2002年10月04日
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 高速道路を西へひた走り、近江商人発祥の里へ着いたのは、朝露で草が重く頭を垂れている時間だった。途中で仮眠を取りながらクルマを走らせてきたのだが、頭はまだ重い。

 眠気覚ましにまず、安土城の東にある“観音正寺”を訪ねてみることにした。
 地図上でも長い階段が続いて、観音正寺山の中腹に位置する寺である。朝飯前のひと運動には、手頃だろうと判断したのだ。

 地図には、階段のほかに寺へ登る道はない。
 麓の、まだ無人の駐車場にクルマを置いて、深く樹木が繁った参道を登り始めた。石段は、初めは端正に、やがて崩れたような野積みの状態が、切れ切れに続くようになった。

 山中をくねりながら、折れながらどこまでも続く道は、その果てを知らないようにも思えた。朝飯前に、と思って始めた軽い運動は、とんでもなく重労働になり始めていた。ポケットの中を探り、わずかに残っていたチョコレートを口で溶かしながら、さらに登り続けた。

 途中で引き返したくなるほどの、長い石段を登っている途中で、石段の数を数えていなかったことに気づいた。これほどの石段を、どれほどの人が力を注いで、築いたのだろうか。
 カメラは肩に重い。だがお寺にたどり着けば、自動販売機ぐらいはあるだろう。お寺までの距離を示す道標は、距離が短くなったかと思うと、またもとに戻ったりする。

 次の角を曲がれば、お寺の尖塔が覗いているのではないだろうか。ここで引き返したら、次の角でお寺に着いたはずなのに、その直前で戻ってしまうことにはならないだろうか。


 こんなにも深い山の中なのに、巨大な伽藍を、堂々と構えている。
 整備された参道ではあったが、巨大伽藍を維持できるほどの参拝者が、あの石段を今でも登ってくるとは、とても考えられない。
 大きな山門をくぐり抜けて、静まり返った境内に、歩を入れた。

 そこには、作業用やお寺所有のものを含めて、数台の車が停められていた。山内案内図が、そこにあった。
 すぐそばに、駐車スペースがある。
 私がクルマを置いてきたあの駐車場は、正門をくぐる、古来からの参道入口だったのだ。お寺の駐車場は、その石段を避けるように、山の東側を大きく迂回して、本堂伽藍のすぐわきに設けられていたらしい。
 クルマで簡単に上れた山寺だが、飲料自動販売機の存在は、期待が持てた。

 ところがなぜか、自動販売機の電源は切られていた。早朝だったためだろうか。工事中だったのか。

 ほとんど飲まず食わずで、帰りの石段を下ることになったのである。せめて膝が笑わないように、ゆっくりと下ることに決めた。
 今度は石段の数を数えながら。

 石段の数は、1200段近くもあった。


 その石段は、そのどれもが中央がすり減って、深い窪みになっていた。限りない数の人々が、山中のお寺を目指した歴史が、ここに刻まれているのである。
 今でこそ、ほとんどの参拝者がクルマで一足飛びに本堂を目指すのだろうが、往時は総ての人が、この道を譲り合い、助け合いながら、往復したのである。
 これから先には、この石段が人々の足で磨り減らされることはないのだろうか。

 50年、100年・・・それ以上の昔に刻まれた人々の思いが、ここに閉じこめられたように、残される。野鳥のさえずりに混じって、静かな山道に、石段から滲み出した人々の思いが、溢れ始めたように感じられた。

 その感慨を破るように、ハイカーらしい服装の人が、石段を登ってきた。

「あと15分か20分くらいでしょう。お気をつけて。」
「ほら、もう少しだって。頑張ろう。」
 初めて出逢った人が、気軽に挨拶を交わしていく。

 その昔も、このように挨拶を交わしながら、歩いたことだろう。
クルマで訪ねては味わえない爽やかさを、古い石段の参道で頂戴した。
 この人の足跡も、今この石段にかすかに、そして確かに刻まれたに違いない。

 そしてきっと、私の足跡も。





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最終更新日  2002年10月04日 23時45分59秒


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