サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.08
XML
カテゴリ: 文学
 「将を射んと欲すれば、まず馬~」とばかりに、源氏は明石の方への難儀な用事の前に、その周辺を固めていく。都から送った乳母が彼の腹心であったのは当然として、この尼君に好感を持たれたことは、はたして次の「薄雲」の帖で彼女の重要な発言となって現れることになります。
 人とのやりとりの最中に、一瞬にして相手の器量を測り、それを確認し、さらには味方につける、というのは、大将としての必須の技量だと思うのですが、彼はそれを腕力でも弁舌でもなく、いわば平安時代の貴族の意匠で振るまっているわけで、今どきの風俗と違うからといって、彼に将器(人の上に立つ者の器量)がなかったわけではありません。その器量の現れかたが、ときの風俗習慣によって変わっていくだけで、しょせん人としての根っこのありようは、あまり変わっていないのではないか。ただしそれを理解するには、こちらももう少しこの物語の時代に歩み寄ったり、(呑まれない程度に)想像を逞しくする必要があるのかもしれません。
 厳密にいうと、これらの技量も貴種の血筋だけを取り得にして、おそらく必死で身に付けた光源氏だけが具有できる振るまいで、同時代の他の貴族、あるいは別の時代の武将や殿様が、同じことをなぞることが出来るわけではありません。傑出した人物というのは、基本的にきわめて独創的な思想や振るまいを身につけるもので、それはときに他人に対して仮借ないものに映るときもあります(頼朝とか信長を見てごらんなさい)。
 このあとの源氏の振るまいについても、あるいは今どきの倫理観を持ち込んだら、戦わずしてすべてをモノにしていく彼一流のやり方に、違和感を感じる人もいるかもしれませんね。

 さてこの日は大堰の邸から、ほぼ完成した桂の御堂へ行って、しかるべき務めを済ませた後、また大堰に戻ってくる。源氏としては明石の方と幼姫君をどうするか、まだ扱いかねていて、姫君だけを養女として二条に引き取ることも考えるが、お方にはまだ言い出しかねて、夜が更けていく。その晩はこの先どうなるか不明ということもあってか、どうも相当熱い愛の睦み合いがあったのごとくで、翌朝はというと、

― またの日は、京へ帰らせ給ふべければ、すこし、大殿籠りすごして、やがて、これより出で給ふべきを、桂の院に、人々おほく参り集ひて、こゝにも、殿上人、あまた参りたり。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 翌朝は、京へお帰りになるべきところ、少し、寝過ごされて、急いで、ここからお出でになられるところが、桂の院には、多くの人々が参上していて、(さらには大堰の)こちらにも、殿上人たちが、大勢参ってくる。

 荘園の領民はともかく、こちらにいると聞いた殿上人たちが、あいさつがてら、大堰の邸にやってくるというのは、本来大堰のほうはお忍びであった源氏にとっては、腹ふくれる部分もあったでしょうが、しかるべき人たちを放って帰るわけにもいかず、結局また桂の院へ行って、大饗宴を行なうこととなります。
 しかしその前に、先の決まらぬ明石の方と幼姫君との、しばしの別れがある。戸口に乳母が幼姫を抱いて、見送りに出てきたのを見て、源氏はさまざま乳母に話しかける。


 「あやしう、もの思ひ絶えぬ身にこそありけれ。しばしにても、苦しや。いづら。など、もろともに出でては、をしみたまはぬ。さらばこそ、人心地もせめ」
と、のたまへば、うち笑ひて、女君に、「かくなむ」と聞ゆ。なかなか、物思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず。「あまり上衆めかし」と、おぼしたり。人々も、かたはらいたがれば、しぶしぶにゐざり出でて、几帳に、はた隠れたるかたはらめ、いみじうなまめいて由あり、たをやぎたるけはひ、親王たちといはむにも足りぬべし。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 幼姫は、手を差し出して、(源氏の君が)立ってらっしゃるのを慕っていらっしゃるので、(源氏は)ついそこに居られるまま、
「不思議なほど、物思いが絶えない身であることよ。しばらくといえども、苦しいことだ。(明石の方は)出てらっしゃい。なぜ、いっしょに出て、(別れを)惜しみにならないのか。そうであってこそ、(私も)人心地がしようものを」
と、おっしゃると、(乳母は)少し微笑んで、女君に、「この由なので」と伝える。(女君は)心乱れて臥せっていて、急には動くことも出来ない。(源氏は)「ちょっと上品ぶりじゃないか」と、思われた。女房たちも気を揉むので、しぶしぶ這い出てこられるが、几帳に、半ば隠れた横顔は、たいへん艶めいて気品があり、たおやかな気配は、親王たちと呼んでも差し支えないような様子である。

― つづく ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.07.08 02:08:13
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: