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2008/07/22
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 そもそもゲイという言葉の定義は、そう古くない。しかし、同性愛は昔からあった。ロマン時代に戦士達の仲間が同性愛が盛んだった時期があった。
 タイ歴史の文献によっては、ラマ1世王時代に同性愛者があった。
 その方は、「ラクノラレース」というお名前で、ラマ1世王自身の息子の1人。ゲイである事は噂が広がった。国王の一番恥じとなったことであっても、息子だから我慢するしかできなかったらしい。昔から、王様の一番奥の領域(私的な生活環境)は、統べての職員は女性だけに限る。側近お使い男性「顧問」としては数人しかいなく、その人たちは強制的に(法的でもあり)去勢しなければならない。。。女性職員との性的関係を防ぐためであった。
 王様の道楽の一部は、劇を観賞する。宮内専属「劇団員」は女性だけ。これに対して、宮外劇団が男性だけの役者、これも王属劇団。

 王宮の壁は2重があって、その内側壁と外周壁の間に楽屋が置き、演芸日以外の日常は、劇を練習、踊りの練習等する日々でした。顧問たちもこのエリアで住居する。
 ゲイであるプリンスは結婚はしたが、夫婦関係がまったくなく、宮外劇団の男たちと遊びに夢中な日々だった。
 ラマ3世王時代になって、ゲイプリンスは死刑された。ゲイであったの原因で死刑と命じされたではなく(ゲイは個人的な問題とした)、当時の国王(ラマ3世王はプリンスの甥にあたる)への反逆行為があったためでした。

 今のチャックリ-王朝時代を遡ってアユタヤ時代にも、素晴らしい大王の一方はゲイであったことが「らしき」に過ぎなかった。特定な証拠や文献等記録はなく、ゲイであることおを判定できなかった。ただ、国王が特に好かれたギリシャ系フランス人を側近お使いまでにし、高級ランクを与え、国王自身の判断して命令しなけれえばならない大事な政治的な事柄までを、お任せした。国王の代わりに命じる事をさせたからの、その「深い信頼(関係)」が疑わしいだと、現在歴史研究家の個人的な見解。



 *******関連記事が、お馴染みタイ太郎の「タイ人」のソムチャイさんの「聞きたい」ページへどうぞ。
        http://thaiyorozu.blog93.fc2.com/
      「パタヤにゲイが。。。。」






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最終更新日  2008/07/23 02:53:57 AM
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