サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.25
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カテゴリ: 文学
 彼女がここへ来て、古代英雄的振るまいを光源氏から奪ったのではないか、という疑念は、逆にいうとそれを期待した読者の大半が、ここで追っ払われるという事態を招くわけで、「須磨源氏」とはよく言ったものですね。

 というわけで、紫式部はなぜそれを避けて通ったか、という空想にまたまた駆られます。ごくまっとうな考えかたをするならば、彼女はそうした活劇を描く術を持たなかった、あるいは知らなかった、ということになるのでしょう。確かに道長との添い寝の折りふしに、彼から聴ける寝物語というのは、宮廷内の人間たちのやりとり、あるいは彼の(主として女の)自慢話や失敗談であって、いわゆる太刀を振るっての武勇伝など、彼からは考えられないことではあったのですが(この場合、彼女は道長の侍妾であったろう、という前提で話をしています)、かといって古物語や漢書に精通していたであろう彼女が、古代英雄的な人物像を知らなかったはずはないと思うのです。
 とすれば、大立ち回りはムリとしても、せめてもう少し道行きの場面が克明に描かれたら、流遇の哀切さも勝ったのじゃないか、と思ってしまうのですが、それらに筆を惜しんでいるようにみえるのは、どうやら「須磨」=流遇という連想が、当時の読者には、数ある「歌物語」ではおなじみの一つの型として、 あらかじめ織り込まれていた 筋なのではないか、という気がするのです。つまりこのくだりは、今どきの小説と同じようなRealismの感覚で読んではダメなのです。

 考えてみれば「源氏物語」は、何度も触れている古物語的な下敷きとは別に、伊勢物語のような「歌物語」という物語形式も継承しているので、それは宮廷に伺候する女房たちにとっては必須の教養でもあり、「須磨」というキーワードは和歌の世界にとって、最も好まれた題材の一つであったかもしれません。
 このあと流遇先での感傷的な描写が続きますが、ここは話の筋ではなく和歌の題材を提供するためにおかれた、鄙(ひな、田舎)のExoticism(異国趣味)的な描きかたに主眼が置かれているような気がします。それが証拠に、このあたりは古来有名なくだりなのだそうですが、故事や和歌のやり取りが主体で、いわゆる小説的妙味で読み進むには、しんどいところがあるのです。ひと言でいえば、「葵」や「賢木」の帖で、私たちが経験したような、緊張したRealismでは書かれてなくて、かぎりなく型にはまった芝居の書き割りに近い、いわゆる美文体と言っていいでしょう。

― 須磨には、いとゞ心づくしの秋風に、海はすこし遠ほけれど、行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、よるよるは、げに、いと近う聞えて、またなくあはれなるものは、かゝる所の秋なりけり。
 御前に、いと人少なにて、うち休みわたれるに、ひとり目をさまして、枕をそばだてて、四方の嵐を聞き給ふに、波、たゞこゝもとに立ちくる心地して、涙おつともおぼえぬに、枕うくばかりになりにけり。琴を、すこし掻き鳴らし給へるが、われながら、いと、すごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、
 恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふかたより風や吹くらむ


 そういえば、何となく「伊勢物語」の、都を放擲した男達が旅先で嘆きあう「都鳥」のような場面を、ここは彷彿とさせますね。「源氏物語」が書かれた当初の計画には、女たちが宮中を生き抜くための、教育的要求もあったと思われ、その中にはもちろん中宮彰子も含まれていたでしょう。
 さて、では紫式部自身は、それをどう思っていたのでしょう?

― つづく ―





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Last updated  2009.04.25 16:07:50
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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