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ビブラートは、声に周期的な「揺れ」をつくるテクニックです。音程の変化によるもの、音色の変化によるもの。いくつかの種類が有りますが、だいたいは、音程の変化によるものです。普通は、半音以下の揺れ幅で動くものを「ビブラート」と呼びます。それ以上の音程の揺れ幅のものは、ビブラートとは云わず、「トレモロ」という、音型を歌っている事になりますが、演歌を歌う人などは、4度や5度と云った強烈な揺れ幅のものを、ビブラートとしてかける人もいます。揺れるピッチの方向も様々で、歌い手のビブラートで、その歌い手のセンスや、楽曲に対する解釈を伺う事が出来ます。最近のアーティストなどは、ろくに歌唱法のトレーニングを行わず、「感覚重視」で歌うので、このビブラートを使えない人があまりに多いですね。それを、とやかく云うつもりも有りませんが、上手な歌手は、フレーズの終了を大変に美しい「ビブラート」で締めくくります。フレーズの終わりと云うのは「コンクルージョン」なのです。たとえ、どんなに「内容」が立派でも、「コンクルージョン」で心を掴まなければ、すべて、「台なし」だと思います。宇多田ヒカルのお母さんである「藤圭子」さんと云う歌い手さんは、このビブラートが大変上手でした。これは、歌唱の遺伝子というものは引き継がれるものではなく、やはり「訓練」によるものではないかということです。宇多田ヒカルの歌はわたしも好きですが、あの「縮緬ビブラート」が全米で受け入れられる事は、まず、ないでしょう。。。面白いことに、この親子関係は松田聖子親子にも当てはまります。先日、SAYAKAの歌声をラジオで耳にしたのですが、声質がやはり親子なのですね。大変似ていたので聖子ちゃんの方だと思って聴いていました。ところが、フレーズの終わりのビブラートで、その歌声が娘の方であることに気がつきました。SAYAKAも「縮緬ビブラート」を駆使する歌唱法だったのです。逆に、母親の聖子ちゃんは全盛時代も「歌が上手い歌手」という評価は必ずしもされていなかったと記憶していますが、彼女のビブラートはなかなか「上手に終わるコンクルージョン」です。彼女の歌に対する「想い」を感じ取る事が出来ます。こうしてみると、どうも、、ビブラートの価値を、きちんと認識してトレーニングが展開されることがなくなってきているのではないかと思えます。しかし、「ボサノバ」のような楽曲を歌う際には、ビブラートは原則的には「かけない」のが通説です。楽曲のスタイルによって、ビブラートの重要性は異なって来るものです。ようするに、ビブラートと云う技術をコントロールしなくてはならないわけですね。もちろん、歌い手にとって「ビブラート」だけが技術ではないのですから、それだけで、「だめだ」と決めつける事はないのです。自分の表現したい事を、きちんと音楽で表現することが出来る宇多田ヒカルは、やはり素晴らしいアーティストなのでしょう。彼女には、なんとも言えない独特の可愛らしさが有りますから(笑)。そんなことさえ、表現出来ない歌い手がたくさんいます。女としてのかわいらしさを歌に表現することができないということは、ロクな私生活を送ってない証拠です。それじゃあ共感されないと思います。色気とかではなくて、同性から共感されるような魅力の事です。「もっと恋をしなさい」って云いたくなる人がたくさんいますね(笑)。あなたも、お気に入りのアーティストの「ビブラート」を注意して聴いてみては如何でしょう。。。。
2005年02月27日
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