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皆様あけましておめでとうございます。

こんな夢が見られたら良いものです。


2027年10月某日、日本球界はプレーオフが行われている真っ只中だった。
パ・リーグは東地区優勝チームの名球界投手の岩隈久志監督率いる東北楽天ゴールデンイーグルスと西地区優勝の水口栄二監督率いる大阪オリックスバファローズ。
セ・リーグは西地区は岩隈と同じく名球界投手の黒田博樹監督率いる広島東洋カープが優勝を決めたが、西地区2位の藤川球児監督率いる阪神タイガースが東地区優勝の種田仁監督率いる横浜ベイスターズを勝率で上回ったため、カープへの挑戦権を掛けた予備プレーオフが行われていた。
仙台市のみちのくドームで行われているパ・リーグプレーオフ初戦のマウンドに立つのは38歳で名球界入りも達成したエース田中将大。
イーグルスを何度も日本一、アジア一に導いたその右腕はまだまだ衰えることを知らない。
新庄剛志パ・リーグ会長が派手なパフォーマンスと始球式を終え、プレーボールの声が掛かると田中は初球をキャッチャーミットめがけて思い切り投げた。

そして、それぞれのリーグを東西2地区に分け、それぞれの地区の優勝チームがリーグ優勝を掛けたプレーオフを戦い、さらにその勝者が日本一を掛けて戦うスタイルになっていた。
両リーグの東西のチームはそれぞれのチームは公式戦でも普通に対戦をしている。
即ち、地区制は導入されても、ライオンズvsホークス戦とか、スワローズvsドラゴンズ戦など、地区制導入以前のように行われている。
4つの新球団は、茨城、静岡、金沢、四国に本拠地を設けている。
なかでもセ・リーグ東地区に新加盟した茨城ゴールデンゴールズは、クラブチーム時代からの絶大な人気と知名度のおかげで早くも観客動員数でタイガースに迫る勢いを見せている。
球界初の女性監督片岡安祐美の采配と選手達の努力、そして、ゴールデンゴールズ終身名誉オーナーの欽ちゃんこと萩本欽一さんのパフォーマンスが魅力だった。
セに新人気球団があるなら、パの西地区にも新人気球団があった。
金沢に加盟した松井新球団こと金沢新球団がそれである。
NYヤンキースの松井秀喜が米球界を引退した後、彼の故郷に作られたこのチームは、当初彼はGM兼監督で就任する予定だったが、地元ファンの熱い声に押される形で、選手も兼任することになった。
試合に出る時はスタメンDHが定番だが、時折ファンサービスで守備に就くこともあった。
金沢と言えば松井球団の他にも北信越BCリーグの石川ミリオンスターズのことも気に掛かるが、北信越BCリーグも、ミリオンスターズも健在であった。

それは、四国でもおなじであった。四国新球団と四国アイランドリーグは、ともに相乗効果でドンドン当初の見込み以上の観客動員数を記録していた。
また、四国新球団と広島東洋カープとの「瀬戸内ダービー」のおかげで、両球団が対戦するこのカードが双方とも観客動員躍進の原動力になっていることも大きかった。
サッカー王国静岡に野球人気の開拓を求めて作られたパ・リーグ西地区のもう1つの新球団、静岡新球団も交流戦でのドラゴンズとの東海ダービーに予想以上の集客があった。
また、かつてパ・リーグの東西戦が行われていたことで、潜在的なパ・リーグ人気を築いていたことも幸いした。
交流戦と言えば、この頃は球団数が増えたため全カードを消化するのが難しくなったため、地区別に隔年であたるようになった。

そして偶数年はパの東とセの西、パの西とセの東が対戦した。
これによってカードの新鮮さが保たれ、かつ試合消化も行いやすいという効果を生み出した。
その年の交流戦で見られなかったカードが日本シリーズで見られた時は物凄い盛り上がりであった。
また、2リーグ4地区制になったことで、オールスターも多少手直しが行われ、それぞれの地区から選手を選抜してチームを作り、トーナメント形式で対戦するカップ戦スタイルになった。
即ち、パの東とセの東、パの西とセの西がまず対戦し、勝ったチーム同士が決勝を行うというスタイルになった。
同一リーグの決勝になることもあったが、しかしそれはそれでまた面白い魅力でもあった。
当初経営状況を懸念された4つの新球団は、不安材料もどこへやらの盛況ぶりで、古田敦也コミッショナーも16に球団数が増えて益々盛況になるプロ野球界の様子を微笑ましく見つめていた。
今後は球団数を32まで拡大し、両リーグに地区制だけでなく1部・2部制度を導入して、消化試合を完全に無くすことと、1年中日本のどこでもプロ野球の試合が見られる環境作りを目指していた。
そんな順風満帆な船出の古田コミッショナーだったが、唯一足を引っ張る材料が、セ・リーグ東地区の地区制導入以前より続けている連続Bクラスシーズンを23に更新中の虚塵であった。
イーグルスが2005年に作った21世紀最低勝率の記録を更新するぶっちぎりの最下位だった虚塵は、球団数拡大を決定するオーナー会議で、同球団の会長の1リーグ8球団制がベストという妄想を信奉していたため、唯一拡大に反対するという愚行をしでかした。
かつて、Bu・BWの合併を唯一反対したカープの松田オーナーの『勇気の1票』に準えて、『憂鬱の1票』と言われている。
虚塵と同じ読売系列の日テレだけが今も唯一行っている地上波放送のかつてはウザイと言われた虚塵応援実況が、今はめったに勝てない虚塵に少しは肩入れしてあげないと可哀想と、同情や哀れみでみつめられるようになっている。
おかげさまでメロドラマを見る感覚で虚塵戦を見る視聴者が増え、視聴率が上がったという思わぬ効果があった。
そんな虚塵の状況を見て、かつて古田コミッショナーに"たかが選手!"と暴言を吐いた同球団会長は、「せっかく大金はたいて大物を入団させたのにちっとも役に立たん、今年はどのチームから誰を連れてくるかのう。」と、早くも日本シリーズ終了後のFA選手獲得戦のことで頭がいっぱいだった。
虚塵のオーナーや球団社長が、あと4、5年辛抱して若手を鍛えましょう、といくら忠告しても、"たかがオーナーの分際で!"とか、"たかが球団社長の分際で!"と言ってとりあわない。
良心的な虚塵ファンと球団関係者は、また憂鬱な思いで来シーズンを過ごすことになりそうである。
不安材料が無いわけではなかったが、球界丸の古田船長の船出は、アマ球界との関係改善や海外との交流を深めるという裏片面での成果も上げ、順風であった。
スタジアムの人々は、グランドのアスリート達のプレーを手に汗握って熱い眼差しで見つめていた。

2007年がこんな球界作りへの第1歩となることを期待しています。
すべての野球ファンの皆様のご健勝とますますの発展を祈念いたします。





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Last updated  2007.01.01 19:58:37
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