小さなお姫さま

★いやいや姫★

むかし、むかし、ある国に小さなお姫さまがいました。

お姫さまは王さまやお妃さまはもちろんのこと、国中の誰からも愛されてすくすくと元気に育っていました。

けれども少しだけ困ったところがあったのでした。

乳母が朝、起こしに来るとお姫さまはこういいます。
 「お姫さま、朝ですよ。おきてくださいな」
 「いやいや。もうちょっと寝かせて」
 お姫さまはふとんをかぶってまた寝てしまいます。
 「お姫さま、おめざめくださいな。ご両親がお待ちですよ」
 「いやいや。もうちょっとだけ寝かせて」
 何度起こしても「いやいや」をくりかえすばかり。
 乳母と召使たちはあきれて下がってしまいました。
 お姫さまはふとんのすきまから召使がさがったのをたしかめると、もそもそとおきだしました。
 そしておつぎの間へねまきのまますたすたと歩いていきました。

おつぎの間には、お姫さまつきの小間使いたちがいます。
 「おはよう」
 お姫さまがあいさつをすると、小間使いのひとりがこういいました。
 「おはようございます、お姫さま。お召し替えをどうぞ」
 「いやいや、これじゃいや。お着替えはいや!」
 「そんなことおっしゃらずに、お着替えをなさってくださいな」
 「昨日、仕立て屋が新しい服を10点収めに参りましたよ」
 そろいの紺のお仕着せにまっしろなエプロンをかけた小間使いたちがお姫さまの目の前に新しいドレスを並べました。
 どれもかわいらしく仕立てられたみごとなドレスばかり。
 つやつやしたきぬや柔らかなうさぎややぎの毛で織った布地をたっぷりと使ってふんわりふくらませたスカートとそで、動くたびにキラキラかがやく宝石やさらさらとながれるレースやリボン。
 「どれもいや!」  お姫さまははしたなくも着替えをいやがって走り出し、とびきり上等な木綿で作られたねまきのままでお城のろうかへとびだしました。

「姫さま、おはよう存じます。」
 飛び出したお姫さまを見て静かに頭を下げたのは、教育係の一人、伯爵夫人でした。
彼女はゆっくり頭をあげると遠くなっていくお姫さまの姿をみてこういいました。
 「まあ、なんというお姿でいらっしゃるのでしょう・・・。
  せめておぐしくらい、きちんとなさってくださいまし」
 おぐしというのは、「かみのけ」の上品な言い方です。
 お姫さまは朝おきたままのかっこうで、かみのけもとかしていませんでした。
なので伯爵夫人はおどろいてそう言ったのです。

 お姫さまは風のように走ってろうかへぬけ、お城の中にある井戸へ向かいました。井戸へくるとおけで水をくみました。
その水で顔をあらい、のこった水にうつった自分の姿を確かめるとかみのけを手でなでつけました。
 そうして、お城でいちばん高い塔へむかって走り出しました。

 さて、塔には、年老いた魔法使いが住んでいました。
 彼はお姫さまのおじいさまのころに塔に住むことをゆるされ、それ以来、この国の人々と王家の人々のために自分の持つ智恵と思いやりをもって王さまに仕えてきたのでした。
 また、彼はお姫さまの家庭教師のひとりでもありました。

 お姫さまはよく、わからないことがあると魔法使いに相談しました。
 それだけお姫さまの信頼を得ていた、数少ない大人でした。

 お姫さまは塔の上の魔法使いの部屋まで一段とばしで駆け上がり、階段のそばのドアをノックしました。
 「おはよう。じいや、いる?」
 「おお、姫さま」
 魔法使いは内側にドアを引き、お姫さまを部屋へ迎え入れました。
 そう広くはない部屋の中にはたくさんの書物が整然と並んだ棚が壁一杯に広がっています。
中央には小さな木の丸テーブルと腰掛がありました。
 早起きな魔法使いは白いローブに頭巾で、王さまのところへ出かける寸前でした。
 それに対してお姫様は木綿のねまきとぼさぼさの頭。
 お姫さまらしいとはお世辞にもいえない姿ですが、魔法使い礼儀正しく姫に椅子を勧め、魔法のストーブに命じてあっというまにお茶を二人分わかしました。
 姫はお茶をゆっくりと飲み干すと魔法使いに言いました。
 「じいや、聞いてほしいことがあるの。」
 「なんですかな?」
 白いひげを捻りながら年経た魔法使いは答えました。
 「ばあやもお付たちも伯爵夫人も、私の思い通りにさせてくれないの。
そのくせ自分で起きる時間を決めることや服を着ることや髪をとかすのをゆるしてくれないのよ。
  私は自分で自分のことをしたいのに・・・」  「おや、それは姫さまが王さまの娘から生まれたときから持ちえた幸運と  いうものですよ。
  下々のものたちには望んでも姫さまのような衣裳を調えることすらできぬものもあるというのに。
  王の娘にとって、美しく姿を調えることがまず最初の勤め。
  それが姫さまの仕事です。」
 「仕事?仕事って何?」
 「姫さまは仕事という言葉をいまだご存知なかったかな?」
 「ええ、知らなかったわ。」
 「仕事とは人間が生きていくうえで必要な糧を得るために必要なもののことです。
  私は姫さまの父上にお仕えし、智恵を貸すことでこの塔に住まわせていただき、なおかつ三度の食事が得られます。
 住むところ、食べるもの、着るもの。
 すべて人が安らかに生きていくうえで必要なものです。
  世の中にはこのすべてを生まれながらに持っていないものもいるのです。
 彼らはそれを得るために、自分の力や智恵を人に貸したり、土地を耕したりするのです。
それを仕事と申します」



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