「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
104837
HOME
|
DIARY
|
PROFILE
【フォローする】
【ログイン】
欧州フットボールの空間
グランデ・ミラン栄光の90年代
90年代と一括りにしても、そこに何かしら括らなければならない必然性があるわけでもないし、そもそも90年代というのは、88年に始まってるのかもしれないし、いまだ始まっていないのかもしれない。
ただ、フットボールの世界においては、こういう言い方が出来ると思う。
それは、“グランデ・ミラン以前”と“グランデ・ミラン以後”だ。
それほど、この時のミランは強く革新的で、フットボール界に大きな衝撃を与えた。
この黄金のミランの礎を築いたのが、プロの選手経験がなく、元々靴のセールスマンをしていたアリーゴ・サッキという男だ。
黄金期のミランの偉大なるキャプテン、バレージは彼について、
「サッキは、ミランという“触媒”を通して、カルチョに対して“革命”を起こした」
と、発言している。
サッキのスタイルは非常に攻撃的だった。
ディフェンスラインは常に高い位置に陣取り、その前にいるMF陣も中盤で激しいプレスを仕掛け、相手を素早く囲む。
相手チームは、ミランの前線からの厳しいチェックに戸惑い、怯んでしまう。
苦し紛れに前線にパスを出そうとしても、悪魔のような冷静さでオフサイドの罠を仕掛けるバレージ(とその仲間たち)が待っている。
特にサッキが監督をしていた頃はディフェンスラインも非常に攻撃的で、どんどんオフサイドトラップを仕掛け、一試合に30回以上オフサイドを取ったこともあるほどだった。
だからと言って、安易にバックパスを出そうものならミランの更なる押し上げにあい、プレスの餌食となってしまう。
前に出せばオフサイド、後ろに戻せば厳しいプレス。勿論中盤では、時間もスペースも与えてもらえない。
無論一試合続けて、あるいはシーズン通してずっとこの激しいペースを保てるわけでもなかったが、ここぞという時のミランの集中力と組織力は驚異的で、ほとんどの強豪クラブは攻撃の糸口さえつかめなかった。(88/89シーズンのC1では、準決勝で5-0、決勝で4-0という圧倒的なスコアで勝利している)
今までのイタリア伝統のカテナチオ・・・“まず失点しないようにしっかりゴール前を固めてから、素早いカウンター”というスタイルを打ち破り、組織的なプレス戦術と大胆なラインの押し上げを徹底したのがサッキ・ミランの基本スタイルだった。
そして、ボールを奪ってからの攻撃には、ファンバステンという万能のゴールゲッターと、フリットという稀代のアタッカーがいた。
そしてもう一人のオランダ人、ライカールトも攻守において上手く舵を取り、彼らアタック陣をサポートする。
長くミランにいるボバンは(彼はサッキ・ミランの黄金時代にはプレーしていない)、この頃のチームを「イタリアではなく、オランダのチームだった。だから見応えがあって、楽しかった」と評していたが、的を射ていると思う(付け加えるなら「オランダとバレージのチームだった」と言ったところか・・・)。
この時のミランが、プレッシング戦術をチームの中で完全にフィットさせた1974年のオランダ代表の延長戦上にある、ということと併せて考えてみても、このダイナミックなアタッキング・フットボールはオランダ的だったと言えるだろう。
オランダの攻撃精神と、イタリアの守備の遺伝子、そしてそれを繋ぐ徹底した戦術と、ベルルスコーニ会長の持つ潤沢な資金・・・
この頃のミランは、前に立ちはだかるもの全てを飲み込んでしまう怪物のようなチームだった。
・サッキ・ミランの終焉
永遠に続くと思われたサッキとミランの蜜月時代も、少しずつ綻びを見せ始める。
チャンピオンズカップ、トヨタカップと国際的タイトルを連覇しながら、イタリア国内のリーグ戦で優勝出来なかったことが少しずつ両者の間に隙間を作っていたのかもしれない。
また、激しいプレッシング・フットボールを実現するため、選手達に時に行き過ぎとも言える厳しい要求をするサッキと、それに反発するある主力選手との関係が悪くなってしまったという話もある。
特に、より前線での自由を求めるファンバステンと、その彼にも徹底したプレス戦術の遂行を求めたサッキとの間に大きな溝が出来てしまい、対立が表面化・・・「サッキとファンバステン、どちらを取るか」、というところまでいってしまった。
その綻びを埋めきれなくなったのはが、91/92シーズンだった。
それは、チャンピオンズカップ準々決勝、対マルセイユ戦―――
この頃のマルセイユは、ミランに匹敵するほどのタレントを揃えていて、ミランと伍するチーム力を携える数少ないチームだった。
ミランはホーム1-1の引き分けで、マルセイユのアウェイ戦でも0-1と負けていた。
試合終了まであと数分・・・マルディーニが今まで一番苦労した選手と語っていたマルセイユのクリス・ワドル(数年前の発言なので今は違うかもしれない)がゴール前に突進した時、突然照明器具が故障し、辺りは暗くなってしまう。
プレーを中断したミランの選手達は皆、フィールドから引き上げてしまい、負けそうな試合をなんとかやり過ごそうとした。
この行為は当然の如く認められず、ミランは1年間ヨーロッパの大会から締め出されることになる。
ここにきて、サッキとミランを繋ぎとめていたものが切れてしまい、両者の間の関係はひとまず終わりを告げた。(行き場を失いかけたサッキだったが、政治的な配慮もあって代表監督の座を得ることとなる)
フットボールの時計を格段に進めたサッキのミランは、こうして喜びの鐘を鳴らす前に一旦終わった。(その後、彼はもう一度ミランの監督として復帰するが・・・)
日本は、また、日本人は、そんなサッキ・ミランの輝かしいフットボールをトヨタカップで見ることが出来て幸運だったと思う。
彼らがトヨタカップに2年連続出場し、その強さと華やかさを目にしたことで、フットボール(カルチョ)の持つ魅力に気付いた日本人も多いだろう(かくいう自分もそんな人間のうちの一人)。
ただ、サッキが監督をやめても、ミランの時代はまだまだ続くのだった・・・
・リアリスト、カペッロ
サッキの後任となったのは、ファビオ・カペッロだった。
彼はサッキの戦術を踏襲しつつも、サッキほど先鋭的なスタイルを好まなかった。
元々カペッロは、ユベントスやミランといったビッグクラブの主力として活躍したイタリアのかつての名選手で、選手としての苦労も知っている人間だった。
ミランのある選手は、彼とサッキとの違いについて、
「サッキは(プロ)選手経験がないから、選手に妥協を許さず、自分の求めるものの実現のために選手に完璧さを要求する理想主義者。カペッロも厳格だけど、ある程度自分の選手時代の経験と照らし合わせて、もっと現実主義者だった」
と、いった具合に評している。
代表経験もあり、イタリア的フットボール(カルチョ)の思想が深く染み付いているカペッロは、サッキとはまた違った意味で、ミランに多くのものをもたらした。
国内リーグとヨーロッパの厳しい日程を乗り越えるために、能力のある選手を数多く抱え、選手を試合ごとに休ませながら使っていくターンオーバー制を導入。
また、勝利の確率を上げるために危険なオフサイドトラップの多用を避け、ファナティックなまでのプレスも少し抑え気味にした。
こうして現実路線を色濃く打ち出したカペッロに率いられたミランは、5シーズンで4度のリーグ優勝という偉業を達成した。
カペッロ・ミランのベストシーズンは91/92。
34試合を22勝12分けで、セリエA史上初めての無敗優勝を達成している。
内容の方も74得点、21失点という文句のない成績。
ただ、このシーズンは、あのマルセイユ戦の汚点によってヨーロッパの試合から締め出されていた1年だったことも忘れてはならないだろう。
イタリアのような厳しいリーグのチームは、どんなに強くても国内とヨーロッパで同時に素晴らしい結果を残すことは非常に困難になっているからだ。(結局、無敗記録は58試合まで伸びた)
・一つの時代の終わり
毎シーズン勝利を重ねるミランだったが、全てが順風満帆なわけでもなかった。
ターンオーバーで上手く選手を使い分けても、一部の選手からは不満の声が上がってくる。
皆、プライドの高い一流選手なので当然なのだが、チーム内がギクシャクすることもあった。
実際、フリットはチーム内に違和感を抱き、92/93シーズンで一度ミランを離れている。
また、エース、ファンバステンの故障による得点力不足を解決することも難しかった。
特に、93/94シーズンはその傾向が顕著で、シーズン34試合で36得点しか出来なかった。
それでもリーグを制したのは、バレージを筆頭とするディフェンスラインが古き伝統のカテナチオの権化となり、とにかく相手に点を許さなかったからだ(シーズン15失点)。
このシーズンで、ミランが1試合中最も多く失点したのが、フリットのいるサンプドリア戦(3失点)だったのも何か象徴的だった。
こうした“負けない”フットボールをするカペッロ・ミランは、かつてのサッキ・ミランの栄光を知るチームの関係者やファンに「確かに優勝するし、負けないんだけれど・・・」といった少し物足りない思いを抱かせるようになってきてしまった。
フロントもウェアやロベルト・バッジョを獲得。サビチェビッチという左利きの天才的な選手との魅惑のアタッキング・トリオでかつてのオランダ・トライアングル在籍時を凌ぐ、力強さとテクニック・アイディアに溢れる攻撃陣を作ろうとしたが、結局うまく機能しなかった。
そうしたことも重なり、ミランのフロントのカペッロに対する評価は、決定的に高いといったものではなく、水面下で他の監督探しをしているという噂も出てきた。テレビ時代と言える現代のヨーロッパフットボールの世界で、あまりに結果重視のカペッロのスタイルが好まれなかったという話もある。
自分のやってきた仕事に対し確固たる自信を持っていたカペッロは、そういうクラブ側の曖昧な雰囲気を察知し、優勝を置き土産に、より自分を評価してくれるレアル・マドリーに新天地を求めた。1996年のことだった。
そして、現在のミランは「アリゴ・サッキ」の系譜を受け継ぐ、アンチェロッティが指揮している。今後、どの様な歴史を作っていくのだろうか・・・・
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
自転車
自転車教室に向けてヘルメットを準備…
(2026-05-14 15:10:03)
スキーのコト、雪のコト、はなしまし…
バックルの締め方ってどうしてる?
(2026-04-24 15:50:05)
楽しい競馬・やっぱり馬が好きっ!!…
無冠の女王テンカジョウのエンプレス…
(2026-05-13 12:45:44)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: