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週末から風邪で少しダウンしてました。かけなかった日の分も、いろんな事があったのにぃ!でもまあ、たまには、時事問題からでも。最近、心ない事件が続いています。特に、10代の私にとって、これほど同年代の人が事件にかかわっているとなると、心が痛い限りです。私は、そんなニュースを耳にするとき、もっと、私たち「人間」の弱さにもっと気づいてほしい!と思います。特に、私もそうであるように、10代は、人生の中でも一番多くの試みに遭い、また、それを乗り越えてかつ経験を積んでいく。そんな時期ではないかと思います。青春を謳歌するといったように、いろんな目標を持ち、友人を持ったり、恋をしたり、励ましたり、励まされたり、また、いろんな困難にぶつかったり。とにかくいろんな事に新鮮で、また敏感でもあるのだろうと思います。でも、敏感だからこそ、この世に多くはびこっている「悪」「悪魔」をいち早く感じ取って、信仰の羽根で飛び立ち、悪から遠ざかってほしい。私はクリスチャンの立場から声を大にしてさけびますが、「わたし」は「無信教者」という人でも、自分の弱さに早く気づいて、平和の人になろう。けんかして腹を立てたら、早く自分から謝ろう。「ありがとう」「ごめんなさい」を大切にしたい。だって、ひとは、一人では生きてゆけないから。
2005年11月15日
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前と同じタイトルですが、今回は、別の視点で・・・朝の満員電車。夜の帰宅列車。現代人は、疲れている。だから、眠い。(はっきり言って乗車時間=睡眠時間とも言えますし)寝過ごす人もいるわけです。もっとも、今年入ってから寝過ごす回数が多いです(--;)。今日、初めて寝過ごしそうになって慌てる人を見ました。自分もそんな風に見られているんだなと改めて思いました。逆に、早く着かないかなとボーっとしていても、することがないということもあったり。これと同じように、人生においても、早すぎても、遅すぎてもいけないことは、いくらでもありますよね。もちろん、「期日を守る」ことは、社会において大事なことですが、人が決めたものじゃないことも、いろいろあります。いつ、何をしたらいいのか。どのようにやっていくとよいのか。・・・自分の力では分からないことだらけです。でも、さくらが春に咲き、コオロギが秋に鳴くから美しいように、りんごが旬だからおいしいように、焦らなくても、そのように「ある」、そのことが良いのです。私たちも、焦らず、待ちぼうけもせず、正しい「時期」を、神様からきちんと知ることができるものとなりたいですね。もちろん、祈ってすべて分かるわけではないかもしれませんが、行動に乗り出すことを神様は期待しておられるのです。私たちも神様の手にあるのだから、すばらしい「クリエーター」である主に期待しよう!聖書のみことば「神のなされることは、すべて時にかなって美しい」伝道者の書 3:11
2005年11月10日
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あなたは、どんな仕事を「頑張って」いますか?私は最近ではあまり頑張り過ぎないようにしています。(こんな時間に書いているのも問題かもしれませんが(^^;)というのも、どれだけ頑張ろうとしても、やはり私たちには限界があるじゃないですか。でも、だからといって怠慢になっていてもいけませんが。大事なのは、何のために頑張って、何を大切にしたいか(守りたいものは何か)ということではないでしょうか。自分の欲求のために頑張っていても、それではきりがありませんよね。やはり何か対象とする人物の事を第一に考えることができるからこそ、そのために頑張ることができるのではないかと思います。まあ、学生はむしろ自分の目標第一で頑張れとよく言われますが、それでもその先に何かあるでしょう。なかったら、困ってしまいますよね。そして、また「自分らしさ」を大切にして、自分のできる範囲で用いられていきましょうよ。でも、メリハリとリフレッシュも大事ですからね。聖書にも、こうありますから。「六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。 しかし、七日目は、…あなたはどんな仕事もしてはならない。 …それは主が…七日目に休まれたからである。 (旧約聖書 出エジプト記 20:8-11)」PS:部活ですごく頑張っていた子が、結構な体調不良のため休んでいます。その子のためにもお祈りください。
2005年11月09日
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最近、夜が早くなってきましたね。夕方、初めに目にするのはお月様よりも、お星様☆だったりします。夜になると、たくさんの車の明かりに照らされて、歩道を自転車で走っている私にとっては、まぶしいくらいです(しかも通学路は無灯火の人が多いから、困るのですが)。ひょっとしたら、私たちも、一番目立っている(有名な)人より、身近にいる人の放つ「あかり」を感じて生きているのかもしれません。聖書にも、私たちに、地の塩や、世の光として、この地で働きなさいと書いてあります。これらの言葉は、クリスチャンの人にとってはもちろん、そうでないすべての人にも大事なことだなあと思いました。私たち一人ひとりが、毎日の生活の中で関わりあって生きていて、そのなかには、名前も知らないけれど、多くの人と接しています。そんな「一期一会」ともいえるような生活の中でも、「わたしはこのように生きています。私の生きがいはこれです。」と、いつでも自信を持っていられるようにしたいですね。
2005年11月08日
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みなさんは、何を基準に一日を過ごしていますか?私は高校生ですから、学校で、電車内で、街で、いろんな姿を見るわけなんですよね。その中で思うことは、高校生って、勉強もしなくちゃいけないけど、遊びたい、はっちゃけたい、そんな境界線の真っ只中な彼らヾ(^^ )自分もそうじゃん!なんですが、生活の基準は、人生の拠り所は、何だろう、聞いてみたいです。一方、私としては、人生の目標っていったいなんだろう、自分のためだけに頑張っていても、結果がつまらないよね、なんて考えてしまっているのですが;生活を、自分の気分だけで決めないで、人の評価だけでも決めないで、その上にある神様のご計画で、祈りと賛美のある生活、そんな生活がいいなあと思いました。だって、がむしゃらに踏ん張ってても、疲れ果ててしまうだけだもの。イエス様に任せてみようよ。心配なことでも。イエス様のことば(新約聖書 マタイ11:28より)「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところにきなさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」
2005年11月07日
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今日は、今日の教会でわかったこと、感じたことをまとめてみたいと思います。忙しい10月が終わったのですが、最近、どうも時間をうまく活用できずにいました。そんな中、自分も含めて、人間って、結構おっちょこちょいだし、間違いもよくするものだと思いました(自分で自分を確認σ(^^;))。それは時に、信仰生活、いえ、普通の人でも人生にかかわる失敗というものもついてきます。聖書を見ても、ダビデ王でも、誘惑に負けて十戒の教えをそむいたこともあるし、信仰心の強かったペテロでも、弱さにつけ込まれることがありました。神様に心のすべてを委ねていき、聖霊に満たされている状態、それが心の聖さなのではないかと思いました。そのためには、やはり、毎日のお祈りとディボーションが大切なんだなと改めて思いました(私はしばらくできていませんでした。ごめんなさい(>∧
2005年11月06日
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しばらく、ブログに手がつけられませんでしたが、ようやく、学園祭とロボット大会が終わりました(ちょっとほっとしています)。少しずつ、自分の生活スタイルも変えていこうかなぁとも思っているので、またマイペースでやっていきます。とりあえず、一段落つきホームページをやっと変更することができたので、ここにお知らせします。「ヘイワのツバサ」←まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします。またブログも書いていきますよー!
2005年11月01日
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