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なかなか忙しくてナリタトップロードの菊花賞編を書く暇がありませんよ・・・・。まぁすぐにまた暇ができると思いますので。そしたらすぐに書きますね。みなさん馬券の調子はどうですか?もぉ秋ですよ。ということでやっぱり馬券当てたいですよね。頑張ってください!!(笑)
2006.09.25
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3強によるダービーでの対決誰もが3強によるデットヒートを期待し待つ。そこには万全な状態で出走してくる3強の姿があった・・・・。皐月賞3着後は日本ダービー直行が決まっていたトップロードテイエムオペラオーに負けはしたがやはり恐いのはアドマイヤベガこれが渡辺の考えであった。やはりあの一瞬の切れ味は恐いものがあるテイエムオペラオーに関しては眼中になく負けただけ実力はトップロードのほうが上そう考えていたのである。実際これはこの時点では間違っていなかったと言って良いだろう。皐月賞に関して言えばトップロードは全力で走りきれていない上に苦手な荒れた馬場それに比べて力を出し切ったテイエムオペラオーこの差はあまりに大きい。実力さえ出し切ればこれがトップロード陣営の考えであろう。テイエムオペラオーアドマイヤベガナリタトップロード3頭は共に皐月賞から日本ダービー直行コースをとる。いったいどの馬が勝つのか。ファンもみなが3強の動向に注目していた。さらに成長の一途をたどるトップロード貫禄が見えてきたテイエムオペラオー復調著しいアドマイヤベガ人気はわれて当然だった。1番人気は安定しているトップロード2番人気には体重が戻ったアドマイヤベガ3番人気にはまだフロック視されていたテイエムオペラオーこの3頭のレースになることはレース前から目に見えていた。レース直前1番人気という重圧が渡辺を襲う。冷静を装っていたが重圧は相当のものであっただろう。それは和田も同じである。この2人の若者がかたや1番人気でかたや皐月賞馬であの日本ダービーに向かうのだ・・・。人馬ともに成長させる。まさにこの2人は発展途上なのだ。名馬でめぐり合い大レースに挑み重圧に耐えながら成長しているのだ。しかし、アドマイヤベガのジョッキーだけは違った。そう武豊である。前年にダービーを制した時に武豊は「ダービーの勝ち方が分かった気がする。」こう周りにもらしたという。レースが始まった。先頭はこれまた若い幸騎手騎乗のワンダーファングが大逃げを目論んだ。この後ろには岡部騎手騎乗のマルブツタンゴかなり縦長の展開中団につけるのはテイエムオペラオーとトップロードトップロードはテイエムオペラオーの少し後ろでマークする形になった。この時渡辺はオペラオーのことで頭がいっぱいになってしまったのだ。レース前はあんなにアドマイヤベガに注意していたのにそのアドマイヤベガは最後方でじっくりと脚をためていた。弥生賞の時は惜しくも届かなかったがダービーでは400mある。届くそれが武豊の狙いであった。レースは流れ残り1000mあたりで前はまだ余力を残している状態であった。これ以上前に楽をさせていけない。こういうときに動くのはマークされる馬の宿命である。このレースの場合1番人気はトップロードであったが事実上レースの鍵はテイエムオペラオーが握っていた。早めに動いたオペラオー前を一気に捕まえにいく。脚が先行していた馬とはまるで違う。しかし、トップロードはそれを標的に上がっていく。皐月賞の逆のことをやれれば渡辺の策は見事にはまった。オペラオーはあっというまに前の馬全てを捕まえ先頭に立とうとした瞬間外からトップロードがやってくる!!残り100mで見事にオペラオーを差しきる!その瞬間横にはアドマイヤベガ!!「ナリタトップロード!ナリタトップロード!先頭はナリタトップロード!外からアドマイヤ!外からアドマイヤ!ナリタトップロード!アドマイヤベガ!アドマイヤだぁ!!!アドマイヤベガです!!母ベガの2冠達成から6年!またもその息子が輝く一等星に!アドマイヤベガ!!」忘れていた存在だった。武豊は虎視眈々と狙っていたのだ。前2頭は早仕掛けだった。テイエムオペラオーは前を捕まえるためとはいえナリタトップロードは完全にオペラオーを標的に上がっていってしまった。交わしてからの残り100m粘りに粘ったが予想外の敵と戦う力は残っていなかった。またも消えていた存在にゴール直前で勝利を奪われた・・・・。騎乗ミスなのか・・・。呆然とする渡辺。沖師の前で立ちすくむ。そんな渡辺を見て沖師は一言だけかけた。「よくやった。実力出し切ったじゃないか。」こんな師だから。だからこそダービーという称号をあげたかった。こみ上げてくる悔しさと自分の未熟さへの怒り最後の一つ菊花賞だけはどの馬にも譲れない。こみ上げてくる気持ちを抑えきれない渡辺がいた・・・・。
2006.09.20
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3強対決といったらなにを思い出しますか?昔でいうとTTGテンポイント、トウショウボーイ、グリーングラスが有名です。しかし、今の若者はテイエムオペラオー、アドマイヤベガ、そしてナリタトップロードを思い出す人が多いでしょう。今この物語ではまさに3強対決が幕を開けます。弥生賞それは、皐月賞へ向けて非常に大切な一戦である。スペシャルウィークと同じ道をいくナリタトップロードとしてもここは負けられない一戦であった。しかし、ここでの本命は決まっていた。名牝ベガを母に持ち名種牡馬サンデーサイレンスを父に持つ超良血そして鞍上には天才 武豊そうアドマイヤベガである。ラジオたんぱ杯でマチカネキンノホシ、オースミブライトといった注目されている馬に勝ってここにきたアドマイヤベガクラシックでは断然の一番人気だったそして、弥生賞では1倍台という人気っぷり2番人気トップロードは4倍台の2番人気しかし、さすがにこの人気の差は大きすぎる。理由は簡単鞍上の違いであるかたや、去年ついにダービーを勝った、天才かたや、デビューしてから今までに60勝ほどしかしてないこの差はしかたないものである。さらに、トップロードの周りではクラシックにいくには渡辺では心もとない。という意見が多数でていた。それでも沖師は渡辺を降ろす気はなかった。これは、渡辺にとって最高のチャンスなのだ。一人前になる。実際、渡辺も気にはしていなかった。なによりも馬の調子がとても良かったのである。そして迎えた弥生賞もアドマイヤベガを抑えて勝って見せた。しかし、これだけは覚えておいてほしい。決して楽勝ではなく最後にかなり詰め寄られての1馬身差これによって渡辺の脳裏にはアドマイヤベガは脅威として焼き付けられた。そして、クラシックの季節がついにやってくる。西では、毎日杯を勝ったテイエムオペラオーが200万払ってまで急遽クラシックに参戦してくることが決定した。しかし、ここでアクシデントが襲った陣営があった。クラシックの絶対的本命アドマイヤベガ陣営だ。なんと、突然の熱発によって飼い食いがおちてしまったのだ。なんとか皐月賞に出走はするものの噂話は耐えなかった。果たしてどこまで体調を戻したのか本当は出るのもきついのではないかそんななかトップロード陣営はいたって順調であった。弥生賞を勝ったことで渡辺には自信という言葉が芽生え始めていた。トップロードも今までの中で一番調子がよい状態であった。渡辺には自信とともに余裕も見えていた。しかし、沖師は不安を隠せなかった。この余裕が悪いほうにでなければいいが・・・・そんな不安をよそに皐月賞ははじまった突然の雨だったが良馬場という発表しかし、内馬場はかなり荒れていた。そんな中渡辺はトップロードを距離短縮のために内にいれていた。その外にはアドマイヤベガが見れるところだった。絶対的1番人気のアドマイヤベガそして、前走での末脚先に仕掛けて標的にされるのがいやだった渡辺はなかなか仕掛けられないでいた。残り800mを超えたあたりでついにアドマイヤベガが仕掛けるそれにつれて上がってくるトップロードしかし、すぐに渡辺は二つのミスに気づく内の荒れた馬場を走らせたことでトップロードにはもうスタミナはないということとアドマイヤベガはやはり体調が悪かったということ自信が慢心となって、周りが見えなくなっていた渡辺あまりに痛いミスこのときはすでに直線に入っていたオースミブライトが抜け出している。負けるわけにはいかないトップロードと渡辺届いてくれ!この一心で追う渡辺それに応えるトップロードいつものようないきっぷりはないものの確実に前と差が縮まるいける!あと少し!もう少し!「先頭はオースミブライト!内からシルク!オースミブライトが先頭で外から8番ナリタトップロード!!!」あと少し!!その瞬間に覇王はやってきた・・・・「大外からテイエム!大外からテイエムーーーー!大外からテイエムオペラオーーーー!!!!」あっという間のできごとであった。残り100mで加速したナリタトップロードが前全てをつかまえて勝つはずだった。その瞬間まだだいぶ後ろにいたテイエムオペラオーの次元の違う末脚に屈した・・・。結局、オースミブライトもさせずに2着・・・・。復調したアドマイヤベガ開花したテイエムオペラオー成長し続けるナリタトップロードこの3頭で決まるダービーになるだろう。そう予感させる皐月賞であった。3強対決はまだ始まったばかりなのだ・・・・。
2006.09.19
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この話をする前に話せなければならないことがある。今の競馬のしくみについてである。昔は、自分の厩舎の馬に専属のジョッキーがのるのは当たり前のことであった。それは、ジョッキーを育てるために当たり前のことであった。しかし、今ではどの厩舎でも勝ちにこだわるのが当然になってきてる。そのために「フリー」のジョッキーが多くいる。フリー以外のジョッキーをリーディングの上位で見つけるのが困難になるほどに・・・・。今から書く物語はそんな時代の中、そして、サンデーサイレンス絶頂期の中のサッカーボーイ産駒と若手ジョッキーの友情と、信頼の物語である。ナリタトップロードこの馬の名前をあなたは知っているだろうか。残念ながら「名脇役」というのが正直なところであろう。アドマイヤベガテイエムオペラオーという2頭と3強に数えられた、強い馬である。しかし、あまりにテイエムオペラオーが光り輝いてしまったために脇役として数えられてしまう。しかし、彼の人生を考えると名脇役の一言では収まりきらないものがある。彼は、佐々木牧場で生まれ育った。決して大きい牧場ではなかった。しかし、社台ファームに負けないように切磋琢磨していた。佐々木牧場では、社台に負けないようにも、繁殖牝馬を海外から買って来るようになっていた。そんななか牧場長の佐々木孝氏はフローラマジックという牝馬を見つけた。そして、ツルマルガールなどをだして、国内産の種馬の中でもエースになりつつあったサッカーボーイを相手に選んだ。種付け料が安かったこともあってだろう。生まれた仔馬は調教師の目にすぐにとまる。見た目が父似で、馬体も良かったからだ。声を掛けたのは 沖調教師だった。そして、ナリタトップロードは佐々木牧場の期待を一身に背負って沖厩舎へと向かう。そのころ、もう一人の主人公である渡辺ジョッキーは沖厩舎の専属ジョッキーをやっていた。4年間で58勝と、無名な若手ジョッキーでしかなかった渡辺ジョッキーは沖氏に大切に育てられていた。初めてのG1挑戦はバンブーピノという馬であった。この馬を知らないだろうか??渡辺ジョッキーはこのレースで忘れられない経験をする。初めてG1で緊張しきっていた渡辺ジョッキーはバンブーピノがかかっているのに押さえられなかった。それと一緒にかかってしまったのが一番人気ファビラスフィンである。結局、一番人気のファビラスフィンは、その暴走のせいで14着バンブーピノは13着しかもレース後故障これにより、渡辺ジョッキーはファビラスフィンをつぶした男として定着してしまったのである。こんなに苦労していた愛弟子をどうにかしてあげたいとずっと思っていたのが沖氏である。そんな中入厩してきたのがナリタトップロードである。この馬を沖氏は愛弟子に任せた。3歳(現2歳)時は3戦して1勝と振るわなかったナリタトップロードであるが沖氏は期待していた。負けてなお強しという競馬が続いたからである。「この馬は走る。」そう感じていた。その証拠として、沖氏は格上挑戦できさらぎ賞挑戦を試みる。そしてトップロードはこれに応えて見せた。500万下の馬がきさらぎ賞に勝つ。こんな流れを覚えていないだろうか??そう、トップロードの前の年に、武豊に初めてダービーという称号を与えたスペシャルウィークと同じローテーションなのである。この時渡辺ジョッキーは、まだ重賞すら勝ったことなかった。普通ならここでジョッキーを変えてレースに備えるべきである。しかし、沖氏は自分の弟子を信じた。指示も「好位につけろ。あとはまかせる。」と鞍上に任せたのだ。このレース、相手はいなかった。渡辺がどう乗るか。まさにそれしだいであった。しかし、渡辺は好位につけ、そのまま1番人気のエイシンキャメロンにハナ差だけ先着して見せたのだ。ここで、一気にクラシックの主役に躍り出る・・・・・。そしてついに皐月賞トライアルである弥生賞相手には武豊擁するアドマイヤベガ3強時代の幕開けである・・・・・
2006.09.15
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変則二冠の厳しさをあなたは分かりますか?真の最強馬を証明しきれなかった馬の無念さが分かりますか?確かにそのとき大王は降臨したキングカメハメハ父:キングマンボ母:マンファスキングマンボはいわずと知れた名種牡馬母マンファスは、キングカメハメハの後もレースパイロットなどを産んでいる。馬主もいわずと知れた金子氏期待されてデビューを迎えたキングカメハメハ2003年の京都の新馬戦をなんなく勝って見せると次にエリカ賞へと出走してくるこのエリカ賞は出世レースとして有名で過去に勝った馬にはタヤスツヨシ、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤベガクロフネ、エアダブリンなどがいるそのレースをこれまた完勝してみせる。年が明けて2004年ついに陣営は重賞出走に踏み切る京成杯である。しかし、フォーカルポイントの3着に敗れてしまう。初めての敗北であった。ちなみにこのレースの4着は天皇賞春を勝つことになるスズカマンボである。なんにせよ初めての敗北である。しかし、陣営は気落ちするどころかよりいっそう積極的にレースに使う。すみれS毎日杯と2連勝ちなみにすみれSの2着はストラタジェムこの2連勝により順調に賞金を加算したことにより陣営は皐月賞回避を決定!そしてNHKマイル→日本ダービーの「変則二冠」達成を目指すのであった。変則二冠この言葉を聞いてまず思いつくのが松田国英調教師だ。この調教師が「芝でならクロフネよりも良い脚を使う。」とキングカメハメハのことをたたえていた。これはキングカメハメハにとって最高の賛辞だと言えよう。ついにNHKマイルしかしG1はそう簡単には勝てないだろう。だれもがそう思ったがそれはキングカメハメハにとっては失礼な言葉だった。完勝この一言に尽きるレースだったといえよう。そしてついに変則二冠達成なるか!!??タニノギムレットはダービーを制しクロフネはNHKマイルを制した。3度目の正直その夢を背負いキングカメハメハの勝負が始まった。レースは1000mを58秒というハイペースから始まった。そして前を走っていた馬が疲れたところで大王の降臨そこからはただただすごいの一言アイネスフウジンの作ったダービーレコードを14年振りに更新したとともに変則二冠を達成ちなみに2着はハーツクライ夏の間は休養し秋は天皇賞秋→JCという王道を歩む予定だった。復帰緒戦の神戸新聞杯を完勝し天皇賞秋を2週間後に控えた時競争馬の宿敵屈腱炎を発症これにより引退を余技なくされる。その年の天皇賞秋・JC・有馬記念という王道は大王なき戦いであった。善戦マンであったゼンノロブロイの素質が開花しそして新王者へと上り詰めた。まさに出世街道であった。しかし、その道は王が歩くべき道で出世街道であってはいけない道である。ゼンノロブロイが歩いた道を大王が悠々と歩く姿をぜひ見てみたかった。これからも応援お願いします!あさってか、明日にはナリタトップロードをUPする予定です。
2006.09.14
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最近、とにかくダートについて色々考えています。元祖のほうにも書いていますがダートは本当に血統と少しの知識でとりやすい馬券へと進化します。だから、ダートのレースのみやってるこのごろです(笑)血統もただやるだけでなく色々考えてさらに、最近はどの血統が走っているかも考えてやっています。おもしろいものですよ。ぜひみなさんもやってみてくださいね♪
2006.09.13
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4回もレコードを更新した馬がいたことをあなたは知っていましたか?世界最強も夢じゃなかった馬がいたことをあなたは知っていましたか?日本競馬に一つの伝説を作った馬がいたことをあなたは知っていましたか?芦毛の怪物クロフネこの馬の生まれは海外である。いわゆる○外である。アメリカから社台グループの吉田俊介氏が連れてきたのだ。吉田氏いわく『絶対に走る、歴史に残る名馬になるかもしれない。』という期待を抱いていたそうだ。そんな大きな期待を背に、クロフネは2歳の秋に京都競馬場でデビューを迎えた。鞍上は松永騎手。道中は、4,5番手に待機し、直線で抜け出しにかかる。しかし、進路が狭く、前に抜け出せない。なんとか、馬群の壁をさばいて追い込むも2着。しかし、最後の追い込みによって、陣営は将来性を感じた。その期待に、クロフネは次のレースから答える。長い距離のほうが合うのでは。と考えた陣営は、2000mのレースに照準を合わせる。それが実を結んだのか、快勝。レコードタイムのおまけつき。そして、3戦目となったエリカ賞で、クロフネは、大いにポテンシャルの高さを見せ付ける!エリカ賞は、出世レースとして有名で(過去の勝ち馬は、エアダブリン・キングカメハメハ・アドマイヤグルーヴなどである)、このレースに陣営はかけていた。そして、クロフネは、またもや陣営の期待に最高の形で答えてみせる。2戦連続のレコード快勝。そして陣営はついに重賞へ向かうことを決めた。ラジオたんぱ杯3歳S今考えるとものすごいメンツである。クロフネジャングルポケットアグネスタキオンこの3頭のまさに3強であったといえる。一番人気、クロフネ、単勝1.4倍二番人気、アグネスタキオン、単勝4.3倍三番人気、ジャングルポケット、単勝4.5倍このメンツの中、ダントツの一番人気のクロフネしかし、クロフネにいつものリズムがない。とても悪いリズムで走る。しかし、いつもどおり先行し、直線に入る前に外から並びかけ、突き放そうとした。しかし伸びない。いつものクロフネではない。その横をスイスイとジャングルポケットと、アグネスタキオンが抜いていく。結局、1着アグネスタキオン2着ジャングルポケット3着クロフネであった。あけて4歳どのレースに進むかが問題だった。○外の宿命でクロフネは皐月賞にはでれなかった(今ではでれる)そのため、NHKマイルカップを目指して、毎日賞への出走を決めた。結果は圧勝。あの2頭のいないレースは何の問題もなかった。そしてついにNHKマイルC単勝1.3倍、支持率61.9パーセント圧倒的な支持率。負けるわけにはいけない。レースも圧勝といくかと思ったらそうはいかない。まさかの出遅れ。マイル戦で出遅れ。これほど痛いものはない。このレースで初めての騎乗となった武豊騎手もかなり動揺したのではないか。レースは、単勝150倍のグラスエイコウオーが逃げる展開直線に入ってもどの馬もグラスエイコウオーを捕まえることができない。それを必死に追うクロフネ。さすがのクロフネでも無理かと思われたラスト1ハロンそこでようやくクロフネにエンジンがかかる。そこからは異常なほどの末脚。グラスエイコウオーの騎手も「あれだけリードしていたから勝てると思ったんですけど・・・。ゴール前では今までに経験したことがないプレッシャーでクロフネが接近してきたのが分かりましたよ。あの馬は普通じゃないです」とのコメントを残すほどである。ようやくクロフネは、G1ウィナーの仲間入りを果たす。これから、クロフネの快進撃が始まるのだ。そう誰もが信じてやまなかった。そして、ついに○外にも開かれた日本の頂上への門。そこに黒船が来航するいざ決戦、日本ダービーアグネスタキオンは、皐月賞を快勝した後に引退を表明相手はジャングルポケットのみと思われた。しかし、まさかの5着。重馬場だったから?中2週はきつかった?ハイペースがきいた?様々な憶測がとびかった。しかしジャングルポケットが強かったのは確か。ここでめげないクロフネは、更なる高み、天皇賞秋を目指して神戸新聞杯へ向かう。しかし、ここも勝てずに3着そして、天皇賞秋へと向かう。しかし、ここでアクシデントが発生した。天皇賞秋へと出走できる○外は2頭メイショウドトウは決定しているもう一頭はクロフネと思われていたがアグネスデジタルの急な参戦の決定でクロフネは出走することすらできなくなったのである。目標を失ったかに見えた。しかし、陣営は調子の良いクロフネのレース間隔をあけるのきらい武蔵野Sへ。非常に苦悩したらしい。しかし、武豊騎手が『あの馬はダートで走りますよ。』という一言で参戦が決定。デビュー以来一度は走りたいと思っていたダート急に参戦。しかも重賞。不利かと思われた。まさかここから、クロフネにとって最高のドラマが始まるなんて・・・。圧倒的な1番人気。レースがスタート。うまく折り合っているクロフネは馬なりで大外をまわって直線を向いたときには先頭にたっていた。そこからは一人旅。イーグルカフェなどは存在しないようなはるか後ろ。そのまま持ったままでゴールタイムは1分33秒32着との着差は実に9馬身ダートで1分33秒3!?誰もが度肝を抜かれた。芝ではないんだぞ?しかももったまま?そしてクロフネの目標はJCDへと向くここでも当然の一番人気土曜日に、クロフネ見たさに10万人もの観客が競馬場へと足を運んだ。いざスタートまさかの出遅れ場内がざわめくしかし、クロフネが後方にいたのは最初だけその後は馬なりで上がっていくと直線でなんなく先頭にたちそのまま突き放すだけ。追うことすら必要ない。そのまま武蔵野Sに続いての2戦連続のレコードで圧勝。2着に前年の覇者ウイングアローが入りこれによってクロフネはダート界の覇者となった。陣営はすぐにドバイ遠征の話を持ち上げる。しかし、ここでアクシデント発生右前浅屈腱炎になってしまったのだ。半年ほどでの回復が見込まれるケガだ。普通他の馬は現役を続ける。しかし、クロフネ陣営は引退を選んだ。これほどの馬に無理はさせたくない。それが最大の要因。今クロフネは、種牡馬として順調なスタートをきった。フサイチリシャールや、フラムドパシオンなどこれからも数々の名馬を輩出することだろう。しかし、忘れてはいけない。その息子よりも父は偉大だったということを・・・・。応援よろしくお願いします!!元祖のほうにもいらっしゃってくださいね♪
2006.09.13
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最近は、もっぱら血統理論にはまっております。UPUPです。血統を考える上で大切になってくるのはやはりイメージだと思います。簡単なところから言えば「クロフネといったらダート!芝は早熟気味。」これにあてはまるのはフサイチリシャールですかね。まだダートには出走していませんが、近い将来出走するそうです。楽しみですね。次に大切なのは系統たとえばノーザンダンサー系やミスタープロスペクター系などです。日本ではもうすぐサンデー系という名前が定着しそうですが元は、ターントゥ系と考えていいでしょう。系統にはそれぞれ得意なレース展開、距離、芝、ダートなどが存在します。たとえば・・・。ノーザンダンサー系のニジンスキー系は重馬場得意!とかですね。これによってどんどん考えていくとよいでしょう。血統については今、元祖のほうのブログで詳しくやっているのでぜひ見てくださいね。http://blog.livedoor.jp/upupdesu/しかし・・・・。血統って、どんどん変わるからデータとるのがとても大変です。今は、中山と東京に絞ってデータとっているのでまだ楽ですがこの先全てをやろうと考えるとぞっとしますね(笑)でも頑張りますよ!応援よろしくお願いします!!元祖のほうにもいらっしゃってくださいね♪
2006.09.10
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「ナタの切れ味」と評された馬がいたことをあなたは知っていますか?多くのトラブルを抱えながら三冠を達成した馬がいたことをあなたは知っていますか?史上初の5冠馬の名前をあなはた知っていますか?ナタの切れ味をもつ最強馬シンザン5冠馬シンザンは北海道の日高に生まれた。当初は特徴のあった馬ではなく期待はされていなかった。武田文吾調教師に預けられ、競走馬としての人生をスタートしたが調教師本人も、全くといっていいほど期待はしていなかった。武田厩舎には、期待馬オンワードセカンドがいたためシンザンはほったらかし。ウメノチカラという素質馬の調教を見てシンザンのデビューをわざとずらしたというから本当に信用していなかったのだろう。しかし、一人だけシンザンの強さを発見していた騎手がいる。それは、主戦騎手の栗田勝騎手である。オンワードセカンドとシンザンどっちにのりたいと聞かれたときにシンザンです。と即答したのは有名。シンザンは武田調教師の期待を裏切りあれよあれよというまに3連勝そして年があけた時にアクシデントが発生するシンザンは飛びが大きいために後ろと前の足が当たってしまうのだ。しかし、武田文吾発案のシンザン蹄でこれを防いだ。その成果もあり年明けの阪神のマイル戦を完勝(後にシンザン記念と名を変えた)スプリングSも、阪神3歳S、朝日杯3Sの両方の連対馬が出走してきたことで6番人気と人気落とすものの完勝。さらには皐月賞までその調子で勝ってしまうのだからすごい馬である。しかし、ここでまた問題が発生する。日本ダービーに向けて、栗田騎手はレースにでる必要はないといったのに対して、武田文吾はレースに使って調子を上げないとダメだ。と対立が起きたのである。そして、そこは調教師の意見が通り、オープン戦に出走。そのときの馬体重まさに+10kg。そんな馬が勝てるわけもなく、さらには闘志もなく2着に敗れた。これがシンザンに初めて土がついた瞬間であるからなにかやるせない。そしてダービー。対抗馬は、皐月賞2着のアスカと思いきやそれをNHK杯で破ってきたウメノチカラであった。人気はウメノチカラが1番人気シンザンは2番人気。そしてレースは最後の直線でシンザンが先に抜け出すとそれを内からウメノチカラが差しにくる。なんとゴール400mほど前でシンザンを差したのだ。このまま決まるのかと思った瞬間。なんとそこまでシンザンに鞭は入っていない。残り200mで鞭が入るとゆっくり伸びて1馬身と1/4差したとこでゴール。これが世に言う「ナタの切れ味」なのである。シンザンの末脚が遅いわけでは決してないと思われる。ライバルがいつも、最後まで粘りそれをゆっくり差すから、ナタのような切れ味に見えるのだろう。ついに菊花賞を目指す事になったシンザン普通の馬だったら夏の間は北海道などにいって休養するはずだしかし、ここでまた武田文吾は普通と違うことをいう「残して調教する」これが最高に裏目にでてしまうその年はかなりの猛暑でシンザンは重度の夏バテに陥ってしまうのだ。そして復帰戦のオープン戦も京都杯と連敗を喫するそれに対し、ウメノチカラは古馬相手に善戦し順調に成長していた。そしてついに菊花賞。一番人気はウメノチカラ二番人気はシンザン前年に、支持率80パーセントを超えて3冠に挑戦してメイズイが負けていたこともありシンザンでは3冠無理という空気が流れていた。そして菊花賞このレースで思わぬ伏兵が活躍することになるカネケヤキである桜花賞、オークスと連勝して自信満々で菊花賞に挑んできたのだ。この馬がまたすごいまさかの大逃げをうってでたのだ。しかも、最後の坂のくだりでスパートをしているあたりからかなりの実力をもっていたことが分かる。アナウンサーも「シンザン三冠なりません」と興奮して実況してしまったほどだ。しかし、シンザンからすれば相手にしていなかったのかもしれない直線にむいたところであっさりかわすと後は、ウメノチカラとの一騎打ちそのウメノチカラも残り200mで引き離し結局は2馬身つけての三冠達成!ここに三冠馬シンザンの誕生である。栗田勝はあまりの嬉しさに指を3本たてて三冠を誇ったという。しかし、シンザンは夏の無理もたたってか長期休養を余儀なくされるその結果、有馬記念も天皇賞春も出走することができなかった。天皇賞春に出走しないことにたいしてマスコミが「強い馬から逃げてるだけでなありませんか?」といわれた事に対して「シンザンが走りたくないといっている」と武田文吾が答えたのはあまりに有名そして夏になりオープン戦を一戦はさんでからシンザンは宝塚記念へと向かうこの宝塚記念をシンザンは圧勝といってよいだろう本気ださずして勝ったのだからしかし、この宝塚記念出走馬全てが重賞をかったことのある馬だったのだから今からすれば、とてもレベルの高いレースだったといえよう。そして今度は最高峰のレース天皇賞へと向かうステップレースには目黒記念を選んだライバルはヤマトキョウダイとブルタカチホ直線残り200mでヤマトキョウダイをぶっちぎって圧勝かと思いきや残り100mでブルタカチホがつっこんでくるそして交わされ負けたと思われた次の瞬間シンザンに鞭が入りあっという間に差し返したのであるまさに圧巻のレース普通の馬にはできない芸当であるその後天皇賞秋も制しいざ有馬記念へ!しかし、ここでまた問題発生実はシンザン中山の急坂を体験してことがなかったのだそのため武田文吾がまた無理をいいはじめるのだった・・・。「中山競馬場で調教させろ!」シンザン一頭のために中山競馬場をあけろと言い出したのだもちろん無理であるその結果武田文吾は中山のオープン戦に急遽シンザンを出走なんと実戦で調教したのであったそれに対し、もちろん栗田騎手が黙っているはずもなくまたもや対立結果は、調教師の勝ちそして栗田騎手を背にのせてシンザンは負ける栗田騎手からすれば名馬シンザンが格下相手に負けるのが許せないのだ栗田は街で飲みまくり次の日のレースをさぼったその結果、騎乗停止で有馬記念ものれないことにかわりに松本騎手で最後のレースへこのレース様々な馬騎手がシンザンにいろいろなことをしかけた特に、加賀騎手騎乗のミハルカスシンザンに荒れたうち枠を通すために自分は外ラチいっぱいへしかし、まさかまさかでシンザンはそのさらに外から走ってきたのだ。1頭分の隙間もない大外であるその結果、一瞬シンザンが消えたように見え「シンザンが消えた」という名実況が生まれたそのままシンザンは完勝こうして5冠馬が誕生したのであった。シンザンは種牡馬としても成功し(ミホシンザン、マイシンザンなどが子供、孫である)さらには35歳まで生き続け競走馬の長寿最長記録を更新した様々な記録をうちたてたシンザン今までも、そしてこれからも愛され続けるべき馬である。生涯成績19戦15勝 2着4回*グレード制がない当時、八大競走と呼ばれたクラシック5競走に春秋の天皇賞(1980年までは勝ち抜け制で、天皇賞優勝馬は再度出走することはできなかった)有馬記念といった主要レースにおいて、牡馬が獲れる全てのレースを制したというもの。この後シンボリルドルフが現れるまで「シンザンを越えろ!」は日本競馬の合い言葉になった。現在でもシンザンは史上最強馬の1頭と考えられる競走馬である。ダートで勝ちたい人は、ここにヒントあります!もし本当に感動したという方はブログランキングのワンクリックお願いします。それが私の元気の素なので・・・・。
2006.09.10
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これは自信の馬券ですね。当たると思ってました☆
2006.09.09
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新馬戦です☆
2006.09.09
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やっぱりダートですかね。ちなみに、アジュディ産駒で、複勝しかあたってません笑
2006.09.09
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どこのブログがいいのかすごく迷いますよね。ココログは、携帯から見れないという弱点がありました。しかし、そのほかに関しては、すごく良かったです。使いやすかったと思います。ただ、背景というかデザインはあまり好きではなかった。livedoorは、前から使っていたのですがまぁ、いいと思いますよ。ただし、検索には引っかからないんですよ。yahooとかgoogleとかのね。なぜかというと、URLが良くないんですよね。livedoorが前にくるからそこで他のブログに行くんですよ。検索が。だから、アクセスは他のよりは伸びにくいらしいです。でも、デザインが良いし、ファイルのアップロードとか、カスタマイズもしっかりしててよいですよ♪楽天は携帯から見れるのはいいんですが記事の予約機能とかHTMLの制限とかが多くて使いにくいです。でも、アクセスはすごい。mixiみたいに、簡単にアクセスがくる。FC2も使いやすいです。アクセスもそれなりにくると思うし。ただ、デザインが私はあまり好きになれませんでした。だから、あまり使いませんでした。アメブロだっけか?それは楽天と一緒です。なんとなく、内輪で楽しむという感じがあります。ブログランキングとかでも不利になりますし。でも、あそこのブログは内部ランキングがしっかりとしていてすごいです!賞金もあるらしいし。どこのブログを使うかは自分がどんなブログにしたいかにもよると思います。みんなに見てもらいたいならアメブロとか、楽天ですかね。すぐにアクセス集まりますし。もしそうでなくいろんなことを自分でやりたいならlivedoorはすごく良いと思います。ブログのプロみたいな人もlivedoorはお奨めといっていました。ただし、最初は苦労するとも(笑)ここで、いろんなブログを見るのも一つの手かと。
2006.09.07
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結構こういう話を聞きます。「ダートだと勝てないんだよなぁ・・・・。」じゃあ一緒にダート勝っちゃいません??ということで中央のダートだけはやたら当たるUPUPがダートに勝つ秘訣教えちゃいます!!血統理論に、ダートに関する理論。なんでも教えちゃいますよ!9月9日、夜10時くらいから、ちょこちょことUPしていくつもりです。ぜひぜひみなさんいらっしゃってくださいね♪http://blog.livedoor.jp/upupdesu/archives/cat_50017368.html
2006.09.07
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サクラ軍団にはじめて有馬記念制覇という名誉をもたらした馬の名前を知っていますか?最高の敵だった名馬をあなたは知っていますか?遅れてやってきた名馬サクラローレル凱旋門賞馬のレインボークエストを父に持つということでそれなりの期待を受けて4歳(現3歳)の4月にデビューを迎える。しかし、虚弱体質だったこともあり、はじめはなかなか勝ちきることができなかった。3戦目にして勝ち上がり、日本ダービーを目指すこととなった。しかし、この世代には絶対王者が君臨していた。その名は、ナリタブライアンその圧倒的強さから、熱狂的なファンも多く、まさにこの世代の王者であった。そのチャンピオンに立ち向かうべく調教され、やっとの思いで青葉賞を3着に入ったサクラローレルは、ダービーを目指す。しかし、そこには初めての挫折が待っていた。右後脚の球節炎によりダービー回避そう。慢性的な脚部不安が姿を現した瞬間だった。4歳秋。菊花賞でナリタブライアンが圧倒的なレースを展開し、3冠を達成した後にサクラローレルは復帰する。そして、2連勝で挑んだ金杯相手は、本格化前のオフサイドトラップやシャコーグレイドやステージチャンプと2流の馬達ではあったが2馬身差をつけて快勝し初の重賞制覇を達成する。この時陣営は天皇賞春を意識したという。目黒記念をハギノリアルキングの2着に敗れた後、天皇賞春へと調教を再開する。しかし、そこでサクラローレルをまた悲劇が襲った追い切りで両前脚を骨折衝撃的なニュースであった。陣営としても、本気で天皇賞春を目指し「打倒ナリタブライアン」をぶちまけていただけに、本当に無念であっただろう。今回の故障は、本当に深刻なもので予後不良の話もあった程だったそうだ。しかし、陣営の努力もあり6歳になって、1年以上の休養明けでサクラローレルはターフに帰ってくる。復帰戦は中山記念相手にはジェニュインがいた。サクラローレルは9番人気それもしかたないことであった。故障前には天皇賞春へ挑戦ということでマスコミも注目していた良血馬であった。しかし、故障したとたんに忘れ去られてしまう。それが競馬という世界なのだ。しかし、サクラローレルはそれをあざ笑うかのように快勝して見せた。1年以上ブランクがある馬がG1馬相手に勝ってみせたのだ。これによりマスコミの評価は急激に上昇。忘れ去られていた馬は、天皇賞春を前に対抗馬まで押し上げられていた。しかし、時はナリタブライアン、マヤノトップガンの2強時代。ここに割って入るのは、まさしく悪役。その雰囲気は阪神大賞典でさらに強くなった感があった。ちなみに、復帰後の主戦は、小島太が引退していたために横山典騎手が務めていた。天皇賞春では、ナリタブライアンが1、7倍マヤノトップガン2,8倍と、完璧に一騎打ちムードが漂っていた。そして、ナリタブライアンがマヤノトップガンに競り勝ちG1のタイトルを久々に獲得したと誰もが思った瞬間最高、最強の悪役の登場である外からサクラローレル!!!!一瞬の出来事であった。上がっている手は、南井騎手の腕ではなく横山典騎手の腕であった。感動のゴールが一瞬で悲鳴の沸き起こるゴールに変わる。誰もが信じていた、最強馬ナリタブライアンの復活Vそれを遮ったのは運命と戦い続けてきたサクラローレルであった。「最高です! 一番強い馬を負かしてやったわけですからね。本モノのGIを勝った気分です!」そぉ喜ぶ横山典騎手境調教師はレース前に「もし、ナリタブライアンが完調なら、どんな馬でも勝つことはできない。しかし、今回に限っていえばローレルにもチャンスはある」と言っていた。つまりブライアンは本調子ではないのだ。しかし、逆に言えば、全盛期をすぎたとも言えた。このレースを機に、ナリタブライアンの時代は終焉を告げる。そして、遅れてやってきた同期、サクラローレルに王道を譲ることとなる。しかし、サクラローレルもナリタブライアンを撃破したからといって完全に最強馬とは言えない状態であった。なぜならこの世代は後から、後からレベルの高い馬が出てくるというレベルの高い世代であったからである。ナリタブライアン、ロイスアンドロイス、マヤノトップガン、バブルガムフェローヒシアマゾン、ジェニュイン、マーベラスサンデー、ダンスパートナーホクトベガ、ファビラスラフィンこれほどの名馬達と対戦したサクラローレルはまさに、激動の世代を生きたといってもよいだろう。境調教師は昭和時代の考えを持った人だったため天皇賞馬は恥ずかしいレースをしてはいけない。と思い、宝塚記念を回避してまで天皇賞秋に備えた復帰戦となったオールカマーを快勝したローレルは天皇賞秋で1番人気に推される。しかし、横山典騎手の騎乗ミスによりまさかの3着しかも勝ち馬は4歳馬バブルガムフェローこれに激昂した境氏は、公の場で横山騎手を罵った。しかしこれは境氏から横山騎手からのメッセージであり、成長してほしいという心遣いであった。陣営は、JCを回避し有馬記念に直行というプランを打ち明けた。しかし、これには批判が続出した。「なぜ日本の最強馬がJCに出ないのか!?」という意見が出ていた。しかし、境としては有馬記念は絶対に勝ちたいG1であった。昭和の考えが抜けない境にとっては、5大競争に入らないJCに興味がなくまだ一度も勝ったことない有馬記念に勝ちたいと思うのは普通の考えである。また、翌年には引退が決定していたため、境にとってはこれが最後のチャンスであった。結局、サクラの2代目オーナーの「先生の選んだ道をいってください。」という一言によってJC回避、有馬記念直行のプランが決定した。そして、その有馬記念を見事に勝ってみせるのがサクラローレルのすごいところである。これにより、G1を2勝したローレルは本格的に海外へと目を向けるようになってくる。しかし、まずは、国内のレースに出ることになったローレルは、調教中に骨折してしまう。結局、ぶっつけで天皇賞春挑戦となったローレルはマヤノトップガンの逆襲にあう。しかし、負けてなお強しというレースになった。真っ向勝負で挑んだバブルガムフェロー陣営は「サクラローレルは化け物」とレース後にコメントしているようにマヤノトップガンはあくまでも強襲によって勝ちを奪っただけであった。国内敵なしと判断した陣営は凱旋門賞目指してフランスへと旅立つ。しかし凱旋門賞の前哨戦に選んだフォワ賞でサクラローレルは8頭立て8着のしんがり負け。レース中に右前屈腱断裂を発症してしまい、即引退が決定。この故障の症状がひどく向こうの医師が予後不良を薦めたほどであった。現在は、種牡馬として余生を過ごしているサクラローレル代表産駒にはサクラセンチュリーがいるが今現在そのサクラセンチュリーは屈腱炎で休養中足元の弱さは遺伝してしまっている。しかし、これからの産駒には期待し続けたいと思う。サクラローレル日本21戦9勝海外1戦0勝主な勝ち鞍天皇賞春有馬記念中山記念オールカマー金杯こっちが元祖だぁあ!もし本当に感動したという方はブログランキングのワンクリックお願いします。それが私の元気の素なので・・・・。
2006.09.06
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明日の朝、というか今日の朝かな??には、サクラローレルの物語完成します!その後には、ナリタトップロード控えています!他にもどんどん応募まってます!
2006.09.06
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いぇーーーーーーい♪なにがいぇーーーーーーーーーーーいかというと特にないです(笑)まぁ、一ついうなら今日の小倉のメインでダントツ一番人気だった馬をいらない!!!と宣言したらこなかったことぐらいかな(笑)その記事はこちら(笑)http://blog.livedoor.jp/upupdesu/archives/50111914.htmlということで、かなりハッピーなのです♪それと、カズキングさんにお願いしていた単複予想のをぱくるのがOKだったことですね。これは嬉しい。さっそく記事作ります♪こっちが元祖だぁあ!どちらもよろしく♪
2006.09.02
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エアグルーヴ04決まりましたね。名前が。その名もザサンデーフサイチセンスねー!!正直そう思ってしまいます。正直、エアグルーヴほどの名馬になると思い入れのあるファンが多くいると思います。その人たちへの配慮というものをもっとしてもいいのではないかと思います。TCKでやってましたが、名前をファンが決めるというイベントこれはすごく良いと思いますよ。やはり最近では、今までよりも人が集まらない。たとえG1だとしても、昔よりも来場者数が少ないです。ディープの出るレースですら・・・・。それを思うと最近の人の競馬離れはとても深刻です。特に地方なんて、どこも赤字・・・。それをどうかえるべきなのか。まずは、もっとファンへ歩み寄るべきですよね。確かにお金を出しているのは馬主さんであり、私たちではないのかもしれませんが馬主さんだって競馬に人気がなくなったらやる気が起きないと思います(特に関口氏)アドマイヤの冠名で有名な近藤さんはファンも呼んでイベントとかをよくやりますけどね。こういうイベントをもっともっと増やすべき。競馬にいったことのない人はイメージだけど批判しますが、意外と連れて行くとはまってしまうものです。これを利用する手はないのでは?つまり、どうにか一回来てもらう!!そのためのイベント、初めての人狙いのイベントを作ればいいわけです。競馬にはもっともっと大きくなってもらいたいという1ファンからの一言でした。
2006.09.02
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ようやく暇になって来ました。ようやく新しい、名馬伝説書けそうです♪すごく書く気も起きてきました!!頑張ります!だから、みなさんも、名馬伝説への感想やコメントくれたら嬉しいです!!それと、本家のほうでは「5連単(秋の陣)」を行う予定です。ぜひ、みなさん参加してください!!お金とか、賞金とかはかかっていません。ただもし優勝した方はブログのトップページに表彰し続けますぜひぜひいらっしゃってくださいね♪応援お願いします!!こっちが元祖だぁあ!http://blog.livedoor.jp/upupdesu/携帯からも見れるから、ぜひぜひきてくださいね♪今後ともよろしくお願いします。
2006.09.01
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人気は8番 しかし、本命1番! 内枠ですんなり逃げれるうえに、前走は逃げれず外回って度外視。 相手には9番! 前走は重かった?
2006.08.31
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軸の10番連対するも、相手の3番かって、馬単逆~…。
2006.08.31
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ここは10番!鞍上魅力で、馬も良い感じ。相手一番手に6番。能力試験の結果よい3番は抑えかな。
2006.08.31
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こっちのブログに更新 大井第1レースは的中☆
2006.08.31
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今日はこれから大井競馬場へ! 楽しみ☆ 随時よそうと結果を元祖にのせます!ぜひみてね
2006.08.31
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最高の血統を持つ馬がいたことをあなたは知っていましたか?燃え尽きることもできずに引退していった馬がいたことをあなたは知っていますか?最高のサンデーサイレンスの後継馬をあなたは知っていますか?鬼脚ダンスインザダーク女傑ダンスパートナーの全弟として、デビュー前からものすごい期待をよせられていた馬。それがダンスインザダークである。さらに、兄にはエアダブリンと、まさに、期待されてもしょうがない血統であった。母、ダンシングキイはいわずとしれた名牝で、上記の馬以外にもダンスインザムードを輩出している。父もいわずとしれたサンデーサイレンス。通常の期待とはわけが違った。その期待にこたえるように、新馬戦は完勝であった。しかし、その内容は完成には程遠く、直線でよれたりしてしまっていた。2戦目重賞ラジオたんぱ杯へ向かった。しかし、ここで運命のライバルと出会う。同じ日の次のレースの新馬戦でデビューしていたウイニングチケットの弟。その名もロイヤルタッチ。ここで完成度の違いが出てしまう。ロイヤルタッチは早生まれ、ダンスインザダークは遅生まれ。ロイヤルタッチには切れる脚があったが、ダンスインザダークには、まだ切れる脚が備わっていなかったのだ。結果、3馬身差の完敗。イシノサンデーにも負けてしまう。どちらも正直、最終的には名馬とは言えない・・・・レベルの馬といえよう(ロイヤルタッチはG1を勝っていない。イシノサンデーはG1を2勝している。ただし、どちらも相手に恵まれた感がある。)しかし、ダンスインザダークは完成度で負けたのだ。ちなみに、ロイヤルタッチの主戦も、ダンスインザダークの主戦も武豊であった。今回勝ったのはロイヤルタッチである。しかし、武豊はこの先もダンスインザダークに乗り続ける。それはなぜか。天才だから。そういうこと。しかし、天才の天才たる由縁となる物語がある。武豊が北海道を訪れていたときに、実際にまたがってみた馬がいた。そしてその馬はダービーを意識させる背中だったという。それがダンスインザダークなのである。だから、ロイヤルタッチよりもダンスインザダークを選んだのである。4歳になり、きさらぎ賞に出走してきたダンスインザダーク。そこにはまた、ロイヤルタッチが。そして、再びの敗戦。しかし、上がっていくダンスインザダークの評価。それは良血であることと奥の深いレースをしていたことからであろう。そして、皐月賞への出走権をかけ、弥生賞へと挑戦する。このレース。ダンスインザダークが、武豊が期待していたとおりの能力を初めて発揮したレースとなった。タイキフォーチュンや、イシノサンデー、ツクバシンフォニーなどを抑えての重賞初制覇。そしてついに皐月賞へ!前走の結果のおかげで一気にクラシックの本命になったダンスインザダーク。期待がどんどんと高まる。実はこの世代にはもう一頭、最強と呼ばれてもよい馬がいた。バブルガムフェローこの馬は、スプリングSに勝利しクラシックの本命になってもよかったはずである。しかし、皐月賞を前に骨折してしまう。これにより、さらにダンスインザダークへの期待は高まる。しかし、皐月賞の週の月曜日。悲劇は起きた・・・・。まさかの熱発これにより無念の皐月賞回避。同厩舎のロゼカラーが一週前に熱発になりすぐに移動させたが、すでに同じウィルスに犯されていたのだった・・・・。結局皐月賞はイシノサンデーが制す。その後、ダンスインザダークはものすごい回復力で回復する。そしてダービーへの出走権を獲得するためにプリンシバルSへ出走する。これを軽く流して楽勝。そしてついにダービーへ。しかし、ここにも落とし穴が・・・・ダンスインザダークは、馬ながらに『天才』と呼ばれていた。そして、この世代にはもう一頭の『天才』が存在した。その馬は結果的にロイヤルタッチよりも、イシノサンデーよりも、どの馬よりもダンスインザダークを苦しめる。断トツの1番人気のダンスインザダーク。誰もが勝利を信じていた。そして、レースも直線にむいたときにダンスインザダークは先頭へ。このまま突き抜けてゴールだろう。そう思っていた矢先大外から何かが飛んでくる。わずかキャリア2戦の音速の旅人フサイチコンコルドである。「外からフサイチ、外からフサイチ、外からフサイチコンコルドダンスインザダーク 内のほうからメイショウジェニエ しかし先頭はダンスインザダークコンコルドだコンコルドだ 外から音速の末脚が炸裂する フサイチコンコルド!勝ったのは、フサイチコンコルド いま、いま一つの競馬の常識が覆された。なんとなんと、僅か3戦目でダービー制覇。 フサイチコンコルドです」実際に三宅アナウンサーの実況をのせました。この次の日の見出しは・・・。すぐに分かりますね。どのスポーツ新聞の一面も音速の末脚それほどの衝撃。長い脚を使うダンスインザダークはフサイチコンコルドの一瞬の最高の脚に屈した。3冠のうち一つは必ず獲れるといわれていたダンスインザダーク。残りは後一冠。勝つしかない。夏場に放牧し十分に休んできたダンスインザダーク。復帰初戦の京都新聞杯を勝利。そして迎えた運命の菊花賞。フサイチコンコルドが、カシオペアSで敗れたこともあり1番人気はダンスインザダーク。そしてついに発走。しかし、これがなんと追い込み馬にとってもっとも不利なレース展開超スローペース2度目の淀の坂に入るときもダンスインザダークは最後方。終わりか!?誰もがそう思ったことだろう。画面も、先頭を映し、ダンスインザダークは画面に映っていない。さらに第3コーナーあたりで前をふさがれ外に前にでていけない不利を受ける。しかし、武豊はあきらめない。作戦をすぐに変え逆にぎりぎりまで後方で脚をためる。先頭争いは、ロイヤルタッチとフサイチコンコルド。この2頭で決まりか。そう思った瞬間、アナウンサーが叫ぶ『おっ?ダンスきた。』『ダンスインザダークがものすごい脚でやってきた!!』3000m走った馬が出せる上がりじゃない。そのタイム実に33.8秒。恐るべしダンスインザダーク。まさに鬼脚である誰もがこの馬の今後はすばらしいものになるだろうと期待した。しかし、3日後に浅屈腱炎を発症し、そして引退・・・。あまりにも衝撃的な引退・・・。しかし、この馬はここで終わらない。サンデーサイレンスが急死し、熾烈化した後継種牡馬争い多くのSS産駒がいる中、ダンスインザダークは好スタートをきってみせた。ザッツザプレンティとデルタブルースを輩出し、親子G1制覇を2年連続で果たしたのだ。さらにはツルマルボーイなども代表産駒である。今後もこの馬の産駒は活躍し続けるだろう。第一の競争生活で、激しく、そしてあっという間に引退してしまったダンスインザダーク。せめて第二の競争生活では、ゆっくりと、そして末永く活躍してほしいものである。なんにしろ、ダンスインザダークの第二の競争生活はまだ始まったばかりなのである・・・。応援お願いします!!こっちが元祖だぁあ!元祖のほうもよろしくおねがいします!!
2006.08.30
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普通の日記やら雑談はこっちに書こうかな。名馬伝説、何を書こうか迷い中です。正直思いつきません。みなさん!良い馬を紹介してください(笑)ラインクラフトを書こうと思ったのですがいざ書こうと思っても、ツライですね。期待していただけに。「応援馬券」というのが近いうちに発売されるらしいじゃないですか!!!ぜひ、バランスオブゲームがいるうちにだしてほしいバランスには本当にお世話になってますからね。中山記念でも、宝塚記念でも。
2006.08.28
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2006.08.27
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昔、怪物であり、アイドルであった馬がいたことをあなたは知っていますか?引退するときに、曲までできてしまう馬がいたことをあなたは知っていますか?単なるG2に12万人も観客を集めた馬がいたことをあなたは知っていますか?大井の怪物ハイセイコーそれがこの馬の通称だった。そう。この馬もオグリのように地方出身だ。しかし、決定的に違うところがある。オグリが社会現象にまでなるには4レース必要としたがハイセイコーが中央に来ると決まった時は転厩初戦から大騒ぎになったのである。その数実に12万人という観客を動員したのだからやはりハイセイコーはすごい。それだけ期待されるのも当たり前かもしれない。ハイセイコーは、母が大井出身だったこともあり、大井競馬場でデビューすることになったのだが実は、ハイセイコーが大井で2着の馬につけた6レース合計の着差は56馬身にも及ぶらしい。これだけの馬だ。期待されてもおかしくない。もちろんハイセイコーはこの転厩初戦の弥生賞を制した。そして、スプリングSをも制して、皐月賞に出走。なんと、その皐月賞までも快勝してしまう。その後は、ダービーに向けて、NHK杯に出走する。その単勝支持率は、実に86%と驚異的にな数字であった。このレース、ハイセイコーは苦戦を強いられる。直線残り200mまでまったく伸びずもう負けたか?無敗神話は終わりをつげるのか?と思われた瞬間。真ん中をものすごい勢いで伸びてきて、ラスト100mだけで前の馬をごぼう抜きして見せたのだ。しかし、実際苦戦を強いられた感は否めない。アナウンサーも、残り200mのときに『もうあと残り200しかないよ!ハイセイコー負けるのか?』と連呼してるあたりから、誰もがハイセイコーの負けを覚悟していた。それでも勝利したことにより、ハイセイコーはやはり強い!と誰もが思ったことだろう。そして、次のレース、日本ダービーで単勝支持率66.6%というダービーでは異常な支持率を獲得したがついにハイセイコーの神話は終わりを告げる。タケホープの登場だ。この馬はハイセイコーの最大、最強のライバルである。タケホープとハイセイコーは実に9回もの対決をしている。結果は、ハイセイコーの5勝4敗となっている。そのタケホープに先着を許しただけでなく、1975年に天皇賞春を制することとなるイチフジイサミにも先着を許している。タケホープは人気のない馬であったが、主戦の嶋田騎手は「ハイセイコーも4つ脚ならおれの馬も4つ脚だぞ」と話していたという。 その後、ハイセイコーは不調に襲われる。京都新聞杯でも勝つことができず2着。次の菊花賞では長距離ということもあり、不利であったがそれでもハイセイコーはタケホープに鼻差までつめてみせた。しかし、負けは負けである。その後の有馬記念でも、タニノチカラをマークしすぎてしまい、結局3着。AJCCでもタケホープに負けてしまう。しかもこのレース9着という散々な内容であった。しかし、中山記念に出走するとやはり適距離では実力が違った!タケホープも逃げずに出走してきたが、2着に2秒差をつける圧勝!久しぶりの快勝である。その後、天皇賞春に挑戦するがやはり適距離の問題でタケホープに屈してしまう。ハイセイコーは宝塚記念に出走する。中距離では、実力がまったく違う!この宝塚記念。2着に5馬身差をつけ、レコードを2秒1も縮めてみせたのだ。さらには、2000m時代の高松宮記念も勝ってみせた。しかしその後は勝つことができず引退してしまう。この馬は、まさにタケホープと共に歩んだ馬と言えよう。引退の年もタケホープと一緒だったため、引退後の繁殖も比較されたがハイセイコーはカツラノハイセイコーが、父の悲願、日本ダービーを制覇するなど数々の名馬を輩出し名種牡馬の一頭として数えられたが、タケホープは一頭も活躍馬をだせず、引退後はハイセイコーの完勝だったといえよう。ハイセイコーは2000年に31歳で死去した。偶然にも、主戦騎手、増沢末夫氏が北海道を訪れていたその日であった。その後ハイセイコーの出世レースとなった大井の青雲賞はハイセイコー記念と名前を変えてレースが行われている。ハイセイコー父チャイナロック、母ハイユウ生涯成績:22戦17勝へぇ~と思った人はワンクリックください☆
2006.08.27
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新潟記念の予想UPしました。ぜひ見てくださいね♪本家のほうにありますので、そっちをみてください!!!キーンランドカップの予想は深夜にUPが予想されます!お楽しみに☆長老!!今回も勝ちますよ~(笑)
2006.08.26
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は元祖(もう移転しましたが)のほうでやりたいと思っています。携帯からアクセス可能になり前より投票しやすくなったかな??livedoorなんです!
2006.08.26
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元祖のほうのブログも移動となりました。livedoorです。livedoorなんです!これで携帯からも見れる!という完璧な考え!!携帯は、http://blog.m.livedoor.jp/upupdesu/index.cgiというアドレスです!どちらも今後ともよろしくお願いします!ランキングにも登録しなおしました!一から頑張るので応援お願いします!
2006.08.25
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名馬伝説を募集します!ぜひぜひ書いてほしい名馬をコメントに残してください♪管理人喜んでやります(笑)元祖を移転してみました♪
2006.08.25
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一人の騎手に栄光と終わりを告げた馬がいたことをあなたは知っていますか?どこまでも快速馬であり続けた馬がいたことをあなたは知っていますか?競馬ファンを競馬に熱中させ、そして競馬について深く考えさせた馬がいたことをあなたは知っていますか?悲劇の超特急キーストンあなたにとって心に残る馬とはなんですか?最強馬ですか?偉業を達成した馬ですか?連勝し続けた馬ですか?私にとっての心に残る馬は、何かを考えさせられる馬です。キーストン 父:ソロナウェー 母:リミットミッジ父は、名種牡馬で、多くの代表産駒を輩出していた。しかし、どの産駒もスプリンターで、キーストンもスプリンターとして考えられた。子馬のころの体格は、とても小さく(成長しても440kg程度だった。)さらに歩行もぎこちなかったことから、競走馬としては期待されていなかった。特徴といえば、人間の指示にしっかりと答え一生懸命走ることぐらいであった。しかし、いざ調教になると脚色が変わり、とてもきれいな走りをする馬でデビュー前には期待を集める馬となっていた。名前も快速馬として期待されていたことからペンシルヴェニア鉄道の超特急”キーストン号”の名前を与えられた。この物語を進めていく上で山本騎手の話をしないわけにはいかないだろう。昭和31年にデビューし、「関西のドン」も呼ばれていた武田文吾厩舎の専属騎手になった。今と違い、当時、騎手たちは自分の所属している厩舎の馬以外に乗ることはほとんど無かった。しかし、武田厩舎には、シンザンの主戦騎手も務めた、栗田勝も所属していた。そのため、山本に良い馬が回ってくることはないということは言うまでもない。山本は様々な厩舎を転々とした。そして昭和39年の夏、キーストンと出会った。武田調教師の薦めで、山本はこのひ弱そうな、小柄な馬のデビュー戦を任されることになる。キーストンは、その名にはじることない走りをデビュー戦から見せつけ実に6連勝という偉業をやってのけた。この連勝全てを大逃げで勝ってきたことからキーストンは快速馬の称号をほしいままにする。しかし、キーストンのレースを実際に見た人は、この馬の逃走劇のことを『悲壮感の漂う逃げ』と評している。何からそんなに逃げているのか。何がそんなにも恐いのか。そう思わせるほど一生懸命逃げ続ける。それがキーストンの走法であった。しかしながらこの連勝により、クラシックの本命の一角にまでなったのだ。もう一頭、その年のクラッシクには本命が存在した。順調に成長してきた、ダイコーターである。皐月賞の前哨戦スプリングSで二頭は初めて激突する。レースの結果は、前半から果敢に逃げたキーストンをダイコーターが楽々とさしきるという、キーストンファンにとってはあまりに衝撃的なレースであった。そして皐月賞。一番人気はダイコーター、二番人気がキーストン。しかし結果は、人気薄のチトセオーが1着、2着にダイコーター。キーストンはというと、まさかの14着に終わっている。こうなると競馬ファンの罵声はすごいもので『キーストンは終わった。』『早熟だったのだ。』などと、好き勝手に罵声が始まった。さらには山本騎手が乗り変わりの危機に瀕していた。キーストンにとっても、山本にとっても崖っぷちの日本ダービーとなった。当日の天気はあいにくの雨で、馬場は不良。快速馬にとって最低の条件だったといっても過言ではないだろう。人気はダントツの1番人気にダイコーターかなり離れた2番人気にキーストン第32回日本ダービーのスタート崖っぷちにたたされた大舞台でも、二人のレースは変わらない。いつもどおりの大逃げ。いや。いつも以上だったかもしれない。場内からは『飛ばしすぎだよ!』という声がわく。しかし、キーストンと山本にはこの戦法しかなかったのだ。直線にむいてもキーストンの脚色は衰えない。そしてそのままゴール板を一番早く駆け抜けてみせた。第32回日本ダービー馬 キーストンの誕生である。ここからキーストンの栄光の物語を始まると誰もが信じて止まなかった。そして山本にとっても最高の瞬間だった。その後は、菊花賞では距離適正の問題もありダイコーターの2着。菊花賞後は、ケガにも泣かされ5歳の時には4戦2勝と振るわなかった。鞍上も山本以外が乗ることも多くなってきていた。しかし、6歳になると3連勝し引退も決まったこともあって、再び鞍上は最高のパートナー山本になる。4連勝かかったレースも、見事に山本と勝って見せ、ついに引退レース阪神大賞典を迎えるのである。昭和42年、12月17日 阪神大賞典(3100m)5頭立てのレースでキーストンのためのレースと言っても過言ではなかっただろう。そのときまでの戦績が24戦18勝、2着3回という驚異的なものだったこともあり1番人気がキーストンであったことは言うまでもない。そしてついにキーストン最後のレースがスタート今までと違って、最高のパートナー山本を背に乗せ、気持ちよく逃げるキーストン。年はもう6歳(旧表記)であるが、その脚色に衰えは一切見えない。他の4頭は遠く遠く後ろ。誰もがキーストンの勝利を確信した。そして4コーナーを回って残り300mの直線に向いたときである。突然沈むキーストンの馬体そして、山本が宙を飛んでターフに叩き付けられた。キーストンももんどりうって、半転、一転。その横を他の馬が走り抜けていく。静まり返る場内。アナウンサーも、観客も、テレビの視聴者も、みんながキーストンを目で追った。テレビのカメラも先頭の馬など写していない。どの馬が一着でゴールしたかなどどうでもいいのだ。ただ、ただ、全ての人がキーストンを目で追った。山本は脳震盪を起こしていてピクリとも動かない。 キーストンの左前足は完全脱臼。今や皮一枚で繋がっている状態で、立ち上がろうにも全く用をなさない。騎手の方を向いて首を振りもがいていたキーストンはまわりから見ると山本の安否を気遣い、おろおろしているようだった。アナウンサーも『キーストンがおろおろしています。』とアナウンスしている。そして三本の足でやっと立ち上がり一歩ずつ山本のほうに向かっている。普通の馬だったらあまりの激痛にもがき苦しみ、冷静ではいられないのにキーストンはたったのだ!しかも、確実に一歩ずつ山本に向かっていく。最高のパートナーのもとへ。『もう歩かないでくれ!』『このままでは・・・。』完全脱臼したことが分からない観客はみんな心の中でこう思ったことだろう。それ以上無理をしては予後不良になってしまうと。アナウンサーは涙声となってキーストンを追った。テレビカメラすらキーストンの姿を追いつづけた。歩いてはいけない!最早手の施しようも無い完全脱臼とは人々も気づかない。まさか完全脱臼の馬が歩けるはずが無いのだ!キーストンは倒れている山本騎手の所に着くと、3本の脚で踏ん張りながら心配そうに鼻面を摺り寄せ、二度三度起こして立たせようとする。人々の目に、それはまるで、母馬が起き上がれない子馬を励まして、鼻面で優しく立たせようとしている姿に見えたという。キーストンによって、意識を取り戻した山本はキーストンに気づいた。申し訳なさそうな顔をする愛馬の顔を抱きかかえ、そして鼻面をなでた。『いいよ。いいよ。』こう伝えたのだという。そして逆に謝ったと後に語っている。キーストンの手綱を持っていた山本は、後ろからきた厩務員にその手綱を手渡した。そのときに、『頼むよ、早く、頼む・・・・』そう何度も厩務員に言ったと言う。安楽死。受け入れがたい事実ではあるが再生不能な骨折。そしてその激痛から早く愛馬を解放させてあげたいと思う山本から出た、悲しい言葉である。厩務員に連れていかれた山本の後を追うようにキーストンも同じ方向に歩いていこうとする。しかし、キーストンはやってきた馬運車に入れられそして、薬殺されてしまう。そのときの状況を当時の調教師はこう語る。『普通の馬だったら5分で死ぬところをキーストンは心臓が強かったこともあり15分かかった。しかし、他の馬と違い、暴れることなく、安らかに息を引き取った。』仕事上多くの馬のこういう状況に立ち会ってきた調教師ではあるがこのときはさすがに胸が引き裂かれるような思いだったという。なぜそんなに冷静でいられるのだ。なぜ死を受け入れられているのだ。こんな思いにかられたという。そして、山本騎手は意識が完璧に戻ってから愛馬の死を知って泣いた。さらに、栄光の中にいた山本騎手はそれ以来馬に乗ることができなくなってしまったのだ。騎手を辞めようとも考えたと言っている。しかし、それでも競馬からは離れられない。そして今では、調教師をしている。いまだにキーストンの話がでると涙が止まらない山本騎手。『これから騎手を続けても、あれ以上の馬に出会えない。人間として付き合った唯一の馬なのだから。』と山本騎手はキーストンとの思い出を振り返った。キーストンがなぜ最後まで冷静にいられたのかはいまでも分からない。いや、もう一生分からないのだろう。しかし、山本とキーストンの信頼関係。いや友情があったからこそ起きた奇跡なのだろう。一人の詩人はいった。『キーストンは他の馬が怖くて大逃げしたわけではない。勝つ為に逃げていたのではない。ただただ、自分の死から逃げていたのだ。』一人の競馬ファンはいった『俺は、今まで見てきたレースを全て覚えている。どのレースだってね。しかし、一つのレースだけ思い出せない。昭和42年の阪神大賞典の次のレースだけはね・・・・。』↑コメント待っています。そして、もし感動したら、このマークをワンクリックしていただけると管理人にまたまたやる気がでます★ちなみに・・・。サイレンススズカに騎乗していた武豊騎手もサイレンススズカが倒れそうになったときにまるで自分を守るかのように、折れた足でふんばって自分を落とさないでくれた。と語っています。やはり馬と騎手の友情はあるのですね。こっちのブログは、名馬伝説中心でいくことになりそうです。もし、ご希望の名馬がありましたらどんどん応募してください♪希望にこたえて随時更新していきます。コメントに残してくれたら嬉しいです。それと、ランキングは一つにまとめることにしました。やはりなごりということで元祖のほうに。なので、もし名馬伝説が本当によい記事でしたらそっちのほうをワンクリックしていただけると管理人が喜びます(笑)私も、みなさんがめんどくさい。と思わないぐらいに良い記事を書いていくつもりなので、宜しくお願いします!!!こっちが元祖だぁあ!
2006.08.24
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あなたは知っているだろうか。名馬サイレンススズカ、スピードワールド、キョウエイマーチ、ジェニュインなどが挑んで、影すら踏めずに完敗した馬がいることを。あなたは知っているだろうか。海外G1を含んで重賞八連勝を達成した馬がいたことを。あなたは知っているだろうか。引退レースで初めて連対をはずして涙を流した馬がいたことを。あなたは知っているだろうか。最強マイラーの名をほしいままにした馬を。その馬の名はタイキシャトル美しい栗毛に額の流星がトレードマークのこの馬は他の馬よりも少し遅い4歳(今でいう3歳)でのデビューとなった。新馬戦はもうなく、ダートの未勝利戦でのデビュー。このレースをなんなく勝つと、次のレースも圧勝。初の芝となった3戦目も圧勝。どれも、ほとんど追わずの圧勝劇である。4戦目で初めて2着と負けてしまうものの5戦目で初の重賞への挑戦。ユニコーンSこのレースにはダート巧者が何頭も出走してきていたためさすがのタイキシャトルも苦戦を強いられる。と思われたのだが・・・・・。終わってみればムチを1、2発打っただけで、他の馬との差は3馬身半と開いていた。では、相手が弱かったのではないか?そう思ってしまうであろう。いくらタイキシャトルとはいえ、ダートでは・・・・。しかし、そのレースの2,3着は、ワシントンカラーとオースミジェットである。この2頭の名前は聞いたことあるのではないだろうか?どちらも短距離ダートの重賞ウィナーである。決して弱いレースではなかったのだ。その後、タイキシャトルはこのままダート路線でいく。という話がでていた。やはり、ダートの重賞を勝ったのだ。それならばダートで。となるのは普通の考えであろう。しかし、マイルCSを最大の目標としていた陣営は、次のレースをスワンSに選んだ。初の古馬との対戦である。スギノハヤカゼ、サクラスピードオー、エイシンバーリン、フラワーパーク、ヒシアケボノオースミタイクーン、ロイヤルスズカこれだけのメンツがそろったスワンS。しかし、タイキシャトルはいつもどおりジワジワと進出して残り200mで先頭に立った後は古馬を全て力でねじ伏せて見せた。最高の形で迎えることができたマイルCS。自然と期待も膨らむ。ここでタイキシャトルに立ちはだかったのは、スピードワールド、キョウエイマーチ、サイレンススズカなどである。それでも勝てる。そう思われていた。レースが始まると、初めてのG1、さらに、このレースとスワンSだけコンビを組んだ、横山ノリという、いつもと違う雰囲気のせいかタイキシャトルが落ち着かない。キョウエイマーチが逃げたその後をサイレンススズカが突っつきレースはハイペース。いつものタイキシャトルならここにはついていかないのに後ろについていってしまう。1000m通過タイムが56.5秒という、超ハイペースの中レースは進む。最後の直線。前にいたキョウエイマーチとサイレンススズカは体力の限界。後退していく。変わりに先頭になったタイキシャトルも落ちていくと思われた。しかし、落ちてこない。むしろ突き放す。超ハイペースの中タイキシャトルは最後の直線でスパーして見せたのだ。結果は、タイキシャトルの圧勝。ここから、タイキシャトルの伝説が作られていく。その後のスプリンターズSも圧勝し、最優秀短距離馬の栄冠を堂々と獲得。そして、ついに海外遠征の話が持ち上がる。しかし、ここは安田記念を完勝してからという条件がついた。明けての初レースとなる京王SCはなんなくレコードで圧勝してみせ迎えた安田記念。前日からの大雨で馬場はグチョグチョ。こんなの体験したことないタイキシャトル。大丈夫なのか?誰しもがそう思っていた。相手には、香港からの刺客。オリエンタルエクスプレスがいた。この馬は海外の短距離馬の中でも一流な馬である。不安と期待の中で始まったレース。観客の不安は的中した。直線に向いても加速しないタイキシャトル。その横をオリエンタルエクスプレスが抜け出し先頭にたつ。もうだめか!そう思った瞬間、残り300mくらいでものすごい足で駆け上がってくるタイキシャトルオリエンタルエクスプレスをかわすと追いもせずに3馬身差つけてみせた。強い。その一言につきるレースである。観客からも「早くフランスに行ってしまえ~。」などと最高の褒め言葉をうけていた。しかし、陣営の苦悩は続く。海外挑戦は決めたもののレースが決まらない。シーキングザパールは、先にフランス遠征が決まっていたためそのレースとかぶらないようにしなければならない。その結果、選ばれたレースがフランスのドーヴィル競馬場で行なわれるジャック・ル・マロワ賞(G1)である。直線のみの1600m。これほどまでに難しいレースがあるだろうか。さらに一週前のG1でシーキングザパールが日本馬で初のG1制覇をしたこともあり当日タイキシャトルは1番人気に推される。そのときのことを岡部騎手はこう語っている。「前日にシーキングザパールが勝ったこともあり、異常なほどに期待されていた。僕自身も過去味わったことのないほどに緊張していた。」あの天才岡部騎手がこれほどまでに緊張していたのだ。しかし、その緊張も笑い話に終わる。見事勝利。しかし、1/2馬身差と決して余裕があったわけではない。天才岡部の実力があって初めて成しえた快挙であろう。日本に戻ってきたタイキシャトル陣営は、国内2戦で引退を表明。BC挑戦も考えたがスケジュール的に厳しかったために断念。結局、マイルCS、スプリンターズSで引退ということになった。マイルCSを完勝して、引退レースのスプリンターズSもちろん、誰しもが圧勝を期待している。なにせ12戦11勝で、マイルに関しては全勝してきた馬だ。引退レースの日に引退式も決まっており、さらには単勝1,1倍とまさにタイキシャトルのために準備されていたレースである。しかし、悲劇はおきた。まさかの3着。初めて連対をはずした。マイネルラヴとシーキングザパールに先着を許したのだ。走ることの意味を理解してから初めて味わった敗戦の屈辱。特製の馬服を身にまとい、栗色の美しい馬体を観衆の前にさらすタイキシャトルの目には確かに涙が浮かんでいた。かつてシンボリルドルフは天皇賞・秋でギャロップダイナに敗れたときに涙を流し、ナリタブライアンも天皇賞・秋で惨敗したときに涙を流したという。走ることの意味、勝つことの意味を知っている馬こそが負けることのない真の名馬であり、そのような名馬はまた、負けることがどんなことかも理解している。目の前の光景に驚きを隠せない観客。悲鳴もおきずただ、ただ静かだった。そして、引退式が始まる。タイキシャトルの生涯成績がターフビジョンに流れていたとき観客から罵声が起きる。最後のレース、つい先ほど負けたスプリンターズSの着順のところが1着となっているのだ。だれもが予想しなかった結末。ここまで無敵を誇ってきた最強馬が見せた初めてのモロさ。この敗北はタイキシャトルが次世代を担う馬たちに向けて「世代交代」のメッセージであり「競馬に絶対はない」という教訓を伝えたかったのかもしれない・・・・。 通算成績 13戦11勝[11.1.1.0]内海外 1戦1勝[1.0.0.0] 主な勝ち鞍 マイルチャンピオンシップ (1997、1998年)スプリンターズステークス (1997年)安田記念(1998年)ジャック・ル・マロワ賞(仏) (1998年) ぜひぜひワンクリックお願いします♪
2006.08.24
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競馬ファンのみなさま。顕彰馬をすべて言うことができるでしょうか?そもそも、何頭いるか知っていますか?答えは27頭です♪そしてその馬すべてを言うことができますか??今回はすべての馬をあげていきましょう。クモハタ、セントライト、クリフジ、トキツカゼ、トサミドリ、トキノミノル、ハクチカラセイユウ、シンザン、グランドマーチス、ハイセイコー、トウショウボーイミスターシービー、シンボリルドルフ、メジロラモーヌ、コダマ、スピードシンボリ、テンポイント、マルゼンスキー,メイジヒカリ、オグリキャップ、メジロマックイーントウカイテイオー、ナリタブライアン、タイキシャトル、タケシバオー、テイエムオペラオーなどが名を連ねている。こう見ると、選ばれている馬に異論はないがなんでこいつ選ばれてないの??って馬は何頭かいるかもしれない。みなさんの見解はどうだろう?また、顕彰馬にはすべて副タイトルがついている。みなさんはどれだけの頭数の副タイトルをお分かりだろうか??ひとつずつあげていきたいと思う。クモハタ 栗毛の貴公子セントライト 黒鹿毛の勇者 クリフジ 最強の牝馬トキツカゼ 名牝 トサミドリ 希代の名馬 トキノミノル 幻の馬 ハクチカラ 栗毛の国際派セイユウ アラブの怪物シンザン 最強の戦士グランドマーチス 飛越の天才 ハイセイコー 国民のアイドルトウショウボーイ 天馬 ミスターシービー 奇跡の豪脚シンボリルドルフ 七冠馬 メジロラモーヌ 牝馬三冠 コダマ 夢の超特急 スピードシンボリ 時代の先駆者 テンポイント 流星の貴公子 マルゼンスキー 夢のスーパーカー メイジヒカリ 黄金の脚オグリキャップ スーパースターメジロマックイーン 最強のステイヤートウカイテイオー 不屈の帝王ナリタブライアン シャドーロールの三冠馬 タイキシャトル 日本の誇るマイラータケシバオー、テイエムオペラオー最後の2頭についてはまだついていないようです。しかし、どういうネームセンスをしているのだろう??って思うのありませんか???夢のスーパーカーと、夢の超特急じゃあ絶対特急のほうが早い気がする・・・・(笑)
2006.08.24
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あの馬は強かったなぁ。。。相手に恵まれた3冠とはよく言われるけどそれ以上に強かった!!朝日杯をかってそのまんまクラシックで活躍できる馬は最近じゃあ全然見ないし。相手に恵まれた3冠でもさ皐月賞とかはレコードなわけだし有馬記念でもヒシアマゾンやライスシャワーに圧勝なわけだし。強いもんは強い!!!5歳(旧)の初戦の阪神大賞典だって、ラスト3Fが33.9だよ??強いねぇ・・・。大久保調教師は、散々非難されてたよなぁ。高松宮杯でたことを。でもさ、あれは、早い競馬を体験させることで馬のやる気を復活させようとしたんじゃないか?って案もあるよね。つまり、最後まで大久保さんはブライアン復活にかけてたってことでしょ?逆に馬思いだし、思い入れの強い人なんだろうなぁ。ナリタブライアンってさ、あのシャドーロールがかっこいいんだよねぇ☆↑新しく移動しました。応援お願いします♪
2006.08.23
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今まで見てきた中で一番印象的でかつ一番好きな馬。それがミスターシービーである。追い込んで制した皐月賞、日本ダービー。そして挑んだ菊花賞。いつもどおりの後方待機・・・・かと思いきやまさかの淀の下り坂でのラストスパート!!追い込み馬が直線むいたときには先頭に並んでいる。そしてそこからは後続を離していくだけ・・・・。衝撃的なレースだ。それ以降は、シンボリルドルフなどの出現によって勝ち星が遠のくが初の2000mで行われた天皇賞秋で見事復活V最後までシンボリルドルフに勝てず、たいしたレベルではない3冠馬といわれたこの馬が大好きだ。今でも、ついつい追い込み馬を見ると応援してしまう。あの不器用なレース展開が大好きだ。そう!だから競馬が当たらないんだね!なんかわかった気がした。これからは追い込み馬ばっかり買うのはやめよ。
2006.08.23
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