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当地、茨城も被災しました。
私の住んでいる笠間市は震度6強、父母の住んでいる水戸市は震度6弱、すべてのライフラインが停止して、私は近くの避難所へ、父母は自宅でライフラインが復旧するのを待っていた。
幸い両地区とも震災から5日目までには、ライフラインが復旧。
私も自宅へ家族と戻り、めちゃくちゃになった家の中を片付けて何とか一息ついて父母の元へ様子を見に行けた。
被災地は、食料の確保に困り、ガソリンがなく、鉄道も寸断し不通。道路も、所々寸断、橋がズレテ迂回・・・・・
ガソリンが心もとないが何とか父母の家へ行ったときの話。
父は、齢74歳になるがまだ現役でガソリンスタンドに勤務している。
その父が、申し訳なさそうに誤りながら私に話し出した。
「お前もガソリンがない中家まで来てくれると思って、携行缶にガソリン20?用意しておいたんだが、他の人に譲ってしまったんだよ。」
「実は、近所の若者が家に訪ねてきて、泣きながら自分の母親が福島の双葉町にいて連絡がつかない。ガソリンが無くて実家まで行けない。おじさんガソリンスタンドにいるから何とかなりませんかといわれて、譲ったんだ。泣きながらお礼を言って帰って行ったよ。」
この人の息子でよかったと思う瞬間だった。
父の話を聞いて家族みんなで、福島の実家へ向かった若者が無事にご母堂に会えることを心配した。
【がんばれ茨城!がんばれ東北!】