2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1

久々に。なかなか更新できる状況になく、そういう気分にもならず日だけが過ぎてゆく。ご存知の通り、3月11日。人生を変える思いも寄らない東日本大震災が起こってから早2週間。苦しんで生活している人々が計り知れないほどいる中、心を痛める日々。日記でもたびたび登場する、私の実家、釜石市も壊滅的な被害を受けました。そして、もれなく、私の実家も、津波の被害ですっかり流されました。それはもうすべて。思い出も何もかも。誰を恨むわけでもなく、一瞬にして家が無くなった事に対し、何も言葉がありません。まさに自然の脅威です。なんともならないこの気分にもどかしさをおぼえます。実家のある場所は、釜石市の中でも沿岸北部に位置する鵜住居町というところ。あの壊滅的状態となり、町長が助からなかった大槌町のすぐ下にあたります。実家の周辺もすべて流された状態を、少しずつではあるが釜石に住んでいる親戚らから提供された写真を見て徐々に現実を知る日々です。・・・地震当日。私の実家に住んでいる両親は、その時家にいました。隣り合う親戚宅、そのまた隣りのいとこ宅と、親戚が3軒並ぶ家々だったのだが、私の母は、いとこ宅にて息子夫婦の5歳の長男を預かっていました。実はこの時、その長男は流行りの溶連菌感染症を患っていて、息子夫婦をはじめ、母の兄夫婦は皆仕事のため、子の長男や長女が病気になると、私の母が面倒を見てあげるのが日課だったのです。1人で自宅にいた父は、大きな地震の揺れに警戒し、母といとこ宅の長男を呼び、車に乗り逃げました。父が見た、地震の揺れの時の家の状態としてはタンスや本棚が倒れ尋常ではないと感じたそうです。それと共に、津波のおそれを感じた父は急いで母といとこ宅の長男を連れ逃げました。その後、避難場所に指定されていた少し高台にある老人施設の広場に行ったものの、しかしこの場所でも津波の被害に合う危険があり、さらに高い所へと逃げたようです。その途中で乗っていた車は空き地に置き、歩いて避難したそう。ちょうど、震災が起こる1週間前に開通したばかりの新三陸道(片岸~両石間)の道路によじ登り、やっと身の安全を確保したとの事。不幸中の幸いか、この新三陸道がなければ逃げる道は断たれ孤立状態になったはずで。まさに着の身着のまま、身一つでとっさの判断がなければこうして助からなかったはず。こうして、私の両親は無事だった。新三陸道までよじ登ってきたのは両親だけではなく、同じく災害危機管理を普段から実践してきた、私の母校の小学校中学校の生徒達も一緒だった。まさに母と一緒にいた、いとこ宅の長男の父親がこの小学校の先生でもあり。そして実家近くにある保育園には、いとこ宅の長男も通っているが1歳の長女も通っていて、この日保育園にいた長女も、保育園の先生らと共に無事逃げてこられたのだった。その後、新三陸道に着の身着のまま逃げてこられた人達は三陸道を走っていた車たちにそれぞれ便乗して乗せてもらい、釜石の街のほうにある避難所へとそれぞれ連れて行ってもらう事に。初日の11日は、父と母はそれぞれ別々の避難場所の旧釜石一中、旧大渡小へと。それから翌日より避難所生活を送る中、釜石市内でも津波の被害をぎりぎりまぬがれた親戚が避難所をまわってくれたおかげで、両親は親戚宅へと預かってもらう事になり。さらにはその親戚は、電話回線も何も繋がらない中、遠野市まで出向き道の駅の公衆電話から、盛岡の私の自宅へとわざわざ安否確認の電話をもらう事に。それが13日の事。もちろん盛岡市内でも電気の復旧に時間がかかり不安な思いをしたものだが、電気がやっと復旧した時に固定電話のほうに連絡をもらう事が出来、あとから思えば本当にぎりぎりのところだったと。そして、翌14日。うちのパパ、1人で釜石まで車で行きました・・・。両親を盛岡に連れてくるために。道路状態などさすがに不安で送り出したが、両親の安否確認は幸いにも出来ている状態だったためもうこれは行くしかないという判断のもと。・・・それから両親は無事、盛岡のこの家に連れて来る事が出来ました。うちの貸家、それは狭いもののなんとか一緒に生活する日々を送っています。TVなどで被害の状況映像がうつるたびに、段々と全容が分かってきましたがやはりまだ信じられない思いでいっぱいです。そしていまだ、いとこ宅や隣り宅の親戚は釜石で避難所生活を送っていますがやっと連絡を取り合える状況になり、盛岡で働いているいとこの妹は先日実際釜石に足を運んできました。その際、撮ってきてくれた実家と隣りの親戚宅の写真を送ってもらいましたが、はっきり言って、意味が分かりません・・・。というか、逆に笑うしかないほど無残な姿になっていました・・・。写真手前が、我が実家です・・・。はい、基礎しか残ってません・・・。諦めるしかないのだけれど、どんな思いでこれを見たらいいのかよく理解できません。こちらは実家がある方向に向けて、線路から撮ったものです。ちょうど真ん中の道が、JR山田線で、鵜住居駅が遠くのほうにある様子です。見て分かる通り、左端のほうに線路が落ちているような様が見えるような感じです。もちろん、この真ん中の線路の両端には所狭しと住宅が広がっていました。確かにここには町があったのです・・・。他にもたくさんたくさんこんな光景になっている事でしょう・・・。あまりにも被害が大きすぎて、心が痛みます。まだまだ先が見えません。住む場所も無くなりました。しかし強く心を持たなければ越えられる事ではありません。まだ避難所で苦しい生活をしている人々を祈る事しか出来ませんが、私はまず幸いにも家に連れてくる事が出来た両親の出来るだけ力になれたらと思ってるところです。大人4人、たいぽん1人、の生活・食事世話係です。笑。結構これ頭悩ませ大変ですが(笑)、まずはこれらをこなす事が使命です・・・。・・・そして来週30日には、悲しくも津波で流されてしまった親戚の火葬があり、私も両親と共に釜石へ足を踏み入れる予定でもいます。この目で確かめ受け止めなくてはいけない日がやってきます。
2011年03月25日
コメント(17)

8日は、申し込みをしていた、市主催の「MORIOKA食教室」という講座に参加。一緒に申し合わせをしていたペコペコちゃん親子は家族が体調を崩してしまい参加出来ず残念に思いながらもお馴染みの保健所へと行ってみると、偶然にも、たいぽん幼稚園の同じ年中さんで別のクラスの子のお母さん発見!支援センターなどで前から顔見知りだった親子さんで、3人の子のママ。というわけで、一番上の子が幼稚園なので今日は下2人を託児サービスに預けて参加したらしく。思いがけず、知っている顔と出会えて安心な母。そうそう今回も、20~30代の主婦対象な食教室。そんなわけで託児サービス付きの、小さい子連れママにはありがたい企画なもんで、ほとんどの参加者はもちろん小さい子連れ。この食教室、去年も同じような「ヘルシー教室」(2010-6-11日記)として開催されていたものの今回は1日凝縮バージョンらしく。去年に引き続き、母は一人身軽に参加するわけで・・・。そのヘルシー教室があった事で、その後の「食生活改善推進員」になるための養成講座を受講するきっかけにもなったわけで、この日指導してくださった栄養士さん達とは顔見知りなもんだから、また来ちゃいました・・・的な母。笑。この食教室の内容としては・・・、栄養バランスに関する食生活についての講話↓エアロビ、エクササイズなどの体動かしタイム↓郷土料理の調理実習(ひっつみ、かまやき)↓試食タイム・・・という流れ。盛りだくさんな内容だったため、講話も30分程度に凝縮され続いて、エアロビタイム。といっても、ストレッチがメインの穏やかな運動タイムで。家でも簡単に出来そうな、腕や肩を回したり前屈やらと体をほぐせるすっきりしたもの。指導してくれたパウの講師さんの話術も楽しく、体が温まった感じ。講師の方も言っていたが、毎日続ける事での効果が期待されるだけにこれをきっかけに普段から体を伸ばしていかねばなあと。いやほんと、体かたいので足とかぴくぴくいってましたが・・・。駆け足で、続けて調理実習タイムへ。郷土料理をテーマに、ひっつみ汁、かまやき作り。5チームに分かれ、2つのグループ、3つのグループにさらに分かれ、それぞれがひっつみ、かまやきを担当する事に。母はひっつみ汁チームだったので、またもやこの日も他のお母さん達に切るあたりを任せきりにしたぐらいにして、様子を見ていたり。時間も限られており、栄養士さんやボランティアスタッフ・・・食生活改善推進員さん達もいらっしゃいましたが・・・、すでに下準備をほとんど終えていてくれて、ひっつみも、ダシ汁はすでにある状態、野菜も薄切りにするだけの状態、小麦粉もこねてねかせている状態にあり、とてもラクな実習なのでした・・・。そして、ひっつみの鍋への入れ方などちょっとしたコツや由来なども教えていただき勉強になりつつ。ひっつみ汁、実にシンプルな味付けだったりもして、ダシ汁に野菜類を入れてから、醤油と塩の味付けのみ。ダシや野菜の旨みがあり、とてもやさしい味わいに。ちょうど昼時間になり、皆お母さん達は託児部屋より子供達を連れてきてからの試食タイムへ。かまやきのほうも、この黒砂糖とくるみ、味噌の味が素朴で美味。上新粉でもちもちとしたかまやきでした・・・。とはいえ、粉ものばかりだったのですぐに満腹だったが。またもや今回も充実した楽しい時間を過ごす事が出来、満足の母でした・・・。
2011年03月09日
コメント(1)

3月4日は、幼稚園での3月生まれ誕生会。12回目の、やっとやっと待ちに待った誕生会だっただけに母は、出られるかどうか不安で仕方なかったものの、無事参加出来まして・・・。その月毎に誕生会は行われるが、毎週金曜日も含めて、誕生会の日も弁当持参の日。3月誕生会の4日は、ちょうど毎週金曜日にもあたるためちょうど良かった・・・。しかも、今週後半からは午前保育も始まるため、年中で最後の弁当の日となり。そんな事もあり、今回の弁当は、たいぽんおめでとうの意味も込めて珍しくキャラ弁的なものをと思い、前日は、こまごまとノリをちょきちょき準備。最近たいぽんが好きなポケモンより、おにぎりだけキャラ的にしてみたのだった・・・。普段の弁当はただのおにぎりを詰めているだけなので、たいぽんもびっくりしたであろう・・・。そんな弁当を持たせバスを見送り、母も誕生会見物のため園へと。約15名ほどの3月誕生児が、冠をかぶせられ、先生の点呼でステージへと一人一人上がりまして。そこで、副園長先生より写真付きカードを首から下げてもらったぐらいにして。↑あとからゆっくり観賞したが、出席ノートに書いてあった2月分測定の身長よりも1センチ足りなくて、なんだか微妙・・・。2月・・・107.3センチ。3月(カードによると)・・・106.3センチ。何故?どちらを元にすれば良いのかわからん・・・。そして一人一人、ステージ上で名前を発表。年長さんから順に名前を言っていったのだが、○○組の○○です!・・・が、たいぽんの番にくると、○○です!!・・・と、たいボンズめ、名前しか言わなくて。ちっ。かろうじて、名字から名前を言っていたのでいいとしても・・・。みんなちゃんと組まで言ってるの、聞いてないし。その後は、見学に来ていた親達にも、副園長先生より、詩が書かれたカードを首から下げてもらい親達も同じように一人一人お祝いしていただき・・・ありがたく。誕生会の最後は、たぶん皆がお楽しみの先生達による寸劇が。その時季、季節によっての内容になると思われるが、3月なので春を待ちわびる、あおむし→サナギ→ちょうちょに変わる話。無事、誕生会も終了し、ホールをあとに。そしてこの日は、サッカースクールの日でもあり、一旦帰宅後、再度幼稚園へ・・・。行ったり来たりの一日だったが。そんでもって、サッカースクールもこの日で年度内最後の教室。最後の日は、始めから試合三昧という事で。時間の最後にはめでたく、サッカー協会会長より直々に修了証書の授与が。もちろん、たいぽんは、年長の来年度もお友達効果によりサッカースクールは続ける事にしているのだが。次回は4月の下旬より。それまでしばしの休み期間へ・・・。サッカーが終わり、家に帰宅・・・。この日はまだまだ予定が控えていて、義父が定期通院のため盛岡に来るというので家に寄ってたいボンズの誕生日プレを買ってくれるという。珍しく義母は仕事のため来ず、義父こと、じいじと飼い犬のみ家に到着。そして、たいぽんの約束通り、「キリンのところ」・・・つまりはトイザらスへと行く事になっていて。しっかりと、じいじにト○カ(←しつこいようですが・・・)のおでかけバッグシリーズを購入してもらい、たいぽん嬉しく。そして、近くのココスでそのまま夕飯をご馳走してもらいこれまた嬉しく。思いがけず、誕生月特典でサービスのアイスや玩具、本人の写真まで撮ってもらい、4日は誕生日三昧というか何というか。翌日の5日は、幼稚園のフリー登園という、希望者が参加出来る企画へ。親子登園の企画だったので、またもや土曜日も一緒に園へ。「コマ回し」がテーマで、手作りコマを作って自由に回して遊んでみたり、年長さんになると各自、道具箱にコマを持つようになるのでちゃんと紐でコマを回して、トーナメント戦でチャンピオンを決めたり。この日の夕方からはいよいよ、幼稚園のクラスでの、お別れ会の飲み会があり。希望者参加で、21名中14名ほどが参加し、母達が大集合。たいボンズはパパに預かってもらう事にしていたので心置きなく飲み会へ。そして、他の参加者も2人3人と子供を持っているお母さん方がほとんどなのにしっかりと預けて参加してきたりと。飲み放題は2時間のみで18時から20時までだったのでほいほいドリンクを注文。最初で最後だが、かなり楽しい飲み会となった。18時から開始で、あっという間に終了は22時!いやほんと、年中からの入園者なので親同士の付き合いはかなり緊張していたものの、皆さんとても楽しくて色々教えてくれたりと、せっかくここまで仲良くさせてもらったのに年長ではクラス替えというのもさみしい限り。しかしまた年長は年長で、新しい出会いに嬉しくもなったりするものかとも思ったり・・・。いやあしかし、楽しく発散した飲み会だったなあと。
2011年03月07日
コメント(2)
昨日更新した内容に、若干の違いが。 やはり、たいボンズの言う事は微妙にズレていたようで…。 衝撃の鼻血塊事件の後、 園から帰ってきてから問い詰めた内容に違いがある事が判明したのは、 夜の風呂後。 案外と一緒に湯船につかっている時や、寝る前になったほうが、 その日あった出来事を自ら話してくれるのだが。 そのいつもの調子で、昨日クラスであった事を改めて話し始めた、たいぽん。 …すると、 たいぽん本人が勝手に、やわらか積木につまづいてコケて顔からぶつけたと母は解釈していたが、 それは違い、 積木だかを友達と一緒にしていたら、誰か分からないが押されてしまい その勢いで顔面を床にぶつけてしまったらしく。 誰かに押されて…という部分、かなり気になるのだが、 きっと間違えて押してしまったとは思うが。 それで、ぶつけてしまいさすがに泣いたらしいが、 仲良しの友達が、少し離れた場所にいた先生に説明してくれた模様。 誰かに押された、という事も先生にちゃんと伝えたらしく。 で、それを知った先生は、それは仕方ないんだと、なぐさめてくれたらしい。笑。 …という内容を、たいぽんから追加で話してくれたわけで。 あともう一言、床が硬かったもん…と、たいぽん。 はいはい確かにそうだべねえ…。 そんなわけで、勝手にコケたわけではなく、 何かの間違いでぶつけたという事が改めて判明したのだった。 そんな今日、たいぽんはとうとういよいよ5歳を迎えました。 朝からスポンジケーキに生クリームと果物でデコし完成させ、 あとは、こじんまり夕食パーティーの下準備など。 たいぽん園から帰宅後、 しまサンの誕生日特別号の冊子に、絵を描いたり手紙を書いたり。 手形足形を写して書いてみたり。 年長さんスペシャルDVDを見て喜んだりと過ごし。 いよいよパパも一緒に夕食パーティーを。 といってもただの夕飯タイムか…。 デコケーキは昨日に続き満足、満足。 久々に手作りにしたが、なかなかいい具合で。 その後はお楽しみの、プレゼント披露タイム。 昨日の日記通り、ハイパーガーディ〇ンシリーズより、 シー〇ドライナーという、建設現場的な車両バージョンな感じのプラ〇ール特殊部隊レールセットがそのプレ。 プラ〇ールの中では唯一、現実にはありえないシリーズだったりして 気分的には微妙だが、やはりこういうのは好きらしい。 まずは今日という日を無事迎えられ嬉しく。 つい先日までどうなる事やらと思ったが…。 たいぽん自身も、園での毎月のみんなの誕生会をすべて見てきたからか 自分の誕生日の自覚もなんとなくあるようで。 今日は朝から、誕生日だという事で照れていたが、 いつものように寝る前の振り返り話タイムでは、 今日はホールで誕生会やらなかったよ、と一言。 今日が誕生日だから、園でも誕生日の歌を歌うんだと思ってしまったらしいが…。 はいはい、誕生会は明後日だから。 やっと最後の最後、おまちかねの誕生会はどんな風になるのか。 母も見学しに行けるので、きっと照れてウダウダな感じになってそうではあるが…。
2011年03月02日
コメント(6)

いよいよ明日は、たいぽん誕生日。という事で今日は最後の4歳の日。なので、なぜか母は気持ちだけがそわそわしてる感じ。クリスマスに引き続き、たいぽんへのプレは今回もアマゾンにて決定。決して回し者ではないのだが、アマゾンバンザイ。笑。というのも、注文した翌日の朝にはもう到着。すごい。早すぎ。しかも配送料無料で物によっては量販店で購入するよりも安くなる場合も多く。特に、我が家はネコさんの宅急便センターが激近なので、荷物があれば必ず朝9時ちょいすぎには配達してくれて、その連係プレー?がいい具合。問題の、たいぽんへのプレはというと、微妙に引っかかるものはあるのだが、たいぽんからの要望に折れ、またまたト○カプラ○ールものに・・・。しかも今回は初の、ハイパーガーディ○ンシリーズより。当の本人はかなり楽しみにしている模様・・・。まだまだト○カワールドから抜けられませんが。そんな、たいボンズが戻ってくる前に今日は、明日の誕生日当日のためにスポンジケーキをちょこちょこ焼きまして。明日はデコレーションをするだけにと思い、今日は焼き焼き、と。小さいの2つは余り生地のおまけ分。帰ってきた、たいぽんのおやつ分になりまして・・・。生クリーム、のってないのに苺がのりまして・・・。スポンジケーキのみでもなかなか美味で自己満足です。笑。うまいこといきました・・・。さて。その、たいボンズ。今日、帰りの園バスから降りてきた途端、珍しくバスの添乗先生より話が・・・。そして、たいぽんの左鼻の入り口ら辺には、血の塊が・・・!??担任の先生からの、ことづけという事で、「先生もどういう状況だったのかは???だったが鼻から血が出たようで、でも綿を詰めるほどでもなくだったので・・・」という話が。ありゃ。なんなんだべこりゃ。鼻血とは・・・。たいぽんは、特に鼻血が出やすいタイプではないので鼻から血が出るのはよほどでない限り、無いはず・・・。というか、たいぽんの鼻血などほぼ見たことがないわけで・・・。若干、不安にも思いつつ、その後本人に問いただす母。するとなぜかコソコソ話で話をしてくる、たいボンズ。笑。きっといつものように叱られると思っているのだろうか・・・笑。伝える力が微妙な、お年頃のたいぽん。しかしだいぶ前よりかは信じられるようになってきた母。笑。これはやはり4月から幼稚園に入園してからの実績だと成長を感じるわけなのだが。そのコソコソ話の内容というのは(笑)、・・・今日ね、積み木のところにね、ぶつかって転んで鼻血が出たの・・・という事らしく。教室の中を思い出しながら話を聞いていたが、積み木というのは、大きめのやわらか積み木でその上に人も立てるぐらいのようなもので、確かに下をよく見ていないとつまづく可能性はあり。よく確かめずに歩きコケて、運悪く顔面から落ちたかぶつかったかで鼻をぶつけて血が出た、という具合なのかと母は解釈。よくよく見れば、左鼻入り口の血の塊の他に、鼻の真ん中に赤くなった点が付いており。おそらく鼻のこの赤くなったところがぶつかった場所なのではないかと。その勢いで血が出たという事か・・・。推測ではあるが、衝撃による鼻血という母の結論。本人の様子もおかしいわけでもなく、いたって普通に見えるのでたぶん大丈夫かとは思うが、しかし一瞬、驚いたわけで・・・。それにしても、なぜ誕生日前日に限ってこんな事をやらかすのか。かなり嫌な感じだが。頼むから、4日まで穏便に過ごしてほしい限り。笑。(4日は、園での3月誕生会、そして課外のサッカースクールの年度内最後の修了日なので・・・。あ、5日の夜には、クラスの保護者希望者でのお別れ飲み会も予定しているので・・・。笑。)・・・というわけで、明日はいよいよ、たいぽん5歳の誕生日を無事?迎える予定ですが。
2011年03月01日
コメント(6)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()

