濫読屋雑記

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2006年09月05日
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今日は、9月1日の『 半休取って『 ゲド戦記 』に「この『 ゲド戦記 』に関するお話、もう少し書き続けていきたいと思います。」と予告した『 ゲド戦記 』に関する「 雑感 」を書いていきたいと思います。今回のテーマは「 奴隷問題 」についてです。

ゲド戦記 』の映画の中でも印象深い場面としてホートタウンの奴隷たちの様子や、奴隷を取引する様子、そしてアレンが人買いのウサギ一味に不意を突かれて奴隷として囚われ、奴隷運搬車の中で手枷首枷をはめられた状態で気が付き、ハイタカの魔法により助け出される、といった奴隷にまつわる場面があります。実際、原作の『 ゲド戦記 』の3巻の方でも、『 さいはての島へ改版 』シリーズに出てくる18世紀前半の西アフリカからアメリカ大陸へむかうの奴隷運搬船とそれを阻止・拿捕する英国海軍の活躍を思い出してしまいます。詳しくは『 大暗礁の彼方 』などで「半顔の悪魔」と奴隷商人に恐れられたタイアック艦長の活躍を読んでみて下さい。)、もうひとつの原作と言ってよい『 シュナの旅 』でも人身売買の様子が描かれています(というか、牛に似た駄獣に引かせた奴隷運搬車や、都城での人身売買の様子などはそっくりそのまま映画の元ネタになっています)。

ゲド戦記(3)

この奴隷制度・人身売買といった人間がいかに悪魔に近い存在になれるかを証明するかのような「制度」は古代文明、メソポタミアの時代から18世紀のアメリカや西インド諸島でのプランテーションでの奴隷売買・労働、さらにアメリカ南北戦争を経て何と、現代まで延々と続いているのです 人身売買に関しては、国際条約により禁止されているはずなのですが、あの手この手で法の裏をかき、あるいは堂々とこの私たちが生きている21世紀の時代にも行われているのです

実は、この映画『 ゲド戦記 』を観る前に1冊の本に目を通していたのです。 その影響もあって、映画に出てくる人身売買の様子や奴隷の姿に敏感に頭脳が反応してしまったのかもしれません 。その本とは メンデ・ナーゼル・ダミアン・ルイス 著、 真喜志順子 訳『 メンデ 奴隷にされた少女 』(ソニーマガジンズ、2006年7月)です。

メンデ

この本は著者である メンデ・ナーゼル が生まれ故郷のスーダンの中部の山岳地帯に住む少数民族、ヌバ族の出身です。メンデが12歳のとき、彼女の住む村がアラブ人の民兵に襲撃されて、彼女は民兵に囚われ奴隷として売り飛ばされてしまうのす。それまで、彼女は私たちと同じように学校へ行き勉強をして、家の手伝いをするといった普通の生活をおくっていたのに、突然、1983年にから続くスーダンで起きた内戦のあおりを受けて、北部のアラブ系イスラム教徒から長く差別されてきたヌバの人々は、政府軍(アラブ系主体)から武器を供与された民兵(ムジャヒディン)の理不尽で残酷な襲撃(大人は虐殺、幼い子どもはアラブ系の富裕層へ奴隷として売り飛ばされる)を受けることになり、 メンデもその犠牲者のひとりとして、人間としての尊厳を踏みにじられる奴隷生活を送ることになってしまうのです

アラブ系の奴隷商人の下から、見知らぬ都会でアラブ人家庭の冷酷な女主人(人間はどこまで残酷になれるのか、よく理解できました・・・)に文字通り、朝から晩までこき使われる奴隷の日々。寝起きするのは物置小屋で、食事は残飯だけ。病気になっても医者を呼んでもらえるわけもなく、いつ、女主人の理不尽な暴力を受けるのかと恐怖怯え、孤独と絶望感に何度も押しつぶされそうになりながら、彼女はある日、女主人の妹の住むイギリスへと送り出されます。ここで驚きなのは、女主人の妹の主人がスーダン政府の外交官であることです!そして、そこでも奴隷として日々、ただ黙々と働かされるメンデ。 彼女はヌバの少女としての誇りとイスラム教への信仰心 (アラーの下ではイスラム教徒はみな平等なはずなのに、黒人というだけで・・・) を最後まで失わずに、12歳から6年以上も、ただひたすら逆境に耐え抜き、2000年9月11日、ロンドン北部の緑豊かな郊外の路上で、ついに自由の身になったのです

しかし、奴隷の身から解き放されたメンデを待ち構えていたのは、英国政府への煩雑な亡命申請と脅迫、そして「自由な生活」への恐怖でした。 この「自由への恐怖」こそが、奴隷として支配される本当の恐ろしさ、無給労働や肉体的虐待ではなく、自分の意思で何かを選んで行動する事、自分で判断することすら禁じられた生活をおくってきたため、「ひとりで行動する恐怖」からなかなか抜け切れなったこと、自由を自由として享受できないほど人間の尊厳を踏みにじられることである 、ということをメンデは教えてくれたのです、と訳者の 真喜志順子 さんは、述べられています。

宮崎駿監督の描いた『 シュナの旅 』でも、シュナが人買いの車を襲撃し、「たとえ一生追われる身となっても自由を望むものは出てくれ」と言って奴隷たちを開放しようとした際に応じたのは、ふたりの姉妹だけで、残りは報復を恐れて立ち上がろうとしませんでした。また、これとは少し意味が違うかもしれませんが、映画『 ゲド戦記 』でも、ハイタカがアレンを助け出した際に、他の奴隷たちに対して「鎖は解いた。あとは彼ら次第だ」と言ってアレンだけを助け出したのも、心までも奴隷とされた人間の面倒までは背負えない、というハイタカの考えのように感じました(冷酷であり、且つ適切な判断とは思いますが。現実の世界としても、ハイタカひとりではアレンだけしか面倒を看きれませんからね)。

そんなわけで、映画『 ゲド戦記 』の 背景にちらつく人買い=人身売買というのが頭のどこかに引っかかっていて、モヤモヤッとした映画に対する感想を抱いたのかもしれません

最後に、この人身売買はメンデの場合のようなあからさまな「 奴隷売買 」という形ではなく、 強制動労や性的搾取などを目的としたものが、スーダンのようなアフリカ諸国・第三世界に限らず、我国・日本をはじめとする先進諸国でも横行している現状を知っておいて下さい 。文庫版「訳者あとがき」によりますと、 国際労働機関(ILO)の報告では、世界中で毎年240万人以上が人身売買の犠牲となり、そのうち18歳未満の子どもの数は半数の120万人と推定されています 。この事実を重く受け止めなくてなりません。とくに、日本はこのような人身売買に関しては先進諸国の中では最も「甘い」国として、国際社会から非難され、入国管理を厳しくする新しい法律が作られたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

映画『 ゲド戦記 』の中で、 人身売買の市場や奴隷運搬車の中でうなだれている無気力な奴隷たちの姿は、形を変えて今日でも続いているのです 。そんな事を、 映画を観終わってからウンウン唸りながら映画に関する感想を書いている時、ふと奴隷売買の場面と メンデ 奴隷にされた少女 という本を読んだ内容とが結びついて、今日の日記の文章となったのです

最後に、 私なら人身売買をするような輩は18世紀の英国海軍がやっていたように帆げたから即効で吊るしてしまいますね 人の尊厳の奥底まで踏みにじって金儲けをしたり、快楽を得ようとする奴らは犬畜生に劣ると、私は考えます 。そういう連中をもっと厳しく取り締まって、昔みたいに裁判なしでの帆げたでダンスを躍らせるまではいかなくとも、極刑にちかい処罰を与えるべきですね。民主主義国家を自称するのであれば。 どうも、我国は人身売買、とくに女性に関しては江戸時代から緩い所があるものですからね

メンデの幸福と、他の奴隷として扱われている人々の解放を願い、それらを支援する人々に感謝の念を心より捧げて、今日は筆を置きます 。〈終わり〉





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最終更新日  2006年09月06日 01時25分46秒 コメント(2) | コメントを書く
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