タイ万華鏡-2 /  Thai Kaleidoscope-2

タイ万華鏡-2 / Thai Kaleidoscope-2

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

タイ太郎...

タイ太郎...

カレンダー

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

gogoよっしぃ! @ いや、あのう いや、読んでいただくとわかると思うんで…
タイ太郎... @ Re[1]:この種のタクシーは要注意!(01/24) gogoよっしぃ!さん、大変でしたね。本当…
タイ太郎... @ Re:まるで手すりの龍のようですね^^;(01/26) JiM*NYさん! 感覚が物凄い!言われて始め…
JiM*NY @ まるで手すりの龍のようですね^^; 日本の場合、座ってゆっくり読めるように…
gogoよっしぃ! @ Re:この種のタクシーは要注意!(01/24) あいましたよー、メーター倒さないで●Bっ…

フリーページ

2008/02/10
XML
カテゴリ: バンコクを歩く

 今回ご案内することは、第一回目としての4コマ(下続き3回に分ける)です。

 「ヤワラーッ」という名前は、「若い王子様」との意味です。これが、当時のラマ5世王が15才の若さで王位に就くことから来た言葉。

 ヤワラーッの生まれは、バンコク王朝(ラッタナコーシン王朝)が始められた当時は、エメラルド寺院と王宮の周遍は、中国人が原住民であった。王宮周辺を広場等を作るために、1世王は、「この新町」の南方向の郊外へ中国人村を移動させた(今のサムペング、ヤワラーッ当たり)。この「新しい中国人町」は段々と中国系タイ人の人口が増えてきていた。

 ラマ5世王の時代に入ると、中国人町はすでに密度が限界になったため、町を広げるため、新しい道路を造るようにと、ラマ5世王は命じられた。1892年に、(今のヤワラーッ路の)末端地(クロング・オングアングと言うところ当たり)から、ワット・トライミット寺(中華街正門)の当たりまで新しい道路が生まれ、両脇に人々の住宅となった。1532メートルの長さの道路である。

その後、国王へ感謝に中国系タイ人たちは、この与えられた新町を記念として「若き王子様の街」と名付けの許可がさらに頂き、その時から「ヤワラーッ」と言う名称が呼ばれた。

 これが、現在の「タノン・ヤワラーッ」中華街となった。ここの中国系は、初代からだと何世になるか分かりませんが、少なくても7~8代以上だろう。。。

 現在この街は、バンコクの古き歴史あっての、未だ活気溢れるところで、国内外の人々に人気なスポット。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008/02/11 02:30:45 AM
[バンコクを歩く] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: