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プール開きである。耳に外科的障碍がある娘は耳栓をつけなければ入れない。小学校との話しあいの末、プールの間、私が付き添うことになった。・…本当は、耳栓をつけて帰るつもりだったのだが、小学校側から、プールは1年生一斉で3人の担任でも足りないほどで、「他のクラスはまとまって行動ができているのですが、1組はいつも遅れていて…」と教務主任に言われたので、やることにしてしまった。申し訳なく思ったのではない。その逆だ。4月。娘の授業に全て付き添い、私が面倒をみていたとき既に1組は遅れていた。去年、彼女が担当した2年生のクラスにいた子どもの母親からも、授業から何から全て遅れていて、担任の言うことを子どもたちが聞かず、学級崩壊状態だった、と聞いている。それでも娘の担任は弱者配慮が出来、勉強よりも人としての何かを教えようとする、娘の担任としても人間としても、良い人だと思っているし感謝もしている。でも、それとこれとは別だ。私が娘のフォローをしていたとしても、クラスはドカっと遅れているんだ、ってことを、周囲に見せてやりたくなったのだ。結果、やーっぱり私がいてもクラスはとんでもなく遅れていたし、むしろ娘よりも他の子のフォローを私がしていた時間の方が長かった。まぁ、とりあえず来たかいはあった、ってところか。ケンカをするための準備のためには、自分の時間を割くのもいとわない、性格の悪い私であった…。
2009.06.16
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朝。担任に、金曜日の件で娘と週末に話したことなどを報告に行った。テストの話。色々考えた。「勉強しなさい」の声かけでは娘は動けないどころか、勉強をすることを分かっていない、と思われていると察して更に事態は悪化する。が、やはり、何を言ってほしい、というような依頼するのは止めにした。「家の宿題もどのように手をつけていいか分からないような時があったので、『まず名前を書こうね』と言っています。それがスイッチのように、やりはじめて面白いんですよ。」と、雑談がてらサラっと言ってみた。その話をヒントに娘に声をかけたらテストをやり始めた~なんて成功経験を、担任が娘と共有できたらなぁ。娘を指導していく手応えを感じ、自分の手柄…と喜びを覚えてくれたらいいのだが。娘は虐待による軽度発達障碍の状態ではないか、という診断を受けていたのだが、保育園生活では、そこまで実感はなかった。が、こうやって普通学級に入ってみると、さまざまなことが、あぁ~軽度発達障碍っぽいんじゃないの??と思う場面が多々続出…。よって、こちらのテーマにかえさせていただいて、私もちょっと真剣に軽度発達障害と向き合わせてもらおう、と思う。
2009.06.15
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しっかし、もうイヤってほど色々なことをしでかしてくる娘なんだけど、まだネタがあるのかね…??ってほどの1週間の総決算の1日…。はじめてのテストでは、やらずにグチャグチャにし。上靴は脱ぎとばし。連絡帳は書かず。プールの説明は聞かず、もちろん、その注意点を自分で書きうつす…なんてことはせず。あげくのはてに、友達の髪の毛を引っ張ったらしい。それも、触ってはいけないことになっている先生のオルガンを弾こうとして、それを注意した友だちの髪の毛を引っ張った…と。それを、迎えに行ったとき周囲のクラスメートから聞いたので、車で2人きりになったときには怒りがフツフツと湧いてきたのであるが、私が切れるよりも相手がキレて大泣きしだした。「どうしよう…。これでみんなにきらわれちゃうよ…」それが分かってるならなんでやるんだね…という言葉も出てこず…なんか私の怒りは冷めてしまった。「…どうしたんだろうね。保育園で髪の毛をさんざん引っ張って、もう、それはやらない、って決めてたのにね。」と、言ったら、またまた大泣き。「だって…テストができなかったの…!!」1時間目。はじめてのテストがあった、ってのは、周囲から聞いた。娘はダラダラと、鉛筆でずっとグルグルとテスト用紙に書きまくってた、ってのも聞いた。そんなことしていたら出来ないのは当たり前なのだが…。「なんで、やらなかったの?」「…」「分からなかったの?」「…」それはないだろうなぁ。宿題の様子を見ていても、1番ではないにせよ、全く分からなかったってことはなさそうだ。「…ん?なんのテストだったの?」「わかんない…」「わかんない…ってこたないでしょう??算数?国語??」「わかんない…」「…あなた、テストを見たの??」「どうやっていいか、わからなかったの!!!!」大泣き…。どうやっていい…って…鉛筆持って、書きゃいいんじゃないのけ??そんな特別なことってあったっけ??問題文を読まなくたって、空欄を見たら埋めたくならないのかい???「…鉛筆持ってさぁ…名前書くでしょ?」「…ああっ!!!!…なまえかくの、わすれてた…」「…だからじゃない??名前書いたら出来たのにね。」と、言ったら、あっそっかぁ~と、笑顔に戻りはしたが…。なるほどね…。テストは出来ないといけないもの…って分かってはいるらしい。それが出来なかったから暴れたってわけか…。そんなことやっても誰にも伝わらないんだけどなぁ、あの人の本当の想いなんかは。「テストやらないで、ぐるぐる書いてたとき、先生は何って言ってたの?」「べんきょーやりなさい、っていってた…」それって、勉強をやる場面でやるって分かっていない子どもにかける言葉だよねぇ。。それでは娘の心はつかめんなぁ。。もっと難しいのは、私が担任に、この話をどうやって伝えるか…ってことで…。あぁ…頭が痛い…。奥が深いなぁ、娘の育児は…。
2009.06.13
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娘と私は…今、何かを取り戻しているのかもしれない。娘と私が失ってきたもの…それを上手く説明するのは難しいのだけれど…。あえて言葉にするならば、『就学前までの普通な人間関係』とでもいうのだろうか。その中には、母と子の当たり前の関係、などというものももちろん入るのだが、それだけではない。たとえば、「人の物を取ってはいけない」は、理屈も何もない1歳児あたりから同じような年ごろの子どもと保護者を間にして、繰り返し辛抱強く教えていくことで自然と身についていく。「かして」「いいよ」の関係も、本当は「いいよ」ではないのに、なんか「かして」って言われたら「いいよ」と言ってしまうような時期をこえて、より複雑な人間関係を習得していくのだろう。が、その時期に信頼関係のない大人に強制されていたり、ましてや母親に虐待されていたような状態にあった娘のような子どもは、こういうことを心に刻めていない。1歳児で心に刻めなかったことを、時期を逸してから習得させるためには、もう、1歳児のような方法では無理なのだ。「人の物をとってはだめよ」「かして、って言おうね」と、言っても、1歳児と違って心に刻んではくれない。頭で理解しようとする。頭で理解したものは、理性がぶっとぶほどの魅力ある事を前にしてしまったら、やっぱりやってしまうのだ。でも、頭ではやってはいけない、と知っている。だから、やってしまってハッとする。が、そのときにはもう遅く、周囲がどうしたって非難する。知っていることを非難されるわけだから、本人もなかなか素直になれない。そこへ大人からも「人の物をとってはだめよ」などと、知らないでしょ、ばりに言われてしまったら、もう、おしまいで。事態は悪化の一途をたどっていく。1歳児で学びとれなかったことを再び理解するためには、今の発達年齢に合わせた方法で学ばせてあげなければ、心に刻むことはできない。これが、児童心理などの主流なのかどうか知らないが、少なくても娘には、この方法ではないと無理だ。人の物をとってはいけないのは何故なのか、を理屈で説明し、実際に、自分の物が取られたらどんな気持ちがするか、疑似体験でもいいから経験させる、それでようやく、心に刻むことができる。以前、母親と子どもの遊びの場を提供し、相談にのりながら、虐待された子どもを見つけていた小児科医と話したことが思いだされる。虐待によって軽度発達障害に陥ってしまう、と聞いたとき、先天的ではなくて後天的になるのであれば、治療してあげることも可能なのではないか、と私が質問したとき、その小児科医は即、私に言った。「誰がそれをやるの?」親以上にマンツーマンで子どもと対峙してくれる人間はいない、彼らにはそういった親がいないのよ、と。今になって、あの小児科医の言葉が大きく大きくのしかかる。たかだか、たった1つ。人の物を黙って手を出してはいけない、ただこれだけで、これだけの過程が必要なのだ。彼女が築けていないものが、あと一体どれだけあるというのだ。それも、前もって規制できるようなものではない。一つ一つ、娘がやっちまって、それでようやく、膿を出していくのだ、そのことで周囲の大人が信じることを止めてしまわないように気をつけながら。つまり、何が言いたいのかと言えば、自家中毒になって、娘はまた変わったようだった、という話がしたかったのだった。私が今まで彼女に語っていた話…といっても、就学前に感情をブチまけるように言っていた言葉ではなくて、就学後、小学校で何かしでかす度に必死に理性的に訴えてきた話だけ…ということに、奥の深さを感じるのだが…話を戻して、就学後に彼女に語っていた話と、空腹体験がつながったようで、食事に対して真剣になってきた。食べながらも、「ねーねー。きょうのごはんで、からだをうごかすエネルギーになるのはパスタだよね。」と、積極的にとろうとしたり、牛乳も言われなくても自分から飲もうとする。その姿は…私にブチ切れられるから…と恐怖でやっているようには見えなくて。食べ物と自分の身体がつながっていることを感じとったのかもしれない。禍転じて福となす…と、言いきってしまうには、あまりにも危険な禍だったのだが、それぐらい真剣に向き合わないと、今から娘との関係を取り戻せないのかもしれない。
2009.06.07
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私の母は…いろいろ変わった部分を持っていた人だったんだけど、被害者妄想が激しい、というのも特徴の一つだった。他人が話していると、それは全部自分の悪口に聞こえるようで、運動会やらセレモニーやら母親が出てくるような行事にも、一切、出てこれなかった。出てこなかった、というより、出ることが出来なかった、という表現が正しいようで。例えば、運動会など、自分が何かしらの役やら係についているときは、家でミニサイズのビール1缶あおって出ていく小心者で、行ってそれなりに仕事をこなして帰ってくるのであるが。何もない状態で、仲良く、円満に、臨機応変に近所付き合いする、なんてことは『出来なかった』ようであった。そういうときは、私に、自分がどれだけ忙しい身の上か、夫である私の父がどれだけ遊び人で自分がこうやって苦労しているか、一人で行事に参加するのが寂しかったら、その寂しさで父親を恨め、そして、直接文句を言って改善させろ、と、せつせつと語り、自己肯定をしないとならないほど母はしんどそうであった。仕事を通じて仲良くなった人も信じられなかったようで、平気で詐欺まがいのことをして金銭トラブルを起こしていた。一度。金銭トラブル関係で、何か些細なことで私も絡んでいたのを母親に利用されて、母親の一方的な言い分だけ聞かされて、相手の人と話しをつけるために、埼玉まで行かされたことがあった。会って話を聞いてみたら、もう見事なくらい相手は紳士で、理屈の通った話で、どう考えても、その300万円は母親が詐欺ったとしか思えなかった。相手も、まだ20前の私と本気でケンカするつもりなど毛頭ないようで、むしろ私の行く末を案じてくれたのだった。帰宅し、母親の怒りにふれないよう、適当に上手に事の真相を聞きだそうとしたのだが、肝心の部分になると母親の記憶はないようで、それどころか、見事なぐらい別の全く違うストーリーに変わっていて、全く、理屈も通っていないのにも関わらず、本気でその別ストーリーに疑いをもっていないようなのだ。私は何度も何度も顔色を見たが、もう全然、全く本気で思っている顔で。私が理屈をかまそうと見せようものなら、「だれも本当のことを分かってくれない」と、泣いたり怒ったり、とんでもなく、ただただ自分の正しさだけを主張するだけなのだ。10代にして私は悟ったものだった。世の中には自分がついたウソを本気で信じて、それを信じてくれないことで真剣に傷くような人が存在するんだなぁ、と。法学部に入っていた私はぞっとしたものだった。母親が犯罪を犯したら、自白などとれるハズがない。状況証拠はおろか、確実な証拠を目の前にしても、動揺1つしないだろう。母は自分のしてしまったことを忘れ、もしくは自己肯定しきり、責められていることに本気で傷つきさえして無罪を主張しつづけるだろう。いや、それどころか動機さえ自分でも忘れてしまっているだろう。小心者だから面と向かって殺したりはできまい。被害者妄想をふくらまし、想像力が欠如したまま、ちょっとした嫌がらせのつもりで、ブレーキの線でも切るかもしれない。それで同乗者や事故関係者が全て亡くなってしまったとしても、彼女にとっては自分はあくまでも被害者で、しかも、やったことは、ただ線を切っただけ。それは、彼女にとっては、あやとりのヒモを切ったくらいでしかないのだ。母 >何が悪いの?線を切っただけでしょう?警察 >そのせいで事故が起こり、巻き込まれた車の同乗者まで全て亡くなったんだ!母 >今までも悪口言われて、今も皆に責められて、悲しい…警察 >だからって、大勢の人を殺して、罪のない人を巻き込んでいいのか!母 >何が悪いの?線を切っただけでしょう?あわよくば線を切ったことを認めたとしても、取り調べは、この繰り返しだろう。彼女は自分のことしか考えられない究極な人間だから、他の人の話が間に入っても自分の話しかしないし、まして、自分がしたことで他人がどうなる、なんてこと、想像も出来ないのだ。…そして、まず間違いなく、こんなことを認めはしない。自分が線を切ってしまったことさえ、キレイさっぱり忘れてしまい、本気で自分が疑われている現実を嘆き悲しむだろう。どんなに客観的な事実を目の前に積まれようとも。世の中…こういう人間が実際に存在している、ということ。どれだけ認知されているのだろうか。偉い人ほど、こんな人間は周囲にいないんだろうなぁ。その偉い人たちだけで作った法律で、こんな人間も裁けるのだろうか。裁判員制度で、もし、少しでも、こういった人間の現状を訴えることができるのであれば、私は喜んで裁判員になりたいな、と思う。
2009.06.06
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毎日、毎日。よくも、こう手をかえ品をかえで問題が起きてくるなぁ…と感心さえしてきた。娘は保育園も定期的に行けていたわけでもなく。行ったときにもやりたい放題で、全体の活動に加われていたのは、卒園近くになった数か月のみ。まぁ、なんでも良いと思ったことやってみて、周囲の反応で次に同じことをするかどうか、考えるきっかけになればいっかな~と寛大な気持ちさえ生まれていたのだが。今日という今日は、ブチ切れもブチ切れ。我ながら、久しぶりに暴力つきの切れ方をしてしまった。朝から授業に身が入っていなかっただけでなく、給食のパンで食べきれなかったもので机やらをこすってボロボロなパンくずにしたあげく、それをバラまき。自分で片付けをせず。掃除の時間、教室で横になってふてくされていたあげくに、本当に寝てしまった、と。しかも、それを、担任からではなく、放課後事業のアシスタントをしている民生委員の方に担任からの伝言として聞いたのだ。民生委員とはいえ、ただの近所の方々。放課後事業で娘の様子を見れば、そりゃ、そんなにおとなしくしていなかろう、ことは想像できるかもしれないが、出来れば、あまり知ってほしくないな、という気持ちがあった。それなのに、丸分かりではないか。隠したいわけではない。むしろ知ってもらいたいと思っている。が、そんな実態も知らないあやふやな知識で娘の噂話をたてられるのは困るのだ。そんなこんなの怒りが全て娘にいってしまった。車の中で、傘、ランドセルなどの荷物を全部、娘に投げつけ、「おばあちゃんがパンを焼くのを手伝っていたアンタが、何度もコネたりベンチタイムをもうけたり、どれだけの手間をかけてパンが作られているか、知らないとは言わせないよ。食べ物を粗末にするなんて。そんなに食べたくなかったら、もう食べなくていい。」と、おやつを食べさせなかった。今までもさんざんヒドいキレ方をした怒りをしたことはあったが、食べ物を与えない、なんてことはしたことがなかった。経管栄養だった娘なので、とにかく必死に食べさせることはあれこそすれ。また、おばあちゃんとパンを焼くことが好きな娘には、給食でしてしまったことは、相当、反省したようにも見えた。しょんぼりと時間を過ごし、ぼんやりと天井を見上げ。うつらうつらを眠そうな姿でずーっとソファで過ごしていた。これは…あのミルクを飲まないで入院になったときの、ぼんやりした感じと似てるかな…と、うっすら思ったりもしたのだが、弟の面倒もあるし、怒りもあるし…でそのままに。何度かお茶を飲ませたが夕食を食べる気力もないまま横になってしまって、心配はしていたのだが、明け方。また、お茶を飲んだとき、ダァーっと嘔吐した。水分だけの嘔吐だが、その嗅いだことのない臭気にピンときた。…自家中毒。とにかく抱き起こしてみると眠いせいもあって脱力した状態。いざというときのためにストックしてある栄養補給ゼリーを一口、口に押し込み。数分して、また一口。本人が食べる気が出てきてからは数口づつ。2時間をかけて、少しづつ、栄養補給ゼリー2つ分を食べさせた。その頃にはだいぶ元気になってきて、そのまま目を覚まし、夫が前日に土産として買ってきていたドーナツを2個食べて、飛びはねていた。その後も順調に過ごしたが、肝を冷やした。たった、1回。しかも、おやつを抜かしただけで、夕食も食べられないほど脱力してしまうとは。さすが…というか…。自分が必死に娘の食事を管理してきたのは、間違いではなかったのかもしれないな、と、思い知ってしまった。当然、これからも管理していかなくてはいけない、と、身も引き締まったのではあるが。…まぁ、今回は食事だけではなくて、精神的に参っていたせいもあるのだろうが。環境がかわったことでもなるらしいので、入学からの今までのこともあるのかもしれない。本当は、キレて怒ってしまった自分や、食べ物を粗末にしてはいけない、という、しつけを怠ってきた自分を、まず1番に反省しなければいけないのだろうが。…そんな気になれない。もちろん、2番3番4番は自分を責めているんだけど、それよりも…本当、なんという毎日を送っているのだろう、と、呆れる感情がまず第一で。とりあえず…おおごとにならなくて良かった…とは素直に思ってはいるのだが…。
2009.06.05
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しっかし…よくもネタがつきないなぁ、と、ほとほと呆れてくる。月曜日、花マルがつくほどの素晴らしい学校生活を送ったらしい娘。火曜日、体育に行かない、と、さんざん教室でゴネたらしい。ホットラインでやってきた教務主任と静かな闘いをしたあげく、チャイムが鳴ったとたん、「あー、たいいくおわったね!」とニコやかに笑い、今まで力づくで連れていかれないよう床につっぷしていたのに席に座ったらしい。水曜日は、ジャングルジム。チャイムがなっても帰らずジャングルジムで1時間。途中、あまりの日差しの強さに、眠ってしまうように倒れそうになったそうで…。でも、それ以降はまた人がかわったように賢く小学校生活を送ったそう。木曜日は、隣の席の友だちの筆箱についている鉛筆削りを勝手に使い、周囲からも責められて小モメしたそう。担任が間に入り仲裁したのだが、どうして悪いのか、が、分かっていないようだった、と。よくも、これだけネタが尽きない…と思う。一つづつ、根気強く説明はしているつもりなのだが。教務主任が来てくれるような、特別なことは、もう療育手帳の範囲外のあなたには、保育園と違ってないのだ、ということ。息子の手帳を見せながらの説明に結構、うなずいていたと思っていた。が、次の日にはまた違うネタ。体育は、あなたの体を丈夫にするだけではなくて、ぐっと我慢できる精神も鍛えることができるから、大切なのだ、ということ。今、娘が一番気に入っている自転車に乗れるようになれるよ、といったら、これまたやる気になっていたのだった。が、次の日にはまたまた違うネタ。これもまた、手帳とからめて。手帳がなくなった、ということは、みんなと一緒にやれる、ということなんだよ、と、持ち上げてみた。が、次の日にはまたまたまた違うネタ。家の中に保管している買ったばかりのルイガノの自転車を外に置こう、と持ちかける。すると、誰かが持っていったり使ってしまうからイヤだ、と。そこから、自分は人に触ってもらいたくないのに自分は人の物を勝手に使うのはおかしい、と、説明すると、涙を流して反省し、次の日、早速、自分から謝りに行っていた。同じネタを繰り返さないってのは、ある意味すごいけど。毎日、迎えに行く度に胃がキューっとしめつけられる感じがする。
2009.06.04
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