わたしのブログ

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2015年12月24日
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離れて知る畳生活の合理性とその効用。

畳の魅力。

若い頃の僕は、畳のない生活に憧れた。

テーブルと、椅子。西洋文化の香り・・・

畳に座って、ちゃぶ台( 卓袱台アレ~、漢字があるんだ・・・

畳に座る ダサいな と思っていた が・・・

畳を捨てない日本人は、その効用を知っていたんですね。

畳に襖 僅かの広さに大勢集まり収容可能。

昔の結婚式は畳の部屋で、伝統的食台を用いた。ご存知の筈

宴会だってそうだった。

夜ともなれば、布団を広げて・・・

ベッドのように転げ落ちる事は起きようがない

___ 思い出・スキー場の宿は畳だった、小学の子供4人に大人4人。

友人夫婦と全8人:友人の奥さんたちが部屋に紐を張って、濡れた衣服を乾した。

子供たち4人は、昼間のくたびれで仰向けに寝転がって、夕食を待っていた。

部屋の外へ出る為には、子供たちの枕元を 跨ぐ様に歩くしかない。

その奥さんは、子供たちに向かって言った・・・

 好い物 見えた ?・・・」   アハハ___

友人夫婦とは50年近い付き合いになります・・・

余談   思い出した・・・

 ~~~

畳の生活を離れて17年程度なのに、

気が付きました!

座ると、立ち上がる為には、当然 太股の筋力を使う

ベッドに椅子なら、立ち上がらなくても歩ける。

畳生活は、立ち上がってからでないと歩けない。

歩くには、先ず畳から離れなくてはなりません。

一方、ベッド生活は、万年床、立ち上がる必要なない。

ひょいと、腰を浮かせば歩く行為に移れます。

脚が弱る。

だから、欧米人は脚が細くて弱いのです。《 と、気が付いて 決め付けた

___まるで新発見したようナ物言いアハハ___

ポパイの恋人の脚は針金ですね。

欧米人・・英国人の半ズボン姿の脚を思い出して・見てください。

針金、細い棒のようですね。

従って足腰が弱い。

海兵隊あがりのジョセフ君,上半身と、二の腕強力だったが、

脚が弱かった、競歩にも慣れていない。

英国がグルガ兵を重宝したのは、日本兵もそうですが足腰が強かった。

昔の戦争は基本的に馬で無いなら、自前の脚。

武道の基本も、特に相撲は脚に腰。

足腰が肝心。

しかも、 素足が基本。

欧米人の靴選びの大変さ観察して解った。《猛烈時間が必要らしい~~

足の横幅も狭い★あのチャップリンの靴を思い出してください。

下駄に草履 何と素晴らしい  足指に力が付きます。

靴では不必要な筋肉が発達します。

先ず!太股が 強化されます。

トイレの便器も和式が 優れている。《太股の為には!!!

ヲシュレット式;椅子ですね。

これは最高に優れていますが、 太股の出番は無い。

畳を離れて僅かな期間に 太股が極端に弱って、

正座したら 立ち上がれなくなった 。驚愕した

以上の見地から 畳の効用。。。。

何しろ新品の畳の香りは 落ち着きを与えます。

昔から言いますね・畳にnyouboは、新しいほど良いって。

和室は不可欠だと 言いたかったのです。

昔は車椅子など必要なかった。。。。。。






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Last updated  2015年12月25日 05時39分12秒
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Re:畳の魅力。離れて知る畳生活の合理性とその効用?!(12/24)  
ウーテイス  さん
一般的に、ネパールのグルカ族出身者で構成される山岳戦・白兵戦に非常にたけた戦闘集団であると考えられているが、実際にはグルカ族なる民族は存在せず、マガール族、グルン族、ライ族、リンブー族などの複数のネパール山岳民族から構成されている。
また「グルカ」とは「ゴルカ」(サンスクリット語発音:gau raksha)の英語訛りであり、イギリスが英・ネパール戦争当時、ネパールのことを「グルカ」と呼んでいた(当時のネパール王国を支配していた王朝がゴルカ朝だった)ことによる。
なお、グルカの意味は『牛を守る者』である。
歴史[編集]
成り立ち[編集]
19世紀、ネパールとイギリス東インド会社軍との3度にわたる戦争(英・ネパール戦争)の停戦条約が締結される際に、ネパール山岳民族特有の尚武の気性と白兵戦能力、宗教的な制約が小さい点(ヒンドゥー教徒のインド人は宗教的な制約が多いため近代戦の兵士に向かず、運用に不自由をきたしていた)に目をつけたイギリス東インド会社は、グルカ兵が傭兵として同社の軍に志願することをネパールに認めさせた。
その後、セポイの乱が発生すると、ネパールは14,000人のグルカ兵を派遣し、イギリス軍が行った鎮圧戦で大きな戦力となり、後に発足した英印軍では、シク教徒・ムスリム系インド人・パシュトゥン人などとともに重要な地位を占めた。その後も第二次世界大戦においては日本軍とも交戦した他、イギリス連邦占領軍として日本の占領任務や朝鮮戦争にも従事した。 (2015年12月25日 05時49分30秒)

Re:畳の魅力。離れて知る畳生活の合理性とその効用?!(12/24)  
ウーテイス  さん
一般的に、ネパールのグルカ族出身者で構成される山岳戦・白兵戦に非常にたけた戦闘集団であると考えられているが、実際にはグルカ族なる民族は存在せず、マガール族、グルン族、ライ族、リンブー族などの複数のネパール山岳民族から構成されている。
また「グルカ」とは「ゴルカ」(サンスクリット語発音:gau raksha)の英語訛りであり、イギリスが英・ネパール戦争当時、ネパールのことを「グルカ」と呼んでいた(当時のネパール王国を支配していた王朝がゴルカ朝だった)ことによる。
なお、グルカの意味は『牛を守る者』である。
歴史[編集]
成り立ち[編集]
19世紀、ネパールとイギリス東インド会社軍との3度にわたる戦争(英・ネパール戦争)の停戦条約が締結される際に、ネパール山岳民族特有の尚武の気性と白兵戦能力、宗教的な制約が小さい点(ヒンドゥー教徒のインド人は宗教的な制約が多いため近代戦の兵士に向かず、運用に不自由をきたしていた)に目をつけたイギリス東インド会社は、グルカ兵が傭兵として同社の軍に志願することをネパールに認めさせた。
その後、セポイの乱が発生すると、ネパールは14,000人のグルカ兵を派遣し、イギリス軍が行った鎮圧戦で大きな戦力となり、後に発足した英印軍では、シク教徒・ムスリム系インド人・パシュトゥン人などとともに重要な地位を占めた。その後も第二次世界大戦においては日本軍とも交戦した他、イギリス連邦占領軍として日本の占領任務や朝鮮戦争にも従事した。 (2015年12月25日 05時49分31秒)

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