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京阪本線の鳥羽街道駅から東へ、細い道を抜けて行くと、とある道の角に、石碑が立っていました。
「五條三位俊成卿 兆殿司 墓道」と書かれています。五條三位俊成卿」とは、藤原俊成(ふじわらのとしなり)のことです。千載和歌集(文治4年=1188年)の編者として知られております。「しゅんぜい」と呼ばれることも多いですね。
邸宅が五條京極にあったこと、正三位の地位にあったこと、のちに出家したことから、五條三位俊成とか、三位入道とも呼ばれていたそうです。
ちなみに、墓地はというと、一番上の写真の左奥、民家のガレージシャッターの前を右に曲がって階段を上がったところにあります。かなり予習してから行かないと、なかなか見つけることは難しい場所でした。
階段を上がって墓地の奥に進むと、一段高い場所に塀で囲われた墓所があります。
正面左側に2つの五輪石塔が建っています。向かって右側が藤原俊成の墓、左側が浄如禅尼の墓と言われています。浄如禅尼は、俊成の娘だとも言われています。
正面の大きな石は、室町時代初期の僧で東福寺第百十一世・業仲明紹上人の墓です。南明院(この墓所の北側にあり、東福寺の塔頭)を開山した人でもあります。
右側の五輪石塔は、南明院の二世であり画僧として知られる吉山明兆の墓です。明兆は室町時代初期に活躍した絵師で、東福寺に入って画僧となりました。東福寺でのお役目が殿司(でんす)だったことから、「兆殿司(ちょうでんす)」とも呼ばれていました。
京都市伏見区深草願成町京阪本線・鳥羽街道駅から南東へ徒歩8分
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