バラード調のゆっくりとしたメロデイーに、淡い恋の想い出を
かさねた歌詞を
耳にすると、なぜか心がじ~~んとしてきます。
卒業後、自分があまりにも変わってしまったことを気にして、愛しい
人に街で
逢っても声もかけられず、遠くで叱ってくれたり、見守って
欲しいという
乙女心・・・
貴方は私の青春そのもの
・
・
くう~~~~・・なんか、いいんだよなあ~・・・・
荒井由美は、1975年< あの日に帰りたい
>で、初のオリコン
チャート一位を
獲得。< 卒業写真 >は同年リーリスされた、アルバム
< COBALT HOUR
> の
中の一曲です。
この曲は多くの
アーテイストによってカバーされ、 ハイファイセット
のアルバム
が
大ヒット。ユーミンの元唄よりも、こちらの方が有名になって
しまいました。
1976年、アレンジャー松任谷正隆と結婚、ユーミンも 松任谷
由美
と
改名し、< 埠頭を渡る風
> < 恋人がサンタクロース
>など
のヒット曲を連発。
1981年、< 守ってあげたい
>が第二次
ブームの火付けとなりました。
ユーミンの神髄はコンサートにあり、彼女が始めた 見せるステージ
は、
舞台装置に億単位の金がかけられ、コンサートの枠を超えた
新たな
一大エンター
テイメント
と、なっていったのです。
皇子は、上司の陰謀によって1994年 盛岡支店
に飛ばされことは、
以前この
ブログで記事にしました。そこで大手什器メーカーの
支店長と仲よくなり、
ゴルフ・スキーや日帰り温泉巡りなど単身赴任の
自由な時間を、お互いに楽しんだ
ものでした。
ある時ユーミンのコンサートのチケットが手に入り、二人で盛岡
アイスアリーナ
に行きました。
どひゃ~~~!! 中央のステージは、せりあがった円形の舞台で、
ユーミンが
ピエロのような服装で歌ってます。
眩いばかりのカクテル光線。アリーナの壁を
揺るがさんばかりの、
大音響のミュージック
。
入った途端に耳鳴り、心臓がバクバク。これは、ユーミンに会えた
感激では
おまへん。もはや、 心臓発作寸前の兆候
。彼を見ると
額に皺をよせて、
皇子に目配せ。私も小さくうなづき、二人は
アリーナを即退出したのでした。 
荒井由美を<卒業写真 >で卒業し、松任谷になってから彼女が作る
音楽の世界は、
おじさんの体がもはや、受け付けてくれなかった
のでしたあ~~~。
トホホのホ・・・
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