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2005年06月22日
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一日が二十四時間
こいつがとてつもなくもどかしい時期
誰にもあるだろう。

ぼくにとっては今がまさにそうで(年中だという話もある)

こういうときは収入に結びつく仕事を優先的にやらなきゃいかんのだが
テスト前に本を読みたくなるのと同様
ついお金にならないところに文章をあげてしまう。
(ぼくはアフィリエイトに関心がない)


自分を納得させつつ書いてしまおう。


本文がある。

そのまま書いてあることがある。
読解力のあるなしに関わらずたいていの人なら見つけられることがある。

「10歳の頃までは私はほとんど本を読まなかった」

ここから
「私は8歳や9歳の頃はほとんど本を読んでなかった」
という事実を導く。
これが「誰でも見つけられること」

こんなものは出題されない。
誰でも見つけられることを出題してもしょうがない。


問われるのはそうではなくて
本文に書いてあることから、普通に考えれば推測できることである。

「10歳の頃までは私はほとんど本を読まなかった」

とある以上
普通に考えたら

ということが推測できる。

これが読解である。
裏を取る という技である。

今の子供たちはこれができない。
(いや大人でもできない人は多い。そういう人は契約関係でだまされやすいから気をつけて)

所得税が実質引き上げだとか。

自画自賛だけれど
ぼくはこんなこと2年前に予言していた。
しかも国語のメルマガで。

「私の在任中は消費税は引き上げません」

ココから裏を取ってみよう。

こういう問題。

(ちなみに解答解説は『これ一冊で必ず国語読解力がつく本』で読んでね(笑))

裏ととることを覚えれば一つのソースから得られる情報量は格段に増える。

ただし

やりすぎてはいけない。

やりすぎるとそれは読解ではなく自己流解釈になってしまう。
それは鑑賞と呼ばれるものである。

いわゆる学校で学ぶ国語にはこの鑑賞が多い。
代表的なのは感想文。

それはそれで重要だけれど
その前提として正しい読解ができているかどうかがまず重要である。

ある登場人物が死んでしまったことが描かれていても
それを読み取れてない状態で
「ちゃんと生きていてよかった」などと話すのは
感想ではなくて
ただの誤解に過ぎない。

「10歳の頃までは私はほとんど本を読まなかった」

これで考えると

今はとんでもない読書家
とか
子供の頃 テレビばかり見ていた
とかは
数多い可能性の中の一つに過ぎない。
それはもう読解ではなく勝手な思い込みである。

勝手な思い込みもまた危険なもので
詐欺目的の文面にはこれを利用したタイプもあるから気をつけたほうがいい。


書いてあることそのまましか読めないのは論外。
書いてないことを想像するのはOK
ただしそれを事実と受け取ってしまうのは思い込み。
必要なのは書いてあることからほぼ確実にとれるウラを見つけ出すことである。





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最終更新日  2005年06月22日 09時56分55秒 コメント(2) | コメントを書く


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