「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2003年01月15日
陽の当たらない集落
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粉雪が、横殴りに吹きすさぶ、津軽海峡に面した狭い道を、竜飛岬に向かって走っていた。正月3日のことだった。
出発した青森市から、粉雪は降り続いていた。五所川原市の田園地帯では、このままクルマごと別世界に吸い込まれるのではないかと思うほどに、眼前が、白い朧の風景に溶け込んでいた。
その朧の世界は、海沿いを走るようになると、いよいよ夢の中を彷徨う光景に、切り替わり始めた。蟹田の高台からかすかに望める海峡は、鉛にうっすらと碧を流したような色を見せて、ゆったりとうねっている。
降りしきる雪は、その海面に絶えることなく溶けて、さらに降り続けている。
色彩を失った雪道を辿るドライブは、やがて断崖に押しつぶされそうな、小さい集落に差し掛かった。源義経伝説が残る、三厩(みんまや)集落である。平泉から落ち延びた義経は、この地から、蝦夷を目指して旅立ったという。それは、いつのことだったのだろうか。このように降りしきる雪の中を、わずかばかりの主従で、津軽海峡の荒海に、船を進ませたのだろうか。
それが伝説に過ぎないとは心得ていても、寂れた漁師村は、ひとときを夢幻の世界へと、誘ってくれる。
秘境と言っても過言ではない、ひなびた漁村は、雪と共に遙かな昔に、意識を運んでくれた。義経主従が、苫屋から、ついっと顔を覗かせても不思議はない。時の流れが止まったような世界が、そこに見られた気がしたのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
袰月(ほろつき)集落の路面は、舗装面が見えていながら、よく整備されたスケートリンクのように、見事に凍結していた。私の車は、その道を、恐る恐る進んでいた。方向変換も、思うに任せない状態で。
ゆっくりと進む前方には、材木を満載した大型トラックが、ゆるゆると走っていた。街の中で、そのトラックが停止した。知人を見つけて、今日の出来事を、話し始めたらしい。
止まらない。
たちまちのうちに、私のクルマは、トラックのお尻に挨拶をしてしまった。降りてフロントを見ると、大きめのえくぼができている。だがトラックの運転手は、窓を開けて、談笑に余念がない。
私は、先を急ぎたい。
それよりも、怪我人がいないにしても、交通事故である。
すぐにクルマを降りて、件の運転手に、お詫びをした。
「済みません。ちょっとクルマが滑って、そちらの後部にぶつかったんですが。」
「そうかい? わ(私)は、わがんねがったな。こっちはトラックだがら、傷も付くめ。どれ・・・。」
彼は、確認のために、降りてきた。
「な? 傷もねべ? あんだのクルマのほうが、被害が大っきんじゃねが?」
「まあ、ぶつかったのはこっちですから。」
「いやいや、わ(わたし)が道の真ん中で、車を停めてで、悪がった。こっがら先は、凍ってる場所が多いがら、チェーンを付けたほが良いよ。」
恐れ入ったことに、トラックは塗装にさえ、傷もなかった。私のクルマは、嬉しそうなえくぼが、深々と付いたというのに。
彼は、私がチェーンを付け終わるまで、知人との会話に、花を咲かせてくれていた。私を先に行かせてくれる、配慮だったかも知れない。
その集落を過ぎると、さらに小さい漁村が、険しい断崖にへばりつくように、現れた。その集落は、一年中、全く太陽の日射しを浴びることがない集落だという。
吹雪の中では、陽光の恩恵は、あってもなくても同じだが、太陽の日射しを味わったことがない集落というのは、想像もできなかった。何の因果か、そこにも人の生活はある。小さい入り江の便利さを、日射しの恩恵よりも優先させた結果だったのだろう。
この集落で生まれて、この集落で遊んで育つ人もいる。それが不幸せというのは、他の世界を知っているからなのだろうか。ここに住む人たちは、特に不自由は感じないのだろうか。逃げ出したい衝動に、駆られることがあるのだろうか。
灯台は、広い岬の台地上にある。雪は、まだ降り続いている。その雪は、風に吹かれて、積もることさえできない。
クルマから外に降り立ったとたんに、強烈な寒風に全身を包み込まれた。充分な防寒着は用意していたが、顔は寒風に叩かれるままであった。冷気は、顎を、まず凍らせた。
青森の言葉が、津軽の言葉が、なぜこれほどに省略されているのか。その原因が、この寒風で理解できた。顎が自由に動かなくなって、余計な言葉が省略されてしまうのである。自然に、口も重くなる。
台地から足下に目をやると、集落が雪の切れ間に見えていた。正月というのに、国道を歩く人影も、見られない。国道は、集落の先から、階段になって灯台がある台地に向かって上る。間近な海上に、最涯の地を守るように、帯島が浮かんでいる。
集落の中に、チラリと赤い色が見えた。目を凝らすと、強風に千切れそうにはためく、
国旗だった。
誰も表に出ない村。寒さにしばれる村。その村にも、正月は来ている。人の姿が見えず、禅僧のように佇む灯台と、雪を乗せた屋根が並ぶだけの集落。
そこに見つけた日の丸は、その一つの赤い色に、村人の気持ちを凝縮させているようで、私の気持ちを温めてくれた。
今までも、そしてこれからも陽が当たることがない集落でも、家庭では、暖かい正月を迎えたことだろう。
風は相変わらず吹きすさんでいるが、いつしか雪は止んでいた。
鉛色の海峡にも弱い日射しが差し込んで、対岸には下北半島が、遠く、重く横たわっていた。
※ この5年後に、青函トンネルが完成した。
今では、強風を活用した風力発電が、竜飛岬観光の目玉になっているという。
あの時の静けさは、今も残されているのだろうか。工事の人たちが去って、今はまた、静かな村に戻ったのだろうか。
※ 帯島は、島に帯を掛けたように、ふたつに割ったような姿から、
このように名付けられている。
あの岬を、しばらく訪ねていない・・・。
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最終更新日 2003年01月16日 01時35分35秒
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