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人々を操るため、支配者たちは幻影を見せてきました。その仕組みの中心に位置しているのが教育と報道だと言えるでしょう。支配層にとって都合の良い考え方、価値観を植え付け、その価値観に基づく偽情報を流して感情をコントロールしているわけです。幻影の呪縛を解く唯一の手段は事実です。「櫻井ジャーナル」に存在する価値があると感じられたなら、存続できるように御支援をよろしくお願い申し上げます。
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天下兼相愛則治、交相惡則亂(墨子、巻之四)
順天意者、義政也。反天意者、力政也。(墨子、巻之七)
天下有義則治、無義則亂。(墨子、巻之七)
天下は人々が相愛すれば治まり、互いに憎しみあえば乱れる
天意に従う者は義に従って正す。天意に背く者は強制する
天下に義があれば治まり、義がなければ乱れる
#1 『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』三一書房、2005年

三一書房創立60周年記念出版。アメリカの権力者が行なってきた戦後の秘密破壊工作(テロ活動)の実態を具体的に検証する。「読書人」「共同通信」など各誌賞賛。自分のいる足場に深淵がひらくような衝撃にみちる一冊。付録としてキューバ侵攻作戦の「機密文書」収録、秘密破壊工作に関する全事項と関係者をインデックス化。人物ダイヤグラムも多数。
#2 『アメリカ帝国はイランで墓穴を掘る』洋泉社、2007年
イランの問題はイスラエルの問題と表裏一体の関係にある。イラン攻撃を狙うアメリカの新保守/神保守(親イスラエル派)は勢いを失ったが、消え去ったわけではない。イスラエルに軍事強硬派政権が存在し、プーチンにロシアから追い出されたエリツィン時代の「富豪」もロンドンとイスラエルを基盤に暗躍する。
ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のウラジーミル・アレクセーエフ第一副局長が2月6日、モスクワの自宅前で背後から狙撃されて数発が背中に命中、病院へ搬送された。重体だとされている。
アラブ首長国連邦のアブ・ダビで行われているロシア、アメリカ、ウクライナの3カ国による会談へ派遣されたロシアの代表団はGRUのイーゴリ・コスチュコフ局長が率いていることから、今回の暗殺未遂はその代表団に対する攻撃と見做す人もいる。
アブ・ダビでの会談はすでに2度開催されているが、その直後、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーは次回会合について、「おそらくアメリカで行われるだろう」と述べたが、これは会談を打ち切りたいという意思表明にほかならない。
この会談ではウクライナ戦争終結に向けての取り組み、公正かつ永続的な平和の実現に貢献するOSCEの潜在的な役割について議論されたと言われているが、この交渉に合わせてアレクセーエフを銃撃したグループが存在するわけだ。ロシアの重要人物を殺して感情的な行動をとらせて戦争を続けさせようとしたのだろう。
ウクライナに対してロシアとの戦争を続けるよう圧力をかけている勢力のひとり、マーク・ルッテNATO事務総長は2月3日、ウクライナ最高会議で演説、ロシアとウクライナの和平協定が締結され次第、直ちにイギリスとフランスで構成されるNATO軍をウクライナへ派遣すると宣言した。ロシアが軍事行動に出た理由はNATOの東方への拡大、つまり新たな「バルバロッサ作戦」を止めるためだ。ルッテはウクライナでの戦争を続けさせようとしている。銃撃はその3日後だ。
ルッテは演説を「ウクライナに栄光あれ!」で締めくくったが、これは第2次世界大戦当時、ファシストが使っていたスローガン。ルッテも和平を望んでいない。
ウクライナの治安機関SBU(ウクライナ保安庁)は以前にも戦争を終えるために行われていた交渉を潰すため、交渉団のメンバーを暗殺したことがある。2022年2月24日にロシア軍がドンバスに対する攻撃をはじめたが、その直後からトルコやイスラエルを仲介役として停戦交渉が始まり、合意に達している。 仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話している 。
ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。 SBUはその3月5日、キエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。
停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達していた。その際に仮調印されているのだが、 「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している 。
こうした和平交渉を止めるため、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンが2022年4月9日にキエフへ乗り込み、ゼレンスキー大統領に対して戦争継続を命令( ココ や ココ )、4月30日にはアメリカ下院のナンシー・ペロシ議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。
ウクライナでの戦乱は2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使い、暴力的にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したところから始まる。このクーデターはキエフで実行されたのだが、ヤヌコビッチの支持基盤である東部や南部の住民はクーデター体制を拒否、南部のクリミアは素早くロシアと一体化し、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まったのだ。その際、ネオ・ナチの集団はオデッサで反クーデターの住民を虐殺している。
ヘンリー・キッシンジャーも説明しているように、ロシアの歴史はキエフで誕生したキエフ・ルーシで始まる 。宗教もそこから広がり、ウクライナは何世紀にもわたってロシアの一部だったが、その前から両国の歴史は複雑に絡み合っていた。
東部や南部はソ連時代、住民の意思に関係なくロシアからウクライナへ割譲されたのだが、その当時はソ連という同じ国だったことからロシアとウクライナは行政区画の問題にすぎず、大きな意味はなかった。
1991年1月20日にクリミアではクリミア自治ソビエト社会主義共和国再建の是非を問う住民投票が実施され、94.3%の賛成多数で承認されているが、その半年後、ウクライナの最高会議で独立宣言法が採択されて問題が浮上する。
ウクライナを征服しようとしていた西側諸国はクリミアの住民投票を無視、ウクライナの独立は認めた。こうした動きを潰すためにキエフ政権は特殊部隊を派遣してクリミア大統領だったユーリ・メシュコフを解任、クリミアの支配権を暴力的に取り戻している。
1991年12月8日にはロシアのエリツィン大統領、ゲンナジー・ブルブリス、ウクライナのウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ビトルド・フォキン首相、ベラルーシのソビエト最高会議で議長を務めていたスタニスラフ・シュシケビッチとバツァスラフ・ケビッチ首相がベロベーシの森で秘密会議を開き、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決め、ソ連は消滅。ロシアとウクライナは行政区画の問題ではなく、国の問題になった。
日本にも「ウクライナ人」という均一な集団が存在していると考えている人がいるようだが、実態は違う。ロシアとウクライナは人の交流も盛んで、親戚はそうした区域をまたいで広がっている。特に東部や南部ではロシア語を話し、ロシア文化の中で育ち、ロシア正教を信仰、自分たちをロシア人だと考えている人が多いのだが、ウクライナではクーデター後、そうしたロシア文化圏の人びとを粛清する動きが強まり、東部や南部では武装抵抗が激しくなる。
クーデター直後、キエフのクーデター政権の基盤は弱く、ドンバスでの戦闘は反クーデター軍が優勢だった。そこで西側諸国は停戦を持ちかけ、ウクライナ、ドネツク、ルガンスク、ロシアは2014年9月と15年2月に停戦で合意している。いわゆるミンスク1とミンスク2だ。
この合意を利用してNATOはキエフへ兵器を供与、現役の兵士だけでなく青少年に対する軍事訓練を実施、戦力を増強した。ミンスク1とミンスク2が戦力回復のための時間稼ぎだったことは アンゲラ・メルケル元独首相 や フランソワ・オランド元仏大統領 が認めている。
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