あるがままに生きる
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ようこそ、お越し下さました。早いもので、すでに2月の後半。前回のブログ更新から、今回も1か月近く経過。冬に入ったばかりと思っていたら、島ではほとんど雪が見られずに、早春の気配がそこまで近づいている。この季節の移り変わりの速いスピード感は、やはり年の性なのかね?よく楽しいことをやっていると時間の経過が早く感じ、その逆の時は時間が遅く感じると言われたことがありましたが、確かに、日々楽しい事ばっかりの時間経過のような気がします。我がペンション名も「晴耕雨読」「せいこううどく」ですね。意味とするところは、「晴れたら農作業で汗を流し、雨が降ったら家の中に入って本を読む」というところを一歩踏み出し、天候如何にかかわらず、心の状態がONであったなら行動し、OFFであったなら何もしない。そんな意味に捉えております。否ならやらない、義務感でやらない、やりたいからやるという事で私は生きておりますが、現代社会の常識を鑑みると至って贅沢な生き方ですね。これがすべてとは言えませんが、・・・こんなことを言っている私も、20代から島に移る40台半ばまでは、こんな贅沢なんか言ってはおれず、体と心にムチ打ってやっていたのも事実です。島に移って20年が過ぎ、やっと今になってこんな贅沢をのたまっております。あの葉祥明さんは、「30%位は経済活動に従事しなくては・・」と言われておりましたが、残りの7割は好きなことをやられているとか。今の私の場合も、割合で言うならば葉さんと同じくらいなのかな。こんな「晴耕雨読」の生き方を進めていますから、日々楽しいのは当たり前なんです。更に突き詰めれば、じゃあ家の中で本を読んだり映画を楽しんだりするのはOFFか?と思いきや、それもあの本を読みたいから読むのであって、これもONか。本を読みながら、ちょっと眠くなったから昼寝をする、これもしたいからするのであってやはりこれもON?な~~ンだ、これじゃあ何もかにもONばかり。となっちまう。忙し好きの現代人風に言えば、「のんびりするのに忙しい」ということか。まあ、こんな風に好き勝手に生きていますから、一日がやたらと速く感じるのかもしれませぬ。表題の“随縁”という言葉。意味は、名が示す通りに「縁に随う」「縁に付き従う」という事なのですが、随うと添うは少し意味が違うようです。高貴な人に従う場合にのみ「随う」という文字が使われると辞典に書かれております。“随縁”は仏教用語で、「良縁に付き従う」という意味らしい。高貴であるか高貴でないか、良縁か悪縁かは心で考えればわかると思いますが、仏教では仏の教えに添ったものと言われております。私流にいえば、宇宙の真理に近づくための天からの配慮と意味しております。私の行動のベースにあるものは、「それは美しいか」「本当にやりたいことなのか」「正しい事か」の3つでありたいと思っています。損か得かを考えることは極力避けています。そうありたいと思っても、中々そうならないこと多多ありですが。目の前に起こってくるあらゆることが、一つの方向性があってそれに流れ込むかのようなある意味での「意思」があるのではないかと思えます。「こう在りたい」「こう在ってはいけない」と、それぞれの人が思うと思いますが、私の目の前に展開する流れは、その私の意思にベストマッチングした「縁」が繰り広げられているようです。人との関わりは、すべての「縁」の始まりか、過去の種まきの「果」であろうと思います。謙虚に自身を見つめ、「天からの配慮」と感じる縁を大切に育て、その流れのみを手で引き寄せ続ければ、「随縁」となるのでしょうね。結果として、私の目の前には天からの引かれたレールが伸びているという事。そのレールの上を走ることが、私の人生の仕上げをする上で、最良の道と思い突き進んでいる。有難いことですね。
2015.02.20
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