
この桜は偕楽園創設時、好文亭の近くに植えられて3代目かの四季桜。
この一帯、地震被災の爪痕を来春の観梅時期までに復興すべく工事中である。
ところが、此の15キロ先に東海村の原発があり再稼動するかどうかで揉めている。まさに30キロの避難区域の真っ直中。
民を想い、日本国土の将来を案じていた創園者、徳川斉昭公も、あの世で「想定外」と嘆いているだろう。
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東海村村長は、この原発施設は、30年以上も経過して老朽化している。30キロ圏内には100万人以上が居住して避難だけでも大問題が発生する。地域住民の命を護るためにも、原発再稼動に反対する、廃炉にすべしと声たがだかに叫んでいる。
しかし、村議の一人は、村の財政の三分の一を原発マネーでお世話になっているから、脱原発は同意できないと吹聴する。知事も、国の方針が決まっていない時点では何ともいえないと尻込みしている。むしろ、何かが発生すれば国の責任にして自分だけは逃げようとしている。
東海村の人工は3万7千人程度、その27倍もの人達が古里を追われ、子供の将来を危惧しているというのに、自分だけが原発マネーで温々として他を顧みない。
こんな道理が分からない村議に誰が育てた。こんな無責任知事を誰が選んだと怒り心頭に発し、同時に自己嫌悪に苛まれている。