サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2020.07.09
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カテゴリ: クラシック
令和の響き

 それは例えば荒川静香さんであったり、826asukaさんであったりするのですが、今回は寄田真見乃(よりたまみの)さんという京都生まれの尺八奏者(またしても女性!1990生まれ)。で、これまた知る人ぞ知る、恐るべき才能を秘めた人であるようです。とはいえ、なぜか今どきの一般的なメディアにはなかなか登場しない。したがって、私の前にも長いこと現れないということになってしまいました。

 これまでにも何回か話したことがありますが、私は学生時代、高校の時に聴いた武満徹の「ノヴェンバーステップス」に刺激されて、少し尺八をかじったことがあります。しかし、すぐさまそっち方面の才のなさに気づいて(要は「歌心」皆無の自身の正体に嫌気がさして)、早々に退散したのですが、洋音楽に疲れたときに、和の音を口直しのようにして聴くのは好きで、ひそかにマーラーやB・ストライザンドと並行して聴いていました。武満徹の音楽は、それほど日本人にとって音楽とは何かを問いかける力を持っていたのです。
 当時、ことのほか好んで聴いていた尺八の音楽があります。松本雅夫作曲「 鼎(かなえ) 」という尺八三重奏曲ですが、まあ聴いてみてください。これ、尺八三本会が1970年にリリースした、「三本の響き」というLPに入っているのですが、邦楽部の仲間と食い入るように聴いていたのを思い出します。私的には武満のいささか高踏過ぎる現代音楽としての和楽器の取り扱いに対して、もう少しカジュアルで、なおかつ尺八の音以外では考えられない音楽という意味で、「鼎」は格好の入り口なのでした(早い話、これをフリュート三本で聴いても、ちっとも面白くないでしょう)。

 この音楽、今ふうの不協和音から尺八独特の音の揺らぎ(これを「ユリ」と言います。譜面を見ると、どの音をユリで奏するか、細かく指示してありました)まで、大胆に取り入れながら、一方でごくカジュアルなメロディーラインを、バロック音楽のように朗らかに聴かせていて、すこぶる面白い。これの二番煎じはごめんだけども、これと似たような方向性を持った邦楽が、もっと現れたら良いのにと思いもし、当時それを期したかのような現代邦楽なる音楽も結構書かれたのですが、残念ながら、広く人口に膾炙するには至りませんでした。
 「なぜ現代邦楽なる音楽が、一般に受け入れられないのか?」という疑問は、そのまま「日本のクラシック音楽は、なぜ西欧音楽ばかりなのか?」あるいはまた、「なぜ日本には、日本を代表し世界中で普通に演奏されるような音楽がないのか?」という、このブログがずうっと問いかけている疑問に直結するのです。しかしこの大命題については、ここでは深入りしません。

 ところで、この「三本会」というのは、当時を代表する尺八演奏家、青木静夫、山本邦山、横山勝也が集ったドリーム演奏団だったのですが、何しろ流派も違い、尺八や音楽に対する考え方も異なる(たぶん)うえに、名うての個性派ばかりでしたから、会としての活動は短かったような気がします。これを聴いていても、それぞれがかなり辛抱して、音色その他を合わせているところがあり、結果的に持ち味が消されるということもあったに違いない。
 というわけで、LPとして後世に残されたのは、この一枚だけということになってしまいました。

ホームページ によればこの人、小学三年生のころに都山流大師範三好芫山に師事し中三で師範に当第、高校に入るや琴古流大師範谷口嘉信に師事、高校二年にして史上最年少で琴古流大師範を充許、さらにそのかん、流派にとらわれず先ほどの青木静夫や横山勝也などにも指導を受けたとありますから、その才能のほどが分かるうえに、二十歳前にしてすでに尺八の学際的知識と奏法を、手中にしていたということになりますね。その後東京芸大に進み、卒業と同時にCDをリリースするといった具合で、まさに異能が大過なく見事に開花したといった経歴ですね。
 ま、しかしこうした話は、826asukaさんのところでも触れたとおり、人にはそれぞれ自身の持っている才能や能力を、爆発的に開花させる時期というのが必ずあり、それがさまざまな要因でもって幸福に重なり合ったとき、とんでもない人たちが現れるということなのであって、私は、そうした人たちを、世間がなべて「天才」呼ばわりして、一言で片付けてしまう風はあまり好きではありません。

 とはいえ、前置きがずいぶん長くなりました。尺八独奏曲「 古伝巣籠(鶴の巣籠 )」です。
 古典本曲とも称される尺八独奏ないし二重奏曲などは、古来さまざまな流派によって、独自にオーソライズされ、例えばこの「鶴の巣籠」と称される曲にしても、十種類ほどあるとか。琴古流の本曲を長く聴いてきた私から見ると、これはもう全く別の曲に聴こえる。実際のところ、はなはだいわくありげな元祖「鶴の巣籠」という曲が、本当にあったのかどうか、私はあやしいと思っているのです。むしろ話は逆で、さまざま玄妙な物語をもって語られる「鶴の巣籠」という名前に引かれて、いろいろな流派が「これこそ、あの『鶴の巣籠』直系の秘伝曲」と言い始めたのではないか?

 この「 古伝巣籠」というのは、古典本曲の中でも、さまざまな秘伝の技法が駆使された難曲中の難曲だそうですが、面白いのは寄田さんのは、そうした演奏の難しさを不思議なほど感じさせない。
 否、確かに難しい技法のパーツは山ほどあるのですが、この人の音はそうした困難をはるか超えたところから、降りかかってくるように聴こえる。私が感心したのはとくにムラ息や、フラッターなどの倍音や破裂音が入ったあとに残る、純音のピアニシモの美しさでした。尺八は五孔しかないため、運指はシンプルな孔の開閉だけでは済まなくて、半開とか三分開きとか微妙な指さばきが必要なのです。同時に歌口も弁がなくて、直に息で竹全体を響かせるため、音程も純音もはなはだ安定しない。まあ、西洋楽器に比べたら、「これが楽器?」と思えるぐらい古体な姿を成していて、むしろ先史時代からあったであろう縦笛を思わせる。
 ところが日本の縦笛は、楽器そのものの改変はせずに、いわば古体のままのキツい縛りの中で、その響きをどんどん洗練させていったという感じがしますね。なぜ、そうした進化を遂げたのだろう、という話に入って行くとキリがないので、ここではしませんが、いずれにしても、雑味を生じさせる破裂音から瞬時に純音に戻すのは、なかなか厄介な楽器ではあるのです。
 実際、こういう秘儀めいた技巧てんこ盛りの曲を普通の人がやると、わざとらしく嫌味な演奏に陥りがちで、聴くほうはしんどくて大変。奏者も大変でしょうが、聴く側だって「これぞ古典本曲」と持ってこられると、息が詰まりそうになる時があるのです(ホントですよ)。

 寄田さんの演奏には、途中驚くほどの破裂や雑味が、何度も発出するにもかかわらず、聴いていてとても心地が良い。何回聴いても疲れないのです。それは先ほども言ったように、そのあとに続く純音の安定性にかかっているので、たいていの奏者は破裂のあとは、息も絶え絶えになってしまう。
 これを聴いていると、音楽というよりは自然界の有りようを、おのずと感じてしまうのです。常に雑味にあふれ、不規則に破裂を繰り返す自然ですが、それでも結局は一様な純音に帰っていく。この陰と陽の吹き分けがとても明晰でしょう。


 話が逸れました。この「古伝巣籠」には、それとすぐ分かるメロディーラインもリズムもなく、一見さまざまな音たちのクラスター進行のみで構成されているように思え、西洋音楽に慣れた今どきの耳には、いささか面食らう部分があるかもしれません。
 しかし、たいていの人はすぐに気づかれるでしょう。この音たちの生成には、西欧音楽とはまったく異なった、しかしおそろしく堅牢な構築性があることを。で、それが奈辺から来るものなのだろうと考えるとき、私たちはそれまでとまったく違った階梯に、自身が立っていることに気づくはずです。

 長くなりました。それにしても、「鼎」の三人の響きが、明らかに竹林を吹き抜ける一陣の風、あるいは息吹のようなものを感じさせるのに対し、寄田さんの響きは、眼前に飛び散る水の透明なしずくのように明晰で、「今まさしく、そこで生成されつつある音」を感じさせる。和楽器や邦楽の未来は、これまでもそうであったように決して明るいものではなく、考えれば考えるほど、むしろ困難ばかり私には見えて来るのですが、それでもこうした響きが、もし令和の世を告げる響きであるならば(厳密にはこの演奏は平成ですけど、まあ、いいじゃないですか)、多少の希望は抱いて良いのかなと思ったりしたのでした。





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Last updated  2020.07.09 00:04:29
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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