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2006年07月04日
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 箱館山から函館の夜景を見たのは昨夏のことだ。東京都は違い、夏だと言うのに風が冷たい。うっすら塩の匂いもする。町が発展しているほど夜景が奇麗なのかと思っていたが、どうやら違うようだ。町の規模は大きいとは言えないものの、夜景の姿形には品格がある。東京や神戸などより、よほど美しい。
 函館戦争の末期、箱館山には新撰組の残党が立て篭ったらしい。当時は当然夜景などありはしないが、夜景を両端から挟む海に、おそらくは官軍の船の灯りが見え、隊士は恐怖を感じ、また、武者震いをしたことだろう。新撰組はこの時点では解散していて、土方の率いる北海道政府軍の隊に、新撰組の残党が混じる形だった。
 函館といえば、朝市である。ホテルで朝市食事券をもらったので、翌朝、朝市に向かった。二間ほどの入り口の店で、中に入るとずっと奥までカウンターとテーブルが連なっていた。店員は誰もが日焼けをしていて漁師風である。壁をみると有名人のサインが隙間もないほどに貼られてある。「新庄」という文字が見えた。きゃつめ、こんなところで食事をしていたのか。イクラとカニとウニの丼を注文した。やはり新鮮な海産物に関しては北海道の右に出る土地はない。米以外は全て生もので、よく考えてみれば料理と言えるほど人の手の加わっていない丼を食べた。すこぶるうまかった。脇に置いてあるみそ汁を飲む。アサリだ。これもうまい。ぷはー。
 市電に乗って、数駅進み、そこから徒歩で土方歳三の最後の出撃地へ向かった。近代的な鉄筋作りの公共施設の庭に、その石碑があった。幼児とその母親たちが遊んでいる。その平成の風景の中、現代の俳優のような彫りの深い土方の顔写真が飾られてある。供物が置かれ、線香が煙を立てていた。函館戦争は確か四月から五月だったと思う。訪れたのは七月であったが、十分寒い。陽のあたる場所では夏であるが、建物の影に入ると風が東京の初冬のようだ。かなり寒い中、戦争があったようだ。
 日本の歴史の中で、土方ほど優秀な将校はそうはいない。彼の隊は連戦連勝だった。函館戦争にあっても、土方の隊は勝利し続けていた。もしも彼が明治政府に登用されていたなら、近代兵制のもと世界史に残る将軍になったかもしれない。しかしながら全体の戦況が悪化したため土方隊も退却を余儀なくされ、箱館山などに陣取った。土方は五稜郭にいたが、箱館山の土方隊が明治政府軍の奇襲を受けて弁天台場まで撤退、それを救出に向かった土方は敵と遭遇して銃で撃たれて戦死した。その一週間後、北海道政府は降伏した。
 この土方の出撃地から五稜郭まではかなりの距離がある。そのため再度、市電にのって、五稜郭へ向かう。五稜郭タワーなる風情のない歴史をおちょくったかのような筒形の滑稽な建物に昇り、五稜郭と函館市街を見渡す。降りて五稜郭に入る。星形の土塁があり、星形に沿って池のような水堀がある。倉庫が再現されてある。倉庫に入ってみたが、ただの倉庫であるし、土塁に昇ってみたが、星形の溜め池といった形容が似合う。五稜郭の本丸にあたる部分では、発掘調査が行われていた。政治が語られただろう中央の建物は再建するらしく、これは楽しみかもしれない。
 僕は函館を歩く最中、ずっと悲しさを感じていた。他の土地では、なにかしら未来につながる希望も感じるものだが、函館は違う。ここは全てが終わった土地なのだ。北海道政府の夢が終わり、土方のロマンが終わった土地なのだ。それは確かに明治の始まりであるが、函館に散乱した土方らの無数の屍を想像すると、始まりというより、終焉と言う言葉が似合うように思う。侍は散り際が肝心である。土方は最後まで戦いの中に身を置いた。京で殺戮と粛正を繰り返した。だから僕は新撰組が好きではない。しかし、血まみれになって駆け抜けたその散り際に関しては、とても鮮やかだ。最後まで我が道を突き進んだ彼がうらやましい。
 飛行機の時間までだいぶあったので、近くの温泉場に足を運んだ。銭湯に入り、おばちゃんに「すんませ~ん、旅行中なんですけどね~、風呂の道具ないんですよ~。」と言ってタオルと石けんとシャンプーをかりて、風呂場へ進んだ。浸かってみて驚いた。熱くて悲鳴を上げそうだ。あぁ!全身が熱さでちぎれるように痛い。体中が赤く腫れあがった。空港までのタクシーで、運転手にその話をした。湯の温度は55度は越えているとのことだった。運転手も函館にこしてきた頃は驚いたそうだが、やがて42度の普通の湯では物足りなくなったらしい。函館では55度は心地よい温度のようだ。
 飛行機は離陸して羽田へ向かった。日暮れ時の下北半島、十和田湖を見下ろしながら、またいつもの日常が始まるのだなと、残念がった。





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最終更新日  2006年07月04日 19時13分20秒
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