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十三人の刺客




昭和の名作時代劇を三池崇史がリメイク

’63年に公開された工藤栄一監督による時代劇映画『十三人の刺客』を三池崇史監督がリメイク。徳川将軍の弟・斉韶の暗殺を巡って展開する13人の刺客と明石藩の決闘のドラマを、現代的なスピード感や新しいキャラクターを加えながら再構築する。刺客を率いる島田新左衛門役を役所広司、相対するライバルの筆頭を市村正親が演じる。


弘化元年。明石藩主・松平斉韶の暴君ぶりに土井家は斉韶暗殺を決断。その目付役を命じられたのは島田新左衛門。島田は刺客集めに乗り出す。一方、斉韶の腹心・鬼頭半兵衛が暗殺の情報を掴む。13人の刺客は、明石藩の参勤交代の道中を迎え討とうとするが……。




集団抗争時代劇は1963年7月に封切られた『十七人の忍者』(長谷川安人監督)によって生まれ、その年の暮れに公開された『十三人の刺客』によってジャンルとして確立されたといわれている。この両作品とも、天尾完次の企画によるものである。ただし集団抗争時代劇という言葉は、時代劇映画全般に適用されるものではなく、あくまでも東映京都撮影所で作られる時代劇のみに用いられたものである。集団抗争時代劇の特色としては、まず史実に基づいたリアリズム・タッチであること、モノクロ映像によってそのリアリズムを引き立てること、そして権力闘争の結果として集団による乱闘劇がクライマックスに用意されることが挙げられる。

本作の場合、「明石藩主松平斉韶暗殺」はフィクションではあるものの、その根底には徳川家斉の大御所時代が招いた弊害という史実が据えられている。こうした集団抗争時代劇が生まれた背景には、今井正監督の『武士道残酷物語』や、松竹作品で小林正樹監督『切腹』などのリアリズム時代劇のヒットがあった。また、テレビの登場によって映画界全体が衰退する中で、スターを大量に抱える撮影所が彼らを有効活用するために『忠臣蔵』のようなオールスターキャストによる集団劇を模索した結果であるという説もある。

クライマックスである、罠を仕掛けられた木曽落合宿での13人対53人の殺陣シーンは、映画のテーマである「平和な時代に人を斬ったことのない侍が刀を持った時の殺陣」を表現するために、1対1の対決を極力避け、集団戦をメインに据えている。撮影にあたっては、殺陣師が殺陣を綿密に指示するのではなく、ヨーイドンの掛け声と共に刀を持った明石藩側の俳優たちを自由に動かし、そこに刺客側の俳優が現われると一斉に斬りかかるというラフな演出を行うことで、斬り合いの混乱をリアリスティックに再現した。また、この作品では手持ちカメラによる移動撮影が採用され、逃げ惑う侍たちや、大人数を相手に修羅場を駆け回る刺客たちの姿をダイナミックに捉えている。




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