サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2020.09.26
XML
クレモナ

 江戸時代ならともかく、今どきの日本ではどんな片田舎の住人であっても、一生その村から一歩も出たことがない、というような人生はちょっと想像しにくい。というか日本では小中から、修学旅行という集団外出訓練を行っているでしょう。
 牧畜や果樹園を代々営む農民が隣村の娘さんを見染めて結婚し、子供も育て上げて今や悠々自適、自家製のワインやチーズで毎週やって来る子や孫と会食するのが、何よりの楽しみという生活。もちろん長い人生の間に、さまざまな困難があったろうことは、(戦争とか事故とか死別とか)容易に想像できるし、げんに離婚だの就職難だのいろいろな問題を抱えて、会食にやってくる子や孫もいる。とはいえ、それらを見つめる老夫婦の目やしぐさや話しかたは、年相応に優しく落ち着いているのです。

 私は思うのですよ。似たような風景は(まあ、毎週は無理でも、年二回ぐらいは)確かに日本にもあるのかもしれないけれど、そうした己の人生を淡々と語る語り口、しぐさや表情というのには、明らかにイタリアの歴史とか文化が色濃く反映していて、決して日本では見られない光景なのです(何も日本人の表現ベタをくさしているわけじゃないですよ)。彼らの表現は言葉もしぐさも、地中海風にとても豊かで、さすがペトラルカやダンテを生んだ国という気が、ついしてしまう。
 この老人たちが自国の歴史文化について、学者のように知悉しているとは思わないけれど、彼らの表現の豊かさには明らかに、そうした誇り高い伝統文化の反映があるのです。同じように日本には、日本人の歴史に刻まれた伝統文化の反映が、今どきの若者の表現やしぐさにも現れているでしょう。

 今般のコロナ禍で、イタリアに帰れなくなったヤマザキ・マリさんが、テレビでおっしゃってましたが、イタリア人の家族パーティーというのは、食べるよりしゃべるのが主のようで、スパゲッティを食べる以上に、親戚縁者の唾のシャワーを浴びに行くようなものだとか。それにハグだのキスが加われば、絵に描いたような「三密」が発生するのは当たりまえで、だからこそ悲劇も起こった。
 しかしだからといって、彼らの生活習慣がなってない、対して日本人の伝統的な生活作法は、今般のコロナ禍を低減させている、などという短絡的な話には、もちろんならないわけで、それはいわば「偶然の結果」に過ぎない。真逆の結果を招来する病原体その他のパンデミックは、地球上どこにでも等価に起こり得るということです。

 迂闊にも私は全然知らなかったのですが、北イタリアで欧州最初の感染爆発が起きたとき、「なぜ北イタリアなの?」と疑問に思われた方は多かったのではないか?北イタリアの繊維アパレル業界が、二代三代と続く中国系移民の労働者によって、長く支えられていたなどという話は、今回初めて知りました。さらにはイタリア観光産業の多くが、中国資本の軍門に下っているなどという話も、これまでついぞ報道されたことはなかったですね。
 感染爆発で北イタリアの医療機関が崩壊し、医療トリアージによって老人が見捨てられて行くのを見るにつけ、「これはイタリア独特の生活習慣のせい」だの「医療体制が予算削減で脆弱になっていた」だの、さまざま論評されていましたが、この国の医療体制が遅れていたなどということはないだろう、どころかイタリアは医療先進国の一つであって、それは報道される映像を見ていても、例えば武漢の病院の映像と比べても明らかでした。であるにもかかわらず、医療崩壊が起こり多数の犠牲者が患者だけでなく、医療従事者や聖職者にも出るという凄惨な状況を呈したというのは、どういうことだったのか?よその国の話で想像するしかないのですが、あるいは日本にも共通するかもしれない医療先進国特有の、医療資源の偏りがあったのかもしれないのです。


 私が残念でならず、かつ持って生きようのない憤りを覚えるのは、今般の武漢ウイルス・パンデミックは、たんに夥しい犠牲者を出したというだけでなく、それぞれの国の伝統文化習慣をも、こなごなに破壊しているという点です。イタリアの場合、とくに聖職者の死亡例が目を引きますが、要は重篤患者の臨終に際して、聖職者が最後の「祝福」を行うのが、カソリックの生活儀礼であったため、多くの感染者を出した結果だというのです。
 臨終にも火葬にも立ち会えないという不条理な悲劇は日本でもありましたが、重大な危険が分かっていて、なお使命を遂行していったこうした人たちの振る舞いは、私たち(カソリックでもクリスチャンでもないけれど)にも刺さるところがありますね。歴史や伝統はこういう仕方で、人々を「無私」の行動に駆り立てるのです。

 それにしても同じような悲劇は、世界各国であるいはもっと深刻に発生しているというのに、なぜイタリアを取り上げたのかというと、要は彼の国には「歌」がある、この場合の「歌」とは、中世イタリア・ルネサンス以来の長い伝統に裏付けられた「物語」が、この国にはあるからと言い換えてもいい。
 と、ずいぶん深刻な話になってしまいました。やはりここは音楽が必要ですね。四月ごろテレビでも話題になった、クレモナの病院屋上における 横山令奈さんのヴァイオリンソロ
 黙祷。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020.09.26 09:05:56
コメントを書く
[政治、経済、社会、歴史] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2026.03

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: