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2020.01.09
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カテゴリ: 本日の壱枚の写真
​​ ​​​​​本日の壱枚の写真 熊野三山編 その陸


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武蔵坊弁慶公の説明



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武蔵坊弁慶公の木彫りの像


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以下はHPより参照いたしました。

源義経(みなもとのよしつね)との物語で親しまれる武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)は、歌舞伎や人形浄瑠璃などでもよく知られている人物です。しかし、彼が実在した人物であったかどうかはさだかではなく、五条橋での義経との出会いや仁王立ちで大往生を遂げるという逸話が伝説として伝えられています。

JR紀伊田辺駅前の広場には弁慶像が建てられており、田辺市のシンボルとして親しまれています。一説に、弁慶の出生地は田辺だと言われています。『義経記』の記述によると、弁慶は熊野別当家の嫡子(ちゃくし)で、幼名を鬼若とあり、比叡山で修行を行った後、山を降りるにあたって自ら名付けたのが、西塔武蔵坊弁慶という名前であると記されています。

弁慶の出生地と言われる田辺市には、彼にゆかりのある史跡が多く存在します。市庁舎の前に見事な枝振りをみせている「弁慶松」は彼の誕生を記念して植えられたといわれています。

弁慶の父と言われる熊野別当・湛増(くまのべっとう・たんぞう) ゆかりの闘鶏神社には、弁慶が産湯を使ったと言われる産場の釜。 八坂神社の腰掛け石、産湯の井戸など数々の史跡が残されています。

​​​​謎の多い​弁慶公ですが三国志で活躍した関羽と張飛を思い浮かべてしまいます。
弁慶公は本当に実在したかは別として修験道を学びながら武術も修行された方は多かったに違いありません。
そのような人々が源義経公に味方された方もいたのかもしれませんね。
その中には弁慶公のような怪僧がいてもおかしくないと思いました。
平泉にも行きましたが寺院や庭園はその当時素晴らしかったと思えるところが多くありました。
数百年前の人々と同じ道を歩いているかと思うと感慨深く思える時がありました。

本日も最後までお読み頂きましてありがとう御座いました。






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最終更新日  2020.01.09 21:44:08
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