんじゃダメだ!』というワケがわからない衝動をもって次の自分にバトンを渡してきたのだと思う.それは『深慮遠謀』にはほど遠い生き方で,その衝動は一体なんなのか,はたまた『いたしかたなく』ここに来ただけなのか..今日の淡々とした日常の中で,『やはり次のステージに行かなければダメだ!』という衝動に衝かれる.それは昨日はなかったが一昨日はあったかもしれないし,そうでなかったかもしれない.今年にはあって去年はなかったのか,やはりあったのか.今日だけのようで今日だけの思いではあるまい.やはり次のステージだな.衝動と,そうしなければ仕方ない..,の思いが加速度的に増幅される.
Oct 9, 2007
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ミャンマーで殺されたカメラマン.彼が所属していたAPF通信社なるものの代表が帰国したニュースが各局で報道されているが.人ひとり死んだ責任を,その代表に問うコメントが不思議と無い.全く無さ過ぎて気味が悪い.僕個人的には,この事件.一人の義憤に燃えた個人が,自分の意思で行動した結果だから,彼が便宜上所属していた団体の代表を,批判の対象としないことは至極まっとうなことだとは思う.ただ,メディア以外の業界に対しては,同じように全く一個人の資質の問題で起こった犯罪や事件を,あたかも,『たまたま』その人が所属していた組織に全責任があるかのように過剰にバッシングするあのメディアが,本件にかぎっては『優しく』『暖かく』報道していることは,すごく不自然だし,気味が悪い.L&Gのマルチ商法事件についてもしかり.ある新聞の社説で,この団体の広告塔として活動をしていた芸能人や元警察関係者を批判していた.しかしその新聞にも,僕が普通に見るテレビやネット配信のニュースにおいても,彼らの実名を見ることはない.以前に『近未來通信』という団体が同様の詐欺行為をしていたが,これが摘発される少し前に,この企業の広告を全国紙が大々的に載せているのを見て,非常に不愉快に思っていたのだが..広告を載せたメディアに対する批判は僕が知る限り全く無し.広告でにこやかな笑顔を振るう大地真央は,いまでも普通に芸能活動やってるんでしょ.関西テレビの捏造が問題になった『発掘!あるある大事典』にレギュラー出演していた堺正章って,いまでも元気に『チューボーですよ!』なんでしょ.ま,チューボーですよ!は好きなんだけどね.僕がマスコミに不信感を持つようになった直接のきっかけは,以前ブログに書いた,僕が関わった医療訴訟の新聞記事を見てからである.なんとまぁ!提訴されたというだけの段階で,提訴した側の言い分だけを好き放題にアレンジして国中にまき散らすものだと思った.一言で言えば,無知の無節操である.ところで..日本で自民党政権がこうも長続きするのは,外から見れば非常に不思議なことらしい.内外ともに,その理由として『日本人の民度の低さ』があるのだとか.参照→『日本で自民党政権が続くワケ』逆に政権が頻繁に交代する国の民度が高い,とは思わないのだけれど,うーん..かといって日本人の民度の低さを否定する確固たる反証を思い浮かばなかったのがちと悲しい.お粗末な政党や,お粗末なメディアしか存在しない所以は,結局もっと優れた政党やメディアを創れない僕たちひとりひとりの『民度の低さ』なのかね.
Oct 4, 2007
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誰だってそうであるように,僕だって日々いろいろな思いをもって生きている.今日は大阪で学会.タクシーの運ちゃんは,この仕事を始めて8ヵ月.僕の親父と同い年なのに彼は新しい仕事を始めた.『昨日までは歯科学会だったらしいけど今日はなに?』という彼.『今日はこぢんまりとした学会ですよ』斜め後ろから見る色つやの良い顔で彼は言う.『膝に水が溜まりましてね.昨日,病院に行って抜いてもらいました.私なんて先がない人間は食べることだけが楽しみなんですよ』ウエスト100cmの『メタボ』な彼は,医者に止められながらも焼き肉を腹一杯食べることが楽しみなのだと言う.『いまさら食べるなというのは無理でしょうから,せめて肉を食べる前にキャベツをつまんだらどうですか.脂肪の吸収を抑える効果がありますよ.』僕の一言に営業なのか,えらく感心して.『いいことを聞かせてもらいました』..という彼の妻は,今でも現役の看護師なのだという.今日,こぢんまりとした学会に参加したのは,かの有名な○監督の腹腔鏡胃癌手術をしたという外科医のビデオを見ることがメインの目的.現時点で彼は腹腔鏡胃癌手術では世界トップである.大きな学会ではいつも満席,立ち見のなかで見るしかなかった彼の手術を,座って落ち着いてじっくり見られて,これくらい僕にもできる.と思えたのが収穫.ただし僕が実際にこれをマスターした頃には,彼のビデオは,やはり立ち見でしか見られないものになっているのだろうな..と思った.最後の肝臓手術のセッション.肝臓外科の権威のひとり.あくまで『権威のひとり』なのだが.『他の病院で手術不能と診断された肝癌なのですが,僕は切れると判断しました.』残念なことに,一瞬に提示されたCT画像を見るかぎり,僕は『手術不能と診断』する外科医であった.こうやって僕は,達人であれば切れる癌を『切れない癌』だと診断している.そういうことを思い知らされたのが収穫.このセッションの座長をしていたのが僕の医局の教授だが,僕のイメージとは違う力強い声量で,司会をつとめ,一時,鬱病に悩まされた彼の治療も上手くいっているのだなぁと思う.学会の席につくなり数メートル離れた席に座っている,名ばかりの現医局長と目が合う.軽く会釈して,始まる発表に集中しようという僕の横に駆けつけた彼が言う.『先生のこと.教授と話す機会があってね.うちの大学には是非必要な人材だからと推しておいたからね.早く帰ってきてよ.』余計なことを言う..と思いつつ,彼のことは嫌いではない.いや.好きだな.その後,休憩時間のたびに,『あんな小さな病院で腹腔鏡手術をやってるの?こんど先生の手術を僕にも見せてよ.』と言う.半分は医局長としての『おだて』であり,半分は『この世代の人でも腹腔鏡手術を無視できないものなのか』と思う.僕が無視しようとしてきた代わり映えのしない医局にも,変動が来ようとしているのか..と思う.その帰り.ふたつ下で,僕が逃げ出した大学で下働きを三年以上続けている後輩に出会う.実はこの学会で,『ひさびさに大学病院で頑張っている人と飲もう』と思っていた僕は,迷わず彼を飲みに誘うが,妻と生まれたばかりの息子が家で待っているからと断られる.来月に,北陸の有名な病院に勉強しに行くのだという彼の話を聞いて,口には出さないが,『どうせ行くなら東京へ行けよ』と思うが.まぁ,僕には言う資格は無いのだろうと思い,一言.『先生が勉強してきたことを俺にも教えてくれ』と言っておく.行き先の違う電車で別れてから,『今日の○○先生の腹腔鏡胃癌手術のビデオね.先生はどんなイメージしましたか?僕は自分でも出来ると確信したよ』とメールをしておいたが,いまだ返事がない.気を悪くしたかな..この間に,仕事以外の『つながる人たち』からメールを受け取る.『再就職のための履歴書を書いているのだけれど添削してよ』『メールアドレス変えたから登録し直しておいてね』『試験に受かったから京都の割烹に連れてってください』『婚約おめでとう.いままでのことは整理できた?』『仕事最終日.惜しまれて祝福されながら仕事を辞められるのは幸せなことだとも思う』それぞれが,それぞれのつながり方で僕とつながる人たちだ.
Sep 29, 2007
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ちょうど一週間前のこの時間の僕は.大きな節目を無事に通過してひとり部屋に帰り,いつもの週末より多い洗濯を済ませ,あまり美味しくもないビールを飲みながら,その日一日を振り返り,『ホッ』とするでもなく,気合いが入るわけでもなく.なんとなく気ダルいひとときを過ごしていた.結婚が遅いといわれる僕の業界の中ですら一際遅かった僕の結婚は..アポロの月計画みたなもので.『ずいぶん昔に行けたのだから,今だって行こうと思えばいつでも行けるだろう?それでも行けないってことは,あの月旅行そのものが嘘だったんじゃないの??』みたいな感覚だったかもしれない.僕のような男..すなわち,自分のメシは自分でなんとかするし,掃除洗濯は人任せにするより自分でする方がいい.『飲み歩くのも,いい年になれば誰も付き合ってくれないよ』と言われ続けながら,どういう年になってもお互い需要はあるもので,昔ほど数多くはないがその代わり精鋭の飲み仲間がいる.病気になれば自分が勤めている病院に入って職場のみんなになんとかしてもらって,仮にいま死んだって治療代と小さな墓くらいはまかなえるだろう..そういう人間が『結婚』する意味って??結婚するという自分がずっとしっくり来なかった...かといって,いつか病に蝕まれ,あるいは事故かなんかで突然に息絶えた時に,誰にもなんの感情も記憶も残さず世の中になんの名も残さずに死ぬってことはもっと不自然だった.そしてそう考えていても,『なにか残したいから結婚する』ってのもますますしっくり来なくて,んで今に至ったわけである.中学を卒業する時に,文集に書いた僕の一言.『アッとい間の三年間だったけれど,まだまだ僕には先がある!』『アッという間の三十ン年間だったけど,まだまだ僕には先がある..』ってのが今の僕ね..(^^;あれから20年以上が経っているのに基本的な姿勢は変わらんな~..と思う.先週,田舎に帰って.両親が用意してくれた結納品を見て.相場以上の品を用意した彼らに気を遣って『これは立派なもんだね』と言い,きれいに整えられた彼女宅で,酒飲みの僕を飽きさせまいと用意された酒肴の数々にシナリオ通り酔い.『まぁこれでこの場の皆が満足しただろう』と無理矢理感じようとしたのに..意外に面白かったのが,あの席にいた誰もが,僕と似たような感情を持っていたことかな(^^)『名実ともに..』という言葉において.僕は『名』はいらない.『実』があればいい.と思っていたのだけれど.結局いざとなれば,一番見栄っぱりで高価な指輪なんぞを用意して,一番に『名実ともに』にこだわったのは僕自身であった.なので,一週間前のいまの僕は.かっ!なり疲れていたのだろうね(^^;いままで一人で(..のつもりで)築きあげてきた僕自身を,僕の価値観を.一切がっさい見直さなきゃあね!僕が今まで一人で,当たり前にしてきた呼吸と,これから彼女が食べるご飯が,同次元になるのだ.それがいまんとこの僕の結婚観だな.
Sep 24, 2007
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外科医をやって13年.この間に一度だけ医療訴訟を起こされたことがある.外科医四年目の,まだペーペー外科医の時だ.法的に訴えられたのは当時の僕の上司と病院だが,非常勤も含めて外科医3人でやったオペの結果,人ひとりが亡くなったわけで,当然,僕も当事者である.正月をはさんで三ヶ月におよぶ集中治療を施したその患者さんが亡くなる直前の一週間.部長は連夜の泊まり込みであった.当時,未熟な知識しかなかった僕の目から見てすら,この人が結局ダメだろうということは,もっと前から分かっていた.今となっては分かるのだけれども,ダメと分かっている患者がいよいよダメになるに至って泊まり込むのは,気持ちの全てとは言わないが,やはり後々の訴訟を意識してのことだろう.あの時も,うすうす分かっていた.他の日常業務をこなしながら,やつれた顔で泊まり込む部長を見かねて,代わりに泊まろうとする僕に言った部長の一言を今でも覚えている.『先生は帰っていいよ.あの患者のことは僕の仕事だ.』さびしい一言だった.僕なりに一緒にやってきたつもりだったが,部長の中での僕は所詮この程度の存在だったのだと思った...と同時に,正直に言うと,『部長がそのつもりなら,僕に訴訟が及ぶことはあるまい.』と直感した.あの時に,自分を浅ましいと思った記憶が,その後似たような状況に置かれた時にいつも蘇る.一年以上経って他の病院に移っていた僕は,全国紙の三面記事で医療訴訟になったことを知る.それから数日して,かつての部長から電話がきた.司法からの要請で,手術記録をもっと正確に書いてよこせということで,僕の記憶と照らせあわせたいということだった.基本的な腸管吻合に,Albert-Lembert縫合というのがあって,これは簡単にいえば,つなぐ腸管どうしの全層を縫合する.そしてさらに腸管の外側を構成する漿膜・筋層どうしを縫合するというものである.部長は,術後に縫合不全を起こした原因として,漿膜・筋層縫合を忘れていなかったか..ということを僕に確認したかったらしい.僕は即答した.『そんなことはあり得ません.いくら夜中の緊急手術だからといって,外科医四年目の僕だからといって,何百回も見てきている吻合です.先生が吻合を間違えていたとしても僕が気づかないはずがありません.』それを聞いて彼は安堵した様子だったが,僕は,外科医にとってこんな初歩的なことまで争点になるのかと悲しくなった....が,訴状を見てそれも納得できた.訴状にはA4数枚にわたって,僕たちが患者に対して何の努力もせず,いかにお粗末な医療をしていたか,ということが延々と述べられていた.初めてみる訴状は,部長も僕も死刑を免れない殺人犯であるかのように糾弾していた.それを見て愕然とする僕に,『僕もこれを見た時はビックリしたが,弁護士に言わせると訴状ってのはこんな感じらしいよ.訴える側はこちらの非をとにかく思いつく限り微に入り細に入り訴えて,その中のひとつでも多く勝ち取ろうとする.それが裁判ってもんだよ』と言った.その中に興味深い主張がある.もともと予定手術が入っていた日だったから,僕たちはその患者の手術の前に二つの手術をこなしている.原告が言うのは,ふたつ併せて6時間以上の手術をやって当然疲弊しているはずの外科医が,本患者の手術をマトモに出来たのか??ということである.なるほど.だから部長はお決まりの吻合にすら,ちゃんとやっていたかを僕にも確認したかったのだ.僕がやった手術で,最長は14時間である.それも一人の患者の手術だったから,合間なしで.二三時間の手術なら,一日に3人や4人の手術をこなすのは当たり前である.この訴状の,『当たれば儲けもの』的な訴える側の主張と,訴えられた側の部長の憔悴を見て.(あくまで訴えられた側の見方ではあるが)『こんなことには今後二度と巻き込まれまい』と誓った.いろいろ忙しくて,ブログを更新するモチベーションが無くて,サボっている間に起きた『事件』がある.奈良の妊婦たらい回しの件.二年連続して起きた『奈良』の『妊婦』の救急たらい回しということで,夜間救急診療に対するプロパガンダ的な報道がされていたが.僕が変わらず日常診療を続けながら,心の中にあった考え.思い.いや.思いというほどでもない.感覚か.感情かな..僕は一度,救急患者を受け入れて緊急手術をして,『もともと忙しいくせに,お前達の力量以上の患者を手術して死なせた』と訴えられた.ちなみに,あの手術自体の僕に対する直接的な報酬はゼロだ.手術を終えた次の瞬間から他の患者の診療をしなければならない.誰も代わりはしてくれない.ちなみに,あの患者は同じ症状で長年通っていた『かかりつけ医』に,いろいろやっかいな病気を抱えているから,うちの病院では手術はしない.と言われ,救急隊からの要請で僕たちの病院に搬送された.この『かかりつけ医』は訴えられるどころか,遺族から『手術をしないと言った判断が正しかった』と評価されたらしい...ほぉ~.だったら,いままで診たこともない初診の,夜の救急患者は他の病院へ行ってもらおうか....と,思っても不思議ではない.僕は,全国に二十万人以上いる,国家が認める資格と奉仕の精神を持つ『医師』だから,それでもそうは思わないけどね.大学病院で周産期医療をやっている同期が送ってきた今年の年賀状には,小さな文字で『大学はつらいです』と,たった一言だけ書かれていて.僕は泣きたくなった.彼は明朗快活.非常に優秀な男で.将来はどこかの大学の産婦人科教授を嘱望される男である.自治体運営の救命センターに勤める外科の同期は,ベッドが埋まった時だけ僕を飲みに誘い,『年中携帯を気にする生活にも疲れてきたよ.最近は『満床だから受け入れ不可能』ってのも心苦しいしね』と言う.そしていま僕は,いろんな病院から『たらい回し』された患者さんが最後に行き着く病院に勤めている.ある時は,搬送元の医師に『こんなにひどくなる前に,遠慮せずもう少し早く送ってください』と言い.ある時は『先生の病院にだって外科医はいるでしょう?彼らは知らんぷりですか!?』と言う.夜中だろうと休日だろうと緊急手術はやる.幸い国もマスコミも,飲酒運転には厳しくなったが酒気帯び手術は問題にしないらしい.大きな声では言えないが,これをやられると確実に我が国の医療と僕の日常生活は破壊されるね(^^;;;
Sep 21, 2007
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僕が相場の世界に飛び込んだのは2002年の真夏である.2000年の春にITバブルがはじけて,ジリジリと株価が下がり.名だたる大企業が次々と破綻する中..僕は投資を始めた.あの頃はまだ,日経平均株価は1万円をかろうじてキープしていて,アジア初のW杯.日韓W杯が株価反転の兆しになるのではないかと期待していた.それから株価は,あっさりと1万円を割り込み,ついに8000円を割って.投資を始めたばかりの僕も小さな損失を繰り返し..しかしあれが,大底だったのだと気づいたのは随分あとになってからである.出口の見えないあの頃に僕が投資を始めようと思ったきっかけは主にふたつ.ひとつはロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』を読んだこと.ベストセラーとして書店に並んだ時期のおよそ半年遅れで手にとった,あの本を読んだこと.世の中には,四つの人種がある.ひとつは『誰かに雇われる人』.ひとつは『小さな自営業を営む人』.そして『誰かを雇ってビジネスを営む人』.最後に『ビジネスに投資をする人』.前者ふたつは,自分の時間と肉体を駆使して『お金のために働かされる人』であり,後者ふたつは,自分の頭を駆使して『お金を自分のために働かせる人』である.読み終えた直後に感じたこと.こういう考え方は亡国の理論であると思った.誰しもがお金や人のために働くことをバカバカしいと思ったら,その国は滅びると思った.もうひとつ感じたこと. しかし欧米人はこういうことを考えているのだ.これを単純に『汚い』と排除していたら,僕たち日本人は食い物にされる.当時,身分は公務員であり聖職であった僕は,自分の貰う給料を,ただひたすら当然に,自然に湧いてくるものと思っていたが.その綺麗事は,実は世の中の『汚いもの』の上に成り立っているのだと感じた.『汚いことを知らずにノホホンと生きてはいられない時代がやがて来る』と直感した.僕が実際に相場を張るおよそ一年前の..2001年の夏である.もうひとつのきっかけ.同じく2001年の夏.僕に降りかかったある出来事.貧乏勤務医なりに数年かかってコツコツ貯めた貯金を,まったく見も知らない他人に持って行かれそうになった.現実にはそうはならなかったのだが,『持って行かれて』当然の事態に陥った.僕にはなんら落ち度はなかったが,それは飽くまで『自分だけの』感覚で,社会的に見れば,貯金の全てとはいかなくても半分くらいは持って行かれても仕方がないという事態に陥った(医療訴訟ではない).対戦相手は資産家で,その人と僕は,お金以外のもので争いあうのだが..結局,僕が築いたものなど..ちっぽけなものなのだと..そう思い至らされた.あの時に僕の中で,お金に対する価値観が..いや,人生や世の中.. 『社会』や『人間』というものに対する価値観が,ガラリと変わった.我ながら今でも自分に感心するのが.あの時の僕が,『コツコツ働く者はバカだ』とか『どうせ貯金は持って行かれる』とか,そういう負の感情を持ちながらも,『どうせ無くなるものならば,最初から無いものと思って. そのかわり今の僕の手にあるものを賭けて自分を鍛えよう. 次に苦境が来た時,なにかを奪われた時にでも,そこから這い上がるだけの技量を身につけよう』と思ったことである.そうして僕は投資を始めた.お金は..額面が大きなお金は確かにパワーではあるけれど,実は違う.その大きなお金を手に入れた,その人の技量こそがパワーである.だから,どうせ無くなる金をもって自分を鍛えていれば,その金が無くなっても,また自分で這い上がれると.金持ちは,金を持っているから優れているのではなく,ゼロからでもまた大金を再現できる技量があるからこそ優れているのだ.優れた外科医は,どんな環境にあっても,どんな患者を目の前にしても,ゼロからでもまた優れた手術を創造できる技量と魂を持っているからこそ優れた外科医なのだ.そう思う.先週の株価急落に世間は騒ぎ,僕だってそれなりの損失は被ってはいるが..あの頃から培ってきた外科医として投資家としての技術をもってすれば,資産一円からでも今のポジションに到達するのはたやすい.逆に言うと..今のレベルから次のステップに行くためには,僕自身が変わらねばならない.今の僕のポジションなんて十年二十年あとの僕からすれば『屁』みたいなものになっていることを期待する.これが,僕が外科医と投資家を両立しようとする前夜の思いである.
Aug 19, 2007
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やんごとなき事情があり,ある人と田舎へ..夏に帰るのは十数年ぶりである.誰かと一緒に帰るのは,およそ20年ぶりだな.以前のその時,一緒に田舎に帰ったのは僕の親父である.なにかきっと素晴らしいものがあるはずだと,怖いもの知らずの少年だった僕は,単純に東京へ行きたいと思った.それは田舎者の本能だったのだろう.高校を卒業して大阪の予備校に通って,世間の現実にある競争の,ほんの一回戦で敗退した僕と,息子の一年間の孤独な戦いを支えた家財道具一式を車に載っけて,あの時の親父は四国行きのフェリーに乗る.あの時の親父の気持ちはどんなだっただろう.ふてくされた僕を気にせず,トラック野郎達でごった返す居酒屋と化したフェリーのレストランで,しこたま酒を飲み.一等客室専用の風呂に入って上機嫌の親父.ちなみに僕たちは二等客室の雑魚寝客であったが,酔っぱらいの特権を行使して誰からも文句を言われず風呂に入り,ステテコ姿でフロアを徘徊する親父と,僕は他人のふりをするしかなかった.ちょうど夕暮れから夜に移行する時間帯で.窓からは,キラキラとまたたく神戸の街の光と沈みゆく太陽を軟らかに乱反射するキラキラした波が見えていた.『こらぁー!息子よぉ!こっちにきて見てみぃ.. 神戸の夜景が見えるぞぉ~.. 瀬戸内はいいなぁ.. なんでお前は,この瀬戸内を捨てたいんじゃーー』船室中に響き渡る親父の声.僕が中学生の時.池田高校の試合を観るために息子二人を甲子園に連れていき,阪神電車の自動改札機にビビッていた時の親父とは全く違う傍若無人ぶりであった.きっとあの時の親父の目には,酒と,神戸の夜景と,一回戦で敗れた息子のしょぼくれた姿しか映っていなかったのだろう..あの頃には無かった,大きな大きな連絡橋を電車で渡って帰ってきた僕を..十数年見ることのなかった,夏の息子を,帰省客でごった返す小さな駅舎の中で,親父はしばし見つけることができなかったらしい.いつまで経っても変わらない,ノーメイクでタケチャンマンそっくりのオヤジの目線は,僕を通り越してゆらゆらと動いていた.まず最初に,僕と一緒に帰った人とオカンの目が合い.親父は,そのオカンの目線を追い,またまたその隣りに目線を移してようやく僕に気がついた.いつもなら,『よう帰ってきたのぉ.早かったな』と言うのだが,今回の親父は,『あぁー.長いこと待っとったぞ.ようやくじゃなぁ.. やれやれじゃわい..』と..連発する.それは僕に向けての言葉なのか..よく分からなかった.その夜.あの時に親父と見た神戸の夜景の話をしたら,親父は,そんなことあったかな??とキョトンとして.ステテコ姿を想像して笑いのツボにはまったオカンは,腹を抱えて本気で床にひっくり返っていた.そして親父は,昔オカンに結婚を申し込んだ時の話をしてくれた.息子の贔屓目を差っ引いても,今でもなかなかの美人であるオカンは,親父から言わせれば,出会った頃はブサイクであったらしい.別の恋に破れた親父は,ブサイクなオカンを目の前に『俺以上に秀才の女なのだから』と心の中で呟きながら,渋々と結婚を申し込んだそうだ.まったく!女を見る目は僕の方が上だよな...僕が大学に入るまでは,僕以上に受験書を読み漁り,僕が医者になってからは,こんな女性と結婚するべきだと言い..わずらわしくなって数年に一度しか帰省しない僕に,何度も何度も手紙を送りつけ.そんな風にいつも,完成しない宿題を抱えていた僕の親父とオカンの家に,束の間だけど,宿題を完成させて思うぞんぶん笑い転げる時が来る.ま,ほんの束の間だけどね.またすぐに新しい宿題を考えつくからね.彼らは.そして翌日にもう僕は,いまの僕の試合がある場所に,一人でまた出て行く.そして故郷と,今の僕の場所をつなぐ連絡橋.夕暮れから夜に移行する時のキラキラする太陽と,その光を軟らかく反射する瀬戸内の海を見ていると,いつも次の日起きたら開けている,新しい素敵な世界をイメージする.僕にはまだまだ宿題が山積みで,これからやることがいっぱいある.なんと素晴らしいことじゃないか!
Aug 14, 2007
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なんにも隠す必要はないのだが,実は僕には絵の趣味がある.そう..ほんの2週間前から(^^)いつもの東京行きの新幹線の中で,いつものようにNewsweekを開く.開くやいなや初っ端の広告に目が釘付けになった.水彩色鉛筆???STAEDTLER社??なんじゃそれ?鮮やかな色彩の絵と,銀色の塗装をほどこされた色鉛筆の写真に,しばらく目を奪われ,結局,車中の2時間は他の記事に目がいかなかった.昔々..子どもの頃.学校で芸術系の授業といえば,音楽..美術..書道..などなど.音楽は,歌の声量を褒められたことはあるが,楽器の演奏といえばカスタネットとトライアングル専属であった僕の通信簿は..だいたいが五段階評価の『2』か『3』であった.字は,一,二年,書道教室に通った記憶はあるものの,いまだに『読みやすいけど上手くはない』と言われる程度である.唯一,『5』をとったことがあるのが美術だな.一番古い記憶では,写生大会で遠足の絵を描いたところ,県の金賞をとったことがある.中学の時,鉛筆だけのデッサン画で葉っぱのついたニンジンを描いたら,美術の先生にえらく褒められた.その先生の勧めで,交通事故防止PRのポスターを描いたところ,構成は良いが色づかいが良くない..なんで自転車のサドルが『オレンジ』なんだ??と言ってひどく落胆されて,素直にグレーにしとけば良かった?と,自分も落胆した記憶がある.思い出ついでに言うと,文章が得意だと勘違いするきっかけになったのが,小一の時,『カバの子ぶーぶ』の読書感想文で,これも県の金賞をとったこと.実はこれは,人生初めての『夏休みの宿題』で,尻に火がつかないと動かない性格を早くも発揮して,8月31日に,母親に怒鳴られながら,泣きながら書いた文章である.脚本構成は一字一句が母親で,僕は言われるがままに『文字』を書いただけなので,なにを書いたのかサッパリ覚えていないが,なんとこれが,大講堂で全校生徒の前で読むハメになり,校長先生から直々に賞状をもらうことになった.今さらながら,我が母は大した才能の持ち主である(^^;おっ!そういえば思い出したのは,一番苦手だった音楽分野で唯一華があったのは,全校あげての演奏会で,学年を代表して指揮棒を振ったことか.これは,どんな楽器も下手なくせに,形式ばったことをやるのに早熟であった僕を抜擢した先生を褒めなければいけない.そんなこんなで,ほんの2週間前に購入したのがステッドラー カラト アクェレル 水彩色鉛筆である.東京に向かう車中の僕が,Newsweekの広告を見ていて,一番最初に描きたいものとしてイメージしていたものは,去年引っ越した新しい部屋から見える風景である.もともと下町であった土地が再開発され,それなりに賑やかになった街をマンションから見下ろす風景.カラっと晴れた時に見る遠くの里山(僕の自転車の主戦場)の鮮やかな緑もいいが,夕暮れ時の,『これから呑みに行こうか』『あの人はまだかな』といった人々が行き交う風景が好きなのだ.誘いがあると5分も経たずに行ける,過剰にきらびやかではないけれど飲み屋や駅のホームが放つボンワリとした光が時間とともに,暗闇の中で存在感を増す赤提灯のようになっていく街の風景が好きなのだ.昨日描いた絵は,自転車のサドルをオレンジに塗ったみたいにドギツイ色彩ではあるけれど,僕が住む街での僕の生きようが表現されているような気がして.これを,半年後にキラキラした東京タワーの麓から僕の街へやってくる人に贈ろうと思っている.きっと僕と暮らすようになるまでの間,僕と飲み歩く『イメージトレーニング』になるだろう.だからその人に見せるまでは,ここではその絵を公表しない.再来週くらいに載っけるかもしれない(^^)v
Aug 4, 2007
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僕が勤める病院の医局では読売新聞と毎日新聞をとっている.たまに日経新聞も置かれる.このセレクトの意味はよく分からない.きっと切れ者の院長か事務長の,なにかしらの意図なのだろう.医局の人間にとって,仕事の合間の一服時間にこの二紙に目を通すのが誰しもの日課になっているはずである.新聞の読み方にも,それぞれ個性があって.ある者は三面記事の殺人事件や事故でワイワイ騒ぎ,ある者は地方版のページを熟読し,広告を見て週末の買い物を考えたり,ある者は株価のページを昼休み中見ていたりする.株価をずっと見ているのは僕ではない.僕は経済ニュースや株価は基本的にネットで,できるだけリアルタイムで見るようにしているので,半日遅れの新聞の経済欄なんてほとんど読まない.基本的に各ジャンルの見出しをざっと見るだけ.でもなぜか,編集者のコラムだけは毎日ちゃんと読んでいる...前置きが長くなったが,7月31日づけの読売新聞の『編集手帳』に思うところがあって,これについて暇ができたら書こうと思ってメモしておいた.以下はその一部抜粋..【 評論家の谷沢永一さんは、人の性格のうち「可愛気(かわいげ)」にまさる長所はないと言う。「才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴(やつ)には叶(かな)わない」と(新潮社「人間通」)◆ムキになる姿もどこか憎めなかった小泉氏の、余人にまねのできない長所は可愛気だろう。谷沢さんによれば可愛気とは天性のもので、乏しい人は一段下の長所「律義」を目指せばいいという。律義なら努力によって手に入る、と... 】全文はこちら↓YOMIURI ONLINE 編集手帳なんでこの記事に目がとまったかというと..ここに書かれている『可愛気のない』阿倍首相や赤城大臣に,自分がカブったからである.昔から薄々と気づいてはいたが,社会に出て仕事を始めて色んな人を見て,自分と比較して,僕には『可愛気』が無いのだと一層思うようになった.どうも僕は,可愛げどころか逆に人に緊張感を与えるらしい.それはきっと,僕自身がたいていの人に対して緊張感を持っているからだとも思う.とはいえ,こちらが仲良くなりたいと思っている人間にすら『緊張感』を持たれていると分かった時はヘコむよね.「才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴(やつ)には叶(かな)わない」どうやら僕は,小泉元首相のような天性の可愛気は無いようで,国民..つまり周囲の人々からの『支持率』は決して高いとは言えないみたい.才能,智恵,努力,業績...身持ち,忠誠..僕の価値観では,『可愛気』よりも遙かに大事ものがある.だから余計に可愛気のない人間になっていると思うのだが,これが『天性のもの』だとすると,『律儀』を目指すしかないのか(--;この『律儀』というのが,僕の価値観からすると『可愛気』よりも更に下なので,僕はどんなに才能があっても努力をしても,天然の可愛げのある人間には叶わないのかね.少し前になるが,旧い知り合いと何人かで飲む機会があって.彼らは確実に僕よりも可愛気のある人たち.僕は尋ねた.『なんであなた達は,そんなに人気があるの?僕に人気がないのは,どこがいけないのだろう』 と..彼らが言うには,『いつもあなたは自分のことをそう言うけれど...あなたは自分で気づいてないだけで,私たちから見るとすごく可愛げのある人だ』(うーん..そうかねぇ??)そう言って彼らは,僕に花束と,酒と,アロマセットをくれた.そういう贈り物をいただく理由は,確かに僕にはあるのだが,可愛げのない僕は通り一遍の礼しかできなかった.そして,そういうことをさりげなくできる彼らは,やはり可愛気のある人なのだと思った.勉強になった.ちなみに僕の中での順番は..才能=智恵>身持ち(品位,身分)>>努力=業績>>>可愛気>>忠誠=律儀..ってとこか(^m^)可愛げないね~.書いた自分でも『問題あり』と思う(^m^)
Aug 2, 2007
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いろいろ思うことがあるのだが,日々の忙しさを言い訳に時間をかけて書けなかったことがある.『<歯科医麻酔>死亡患者遺族に虚偽説明 東京・三井記念病院』報道人へ..またこんな書き方しかできないのか?この事故の本当のポイントは 麻酔をかけていたのが『歯科医』..なのではない.歯科医が麻酔を受け持つことがあたかも『悪』であるかのようなタイトルはやめないといけない.麻酔の事故は圧倒的に麻酔科医が起こす事例が多いのだ(当然だ!).歯科医の麻酔に問題があるというのならば,厚労省が定めた規則云々を言うのと同時に,医学部と歯学部の教育に麻酔をかけるうえでどういう違いがあって,歯科医が麻酔をかけるうえでなにが問題なのかを指摘しなければいけない.なぜ記事のタイトルとポイントが『麻酔事故』ではなく『歯科医の麻酔事故』なのか.国民に歯科医の麻酔のなにが問題なのか,もっと適切に説明できるか?感情的に歯科医をおとしめるのではダメだ.『歯科医が局所麻酔をかけるのは良いが,全身麻酔をかけるのは心配だ..』という次元の感情論ではダメだ.全身麻酔より局所麻酔の方が安全で簡単..などという認識でモノを語ってはダメ.話にならん!『久間元防衛大臣の失言』原爆が落とされたのはしょうがない発言.核が使用されねば,少なくとも北海道はソ連の領土になっていた.少し歴史を知るものであれば当然予想できることである.久間氏がいう『限りなく現実的であった歴史的予想』に口をはさめるものは居ないだろう.それは人間レベルの思考をもつ『日本人』ならば言われなくとも分かっていることである.僕は久間大臣の罷免を,違う意味で評価したい.これで現在でも日本人が誇りをもつ国民であることが証明された.たかだか『しょうがなかった』の一言である.にもかかわらず,それが我が国土に落とされた核兵器の話になると,大臣すらも容赦しない.『しょうがない』の一言でも,一人の人間がやっと登りつめた『大臣』というポジションから引きずりおろす.僕たち日本人は,あの戦争で味わった屈辱と悲惨を忘れはしない.それをあの一言で自国の大臣を罷免に追いやるほどの思いをもって,生きている.これこそ,僕たちが世界に向かって発信すべきものである.『私たちは,忘れていない』『年金・社保庁の失態』について.首相や大臣の責任を問うのは当然だが,そういう大衆受けする論点に甘んじて焦点をぼやかしてはいけない.池田小学校の児童殺傷事件で,犯人よりも教師や警察の対応を責めるに等しい.ホントに悪いのは..『犯人』だ!社保庁の末端の,労働規約に安穏としていた職員を実名で挙げてみよ.国民の名前を間違えて入力した職員に刑事罰を科しなさい!そこから,年金にまつわる人間の気持ちが締まるというものだ.『責任者』が末端の者の失態に対して『責任』を負うという現代社会のシステムは,もはや破綻を来している.悪い行為を直接くだした者に罰を受けさせる.それでいこう!地下鉄の落書きを無くそうと思えば,落書きをひとつひとつ消していくしかないのだ.『羽賀研二の恐喝事件』事件当初から,Vシネマに出演している某俳優が同席していたと報じられたが..僕は『竹内力』か『相川翔』だと思っていたゾ!なんだよ.名前がわれてしまえば,そんなヤツは俺ゃ知らん! じゃあないか!どうでもいいのを,それらしく言うな!『日本の政治家とメディア』について.僕たちの国の政治家とメディアが三流なのは知っているが.こうやって悪いところを突こうと思えばいくらでも突きようがあるのだが..こんな政治家やメディアしか存在しないことを,政治家や報道人の責任にしてはいけない.彼らを食わせているのは僕たちひとりひとりなのだ.イギリスやアメリカの政治家やメディアの方が『高等』だと思うのなら,それは英国人や米国人の方が,生物として日本人より高等だと思うことと同等である.僕は日本人を尊敬している.シャイで控えめで,他を羨ましがり,孤独で,他人の良いところを見て,自らの悪いところを受け止めて,自らの問題は自らで解決する努力を厭わない.ときにバカで,ときに賢く,ときに冷淡で,ときに熱く,そういう日本人が好きである.ありゃ!!長くなった.どこが『短観』やねん(^^;
Jul 11, 2007
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