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2007/05/14
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カテゴリ: カテゴリ未分類
引き続き。


前回は、

「次の世代に現世代の幸福をより多く引き継げるような社会では、人口が増加する」ということ。
それから、
「人類にとって生産のシステムが変わるごとに、人間社会全体の生産性が飛躍的に向上し、『社会が支えられる人間の数』が増えて、人口増加につながる」
ということを書きました。

今回は、もう一つの発見(ぼく自身にとっての)について。
一言でまとめると、
「生産のシステムとともに、その生産システムに合致した家族・コミュニティーのスタイル」が非常に重要である」





歴史人口学の資料では、江戸時代の家族・コミュニティーの構成について、かなり詳しいことがわかっています。ちょっとした推定をすることで、かなり詳しい統計データをとることができます。

それを見て感じるのは、「当時の家族・コミュニティーのスタイルは、当時の医療・経済の状況に非常によくマッチしていた」ということです。

基本的には、父親・母親・子供・老人の『役割』が当時の生産システムとマッチし、人口増加に寄与していたということです。


現代の家族・コミュニティーのスタイルと随分違うなぁ、というのが以下の統計を見てわかります。




           江戸時代   大正時代   現代
           18世紀   1920年  1990年

(1)出産期間    19.7    14.5   4.0
(2)子供扶養期間  31.6    27.0  22.3
(3)脱扶養期間    1.5    10.5  32.7
(4)全期間     36.2    40.0  56.7


ちなみに、

(2):長子出生から、末子成人までの期間
(3):末子成人から、夫(または妻)死亡までの期間
(4):結婚から、夫(または妻)死亡までの期間

です。

上記統計から見て、

■子供の年齢差が非常に大きく、早くに生まれたこどもは、「子育て」を相当程度手伝ったのではないか。
■江戸時代の夫婦に「老人」の時代が殆どなく、子供を育て終えたところで人生の終焉を迎えていた(3.脱扶養期間がわずか1.5年)


子供を産んでから次の子供を産むまでの期間を仮に3年とすれば、女性一人当り6~7名の子供を産む計算になります。
当時の医療状況・死亡率を考えると、5歳まで生きられるのが10人中7人以下、15歳まで生きられるのが10人中5人ですので、
6名子供が生まれても、そのうち成人するのが約3名。
結婚しない人や「間引き」される子供の数も計算にいれると、こでも人口増加にはギリギリのラインだったようです。


ということもあり、人口増加を支える様々な風習があったようで、例えば地方では結婚率が非常に高く「生涯独身」の人は非常に少なかったようです。(奴隷や丁稚など、「経済的・社会的に家庭を持つことの出来ない人」は殆どいなかったようです)
また、離婚・再婚も日常的にあったようで、三行半というのも、形としては夫がつきつけるわけだが、妻側が、次の結婚をするために夫に三行半を要求するということも多かったとのこと。
前の夫・妻との間に子供がいても、新しい夫・妻との間に再婚後こだわりなく(見える)子供を産むということが当たり前だったようです。おそらく、これも、社会全体の出産数を維持するためには重要な風習であったように思います。(少なくとも当時の世の中では、「キリスト教的道徳観」よりも、このような風習の方が自然であったのだと思います)

また、経済的には扶養を終えた「老人」を扶養するケースが稀であったこと、地方では分家によって、家族が独立しても「食い扶持」がちゃんとあった家族が多かったこと、などから、経済的な要因が人口増加の制約条件にならなかったことも、大きな理由かと思います。


これが、いかに微妙なバランスの上で人口維持に寄与していたかということを示すのが、江戸時代の都市部の人口の推移です。

地方から都市(江戸・大阪)に出た人は、晩婚化が進み(といっても地方と比べて数年違いですが)、独身率も上がり(これもわずかな差です)、疫病などによる死亡率も高い結果、都市は、常に人口が維持できていなかったようです。地方から都市への継続的な人口の流入がなければ、都市の人口は減っていたそうです。



まとめると、
■女性は、とにかく子供を産み続けることが求められたということ(また、それを促進するように離婚・再婚が柔軟であったり、「結婚できない」身分の人が殆どいないこと)
■それでも当時の医療状況では、子供の半数は成人を迎えられなかったということ
■しかし、成人男性・女性の婚姻・出産をとめる(主に経済的な)制約条件は、限定的であったこと
 (分家も可能であったこと、老人を扶養するケースが稀であったこと)


がうまくバランスをとって、人口を増やしていたのだということがわかります。


というわけで、歴史人口学の本からの発見のまとめは、以上です。

次回、「現在の少子化に対する示唆」を自分なりにまとめてみようと思います。
(某大臣の発言のようになりそうですが…、言葉を選んで書いてみます)






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Last updated  2007/05/15 12:20:40 PM
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