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長らくブログから離れていました…、皆様お元気でしょうか?実は去る6月15日に交通事故に遭いました。体の方はおかげさまで大きな怪我・障害もなく順調に回復しております。しかしながら、今後このブログは当分お休みさせていただきます。また秋祭りシーズンになりましたら戻って来たいと思っていますので、その時は皆様、よろしくお願い致します。ヨツガシラ車は全損。乗っていてよくわからなかったのですが、衝突後車ごと宙に舞ったようです…。一瞬の出来事…、死んでいてもおかしくない事故だと言われました。生きているのは色んな意味があるのかも知れないと思い、事故後は自分自身を見つめ直していました。ありとあらゆるもの、事に感謝をする日々です。
2014.08.16
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唐突ですが、家内は生まれも育ちも神戸という生粋の神戸っ子。何年たっても三木の田舎暮らしが板につかないほど、垢抜けしています。【少しのろけになってしまいました…。】何に付けても神戸を意識し、息子の新しい武道具も神戸にある店で作りました。【ほんとは三木に武道具店が無いから】今日は息子の新しい武道具を受け取るためと、義親父に会いに行くため神戸市灘区へ出掛けた。義親父の用事を済ませ武道具店に行く途中、だんじり祭りの地車を発見。播州のように布団太鼓屋台ではないので高さ・長さが大きくないため、専用の蔵ではなくビルの一階に納めてありました。田舎と違い市街地では色んな事情があり大変です。訪ねると、昨日祭りが終わり片付けの最中だった。壮年の方と若い方(二十代)二人で黙々と酒等を片付けていました。若い方が『また25日に出しますんで、見に来てください。』『ありがとうございます!ところで祭りはすべて終わったんですか?』すると壮年の方が『今日は”本山だんじりパレード”がありますよ。もう始まっていると思うので、観に行かれては。』本山だんじりパレードといえば、神戸山手幹線道路の一部を閉鎖して十数台の地車が練る壮大なイベント。それを聞くと”お祭り男”はじっとしてはいられない…。武道具店に急いで行き、店員に『息子の武道具を受け取りにきました!』と尋ねると、まだ出来ていないと…、なんと2か月以上経つのにまだなんて…。ここは冷静になって『店長は?居ないの、連絡先を言っておくので帰ってきたら連絡してもらってか。』と比較的穏やかに店員に告げ、時間待ちの間ここから約15分ほどで行ける”本山だんじりパレード”へ、いざ行かん!近くまで来ると、想像していた通り駐車場は満車だらけ…。おまけに一方通行が多く思った以上に車を駐車するのに手こずった…。こんな時はダメもとで法被を着ているオッチャンに声を掛けてみる。『すんません…、ここらで駐車出来る所ご存じないですか。』すると、『何処もいっぱいやった!?それやったらこの先の川向かいに駐車場があるわ。そこは満車やと思うけど、回転が速いから並んでいたらすぐ空くで!』『ありがとう!行ってみます。』行ってみると、そこはパレードの通りのすぐ傍だった。案の定、待たずにすぐ駐車出来ました!オッチャン、感謝です!パレードの通りに出ると、最初に目に飛び込んできたのが魚崎地車。”だんじり”といえば、全国的に岸和田だんじり祭りが有名。岸和田は大工方といって、屋根の上に一人だけ上って飛び跳ねて踊りますが、ここ神戸では屋根に数名乗っています。そういえば、会社の後輩が去年地車保存会に入会したと言っていたな…、!!なんと!屋根の上で踊っている後輩を発見。『〇〇ちゃん!カッコええでぇ~!』と声を掛けると、後輩が気づき少し微笑んだ。後日後輩に聞くと、約3時間屋根の上に乗りパなしだったとか…。若い衆でないととても出来ないですね、お疲れ様でした。大勢の若い衆が、皆真剣に取り組んでいる姿は心地良いですね。くやしいけど、皆カッコよかった!数十名が大工方?凄い迫力でした!参加地車が横に並び一斉に片側を大きく差し上げます!若い衆がここぞとばかりに動きが激しくなります。【大工方の体はスリングワイヤー等で固定しているため、落ちないようになっています。】それでも重心を片足で支えているはずなので、大工方はかなり辛い体勢です。そうこうしていると、武道具店の店長より連絡が入り『本日夕方に届きます。大変遅くなって申し訳ありません。』『わざわざ連絡いただきありがとうございました。それじゃ、確実に店に届いてからもう一度連絡ください。』だんじりの清々しい姿を目の当たりにして、怒りも無くなっていました。その後、無事息子の武道具を受け取り帰路へ…。おっと、忘れてはいけないのが今日は地元の春祭り本宮。まだ間に合うか、と一目散で帰ると美坂社(東這田屋台)が屋台蔵納め中でした。なんと、蔵の中でかつぎ練り!そして差し上げ…!こんな事が出来る屋台蔵の広さに圧倒されました…。しかし残念ながら、御酒神社の石野屋台は蔵納めが終わっていました……。今日一日、まったく違う祭りを目にしてとっても感激でした。
2014.05.04
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我が地区に現子ども屋台(旧大塚県住)が来てはや5年が経ちます。この間に我が地区の両隣の地区が春祭りを実施していますが、10年前の『三木市市制施行50周年記念三木の祭り屋台大集合』をキッカケに相互交流を実施しています。5月3日、毎年交代で我が地区を通って行くので、子ども屋台の組み立て教育として、屋台を出しています。地区の中では『祭りと違うのに何をやってんねん』と言う人もいますが、これも習熟、継承するために大切な事と地区に理解をしてもらって実施しています。朝の9時に集合し、一通り終わるのが午後3時頃。(何人もが同じ作業をし、習得させるため所要時間が長い)見慣れない顔ぶれが屋台蔵に近づいてきた。聞くと四国から来たとか…。屋台蔵内に居座って中々帰らない。再び聞くと『中二階に絹常製の高欄掛けがあるんですか。拝見させてもらうわけにはいきませんか』と仲間のお一人が口を開く。何だ、それを見たくて長い時間ここに居られたのか…、『それなら今は別の倉庫に置いていますよ。今年それを基に復元新調するために、飾ってあります。よかったらお見せしましょうか。』そう言うと皆の顔がほころんだ。復元新調の打ち合わせをするため見えるように飾っていたため、細かな糸よりの技術なども熱心に見られていました。『こちらに来た甲斐がありました。』と皆満足げ…。屋台蔵に戻ると、図ったかのように隣の地区が屋台を持ってきます。時間があれば我が地区で休憩してもらいます。今年は東這田屋台が石野地区に行く順番。我が地区に到着するなり『ちょっと休憩するで。』と花尻屋台蔵に一目散。目当ては昨年秋に改修した我が地区の大人屋台。そう言えば、東這田の方々は観られてない人が多い……。あっという間にくろだかりの人・人・人……。やはり播州三木では祭り屋台の関心が高い。この後、石野地区の同級生に法被を借りて祭りに参加させていただきました。息子はと言うと、小学校の同級生達と久しぶりに会って出店の"はしご"。二人ともなかなか家に帰えらず、家内のカミナリが落ちたのは言うまでもありません……。両地区の交流が今年で節目の10年。そこで、両地区屋台を交換して舁ぎ練っていました。簡単なようですが、中々出来ない事です…。あっぱれ!石野屋台で参加している状況です。【写真が撮れなかったので、『播州三木祭り』にアップされている画像を掲載させていただきました。】宵宮にして両地区交流日、大勢の人で、舁ぐところがないくらいでしたね……。
2014.05.03
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世間はまだ連休に入っていませんが、わたしは早々と突入した次第です。そのため夕方までに、モロモロの用事を済ませて息子を学校まで迎えに行きます。何時もなら学校を出て、家に近い最寄りのバス停に到着するのが17時半頃。今日は部活動があるため遅い。それでも息子よりもっと遠い所から通っている友達もいるとか……。いつもの駐車場で待機していると、中々出てこない。おかしいと思い、別の道を辿ると友達二人で歩いている所を発見。『待ってたんやで!』と言うと友達と歩いて次のバス停まで行くと。『今日は竹刀を買う予定やったやろ、とにかく買いに行くよ。』友達にも『バス停まで車で送るよ。』と言うと、 息子の友達は『体を鍛えるのに丁度いいので、大丈夫です。ありがとうございます。』何と中学一年生がそんなに過酷な事を考えているなんて。いい忘れていましたが、この子は神戸市までバスで通っている。学校から家までは余裕で二時間は要します。また学校の近くからバスに乗れるが、乗り換えないといけないためから神戸まで直通で帰れる次のバス停まで歩くのです。徒歩なら約20分は要する道のり。息子と一緒に学校から約3キロほど離れた武道具店に行き、竹刀を買うないなや、『○○君と一緒に帰るからバス停まで送って』と息子が言う。帰りのバスも友達と一緒に帰るつもりのよう……。バス停へ車で急ぐと、丁度友達もバス停に着くタイミングでした。まさか息子が戻って来るとは思っていなかったようで、友達も嬉しそうでした。友達と一緒と言うことはここから約1時間後でないと、神戸までの直通バスがありません。(明石行きのバスは車で送った10分後に出発し、家の最寄りバス停に到着するのが18時半頃。)車でなら18時には家に着くのに……。結局、家に帰ったのは20時過ぎ。時間を有効に使ってきたわたしにとって、とつも理解出来ない事とおもいましたが、息子にとっては家に早く帰るよりも、友達と少しでも長く過ごす事が、とても有意義なんですね。そう思うと、理解出来ます。連休になると、地元で春祭りが開催されます。ここは小学時代の仲間と集まり、出店を渡り歩くのでしょうな……。行動力がありすぎますな。またまた四国の友人に送っていただいた写真。愛媛県四国中央市蕪崎の太鼓台高欄幕『阿形の飛龍』。これが刺繍…??もちろん刺繍です!、素晴らしい!息子もこの飛龍のように羽ばたいてほしいと願う父です。
2014.05.02
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息子が中学に入学して早や1ヶ月。最初はどうなる事かと心配していましたが、送り迎えも徐々に日常化しつつあります。しかし、それだけにとどまらないのが今年です。今秋の祭り~屋台大集合【何回も書きます…】に向けての準備を着々と進めます。この度は水引幕の修理を発注したため、請負人と色々打ち合わせ。高欄掛けの復元新調も同じ請負人の方のため、スムーズに事が運びそう…。そうは問屋が卸さない…、高欄掛け退治物四面は、ある程度出来るとタカをくくっていましたが、あまりにも傷みが激しいため、復元が判らない部分が出てきました。こうなるとダメ元で、当時高欄掛けを制作した請負人の方に”下絵”を見せていただけるかお願いすることに。なにせ約80年前に制作された品のため、下絵があるのか、あったとしてもほんとうに見せていただけるのか、復元したい箇所が下絵でわかるのか、不安が募ります…。四国の友人に送っていただいた布団三段用の布団締めを紹介。播州ではまずこのような構図の布団締めは見た事がありません。素戔嗚尊八岐大蛇退治の場面です。こちらは我が地区がこの度修理に出す水引幕の素戔嗚尊です。制作者が違えばここまで違いますね。制作された時代も相当違いますが…。
2014.05.01
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昨日は息子の中学校入学式と私めの五十路記念が重なり、何だか清々しい気分でした。また三年前から地区が手掛けている祭り屋台更新事業の内、花尻八雲会で昨年11月に補助金を申請していた用具の採択内示が舞い込み、これまた嬉しさ続きになり、決して忘れる事のない誕生日記念になりました!ここまで気をもんでいた自分が嘘のようです。たくさんの方々に支えられ、多くの事を学びました。ここでは詳しくお伝え出来ませんが、支援ならびにご指導をいただいた関係者の方々に心より御礼申し上げます。そしてこの事柄を代々伝えていきたいと思います。次世代を担う地区の若者にどれだけの希望を与えたのかはかり知れません。その中でも我が子が誇りとしてくれれば申し分ありませんが…。【助成金採択決定の高覧欄掛け復元新調】わたしの大好きな”加藤清正虎退治の場面と播州では非常に珍しい”源頼光土蜘蛛退治。あとの二面を合わせて復元新調を実施します。 50年以上前に制作されたものとしてはかなり細やかなに刺繍されています。【立体感が上手く表現されています。】これを復元新調して、今年の秋祭り、60周年記念イベントで屋台に取り付けるのが今から楽しみですね。
2014.04.10
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今年は三木市市制施行60周年という事もあり、市は様々なイベントを計画しています。その中でも一番多くの予算をつけている『三木の祭り屋台大集合』記念イベント。晴の舞台に参加する町は、ここぞとばかりに屋台等を良くしています。我が地区もその一つ……。全容が明らかになればここで紹介していきます。さて、そんな最中でも私の役目は若者に勇気と希望、そして誇りを持たすこと。まずは我が子にと、専用のバチをプレゼントするべく知り合いに頼み見本をみせていただきました。中1になる我が子は大人並の大きな手、また剣道をしている事もあって握力が強い。太鼓を叩いても大人顔負けの大きな音を鳴らします。しかし祭りバカは三代続かず、もう一つ興味がないのです。何とかモノにしたのが親心…。これで少しでも祭りに関心を持ってくれればという想いと、これを機に若い叩き手が増える事を期待して”Myバチ”を制作する事を決めました。見本を持つ我が子です。見本のため最終形ではありません。握る感覚を確認して形を作っていきます。 3月20日に無事小学校を卒業した息子。いよいよ、明日が中学校入学式。卒業式には、中学校の制服を着用しました。一人だけ違う制服に身を包み、何を思うのか…。式の最後に、卒業生一人一人が担任の先生と握手。息子の目から大粒の涙が…。色んな事がこみ上げてきたのでしょう…、親ももらい泣きでした。幼くして?一人旅立つ息子にと、またまたプレゼントを送ってしまう親バカがここにいます…。…、がんばれ!!
2014.04.08
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北条節句祭り、横尾屋台宮入の場面です。スマホで撮影してみました。横尾屋台が拝殿前差し上げ、勅使塚で東高室屋台の差し上げです。今年も抜群の安定感、東高室屋台と、補助金により屋台衣装を中心に復元修復した南町屋台。 今年度の補助金で、我が地区の屋台も水引幕を復元新調する予定なので、昨年度の補助金で修復された南町水引幕はとても参考になりました。乗り子衣装も各屋台独特です。ちなみに播州三木では乗り子(太鼓叩き手)は外から見せません。およそ一時間半ちょっと神社にいましたが、用事が多いので宮出を待たずに帰りました。本宮は4月6日。とても行けそうにありませんが、天気に恵まれる事をお祈りし一先ず終わります。最後に横尾屋台、上司のアップです。
2014.04.05
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大変ご無沙汰です。2月の中旬から長い長いお休みでした…。息子の卒業、郊外中学入学準備、親父の介護などなど…、とてもブログが更新出来る状態ではありませんでした。今日から少しずつになりますが、更新していきます。さあ、本日より播州の祭りが始まります。皮切りは北条節句祭り。少しだけですがご紹介していきましょう。私が拝見出来たのが、住吉神社への宮入。西郷6台、東郷8台の計14台の宮入です。私の上司がいる東郷、横尾屋台の差し上げです。勅使塚という相撲の土俵を大きくしたような塚で全ての屋台が差し上げ、拝殿前でもう一度差し上げます。今年は一台一台が長く舁つぎ、勅使塚と拝殿前それぞれの屋台が差し上げる場面が何度もありました。北条一大きく重たい屋台、今年も抜群の安定感でした。さすがです。いつも花(棒端)棒を舁つぐ上司がいない…!なんと中の横棒に入っていました。そこは違うやろ…、と思いつつ勅使塚の上から撮影。毎年我が地区の秋祭りにも参加していただいている上司。いつの間にか棒端に……。やはり棒端がよく似合う…。 結局横尾屋台は勅使塚を三周、拝殿前で三回差し上げ、一度も屋台を落とさずでした。最大級の屋台が舁つぎ続けている様は何とも勇壮でありました。そして頼もしい五十代です。そういや、私ももうすぐ”五十路”の仲間入りです。
2014.04.05
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2月7日~8日に降り続けた雪。こちらでは久しぶりの大雪となりました。愛犬にとっては”初雪”。とても寒そうです…。12日に子ども達が登下校する道に雪が解けずに残っていたので、息子と一緒に雪搔きと凍結防止を実施。雪に慣れていないので、当然専用の道具も持ち合わせていない。『ジョウレン』という農耕で使う道具を用いて除雪しました。まあ、積雪後のため”まにあわせ”で出来ましたが、深々と降っている最中では到底追いつかないなあ…。凍結防止剤『塩化カルシウム』を雪搔き後に散布。最初は渋っていた息子も何だか楽しそう…。只今は、朝早くから雪が降り約3cmほど積もってきました。4時半頃に息子をたたき起こし、『おかあさんが出勤するときに見たってよ』と言い残し、わたしは既に出勤。【息子はインフルエンザによる学級閉鎖のため、学校休み】今週末も予定が大きく狂いそうです…。
2014.02.14
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冬季オリンピックが開催されましたね。LIVEで見たいが、深夜放送ですか…。夜勤が続く中、さすがに見れない。そんな中、フィギアスケート団体戦予選で男子シングルメダル有力候補羽生結弦君が登場。全世界を魅了したプログラムを見てビックリ!曲がゲーリームーアの『パリの散歩道』。高校時代~ハイティーン時代にかけて、ハードロックをが大好きだったヨツガシラ青年がハマっていたのがゲーリームーア。ゲーリーのギターが大好きで、寝るのも惜しんで聴いていた青年も、時が経て忘れていたロック魂に再び火をつけてくれた羽生くん。また予選演技が行われた日が、ゲーリームーアの命日……。【2月6日】感動です……。♪v(*'-^*)^☆そもそも日頃からウィンタースポーツには縁がないので、ぜぇんぜぇん知りませんでした。f(^_^;ゲーリームーア、オリジナルの『パリの散歩道』。羽生くんのプログラムは、踊りやすいようにアレンジされていますが"鳴きのギター"はしっかり伝わります。ゲーリーの楽曲の中で、個人的に一番好きなのが『サンセット』。少し寂しい曲調ですが、昔から自分自身をリセットしてくれ、前向きにさせてくれる曲です……。B'zのギター松本孝弘がカバーしています。う~ん、半端なく上手い!
2014.02.10
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昨日、毎年恒例の『三木鬼追い式』が執り行われましたので、わたしなりにご紹介します。【鬼追い式】大宮八幡宮・月輪寺三木市観光協会HP・”ブログ de みっきい”より。鬼追い式は、江戸時代の初め頃から月輪寺(がちりんじ)で修正会(しゅしょうえ)追儺式として行われていましたが、昭和14年に中断されました。昭和38年に大宮八幡宮と月輪寺の協力で有志による三木鬼追い保存会が発足し、神仏習合の形で鬼追い式が復活しました。月輪寺で祈祷を受けた鬼たちは文殊堂、不動尊を回向し、大宮八幡宮拝殿に参拝しご神火を松明に移し、鳥居石段上から松明を打ち振るい、町と人々の安寧を祈願したのち、赤鬼・黒鬼の大鬼と子鬼の踊りが行われます。また、大鬼による餅つきや餅まきも行われます。(鬼踊りは3回に分けて行われます)「アー、オーニゴン、ハリー」【さあ始まりますよ、鬼さん頑張れ!という意味】の掛け声や法螺貝、太鼓等の音に合わせて鬼さんたちが踊ります。今から9年前、わたしが大厄の折に一度、赤鬼になりました。(プロフィールの画像がそうです…。)その際、月輪寺住職様ならびに大宮八幡宮宮司様より、鬼追い式の由来を説明いただきました。鬼と言えば”悪”という印象があるが、古くは魔を鎮め福を施す”善鬼”でした。善い鬼は、神様や仏様の使者で悪霊を退散させるという考えから、村里に蔓延る悪霊を鬼が退治する…、すなわち「鬼追い」とは鬼が悪霊などを追い払うことだという事でした。画像右側の赤鬼面のいわれは、約400年以上前朝鮮出兵時に三木の藩主か家来が名将加藤清正公から戴いたものと伝わっています。奉納後は、面を屋敷に放置していたそうです。昔々三木の集落で疫病が流行した際、赤鬼面が粗雑に放置されているのに気づき、丁重に祀ると疫病が治まったのです。その後は月輪寺に祀られ、三木鬼追い式の始まりになったとお寺の関係者の方から伺いました。左側の黒鬼面は、その頃に赤鬼面にならって作られたものとされています。石段より、町中に松明を打ち振るっている場面です。実は、鬼面の鼻の穴から外が見れるのですがとても視界が悪く、介添人なしでは歩く事すら出来ませんでした。(まず足元がまったく見えませんf(^_^;)また松明も掲げている時間が長く、腕が棒になったのを覚えています。鬼が履いているワラジは何人もが履き替え、式が終わった後に障がい者施設に贈られるほど、とても縁起が良いとされています。鬼追い保存会の方々による鬼は、介添人なしで走り回るかの如く動き、鬼の格好で餅をつきます。鬼になった者でしかわかりませんが、まぁ、無理!目をつぶって餅をつくのと同じくらい難しいと思いました…。お見事です!そして、この9年間わたしや家族に大きな病や事故も無くこれたのは赤鬼の御加護だと思っています。【親父は大きな手術をしましたが、奇跡的な回復をしています。】この御加護に何とか報いるため、来年こそは裏方の裏方でもいいので保存会の方々の足手まといにならない程度に奉仕させていただけたらと思っています。鬼による餅まき後に記念撮影。【抱えているのが当時の息子です。前にいるのは妹の子どもたち】今では皆、私より大きく成長しましたよ!
2014.01.20
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今年三木市が市制施行60周年を迎えるにあたり、三木の祭り屋台大集合のイベントが開催されます。もちろん我が地区も参加する事が決まりました。毎年地区の秋祭りでしか披露しない屋台を、一般に公開する……云わば屋台の晴れ舞台。参加する地区すべてが、"自分たちが一番"と自慢の屋台が勢揃いします。そこで我が地区の屋台が参加するにあたり、『大きなイベントに参加するからには、最低でも恥をかかないように……。』と、以前より使用している屋台衣装である水引幕を修復する事になりました。『水引幕』素戔嗚尊八岐大蛇退治の場面。初代屋台の衣装を継承し、昭和30年代に加東市東古瀬の絹常商店にて復元新調されたもの。わたしの親父が若い頃、当時この事業に携わっており、2世代にわたり親子で携わるとは……何とも因果な事でしょうか。制作から50年以上経った今でも金糸が色あせず修理をすればまだまだ使えるとの判断をし、修理に踏み切ったのです。またこの水引幕は、以前滑原町に譲渡した花尻初代屋台と一緒に"嫁入り"したもの。今から約6年前、別所祭り屋台大集合イベントの際に滑原町さんの良き計らいにより、高欄掛けと一緒に花尻へ里帰りしました。おそらく、滑原町さんからみると里が廃れて行くのを見るに見かねての事と察しました。この時、滑原町さんの御厚意に『何とかしなければ……。』と意を決したのを今でも覚えています。このように祭り屋台は、地区のシンボルであり皆の誇りでもあるのです。このことにより、郷土愛が芽生え育め地区の結束力が磐石になるのです。屋台が集まれば集まるほど"負けん気"が出て、より絢爛豪華な屋台が産声をあげる……。播州三木の魅力がここにあります。よって、今年の秋祭り~イベントにはこの幕を着けて挑むこととなりそうです。素戔嗚尊が八岐大蛇と向き合っている部分。昔々ヨツガシラ少年は、この部分を目の当たりにして圧倒され、虜になったのです……。かなりの修復を要しますが、修復が決まった以上は全力で取り組む所存でいます。親父たちが作ったものを、時代を越えて完全復活です(゜∇^d)!!
2014.01.16
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昨年12月2日から入院して、腰の大手術をした親父が、いよいよ退院です。長かった……。しかし、完全に良くなって退院するのではなく、もう病院に居ても家に居ても一緒の事なので、退院するというもの。杖を使ってどうにか歩ける状態なので、家に帰るとかなりバリアがあります。元々ベッドは使っていなかったため、ベッドを用意しないといけません。風呂場もそう……、至るところにバリアがあります。さぁ、大変です(^o^;)昨年の秋祭りが終わってからも、頭を仕事に切り替え必死で遅れを取り戻す毎日。そんな中、親父が覚悟を決めたのが、11上旬。日に日に動かない足……。とても見ていられない。しかし、一番歯がゆい思いをしているのは親父。畑をやりたくても、思うように出来ないストレスが爆発しそう…。80歳になり、色んな事を整理している現状の中『手術する…。』と親父が言う。約10年前に前立腺がんになり、手術後は順調に回復したがその後足がむくむ後遺症がでて、左足に麻痺が出てきた。わたしのブログでも、幾度となく親父の生き様を紹介してきましたが、根性だけではもうどうすることも出来ない状態に陥っていたのです。手術は9時間半にも及ぶ大手術でした。背骨には4本のボルトが埋め込まれたため、コルセットの固定はまだまだしなくてはいけない状態。また術後声がガラガラになって、以前のように歌が唄えない状態を、病室でずっと練習したおかげで、ようやく以前のような歌声に戻りつつあります。『この世にない痛み』と例えた辛い状態から解放された様です。退院直前の親父。体重も落ち、痩せています。1日でも早く家に戻りたい気持ちの強さがここまで回復させたと言っても過言ではありません。
2014.01.15
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昨日、四国の友人より連絡がありました。2年前に、我が地区が所有している祭り屋台の衣装をキッカケに知り合い、それ以降我が地区の秋祭りに助っ人で来ていただいています。昨年は祭り屋台が更新された新たな年に多くの若者を引き連れ、遠路遥々駆けつけていただき、大いに盛り上げていただきました。その御礼にと、地区特製の吟醸酒をお渡ししました。そのお酒を新年早々まで取って置き、飲んでいただいたよう……。何とも嬉しい限りです。このように祭り屋台でしか知り得なかった人たちたくさんいます。この出逢いはわたしにとって、何よりも財産となっています。若い頃より"仕事漬け"の日々が続いていましたが、地区の祭り屋台をキッカケにたくさんの方々と知り合い、またご指導をいただく事も多くありました。ある日『お前のような人間を待っていた。この時代にあえてイバラの道を行く者はいない。よくぞ立ち上がったな……。』おだてりゃ図に乗る性格が、項をそうした?のか、色んな形で持ち上げられ、それを落とさずに持ち上げ続けてくださる方々に、改めて感謝、感謝です。この感謝の念を忘れることなく、今年も突き進んで行く事を誓った今日……。今年も"一念天通"で頑張ります。地区の農産物の一つ酒米『山田錦』を群馬県にある永井酒造さんにお願いして、秋祭り用にラベルを替えたお酒。もちろん別所町山田錦100%の吟醸酒です。
2014.01.02
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相変わらず年末は忙しかった……。今年の正月休みは9連休。前半は年末のバタバタであっという間過ぎてしまった。今年の正月こそゆっくりしようと決め、ここまでマッタリと過ごしています。年末には親父の状態も落ち着いていた事もあり余計にゆっくりしています。家内と何だかんだ走り回った1年だったので、息子と愛犬のツーショットがもっとも心を癒やしてくれる。私たちにとってするべき事が、今年もたくさんありますので、一つ一つ……ですかねq(^-^q)今年も息子と愛犬の場面がブログに登場すると思いますので、温かく見守っていただけるとは幸いです……。
2014.01.01
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新年明けましておめでとうございます。長らくご無沙汰してます。実は、親父が入院しています。去る12月3日に大手術をして、新年を病院で迎えました。以前より左足が不自由になっていましたが、御年80で覚悟を決めたのです。そうなると家族は親父の決断にについていくしかない。親父がやっていた事を家族で手分けして実施していく年末でした。去年の祭り後に、三木市市制60周年記念祭り屋台大集合参加が決まった事も、手術を決断したひとつでもあります。親父には次がない……、すなわち最初で最後の晴れ舞台に参加出来る事が、何よりも嬉しいのです。そのために体を万全の状態にして、花尻地区に伝わる祇園囃子を大勢の前で唄いたい。そのために全力で、走ろうとしている親父に感服しました。術後は順調に回復し、今では杖をついてのリハビリ中。少し落ち着きつつあるため、わたしのブログも復活です……。今年もよろしくお願いお願いします。裏庭の柚子。年末からバタバタだったので、収穫をスッカリ忘れていました。f(^_^;せっかくなので、親父の病室に置きました。冬至にはお風呂に浮かべて入りましたヨ。
2014.01.01
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今日は三宮で会社の忘年会。用事があったので、今日は二次会に参加せず帰る事に…。ここまで来たら行きたい所が。そう、『神戸ルミナリエ2013』。元町~神戸市役所がある東遊園地まで続く長い長い光のトンネル。今から18年前、1995年に起こった阪神大震災。阪神大震災復興を祈願したシンボルとして、その年の12月に行われた光の祭典。ルミナリエが始まってから、18回行ってきた事は関係者の方々の並々ならね努力の賜物です。わたしも当時神戸に住んでいましたので、あの揺れを決して忘れる事はありません。長く続く所以はいったい何なのか…、10年ぶりに足を運んだ先に”鎮魂の鐘”を鳴らす方々の長い列が目に飛び込んできました。その瞬間、目頭が熱くなり当時の記憶が鮮明に蘇る…。多くの方が亡くなった震災。わたしも会社の同僚を亡くしました。慰霊碑に刻まれた名前を見て、改めて涙しました。連日沢山の人が訪れるルミナリエ。10代の男女が大勢います。子の子達が生まれていたか、生まれていなかった頃に起こった震災。どのような気持ちでこの光を見ているのだろうか。この空間だけが、覚醒したような…厳かなる時間が流れる一時を体験させてもらいました。来年も開催するのだろうか、そして来れるのだろうか。。。でも来れてよかった!そんな思いの中、募金箱に気持ちだけのお金入れて家路へ…。今年のテーマは『光の記憶』。東遊園地の小道に設置された喜びの飾り。光の円舞と名付けられた壮大な飾り。追憶の旅と言う光のトンネルを抜けると、時の覚醒へと変化する有様を表現…。”闇からの解放”です。
2013.12.13
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花尻八雲会を結成したのが今から2年前の12月。地区の若者に背中を押されて、”旗を振った”わたしに多くの若者が賛同してくれた2年前。結成をキッカケに現祭り屋台譲渡(旧大塚屋台)から、10月の初運行までアッと言う間に過ぎ去っていった印象でしたが、この貴重な体験は一生涯忘れない事でしょう。その頃から、地区内に八雲会を認知していただくために、書き連ねた『八雲通信』。わたしが編集しているので、プロのようなまとめ方は出来ませんが、多くの方々に指示されてきた事がとても嬉しい。八雲会の活動を掲載しているため、読んでいただいた方々から温かいお言葉、ご指導ならびにご支援を賜り今日に至っております。秋祭りまで山あり谷ありの状態が続き、一番の試練は中心でまとめてくれていた者が親に不幸があり戦線離脱……。また二人が怪我で離脱と、残りのメンバーと消防団の協力を得て何とか無事に祭りを終える事が出来ホッとしています。また今年度の一般コミュニティ助成事業が不採用になった事により、会員に多大な負担(寄付)を強いました。しかし皆文句一つ言わず、目標に向かってぶれることなく私についてきてくれた事を誇りに思っています。秋祭り本宮、宮入後に涙が止まらなかったのも皆と一丸となり色んな困難を乗りきった達成感から感情を抑える事が出来きなかったのだと……。(涙)着実に立派になっていく若者を目の当たりにして、もう一肌脱いで頑張っていこうと決意しました。さぁ、最大目標にしている市制施行60周年祭り屋台大集合に向かって皆で走り出しますよ!月刊で発行している『八雲通信』。中々リアルタイムで発行出来きず、三ヶ月まとめて発行することも暫し……。f(^_^;個人的主張や個人情報満載のため、ブログ等で公開が出来きません。地区内のみに回覧・配布しています。
2013.12.03
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ある日、息子が言います『お父さん、これもらっていい?』昔、ミニカーを集めるのが趣味だった時代のコレクションを息子が見つけ出した。見つけたのは、ドイツの玩具老舗メーカー"Schuco"のpiccolo。約十数年年前、有馬温泉に玩具店がopenした際、このメーカーの商品を陳列していたのを見て、軽い衝撃を受けたのを記憶している。息子が幼児の頃、ミニカーが好きで『トミカ』をたくさん買い与えていた頃に出逢った本格的な玩具。何より小さいけど、ズッシリ重量感があるのです。またこのメーカーは、限定品だのどこどこのメーカーとコラボだの、クリスマス・バースデー限定商品などを造ったりと、日本人はこんなのに弱い……!確実な事は、わたしがハマったということ。調べれば調べるほど、限定中の限定があるある……。f(^_^;見つけてしまった以上、何とか入手したい!特に衝撃だったのが、毎年ドイツニュルンベルクでtoyfair(国際玩具見本市)が開催され、その場で関係者にしか入手出来ないmesse限定非売品。これを販売している会社を見つけ出し、"メッセ西暦"のSchucoメーカー名入りのPiccolo(Schuco1/90スケールのミニカーの名称)を毎年買ったのです。1999~2004まで揃えて迎えた翌年。この年は公私ともに忙しかったので、メッセ限定を購入出来ませんでした。ここからは毎年揃わなくてもいいや!……って感じで段々買わなくなってしまいました。そこから数年が経ち、忘れた頃に息子が見つけたのです。まだ限定だのどうだのわからないと思っていましたが、やはりわたしの血を引いています……。f(^_^;わたしの説明する顔が笑っていたのでしょう、『お父さん、めっちゃ楽しそうやな。』と言われて、つい『欲しかったらあげるよ!』『うん、それやったらお父さんと僕が見える場所に飾ろうよ♪』『そうか、そうしようか!』そう言って飾ったものの、息子の友達が来て無茶苦茶にされないか不安にかられ、今もまた棚の奥に閉まい込んでいます。まぁ、手っ取り早く言えば、専用ショーケースを購入し、手が届かない様にすればいいんだよね(^o^;)”お祭り男”だけではない一面をお見せいたしました…。2000年に開催されたニューヨークメッセ限定品。ほとんどの都市がドイツ開催なのに、この年はアメリカ。アメリカという事で、車もキャデラック! ニュルンベルグメッセ限定品。特徴なのが、真っ白に塗装された中にメーカー名と西暦が記されている。『この三つちょうだい!!』と息子。愛犬には絶対渡さないでくれ~!
2013.12.01
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郊外の中学校に行くと決めてからの息子は、相変わらず普通の小学生…。先般、家内の姉が家に来てくれた際、いつもお土産にケーキ類を買ってきてくれる。甘い物に目が無い息子には必ず2つ当たる。一人っ子なので、回りが皆可愛がってくれる。それに甘えているようだが、自分には評価が厳しい。剣道では、とても安定した成績を残していますが、今年の春以降に優勝出来ていない事で、結果が出ていないと判断し、『優勝できなければ皆一緒。』と言いのける…。しかし、食事の時などは普通の小学生である。愛犬がひそかに狙っているとも知らず、余裕綽々でたべていると、案の定不意討ちを与えられケーキがボロ……。『ハチ~!』。と言って追いかけ回しす、なんかほのぼのしますね。
2013.11.29
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昨年10月に申請していた一般コミュニティ助成金事業の不採択が今年の4月に決定してから早7ヶ月が過ぎました。これがいわゆる"宝くじ助成金"。過去に同じように祭り屋台関連の祭具新調に対して、助成金事業が採用された事例を受けて、我地区でも何とか補助いただき、祭具の新調に一役かって祭り屋台を立派にしたい、そんな思いから来年度も申請をしました。申請に出したのは、高欄掛け衣装退治物四面。とても傷みが激しく、屋台本体が新しくなったばかりなので、非常にバランスが悪い……。申請者が花尻八雲会という事で、代表のわたくしが今年も作成しました。市の担当者の方と綿密な打ち合わせを繰り返し、無事申請が完了しました!祭り屋台を1台良くしようとすると、数千万円要する時代。我が地区は80件そこそこの世帯数…、すべて寄付金で実施するとなると負担が多きすぎる。しかし、80年以上続いている地区の伝統文化なので何とか継承し且つ盛り上げたい!!来年度には”三木市市制施行60周年祭り屋台大集合”たる大イベントが控えている。そこに我が地区も参加の意思を示した以上、『恥はかいてはならない!』。”一日の恥は一生の恥”には絶対にならないよう、地区一丸となり来年度の秋祭りまでに真新しい衣装を纏い、望みたいものです…。申請に出した祭り屋台高欄掛けの一部詳細です。人物の顔をみれば、”絹常”とわかるくらいすばらしい出来です。現絹常商店6代目をうならせ、『出来るのであれば、下取りに出してほしい』と言わせた作品。またいい作品と巡り合えることこそ喜びという見学者の人達が絶えないほど、絶大なる支持を受けているのも確かです。
2013.11.27
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ブログ更新区切りの100件目は愛犬ハチの話。最近は寒くなり、早朝の散歩をしていない……。夜も遅くなりがちのため、こう日没が早くなると真っ暗の中散歩はキツイ。よって朝は家内、晩は息子がそれぞれ散歩しているようです。最近は家内も休みが少なくて、息子の帰りも遅くなってハチが寂しそう……。最近帰宅すると、窓からハチが外を覗いている。余程寂しかったのか、家に入るなり凄いスキンシップが始まる。この繰り返しは(窓から覗いて家に入るなりスキンシップ攻撃)皆それぞれに実施します。毎週月曜日~金曜日はこんな風に過ぎていきます。また極端に週末は皆が家にいるため、ハチも安心していますが、何かソワソワして逆に落ち着きませんf(^_^;これからもこんな感じで過ぎるのは心配ですが、12月に入ると息子が冬休みになるので、ハチと居てる時間がある、そう思うと少しだけですが安心かな(^o^;)出掛ける時も、窓に張りつき見送って??くれます。ここまで体が見えるのは、敷き布団を窓際に置いているためで、その上に乗って見ているのです。後ろ姿を家の中から見ると、ちぎれんばかりにしっぽを振っていますよ!
2013.11.27
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ブログ更新区切りの100件目は愛犬ハチの話。最近は寒くなり、早朝の散歩をしていない……。夜も遅くなりがちのため、こう日没が早くなると真っ暗の中散歩はキツイ。よって朝は家内、晩は息子がそれぞれ散歩しているようです。最近は家内も休みが少なくて、息子の帰りも遅くなってハチが寂しそう……。最近帰宅すると、窓からハチが外を覗いている。余程寂しかったのか、家に入るなり凄いスキンシップが始まる。この繰り返しは(窓から覗いて家に入るなりスキンシップ攻撃)皆それぞれに実施します。毎週月曜日~金曜日はこんな風に過ぎていきます。また極端に週末は皆が家にいるため、ハチも安心していますが、何かソワソワして逆に落ち着きませんf(^_^;これからもこんな感じで過ぎるのは心配ですが、12月に入ると息子が冬休みになるので、ハチと居てる時間がある、そう思うと少しだけですが安心かな(^o^;)出掛ける時も、窓に張りつき見送って??くれます。ここまで体が見えるのは、敷き布団を窓際に置いているためで、その上に乗って見ているのです。後ろ姿を家の中から見ると、ちぎれんばかりにしっぽを振っていますよ!
2013.11.27
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先週末は、新穀を祝う『新嘗祭』が神社にて厳かに行われていた頃、私たち花尻八雲会は奉仕作業に勤しんでいました。秋祭り前に伐採だけは実施して、片付いていなかった参道入り口の伐竹を片付けました。まだまだ伐採は残っていますが、一先ず片付けよっか…!となりました。また祭り後の11月に伐採をするのは『シュンがいい時期に伐採しておくと、その木は長持ちする』と地区の年配方に教えられました。シュンとは…?『俊』と書くのでしょうか、何とも聞いたことが無い言い方です。詳しく聴くと、伐木を再利用するのであれば、木は水分があるため水分が少ない時期に伐採する…。そうすれば長年腐らずに長く使えるという経験からくる言葉。なるほど、竹などは非常に厄介な代物ですが、使いようによってはとても役立ちます。主には畑などで使うのですが、梯子を作ったりも出来ますし…。【するかな?】宮総代の方々による『新嘗祭』準備中…秋祭り前(直前)に伐採した竹。枝を取らずに仮置きしたため、嵩が高い!気を付けて整理しないと、枝がはじき目を傷める事も…。今年から『とんど』用に置いておくか…、いずれにしても消防団に消化活動をお願いし、焼却します。まだまだ伐採が残っています…。諸先輩方から教えられた通り、この時期に伐採を施しておいて、あとはゆっくり考えるとします。
2013.11.26
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昨日、家内と中学校の入試説明会に行ってきました。普通であれば校区内の中学校に行くのだが、小学三年から始めた剣道が出来ないという理由から、某付属中学校に行きたいと…。本人曰く『家から遠いため、精神修行にもなる!』と…。まだ小学6年生の少年が、覚悟する事とはいったい!?『とにかく強くなりたい!(剣道)』そんな息子に背中を押されるように、通学がとても厳しい条件ではあるが親も覚悟を決めなければ…。また子どもが覚悟を決める限り、親が反対出来ないなあ~。まあ、反対する事でもないけれど何か寂しさもあり、複雑な心境です…。そんな中、最近息子とは言い合いになる。『おとうちゃんは、年がら年中祭りの事ばっかり…!』『おとうさんはな、若い子達がこの地区を誇れるようになれるよう頑張ってんねんで。』『そんなん口実や!おとうちゃんが好き(祭り)なだけやん!!』『そりゃ好きやけども…。』なんて事を繰り返し、来年に向けて着々と育っている息子…。頑張れ!!先週の市民大会での息子。優勝は出来なかったけど、晴れ晴れしい表情です。
2013.11.22
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今年の秋祭りより新調した法被。その法被の”顔”とも言うべき背中の真ん中に描かれた”花”。秋祭りにも参加していただき、新法被も購入してくれた『中村屋』のたろうくん。自分の店で”花”のシールを作って店頭に置いてくれました(゜∇^d)!!!でもこれって、花尻の人しか買わないんとちゃう!?いや、しかしとてもカッコイイので是非とも買ってほしい!そして花尻の祭りに是非とも足を運んでいただきたいと思います。中村君、ほんとうにありがとう!(^-^ゞ【宣伝になってしまったか…。f(^_^;】今年は新旧の法被が入り乱れての祭りでしたが、近い将来皆が新法被を着用出来たらいいなあ~。携帯用ともいうべき小さいサイズと大きいサイズを用意していただきました!
2013.11.20
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先週より、八雲神社内の奉仕作業を再開。神社なのにめずらしく、松が多くあります。【普通は、檜・杉・楠木】しかし、ここ数年で病気が多く発生してほとんど枯れてしまいました。この度も枯れた松を5~6本伐採しました。原因を探るべく、皮を剥ぐと中から虫のさなぎが出てきた…。”松喰い”虫…?。どうやっても枯れが止まらない、枯れるのを待つしかないのか。神社内の松林で育った私たちにはもうどうすることも出来ないのか…。しかし、松を伐採する事によって低木(ツツジ)が芽を出します。春になると色鮮やかに咲き誇ります。長い年月をかけて、山が生まれ変わる…、そんな状況を見守り、また手入れに携わり後世に伝えていく事が私たちの役割とおもい、今後も骨身を惜しまず奉仕したいと思う今日この頃です…。
2013.11.20
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播州三木の秋祭り週間が終わり、今年最後の大きなまつりが『三木金物まつり』。毎年会社から販売員として参加しています。私が所属しているのは鉄道事業本部。且つ技術系のため、販売となるとなかなかありません。しかし、ここは金物の町三木市です。予想だにしないものが売れます。それは『レール切り金』です。会社で年間に交換するレールは数キロ。それで発生した半端な部分を集めて売るのです。さてさて買われた方々が何に使うのか?『金床(かなどこ)』なるもなのに代用します。かなどことは、刃物等の歪みを直すため作られ、商品としてあります。ただし、高価なためレールを代用するといいます。買われる方々が口を揃えて言います『……安い!』また『もう少し長い寸法はないか。。』『レールの頭が摩耗しているのが欲しい。』などなど……。普通であればスクラップで売ってしまう物を、ここではスクラップ価格より高く売れます。とはいえ、年間に大量に発生するわけではないので、毎年買われた方々に要望を聞き、来年度に備えます。今年の出だしは、93品用意しましたがあっという間売り切れ、追加で持ってくる状態でした。それが無くなっても次から次へと『もう無いの?』の声が……。致し方なしに新たに古レールを切断してまで追加しました。いままで出店したなかで一番の売れ行き。今年は入り口近くの"一等地"のブースを与えていただけたお陰でしょう。二日目は雨天の中、切り金を購入される方々があとをたちませんでした。いつもなら暇な時間帯に各ブースに赴き、営業をするのですが、そんな間もないくらいでした。しかし、ここは播州三木。祭りが終わっても、来年のカレンダー(祭り屋台ばかり写した)を片手にまつり談義。金物まつりの二日間で多くの祭りびととそれぞれの地区の屋台運行話で盛り上がりました。毎年ここは"戦士の休息場"。ワイワイ、ガヤガヤ……何はともあれまた来年頑張りましょう!そうやってあっという間に金物まつりは幕をおろしました。ふぅ~、疲れた……。金物まつりメイン会場です。ここで様々な催しがあります。ご当地ならではの丸太切り競争もありました。レール切り金制作中。そして販売状況です。
2013.11.04
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播州三木の秋祭り週間が終わり、今年最後の大きなまつりが『三木金物まつり』。金物まつり前、親父が久しぶりに職場に入りました。”鎌鍛冶”として鳴らした腕は今でも健在です。昭和初期生まれの頑固な親父。でも年には勝てず、長い間職場に足を入れていませんでした。『ト、テン、カン!』という懐かしい音が響きわたり、私自身若い頃を思い出すほどとても懐かしい音です。裸一貫で、私たち子ども(4人)を育ててくれた…。体が不自由になってもこれだけは出来る、そんな事が出来る親父がすごい!!
2013.11.01
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10月20日に行われた岩壺神社秋祭り本宮芝町、大塚両屋台による棒合わせの状況をシェアしました。今までは見る側でしたが、この度は棒合わせの中に入りました!これぞ屋台練りの醍醐味……。とってもキツかったですが、めちゃくちゃ楽しみました。屋根同士が接触し、互いに傷む事を承知で毎年実施されています。これぞ真の播州三木祭りです。そして祭りびと達です。!関係者の皆様、あらためてお疲れ様でした。そしてありがとうございました(^-^ゞ
2013.10.22
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八雲神社秋の祭礼が無事終わり、二週明けた19日と20日岩壺神社秋祭り。いつもだと滑原町に参加するのですが、大塚町と縁をもった事もあり、わたしは大塚町に参加しました。世話人の方から『花尻さんは何人参加してくれるの?』『19日は4名、20日は11名でそれぞれ参加しますので、よろしくお願いします。』青年会の方々が個人的に所持している大塚町の法被をお借りしての参加。11着の法被からランダムに取ったのですが私が借りた法被をよく見てみると、叔父さんの名前が…!もうお亡くなりになられていますが、叔父さんの孫がこの法被を所持してたなのか。すごく偶然ですが、必然のようにも感じました。叔父さんも大塚旧屋台で育ち、花尻に嫁入りした事をきっと喜んでくれたかな…。大塚町の出立ち式から参加しました。我が地区も入魂式をしましたが、それよりも立派な出立ち式でした。そして、大塚青年会の皆さんです。…精鋭揃いです! 大塚屋台です。正面から撮ると、土露台の大きさに度肝を抜きますので、斜めから撮りました。町内を練り歩き他町と合流する際、まず正面に見えたのが芝町屋台。保存会会長の城戸さんを筆頭に芝町屋台が近づいてきた瞬間、屋根が違う…!!『城戸さん、やったね!』と思わず声をあげました。城戸さんを含め、芝町の皆さんは嬉しそう…。 屋根に刺繍が入った芝町屋台。播州三木初です。賛否両論はあるでしょうが、わたし個人的には”あり”です。本宮、宮出前に奉納屋台6台による総練りが実施されました。2日間とも雨に見舞われ、大変でした。関係者の皆様ほんとうにお疲れ様でした。岩壺神社秋祭り屋台6台総練りをシェアしました。
2013.10.21
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10月は毎週どこかで秋祭りが開催されている三木…。【播州全体でも秋祭りシーズン】12・13日が大宮八幡宮、13・14日が久留美八雲社秋祭り、19・20日が三木秋祭りとりを務める岩壺神社秋祭りとまだまだ私の住む地区のように1か町だけの祭りも多くあります。そんな中、私どもの祭りで多くの助っ人にきていただきた岩壺神社滑原(なめら)町、大塚町を紹介。もともと花尻とは神社が違うため、縁などは皆無であった両町。しかし花尻初代屋台を滑原町へ、大塚旧屋台を花尻にそれぞれ譲渡した事がきっかけで縁が出来き、特に滑原町さんとはもう十数年来のお付き合いをさせていただいています。また滑原町は花尻と同じく、舁ぎ手不足で多くの助っ人に頼っています。我が花尻からも多数助っ人に行きます。八雲神社本宮花尻屋台宮入を一度も屋台を落とさず、舁ぎ切ったのも理由があります。滑原も花尻も助っ人に頼っていますが、この助っ人陣がすごい!助っ人自身、祭りが好きなのさることながら相当舁ぎ慣れていて、強靭な精神力と体力の持ち主ばかり…。そんな祭りの”スター”達が寄り合う滑原町。このスター達をまとめ上げ、しっかり屋台練りをする様は相当圧巻です!とても見習う面が多くあり、花尻に来なくても滑原町屋台練りを見れば花尻がわかるという位参考にさせてもらっています。(参考というより真似ています)その滑原町の屋台舁ぎ練りをとくとご覧あれ!!
2013.10.21
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ブログ更新が出来ていませんでしたが、10月6日秋祭りのつづきです…。宮出開始が15時、宮下まで降りたのは16時前でした。宮出では、舁ぎ手が宮入の余韻を引きずるかのように元気よく舁ついでくれましたが、私の采配が悪く、何回も屋台を落とす事に…。皆様には大変ご迷惑をおかけしました事、この場を借りてお詫び申し上げます。そんなわけで、怪我人が出るまでに屋台を台車に乗せ、宮出をする事態に。肩を落としていてもまだ屋台運行は終わったわけではありません。しかし、宮出が終わると助っ人の方々が次々帰って行かれました。次の祭りの助っ人に行く方、遠方へと帰る方々。少し不完全燃焼のまま帰っていただくのがとても残念でなりませんでした。しかし、最初からず~っと屋台に付いていてくれたブロ友のDAICHI君をはじめ他町の方々には心より感謝致します。地区内を舁ぎ、屋台練りは出来なかったけれども台車に乗せて”ゴロ引き”。そんな中携帯電話が鳴りました。城戸さんからでした。『てっちゃん、どんな感じ?』『いや~、ぜんぜんです…。舁ぎながら宮出は出来ずに、途中から台車を入れて降ろしてきました。』『そうなん…。今どこにいるの?』『もう、屋台蔵の前です。もう一度屋台を舁いて終わりたいんですが、舁ぎ手不足で…。』『もうちゅっと間待ってくれへん!舁ぎ手連れていくわ!』そう言い残して待つ事一時。なんと城戸さんが舁ぎ手約20名ほど連れてきてくれました。その中には大塚の方々も…、おおっ…!大宮・岩壺連合です!!ついさっきまで助っ人の方々が着用していた法被を着ていただき、最後の屋台練りを実施。まったくもってぶっつけ本番の状態でしたが、皆さんは少しだけの説明できっちり理解していただき、今年最後を締めるに相応しい屋台舁ぎ練りが出来ました。これがまさに”播州三木の祭りびと”と呼ばれることなのです。これだけの”祭りびと”を短時間で集めていただいた城戸さんに頭が下がりました!何から何までほんとうにお世話になりました、ありがとうございました。秋祭りを締めくくる区長の挨拶後、私が挨拶。皆様のお手を拝借し三三七拍子の三本締め。つたない運行指揮者でしたが、多くに方々に助けられ、万事無事花尻屋台初運行を終える事が出来ました。携わっていただいた多くの方々に深く深く感謝し、心より御礼申し上げます。そして、花尻八雲会の皆さん。祭り前早くから会長の離脱(大病による)、数名が怪我、祭り直前で中心で動いてくれていた一人が、親が無くなり離脱…。残った者がこの逆行に真っ向から立ち向かい、それぞれが立派な働きをしてくれました。皆をあらためて誇りに思います。今後も皆と力を合わせ、来年には一回りも二回りも立派な指導者になるよう頑張ります。そして、来年の秋祭り後に開催される事が決定した『三木市市制施行60周年祭り屋台大集合』を最大の目標と掲げ、骨身を惜しまず尽くしていきたいと思っています。最後にもう一度、皆様に御礼申し上げます。ほんとうに、ほんとうにありがとう、そしてお疲れ様でした。
2013.10.16
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宮入後は皆さん境内で昼食をとる中、息子と家内は剣道型の試合のため、宮入前からいませんでした。そうそう、わたしは屋台長と子ども会会長。大人屋台の運行に集中して、子ども会の運営はほったらかしにしていました。息子と同級生の奥さんから、家内と息子分のお弁当を事前にもらっていないとの報告を受け、慌てて係の方にもらうありさま……。何か気が抜けていましたね。食事が終わる頃を見計らって、区長より『これから、てっちゃんが新しくなった屋台の説明をします』と紹介してくれました。これはビンゴゲーム開始までの時間合わせ。説明の対象者は主に老人会の方々。いつもより丁寧にを心がけ、約20分くらい説明。皆様真剣に聞いていただきました。ビンゴゲームが終わる頃、いよいよ宮出です。担ぎ手の力を温存するため、子ども屋台は台車に乗せての宮出。その後、親父が唄う祇園囃子『盃』で大人屋台が宮出を開始。親父が唄い、私が指揮。撮影は家内(スマホ)で、息子たちは屋台から降りていましたが、偶然にも映像に映っています。奇跡の家族ショットです!以下の画像は、播州三木幸祭会『播州三木秋祭り』のホームページhttp://mikimatsuri.cho-chin.com/より、掲載させていただきました。(この時点でもまだ、屋台を舁いでいる画像が入手出来ていません、すみません…。) この後何回も屋台を落とし、やむなく宮参道途中で台車をを入れ宮出となりました。やはり担ぎ手の代わりがいないギリギリの人数……、宮入で力尽きるまで担いでくれた、もうそれだけで十分でした。つづく。
2013.10.12
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6日、11時30分。花尻地区に新たな歴史を刻む”三代目花尻屋台宮入”開始。親父と同級の方による祇園囃子から屋台を舁ぎあげます。神社拝殿前まで、約1kmは上り坂。そこから拝殿に向かって少し下って平坦を舁ぐ全長約1.2kmの長い長い道のり…。何回も落としそうになりましたが、拝殿まで一度も落とさずに舁ぎました。間髪入れずに『差すぞ~!』。拝殿前まで落とさずにこれましたが、舁ぎ手の皆がヘトヘトでした。最後の力を振り絞って、『さいた』!一発勝負でしっかりと屋台が天高く上がりました!!その後は、練り歩く事無く拝殿前で屋台を奉納。舁ぎ手も、見ている方からも多くの拍手の渦の中で宮入が終わりました。屋台相談役と抱き合い、喜び合いました。『落とさずにこれた事が一番、これこそが花尻や!ようやった!』と相談役。そのあとのわたしはグタグタでした。大粒の涙が止まりません。拭っても拭っても湧き出る涙…。ここまで長かった…、沢山の方々に助けられ、辛かった事、歓喜に沸きたった事など、思い出すたびに涙が溢れます。ふと、拝殿横をみると城戸さん(屋台更新新調請負人)と息子さんが…。『てっちゃん、どないしたん。泣いたん?』『おはずかしいんですが、ボロボロと…。』そんな中宮総代が『棟梁!神様に挨拶してよ!』感極まって大泣きしましたが、ふと我に返り拝殿前で鈴を鳴らし、柏手を打って無事宮入出来た事に感謝し、神様に御礼。ここから区長が挨拶し、宮出までゆっくり地区の皆様、関係者の方々と懇談。宮出まで一時のやすやぎが訪れました。つづく。宮入状況を撮っていた方がいらっしゃいました!ありがとうございました!!ここで宮入状況として紹介させていただきます。
2013.10.11
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10月5日(土)子ども屋台運行が終わりホッする間もなく大人屋台初運行前に、区長と出立の儀式を行いました。(お神酒・清め塩をまく)その後屋台蔵前にて、初の舁ぎ練りを実施。花尻伝統の祇園囃子『盃』にて舁ぎはじめ、無事『※さいた』が出来ました。これをやれる日をどれだけ待ち望んでいたことか……。自然と目頭があつくなりました。※屋台を高らかに差し上げること。18時より屋台を台車に乗せ、地区内を練り歩きます。これが花尻屋台初運行開始。道路に出るなり、電線が気になります。それぐらい昨年まで運行していた屋台と比べ物にならない程高い!高さを気にしつつ太鼓の叩き手として経験させている息子(地区の少年達にも)にデカンショ節を教える。わたしが唄って、息子が叩く…、祭り冥利に尽きますね。今では播州三木からの助っ人が多いため、祇園囃子(練り唄)を採り入れたましたが、花尻地区は元来デカンショ節で屋台を練っていました。変則な叩き方なので四苦八苦していましたが、多くの方に『懐かしいなア~。』と言っていただきました。唄った歌詞の一部を紹介。【傘の数ほど 数ある中で お前一人が 俺の妻】【交わす盃 よく見てあがれ 酒に揺れるは 鶴と亀】【酒は飲め飲め 茶釜でわかせ お神酒あがらぬ 神はなし】【天津神々に 轟たまえ 雲をわけゆく 鳴り太鼓】【お前百まで わしゃ九十九まで 共に白髪のはえるまで】などなど…。アッという間に、運行終了時間となりました。(20時)その後は、それぞれの役付きの方々と明日の打ち合わせをして、『※直会』(なおらい)に参加。※”なおらい”とは…宮総代が氏子に対して接待をする会のこと。なおらいが終わりを迎える頃、一本の電話が…、愛媛県新居浜からわざわざ来られた助っ人陣が公民館に到着。お宮さんから公民館へと場所を移動させ、夜遅くまで祭り屋台談義をし、就寝。前日の金曜日は祭り準備が夜半(翌2時頃)までかかり子ども屋台の夜警のため公民館に泊まりましたが、二晩続きで公民館に泊まりました。本宮を迎える6日は6時過ぎに目が開き、またまた祭り屋台談義。そしてとうとう宮入を迎える事となりました。つづく。肝心な舁いでいる写真が手に入らず…。
2013.10.08
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先週5日・6日に行われた八雲神社秋の祭礼。【花尻地区内にある神社で、地区内の氏子が秋の五穀豊穣を感謝して催す祭りです。】5日は、花尻三代目祭り屋台初運行でしたが、生憎の雨模様。屋台初運行で、初の屋台長に任命され、始まるまでは不安で一杯でした。そんな中、屋台の入魂式。大トリでの玉串の儀、緊張しました。屋台譲渡でお世話になった大塚町の関係者の方々、城戸商店・上内工務店様を招待して、厳かに執り行われました。そのあと直ぐに神事です。何時もだと子供屋台を舁いで上がるのですが、降雨のため足元が悪く屋台を台車に乗せゴロ引きで拝殿まで上げました。今年は正装で神事に参加しました。神事後、拝殿内で宮司さんと関係者で歓談し、終わるや否や法被に着替え運行打ち合わせ。宵宮運行時間が18時。その前に子ども屋台を15時から運行…。目まぐるしく時間が過ぎていきました。つづく。左の写真は、会社上司(左側)と私です。部長は北条節句祭り横尾の花形。昨年より助っ人で参加していただいていますが、背が高すぎて一人でも舁いでくれる頼もしい助っ人です。また部長には今年から新調した新しい法被を着用していただきました。右の写真は、息子と私です。子ども屋台をバックに撮ってもらいました。息子も私用の新しい法被を着せました。なかなかサマになっています。
2013.10.08
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さあ、いよいよ明日が秋祭り本番。ここにきて、地区内で不幸が続きました。昨日も、告別式に参列しましたが、今回の祭り屋台更新で熱心に取り組み祭りが出来るまでもってこれた立役者で、一番楽しみにしていた者がけがれてしまい、最大の危機に陥りました。本人には『何も心配することはない、まかせとけ。』と言ったものの、不安が募ります。しかし、泣いても笑っても待ってくれない秋祭り。また、この度屋台更新に合わせるように法被を新調しました。何ともカッコイイ!このデザインもけがれてしまった者が、業者さんと打ち合わせを重ねて最終的に地区が同意し、決まったものでした。これも一番着用したかったはず…、残念でなりません。また不幸が続いた事で、太鼓練習もろくすっぽ出来ていない段階ですが、頭を切り替え頑張るしかない!背中に『花』。この文字にはこだわりました。どうしても業者さんがデザインする『花』に納得出来ず、この文字だけは口を挟みました。【筆文字オーダー墨屋銀助】さんに趣旨を伝え、書いてもらった文字の中から選びました。デザインのベースになったのが、地区に代々伝わる祇園囃子の歌詞から、鶴・亀、そして”五葉の松”。松は法被の生地に同系色で隠しました。この生地模様は、業者さんの自信作。今年は全員が法被を新調しませんが、絶対に気に入ってくれるでしょう。
2013.10.04
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この度の祭り屋台改修事業で、衣装の一部(布団締め、昼提灯)を宝くじ助成金事業に申請しましたが、残念ならがら不採用となり、自己負担(寄付金)で新調していました。しかし、新調を申請するほど、事業費が厳しかったため、結局布団締めだけの新調になりました。残念ではありますが昼提灯は古い物を、水引幕、高欄掛けも従来のものを使用することになります。屋台本体が良くなっただけに複雑な心境です……。しかし、心配を払拭するかの如く『布団締め』が届きました。制作する前に、寸法をどうするか議論した結果、布団いっぱいの大きさに決定、その丈は播州三木では一二の大きさになり、『阿吽の鯱』としては一番大きくなる……、その期待を胸に鯱を見るなり『で、でかい!!Σ( ̄□ ̄;)』という声があがり、ワクワクしながら布団屋根に仮取り付けしました。なんと!ピッタリです。(^-^)v制作していただいた城戸さんは『まだもう少し大きく出来ていたなぁ。』と……。いやいやこの寸法でバッチリですよ!丈は最長720mm。布団屋根垂直高(布団三枚の厚み)が630mm、屋根傾斜角度が65°のため、屋根に取り付ける辺で、685mm(直線距離)ほど。700以上の丈にしたため、出来上がるまで不安でしたね。さぁ、自慢の屋台になって来ました……!布団締めを付けると、屋根が引き締まった様に思います。 代々引き継がれてきた『鳴り太鼓』です。太鼓の鏡面は二尺四寸、胴最大三尺の地区自慢の太鼓です(゜∇^d)!!この太鼓の寸法に合うように屋台を改修する必要があった事は言うまでもありません……。ほんとうに太鼓様々です!
2013.09.24
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台風一過のあと少しでも準備を進めるため、八雲会数名で作業を実施してくれました。棒鼻に金具を設置し、布団屋根三枚に羅紗【らしゃ】(赤生地)を取り付け、布団隅に房を取り付けました。単に房といってもピンからキリ……。そこは百戦錬磨の強者城戸商店。大きな房を用意してくれました。【7号で芝町と同じ大きさだそうです。】(゜∇^d)!!これで"御膳立て"は出来ました!(^^)d屋根の部分は、新調している布団締めの納品を待つのみです。わたしが合流したのは、徹夜明けで一時寝させてもらった午後4時頃でした。(*^ー^)ノ♪作業は丁度狭間彫刻を取り付けるタイミングの時でした。通常であれば、狭間彫刻は既に取り付けているのですが、枡組(縞黒檀)の大皿を新設(t=20mm)したために、彫刻を収める空間が広くなりました。これでは彫刻を固定出来ないし、柱が長くなった分目線が高く彫刻が目立ちにくいことが懸念されたため、試行錯誤している間、狭間彫刻を取り付け出来ないでいたのです。枡組に大皿(枡組最下部に位置し、枡組全体を支える)が新設され、より頑丈な状態になりました。この度本体改修・新調に取り組んでいただいた大工さんより『もともとは大皿が入るべき』とのこだわりを持たれていたため、空間が広くなる事を承知で取り組んでいただきました。他町の屋台を詳しく見ていませんし、枡組も組手が色々あって一概には言えませんが、改修前の屋台同様に大皿が入っていない町が多いのかも?狭間彫刻が敷設されていない状態です。やはり物足りなさを実感します。さぁ、懸案だった狭間彫刻の取り付け方法が決まり、取り付け開始……。彫刻と本体にそれぞれステを取り付け、ステをボルトで締め付け固定しました。これにより彫刻を固定したまま、ボルトの締め付け具合で傾斜させる事が出来る様になりました。さすが若い衆の知恵です!正直、私では思い付きませんでした。【脱帽!】狭間彫刻を取り付けた状態です。おお~っ、ガラッとかわりましたね!((o(^∇^)o))これでようやく本体上部完成です(゜∇^d)!!そうして、間髪入れずに用意していた水引幕を取り付けました。う~ん、丈が相当短く、腰が丸見え……。(>_
2013.09.17
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毎週末、雨にたたられていますが、祭りの準備は遅れる訳にはいきません。しかし昨日より台風18号が接近、秋雨前線も活発化し大雨になってしまった。出遅れを取り戻すため、雨の日は室内で黙々と作業に精を出します。私自身、仕事柄降雨は仕事場が最優先されるため、後ろ髪を引かれながら若い衆にまかせました。しかし、自身が何をすべきなのかをしっかりわかっており、わたしがとやかく言わなくてもしっかりとやってくれる…、頼もしい若者達です。屋台を舁ぐ棒に金具を取り付けます。本棒・脇棒の端に取り付く八個です。同じ径で制作しているので、棒端を加工(削正)します。舁ぎ棒の切断から開始…。予め、地区にお住いの方の倉庫をお借りし、作業を開始しました。大塚町さんから引き取った時には、本棒長9.36m、脇棒8.7m(杉丸太)でしたが、蔵に収まるようにするには、棒を短くしなければなりませんでした。結果、本棒・脇棒とも8.5mの長さになるよう切断しました。【う~ん、短い!】金具を取り付けるため棒端を削正しますが、杉丸太の端はそれぞ径が違うため、かなり削り込んで、段差ができる端が出来そう…、少々不安がよぎります。加工・金具仮取付が完了後、棒を蔵に移し屋台本体に取り付け開始。最初の内は、あーでもないこーでもないと麻ロープを回しては外しを繰り返し、徐々に屋台本体と棒が一体化していきます…。麻ロープは伸びる分、緩みが出にくい…しかし伸ばしながら締めていくため、1か所締めるのに時間を要します。また、本棒を屋台本体に締め付ける場所はとことん狭く絶対に緩んではならない場所だけに、慎重に慎重に作業を進めます。そんな中、”秘密兵器”が…。ロープを棒にくくりつける際、人力だけでは緩みがでるため、器具を使って締め込みます。今回はわたしの同級生が制作した器具をお借りて、実施しました。【しげさん、感謝です♪】これはいい!棒も傷つけず、締め込んでいけます。うちも一つ作っておきたい優れものです。こういった器具・治具等は巷では購入出来ません。祭り屋台に携わった者が、この様な物があればいいなあ~と、すべて創意工夫で制作します。屋台を通じて、人を創る…、そんな場所に身を投じれる…。関係者の皆様に感謝する日々です。
2013.09.16
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秋の祭礼が近づいていますので、わたしのブログを通じて新祭り屋台を紹介しています。このたびは、屋台本体の部位の一つ、虹梁桁の木鼻”唐獅子”を紹介。唐獅子…。唐は中国を、獅子は百獣の王を意味するため、強さの象徴・魔除け・護獣として、古くから縁起のいいものとして、例えられたり使われています。【以前花尻が所持(現滑原屋台)していた屋台にはバク。”邪悪な夢を食い尽くす”という意味があるようです。】新祭り屋台の木鼻として虹梁桁に8体設置されています。左右違った形で、口を開けたもの、閉じたもの、いわゆる”阿吽”ですね。秋祭りに奉納する屋台ですから、昔から縁起のいい形を取り入れます。また神社建立の流れを取り入れており、特に”楼門”建築の作り方が随所にあります。興味のある方は一度調べてみてください。【私自身、勉強中なので…詳しくはお伝え出来ません。】明治中期に制作(彫られた)されたものと伝わっている彫り物。【目は近年か?】首部だけのため、柱を交換するたび再利用出来ます。新たな柱に息吹が入る瞬間…。何百年の時を経て、今だ健全な唐獅子に魂を注入する…ちょっと大げさかな…。 狭間彫刻を設置していませんが、雲板・狭間・木鼻と屋台上部を引き立てる彫刻のひとつ。控え目ではありますが、無くてはならない存在です。
2013.09.15
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『今日も早いこと目が開いて、起きられへんかった……。』最近の親父の口癖手である。かなり体が辛いようだ。今年の猛暑、"生き甲斐"になっているスイカ栽培でも、何度も何度も弱音を吐いていた。以前、前立腺ガンと申告されが、手術で摘出して今のところ転移は見られない。しかし、脊柱管狭窄症という症状とガン摘出後の後遺症により、左足が不自由に…。思うように動けない自分が不甲斐ないと愚痴をこぼすものの、いつの間にか畑には作物が植わっている。近所の方が畑で黙々と作業している親父の姿を見て『根性が違うわ!』。。。わたしも休みのときは、指示されたたり自発的に畑に精を出してはいるものの、親父曰く『片手間でできない』持論があり、少々不満がたまっているようだ。来年は祭り屋台の世話も落ち着くし、畑に集中出来るよと話をしていた矢先、アライグマ被害に遭ってしまった。出鼻を挫かれ、無言で立ち尽くす親父…、もっと早く収穫していればと自分を責める…。そんな折、奥の畑に親父の親友を呼んだ。毎年親友に遭うのを楽しみにしている親父。親友にはとびっきりいいスイカを持って帰らします。その親友とは、10年来の仲。奥の畑近くに”焼物”をしている窯があり、ここの生徒として週末になると訪れていた方。そこで親父が作る農作物に興味を持たれ、意気投合。当時は大病院の医師。現在は自身で経営する保育園の園長。今ではこのスイカだけで、繋がっているといっても過言ではない付き合い。(病気のことでは相談にのってもらっています)親友と会うと同時に『〇〇先生、ここでつくるスイカは今年で見納めやから…。』来年からは下(東の畑)で作る、わたしにもはっきり言わなかった事を、親友に告げる。これで決意は揺らぐことはありませんでした。来年からは、独り立ち出来るよう父もわたしも望んでいる今日この頃です。そんな折、親父に贈り物が届く…。箱を開けて見ると、葡萄の王様『ピオーネ』!高価な葡萄です。三木市で”ぶどう狩り”が出来る農園のうち『よかわ長谷ブドウ園』のピオーネでした。スイカをあげたお宅からお礼の品。一ふさだけ親父がとり、もう一ふさは仏壇にそなえた後は子ども達に分けました。うちの息子は大好物なので、一瞬で食べつくしました。『やっぱり”武道家”は葡萄がすきやなあ~。』そんな親父ギャグを聞くよしもなく、『とうさん、残りは明日やで!』すべて食べつくす気でいます。純粋にスイカが美味しかったからいただいた品でなく、これも親父の人柄がつくった人脈。偉大なる父です…。 親友というか旧友というのか、先生(左)と話す親父は活き活きしています。愛犬ハチを横目に、よかわ長谷ぶどう園の『ピオーネ』を食べる前の息子。
2013.09.14
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先週、土・日曜日ともにあいにくの雨模様…。そんな中、秋の祭礼までにすることを着実に実行するため、黙々と雨の中で奉仕作業。情報は突然入ってきました。若い衆から『興治(おきはる)が新屋台をお披露目するらしいで!』。興治地区とは、わたしたちが住む町内のひとつ。また戸数もわたしの地区と同じぐらい。100件にも満たない戸数の地区が、祭り屋台を保持する大変さは、計り知れないものがある…、十分わかるだけに、とてもうれしく思います。(維持費に莫大な費用がかかる、目出度い行事にけが人が出ないか心配など…。)興治は、わたしの地区と違って”代々祭りは獅子舞”で執り行われていましたが、3年前に『別所まつり屋台大集合』というイベントが行われた際、子ども屋台で参加しました。そこから、一気に大人屋台に更新するとは…、思っても見ませんでした。やはり播州三木の祭りびとです。同じ秋祭り、同じ日に行われる地区同士なのに神社が違うため、いままでかつて交流したのはまったくなかった。これを機に、将来花尻、興治が交流出来る事を願ってやみません。過疎化が止まらない町内において、少しだけ明るい兆しが見えたような気がします。興治の新屋台は三段反り屋根型。”倉庫”も新調されました。
2013.09.09
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いよいよあと1カ月に迫ってきた秋の祭礼に奉納する屋台の付属品を紹介します。この度は、屋台の野外用台車です。もともと大塚旧屋台用はあったのですが、土露台(鳴り太鼓を敷設する場所)が大きくなるため、新たに制作することに…。土台母材(檜材)、タイヤなどは購入し、旧屋台を解体、再用出来る部材と組み合わせて、八雲会のメンバーで制作しました。土台母材が芯持ちのため割れが生じましたが、大きな影響はありません…。が、念には念を入れて、後日修正材で補修する予定です。旧屋台用台車です。とても年期が入ったものでした。大事に使われていた証拠に、解体時には結構時間を要しました。制作中、完成間近の台車です。この台車で蔵内外を共用したかったのですが、屋台本体が高くなり、台車に乗せたまま入れようとすると、蔵の上部に屋根が接触するため、野外専用台車として活躍することでしょう。こちらが、屋台蔵用台車1号。土露台各柱にはめ込み、この状態でピットを利用し鳴り太鼓の出し入れが出来る様にしました。これが地面から50mm高に仕上がっていますが、地面から20mm高も試作中です。【2号】(2号は強度的に?がつくかも…。)
2013.09.06
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この夏はとても目まぐるしく過ぎました。祭り屋台の更新、スイカ栽培…、予定もしていなかった『さかいで大橋祭り太鼓台共演』参加など、どれもしんどかったけど、終わった時の充実感は今までに味わえなかったものでした。しかし、わたしが充実していた分、家内・息子は不完全燃焼だったようです。家族旅行にも連れて行けず、大変申し訳なく思います…。8月後半から、『ぶどう狩り』など計画しましたが、毎週末に足を止める”雨”。終わる事のない地区の用事、畑仕事…、来年はしっかり計画を立てたいと思います。さて、先週末は息子を散髪に連れて行き、帰りに息子の従妹を誘って、ボーリング(加古川市)に行ってきました。まだまだ幼い二人が真剣勝負!…と思いきや、1ゲーム終わるたびにDSで遊んでいました。時間を有効に使う二人でした。そんな事を感心していたら、隣のレーンに来た親子連れを見てビックリ!『花火ナイター』に行った帰り、駐車場まで同じ方向へ歩いていた家族でした。当然声を掛ける事はなかったのですが、親子連れの奥さんが少し気づいてくれてたか…、まっ、そんなことで長い長い夏休みが終わりました。スペアをとって上機嫌の息子。今の子は、”時間を楽しむコツ”を知っています。
2013.09.03
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秋祭りまであと約1カ月となりました。播州三木の祭りのみならず、祭りに欠かせないのが、祭り足袋。各町によっては、足袋に刺繍を施し老若男女揃えます。法被と同じように町の顔なのです。しかし、法被と違って個性を出せる唯一の方法でもあります。わたしの地区も数年前から、祭り足袋を履く方が増えてきました。(以前はほとんど運動靴。)私も現在、四足保持しています。そのすべてが違う刺繍を施しています。思い通りに仕上がっていなかったり、履けなくなったりと、わたしが履くのは二足だけ。もったいないので、息子に履かす事にしました。しかし、息子は小学六年生。まだまだ大きくて履けないと思いきや、ピッタリ!それもサイズは25.5cm。なんと、知らないうちに大きくなりました。【剣道を習っているせいか、足幅が広い!先はまだ余っていますが…。】こうなれば、息子とお揃いの刺繍入り足袋を将来つくりたいと思います。息子にあげたのは、わたしが一番最初につくった足袋。従来からある”こはぜ”型で、金具固定するため、子どもでは履きにくい…。子どもはマジックテープ型がいいかも…。
2013.09.03
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今日夕方から、息子と野球観戦でした。ほっともっとフィールド神戸スタジアムで『楽天VSオリックス』戦を観戦。わたしも息子も野球が大好きと言うほどではないので、年に1、2回観戦する程度ですが、"花火"となるとドキドキ…。三塁側【楽天イーグルス】での応援。場所は一番前だったので、柵にかぶりついて見てしまいました。(大人げない…)花火が打ちあがるタイミングがわからなかったので、いきなり『ド・ド~ン!』。花火は数分で終わりましたが、二人とも興奮しました!やはり、夏を彩る風物詩ですね。 試合が終盤に差し掛かる頃に、スタジアムをあとにしました。帰る途中、イチローの看板前で一枚…。今や知る人がいないほど有名なイチローも、ここが原点なんですね。息子にはここまで有名になれとは言いませんが、イチローのように信念を貫ける人になってほしいと願います。
2013.08.29
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早いもので、もうすぐ9月の足音が聞こえてきました。先週日曜日は局地的大雨による被害が発生し、会社に出勤。(災害現場)唯一、秋祭りの準備が出来る日であったのに…。準備は若い衆に任せて、災害復旧に全力をあげる…。また、若い衆には地区内を巡回し、災害が起きていないか確認させました。地区内は冠水・落ち葉等の流出があったものの大きな被害はなくホッとしました。ここで、玄関に飾っている”宝物”を紹介。昨年の6月にいただいた能面の彫り物です。約半年以上かけて、屋台譲渡交渉を続けた〇〇町の元区長より頂いた物。譲渡成立、屋台引き取りがきっかけとなり、今もご懇親いただいています。元区長は市内で数少ない能面彫師。(趣味でされている)譲渡交渉中に何度か職場にお邪魔し、彫り物を作られていたのを拝見していたので、まさか頂けるとは思いもしませんでした。『文字は掘っていないので、好きな言葉を掘ってくれ。』と渡されました。台座に掘る文字…、となるとこの文字しかない!思い立ったら直ぐに【絆】と掘りました。とても難航した交渉だった故に、成立した時の喜びもすごく大きかった…。しかし、手放す方は断腸の思いだったはず。そして最終決断をする区長という立場だったからこそ、このご恩は一生忘れる事はないし、感謝の気持ちをどのように表したらいいのか当時はわからなかった。。畑でつくった”大地の恵み”を持っていくたび『もうここまでせんでもええぞ。』と元区長。しかし、わたしの気が収まらない…。このご縁をきっかけに、世間話も気楽に出来きる存在の方になりました…。屋台がきっかけとなり新たな縁が出来き、時間をかけてこの縁を大切に育む、これもまた絆だと言えるでしょう。秋祭りには是非お越しいただき、立派に生まれ変わった屋台を肴に酒を交わしたいと思います。
2013.08.27
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