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2006年07月29日
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 「芸術は爆発だ」という言葉はあまりにも有名だ。この言葉は単なるギャグではなく、彼の芸術体験から発せられた言葉だ。爆発は、彼が本当に生きる為に、彼自身と戦う中で起こる。爆発は、苦しみを伴った生きる喜びである。
 岡本にとって、本当に生きるとは、本来の自分として生きることで、それは、いつも自分自身を壊すことで達成できる。自分自身を壊して初めて創作があると言う。過去の積み重ねに胡座をかいて、「俺はもう偉い」とふんぞり返る芸術家たちを「そういう連中は芸術家ではない」と痛烈に批判している。これは禅だな。」と思って読んでいたら、彼が禅僧の集会で講演したときのことが書いてあった。それはだいたい次のような内容だ。「偉そうな言葉だけ言い放って胡座をかいていてはダメだ。」「禅では仏に遭うては仏を殺すという言葉がある。これはどういうことか、仏にあったことのある坊さんはいるか?いたら手を上げてみて欲しい。・・・この殺すべき仏とは何か、それは、自分自身だ!!!」拍手喝采だったらしい。
 芸術家であれ、誰であれ、本当に生きるには自分自身を捨てるしかないのだと岡本は言う。それは、本当の自己との対面であり、苦しみとの対面でもあるが、苦しんで生きることに本当の生きる喜びがあると言う。「幸せだ。」という言葉は、自己中心的な人間が言う言葉だという。家庭を持って幸せでも、隣の家庭は不幸のどん底かもしれない。世間は不幸にあふれている。その不幸を切り捨てるからこそ、幸せだと感じるのだと言う。

 昔から、僕は岡本の作品が大好きだった。初めて見た彼の作品は、吹田の万博記念公園にある「太陽の塔」だった。子供心に「へんてこりんだ」と思っていたが、あるテレビ番組で、なぜあのようなへんてこりんな顔を作ったのかの説明を聞いて、「あぁっ!」と衝撃を受けた。万博は、自然と都会生活の共存を詠った千里ニュータウンと共に作られたものだが、岡本はそのコンセプトに共感できなかったらしい。「なんだこりゃ」と思ったらしい。テレビが言うには、ニュータウンの開発によって破壊された自然と窮屈な生活に押しやられる人間の姿を表現したのがあの顔だそうな。がんじがらめになってしまった人間の姿だとしてあの塔をみると、傑作に見えてくる。本当の自分をみつめ、それを表現することにこだわったからこそ、あのような塔になったようだ。あれも権威とか、名誉とか、報酬とか、そういうものを真っ向から殺していった末の表現なのだろう。日本の偉いさんから依頼されて、そのコンセプトにアンチな作品を作るのだから、その生き様は本物だろうなと思う。モノレールからあの塔を見るとき、「こりゃ雪舟もかなわんな。」と思う。あの塔は国宝にしても良いかもしれない。
 ただ、このテレビの説明とは別の解釈を聞いたこともあるが、今日はこっちだけ書いた。





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最終更新日  2006年07月30日 01時28分15秒
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