ひょうきん太郎の・我が儘写日記・

2006/07/03
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・・・・・・・・・・・・・ 今日は普通に日記書きましょう

自分は障害者になって8年、無職になって7年、いいかげん仕事みつけなくちゃって
思いながら、のんきに朝から外を見てコーヒー飲んでパソコンに触っています。

自分は中学を卒業後、技術専門学校へ行き自動車整備士になりたいなんて思っていましたが
高校は出なさいと親の反対、定時制高校へ行きながら精密工場へ行き、2年ほど組み立て
をやりその後退社するまでは検査をやっていました。

高校卒業と同時期に自分はやっぱり工場で働くのは合わないと退社、建築塗装、吹き付け、防水
をする職人が10人ほどの会社に入りました、そこでは、おもに防水を担当して、時々塗装吹き付け
ってかんじで、調色もやったりして塗装する、自分たちはおっきなプラモデルいじってるみたいで
楽しかった、真夏の屋上の防水工事は勘弁してくれよって感じでしたけれど、10年ほどやってました。

そんな頃自分に自動機のメンテナンスをやらないかとゆう話があり、社長も含め若い職人に話したところ、
一人の若者が自分を紹介してくださいというので、会社見学のひどりを決め連れて行きました、
本人は結局自分にはできないと言ってましたが、会社側は、私が就職するとゆう話になっていて、
総務課長の面接の連絡があり行きました、もう断れる状態ではありませんでした。

そんなわけではじめは仕方なくそこの会社に行きはじめました、
最初は作業者として3ヶ月の研修、工場が嫌でやめたのに
そう思いながら、1年ほどしてようやくメンテナンスの研修、
今回も3ヶ月ほどでした。

研修が終わりもう天国のような毎日、作業しなくてよいし機械をいじってる毎日、
食事もせずに気づいたら12時間以上仕事しているなんてことはよくありました。

仕事が楽しいから、お酒も沢山飲んだ、何年メンテナンスをやっていたのか毎日楽しくて考えてなかった、
ある時会社に行こうと荷物を持っても、車へ行く途中に落としてしまう、髪の毛洗おうとふろに入った、これがまずかった、
3回倒れて頭を打つし,その後救急車で病院、目が覚めると翌日で、俺の左の手と足が無いと言ってしまった、
看護婦さんがありますよと手を見せてくれた脳内出血による、左上肢、下肢麻痺、自分の場合完全に麻痺して、動かない、
感覚も全くない状態、左目は正面しか見えなかった。

8ヶ月の入院生活リハビリ、歩けるまでに7ヶ月かかった、担当の理学療法士は感覚が全く無いのに
歩けるのは不思議だと言っていた、はじめに担当だった主治医のおかげでしょう、
家族に左の運動系の脳が全滅してるので車椅子用意して方が良いですよ、
杖を使ってやっとやっと歩ければ良い方でしょうと説明があったみたいで、自分にはリハビリすれば
歩けるようになるようなことを言ったから自分は歩けねえとゆうなら歩いてやるとむきになれました、
退院後も、はじめは片道2キロを杖を使って半日で往復、日に日に帰宅が早くなり
1年ほどたった頃には、1時間で往復できるようになり、その後は1日10キロほどの散歩とゆうリハビリしてました、会社は
その年に自己理由とゆう解雇、社会保険事務所へ行きましたら、9年そこにいました。

2年ほどそんなことをやっていて

次にはじめたのが水泳でした、最初片腕では5mがやっとでラインを見ながら5mずつ無理にのばしていき
25m行けた時には嬉しかった、子供がはじめて泳げた時と同じ純粋な喜びだったのかな?半年後記録会にでた、
50mを2分以上,60ぐらいのお年寄りに記録賞もらうときにおまえさんは一番遅いからあっちだと並ぶ場所を言われたから
またむきになった、そのおやじのタイムを来年は抜くと、確か1分30秒ぐらいだった、毎日練習した、
翌年の記録会の頃には1分ほどで50m泳いでた、記録会で1分2秒だった、
その年はノーブレスで25m行き帰りは息継ぎする片麻痺の人が40秒代で50m泳いでたかな?
自分は50秒台目指しました、また毎日練習しました、翌年58秒でした、次の年9月に記録会があるのだが、
7月からILLUSTRATORとPOTOSHOPの講習が始まり練習量が減ってしまった、一様記録会にはでたが、
1分切るどころではなくめちゃくちゃ遅くなってた。

その後もゆっくり水泳はやっていたが、翌年IT講習 、
パソコンに大はまりしてしまった水泳は講習が始まって以来やってないので
体重が15キロ増です。

内容がめちゃくちゃになっていますが、本題へ

障害者になって5年ほど就職探していましたが片手では面接も受けられなかった、1度だけ面接行きましたが
そこも何人かきたなかで、車椅子の方を入れたようでした。

以前いた会社の人事課長と色々話しをしていて障害者を入れるには順番があるそうで、1番は耳とかの傷害は書いて会話ができるから、2番は座って作業のできる車椅子の人両手使えれば問題ない、自分みたいな片腕全く使えない障害者は、まずこの地域の会社では難しい、うちの会社も障害者入れるより罰金払った方が良いとゆう上の考えだからと教えてくれました。


パソコンもワードやエクセルできてもだめだよ、誰でもできるから特殊な能力付けないと就職無いよと言ってくれたのもその人でした、ですから自分はIllustratorとPhotoshopはじめました、はじめて4年気づいたことがありました、やってることが特殊なだけに使っている会社が無いと、ホームページ講習も受けましたが、どこの会社でも障害者使うより若い女性使った方がよいでしょうから。

ここまでくると自分で何か考えないとだめなんでしょうね、大卒の人達が考える難しいことでなくて、
15で社会に出て大人を見て経験してきたことから。

今少し興味を持っているのが、ハローワークのホームページを見ていて、一つホームページ
やIllustratorに役に立つと思っているのがあると思っているのがあります
IllustratorやPhotoshop教えるの仕事にすればと言ってくれる人もいますが
覚えたい人あまりいないでしょうし、IllustratorやPhotoshop自体は資格はないものの
難しいことはわからないので、どうなの?って感じ。

昨年ホームページ作って欲しいと言っていた所も
それっきりで・・・50%の可能性だと思っていましたが、
関係者の方が時々訪問してくれるのでこれ以上詳しくかけませんけれど。


b


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Last updated  2006/07/03 07:41:12 PM
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