恐竜境に果てぬ序章第3節その3

『恐竜境に果てぬ』序章第3節・試運転その3「対決 ! タイムマシン VS. パトカー2」

私たちの視界は、一見フロントガラスにそっくりのスクリーンに映る景色がすべてだった。マシン側面、背面共に厚い装甲で閉ざされていた。
無論バックミラーはない。原始の巨獣境で車体外部にミラーを取り付けても、いつまでも無事という保証はない。
なお、この前後、まだ試運転第一回目についてである。

後方の景色は、田所の操作一つでスクリーンの一部に長方形の後方風景が現われたし、背後に何か危険が迫る時は、緊急ランプが点滅しブザーが鳴ると共に、同様にスクリーンの一部が割れて、そこに景色が映るようになっていたが、これが作動したのは今のところ、先刻の試運転中だけだった。

マシン高原帰還

田所が第一回目の試運転終了と、簡単な今後への行動説明を告げてまもなく、マシンはテレポーテーションして、一瞬後、私たちは田所の自宅付近の叢林(そうりん)の中にいた。
フロント・スクリーンの景色が一変した。どこまでも続く舗装路と、迫り来ては去りゆく周辺の樹木、そしてかすみがかって遠方にそびえ立つ山なみ、それらが瞬時にうっそうたる森林風景と化し、しかもせわしない道路風景が消えた途端に現われた高原の景色は、まるで静止画のようだった。あたりをある種の静寂が包んでいた。それが、マシンの空間移動を知覚出来るすべてだった。

このことにつき、気になることがあり、私は田所に一つ質問をした。
私「田所のことだから、マシンの改良なんかにも常にぬかりがないと思うけどさ、今の空間移動では、あの身体がねばつくような感覚がしなかったようだけど、やっぱり性能アップしたのか ? 」
田所「気付いていたか。その通りだ。と言うよりも、この機能は既に装備してあったのだが、何しろキャタピラによるマシンの震動そのものが居住性の欠陥とも言える運動性だから、正しくは使わなかったということだ。
村松は小学校時代、初代、いわゆる0系新幹線の試運転に参加したのだったな」

私「ああ、懐かしい思い出だな。田所の言葉をつぶすつもりじゃないがよ、俺のころは『夢の超特急』って呼んだな。中にはこれが早口言葉みてえに言えなくて、『夢のトーチョッキュー』って呼ぶヤツもいてな、これはこれで今じゃやっぱり懐かしい思い出だ」
田所「あの時、トンネル通過時に耳がツンと痛くなる感じを何度も味わわされただろう」
私「おお、よく覚えてる。あ、そういえば、あのあと、そんな不快感はなくなったわけだよな」
田所「要は気密性だ。トンネル進入時には車内気圧が瞬時に変化する。耳が痛くなるのはそのせいだ。無論、新幹線は気密構造だから、不快感は解消されている。村松が乗った時は、試運転の名の通り、国鉄があえて気密性の低下実験を行なっていたのかも知れぬな。いや、正確なところはわからぬ」

私「でもよ田所、このマシンの空間移動は、別に新幹線みたいに高速運転するわけじゃねえだろ」
田所「もちろんだ。これもタイムマシン開発と共に明らかになったことなのだが、空間移動の時は、新幹線の高速運転とは違うものの、ある程度の距離を瞬時に移動するから、この瞬間、時空間を極度に圧縮するような物理現象が起こる。
それが感覚的には身体にねばつく感触となる。だがこれを解消する手段が、気密構造ならぬ『慣性遮断スクリーン』だ。村松、これもお前をあなどるわけではないが、この話、続けてもいいか ? 」

私「おお、ぜひ聞きてえ」
田所「UFOが鋭角ターンなどを行なっても、乗員は本来起こるはずの慣性の法則による力学的影響を全く受けない。UFOの中でコーヒーを飲んでいるさいちゅうに鋭角ターンしても、コーヒーはこぼれるどころか、容器内で液面が自然にゆれ続けるばかりだ。同時に、慣性遮断が身体にねばつく感覚をも解消している。重力制御の実現と共に可能になる副次的現象だ。このマシンもその機能を備えている。ただし、空間移動する時は、マシンは三次元空間を高速で動くわけではないから、慣性制御はしてもしなくても、身体に致命的打撃を受けることはない」

私「なるほど。すると田所は、意識してその両方の操作をやってたってことか」
田所「うむ。人間というものは、居住性ばかり追及していると、周囲の環境変化に鈍感になることもある。これから向かう恐竜境ならなおさらだ。ゆえに俺は空間移動の時は、必要に迫られぬ限り、この運動を体感出来る状態のまま行なったほうが良いと考える」
私「ふうむ。その重力制御とか慣性何とかってヤツは余りわかんねえけど、五感をとぎすます考えには同感だ」

田所「さて、このまま通常走行で俺の仕事場へ戻る。あそこは様々な機器が作動して、室内の空気を揺らせているから蒸し暑い。マシンを降りてしばらくは、村松の自宅に帰還する操作に時間がかかるから、軽装に着替えるのだが、そのうち自作のクーラーでも備えつけるか」


試運転中と帰還後、田所は私からするとやや面倒な事後処理としての操作を行なっていたが、実際、仕事場は巨大な電子レンジ内部のように暑い。試運転出発直前に、田所は私に探検用の服装に着替えさせる前に、自分も束の間軽装への着替えを行なって、仕事場のマシンの前に立ったが、一つには少しでも涼を取るためでもあった。
それから試運転に出ている途中、一旦仕事場にテレポートさせた彼の自家用車を再び私の自宅へ空間移動させ、試運転を終了し、田所の自宅仕事場へ帰還後、私たちはまた着替えをした。田所はワイシャツに背広のズボン、私はジーンズの上着にズボンという、いつも通りの対照的なお互いの服装だった。

試運転出発前のお見合い090130

次に田所はマシンと連動させた特殊な時計を操作して、時間調整を行ない、いよいよ私たち二人の身体を同時に私の自宅二階の部屋に、出発時刻ピタリにテレポートさせた。

田所と村松20080707

何んとも妙な感じだった。
私はその時既にすっかり忘れていたが、田所と私は出発時のお互いの位置、彼の使う言葉で言う『座標』位置に正確に戻っていた。

もっとも彼によれば、今回こそ初めての試運転なので、細かいところまで周到な準備を期して、一種のアリバイ作りのようなことを行なったが、どうやらすべてを今後繰り返す必要はないようだとのことで、省いて支障ない事柄が幾つかあると言った。もちろん私にはほとんどわけがわからなかった。
田所とはそのあとしばらく雑談したが、やがて軽く別れを告げると、彼は愛車インテグラに乗って私の家を去った。

・・・・・・・・・・

数日後、二階アトリエ(元の教室)の机のすぐそばの電話が鳴った。かねての段取りだった。階下で両親のいずれかがうっかり電話に出ないよう、すぐに受話器を持ち上げてそのまま元に戻した。つまりコールを聞いたらすぐ切るという約束だった。
ほどなく田所が陽炎のように現われた。
さらに彼はいきなり切り出した。

田所「出発前に、『時空線』を調整しておかねばならぬ。だが村松、この手の実験は、よほどの歳月でもかけぬ限り、出発を急ぐ必要は全くない。
そこで差し支えなくば、『時空線』の話を、ごく簡単にさせてもらいたいのだが」
私「望むところだ。『時空線』なんて、初めて聞く言葉だし、俺も少しは理屈ってものを知っておかねえと」

田所「よし。妙な例を出すようだが、話がしやすいから、古典物理学の代表と言える、イギリスのアイザック・ニュートンを引き合いに出す。もちろんニュートンの時間概念は過去のものだが、だからと言ってこれはニュートン力学を批判、非難するものではない。現に今の高校の物理学でも、ニュートンの法則を教えているのは周知のことだ。その力学の問題一つ解けぬ高校生がうようよしているのも事実だ」
田所は取り出した紙片に、直交する二本の直線を描いた。ちょっと見たところは、中学でもやる関数のグラフのx軸とy軸に見えるが、彼の説明はそうではなかった。

時間座標古典解釈

田所「極めて雑な書き方だが、この横軸を『xyz軸で出来た我々の住む三次元世界』とする。そして、これと直交する縦の直線に、まあこれも乱暴過ぎる表現だが、『t軸』と名づけ、『時間軸』とする。つまりこれがニュートンあるいは同じイギリスの作家、H・G・ウェルズの考えた時間旅行の世界だ。もちろん、これは間違っている。なおウェルズはニュートンより一歩進んだ『時空』概念を取り入れていると言う学者もいるが、過去を変えると未来も変わるという考えにおいては間違っている」

このくらいの理論なら私にもわかった。
私「要するに、過去を変えると未来が変わることはないんだよな。時間軸がただの一直線だとそうなるけど」
田所「その通り。さて、俺がこれまで経験と実験から確認した時間旅行の世界は・・・」

そう言いながら、もう一枚の紙切れを前に、彼はほんの少しためらうような顔をしたが、やがて見た目には先ほどと全く同じ図形を描き始めた。と、思うまもなく、先ほどはただ一本引いた縦軸を、その一本以外に一気に10本ほど、それも10本すべて基準の縦軸に平行に描いた。私は意味がわからなかった。
田所はさらに、先ほど描いた横軸に『xt軸、yt軸、zt軸』と並べて、それもわざと狭い間隔で描いた。そして、それと直交する10本の縦軸に左から順に『wt1~wt10』と名づけた。

田所の時空座標系

田所「実際に恐竜を現代に呼び出したりしておいて、今からこんなことを言うと、奇妙に思うだろうがな、これでもまだ俺の仮説に過ぎない。なお、アルファベットの『w』は『world』つまり『存在の可能性のあるパラレル・ワールドを連想させるための記号』だ」
私「田所。今口をはさんでいいか ? 」
田所「構わぬ」

私「お前が描いた10本の直線が10個のパラレル・ワールド・・と見たけど・・」
田所「うむ、ある意味で正しい見方だ」彼は名答ではないという含みで言った。
私「その一本ずつが一つ一つの『世界』だとすると、結局、時間旅行の理屈は、H・G・ウェルズのようになるんじゃねえのか ? 」

田所「そう見られても当然だが、事実は違うのだ。先ほど俺は『時空線』という言葉を使ったよな。これは俺が勝手に名づけた専門用語で、仮説の域を出ない理論の構築のための便宜上の言葉だ。もう随分前のことだから忘れたかも知れぬが、俺は空間と時間を切り離して物質の存在領域を考えることは不可能か無理が出ると言った」

私「いや、負け惜しみじゃなく、覚えてる。確か田所は過去から未来へ流れる『時間』というものが独立して存在することはなく、言わば『時空』と表現すべきだと言ったと思った」
田所「よく覚えていたな、その通りだ。しかし、時空という響きから、時間と空間をミックスした言葉との意味にとらえるとしたら、それも間違いだ。

それでもあえてイメージしやすく言うなら、時間とは、存在する物が何かの行動をした結果、空間の中に残した『痕跡』なのだ。その痕跡は、建造物・家具・器物など、半永久に形が残るものであればあるほど、変化や劣化がとらえやすい。その変化は新品のうちは目立たなく、耐久力が強いほど、古くなって来るにつれての変化、というより劣化が、はっきりして来るな。ここに我々は『時間』という独立概念を与えて、生活しやすいようにしたのだ。だがくどいが、物理的な量としての『時間』は存在しない」

私「じゃあ、田所が描いた10本のパラレル・ワールドの線は、何を表わしてるんだ ? 」
田所「そう、これも例えばの話で説明しよう。前にブラキオサウルスを全部で三頭ほど、現代に呼び込んだことがあったな。その時の俺たちのいる位置が、この座標軸系でいう、(1,1,1,0)だったとしよう。縦軸は『wt1』だ。あとのは文字式を省いたが先ほどの図と同じだ。座標の読み方は普通に数字で(いち、いち、いち、ぜろ)で構わぬ」

私「田所、あの、さっきの例えばxt軸の『t』のところに0とか1,2なんていう数字が代入されるんじゃねえのか・・」
田所「ああ、言い方が悪くて気分を害したら済まぬが、tというアルファベットに数値代入すると、とてつもなく面倒な数式が必要になる。これについては省くが、わかりにくくてわずらわしいと言うのなら、tという文字は取り去っても構わぬが」
私「いや、いいよ。それより、その恐竜の話を続けてくれ」

ブラキオサウルス高原に現わる

田所「わかった。俺が呼び出したあの竜脚類は、あ、そうだ」
田所は急にしまったというような顔つきをしたが、すぐ話を続けた。
田所「註釈ばかり入って済まぬが、この『wt』で現わした軸は、これまでの直交座標軸の常識に反して、上に行くほど過去を表わすものとする。どうした・・ ? 」

私「俺は血の巡りが悪い。そのwって軸は何を表わすんだっけ・・・」
田所「これは・・・ううむ、弱った。確かに村松が混乱するのもわかる」
私「愚か者の理屈と聞いてくれ。確かにxやyやzは、俺たちがいる三次元の世界を表わす単位として、横・縦・高さというふうにわかるけどよ、『パラレル・ワールド軸』でも変だし『並行世界軸』ってのも・・」

田所「では逆に問う。村松。お前の専門分野の高校数学を例にとるが、今お前がいかにもx軸を横軸、y軸を縦軸というように言ったが、空間座標を生徒に教える時になると、必ずしもx軸は横軸扱いしなかったはずだと思うが・・」
私「なるほど」
田所「強いて言えば、各軸は前後、左右、上下を表わしたわけだ。しかしそのうちの前後とて、見る角度を変えたら左右にもなる。上下も同じだ。宇宙から見たら遂に絶対的方向性の単位は消え去る。どうだ村松、それでも先史時代へ旅立つ以上、やはり話をわかりやすくするために、パラレル・ワールドの軸に命名が必要だ。どうだ、お前が名づけてくれないか」

私「俺がか・・・。じゃあ、いっそ『パラレル軸』ってのは・・・ダメかな」
田所「よし、それにしよう」
田所はあっさり認めた。
私「で、恐竜の話の続きはどうした・・」
田所「ああ。このブラキオサウルスが戻って行った白亜紀前期の一億三千万年ほど前まで機械で追跡したら、このパラレル軸、縦軸のひと目盛を一千万年として、さらに座標を単純化して(5,5,5,,13)が表示されたということにする。無論、実際はもっと細かい数値だったがな。問題は、その追跡の結果現われた軌跡は、俺たちのいた座標(1,1,1,0)と(5,5,5,,13)とを一直線で結ぶものではなかったということだ」

田所は用意したカバンから紙片を取り出して見せた。なにやら折れ線グラフのようなものが描かれていた。
田所「このギザギザしたメチャクチャなような折れ線が、『時空線』なのだ」
私「じゃあ、ブラキオサウルスは、無意識にパラレル・ワールドを伝って来たということになるのか ? 」

時空線

田所「いや、そうではない。目下の研究では、意識・無意識を問わず、パラレル・ワールドへゆくことは不可能だ」
私「でも現にそうやって恐竜があちこちの世界を渡り歩いた跡が・・」
田所「これは俺にもわからぬ現象なのだが、恐竜を元の世界へ返す操作をすると、必ず、この場合で言うと一億三千万年前の世界に帰る。途中のたとえば数千万年前でとまることはない。ただ、折れ線で見る限り、いかにも、幾つかのパラレル・ワールドに、立ち寄っているように見えるな。しかし恐竜は、いっときも過去へ戻る動きをとめることなく、常に過去への移動を継続していたのだ」

私「そうだったのか。じゃあ田所。過去へ時間旅行してまた現代へ戻って来るって、口では簡単に言えても、実際はこんな複雑な折れ線をたどるようにしねえと、きっちり元の世界へは帰還出来ねえんだな」
田所「察しがいい・・・と言いたいところだが、そうではない。時空線をたどる時間旅行をするとそれだけ時間を浪費する。タイムマシンで移動する場合は、出発の瞬間と過去の到着点とを直線で結ぶ最短距離の時空移動をすれば良い」

私はハラホロヒレハレとなりそうだった。

私には今の田所の説明ゆえに沸き起こる当然とも言える疑問があった。
私「田所。しつこくて悪いけどよ、その時空線の出発点と到着点をきちんと結べば、時間旅行出来るって言ったけどさ、もし、仮にわざと時空線のラインをハズしてタイムマシンを停止させたら、どうなるんだ ? 」

田所「このことも前に一度は話したのだが、この機会にもう一度話しておこう。恐竜が元の世界に戻れるのは、言わば自然現象だ。現に機械で追跡した結果、時空線が出来たのだしな。さて、いよいよ俺たちがタイムマシンで、まあこれからも便宜のために『時間』という言葉も使うか、つまりタイムマシンで時間をさかのぼると、それまで自然の状態だった時空系に影響を与えることになる。
俺たちが、たどるべき時空線の始点と終点をハズして、適当なところでタイムマシンを停止させると、新しいパラレル軸の世界に到着するから、そこで・・・多分、人工的なパラレル・ワールドが出来るな。もちろん、これはなるべく避けたいことではある」

これだけの話では、理解出来ることよりも新しい疑問のほうが増えてしまうし、さらにこのあと田所の難解な話が続いたが、ここでは措(お)く。

・・・・・・・・・・

いよいよ、パトカーとの追跡劇の過去と場所に戻る時がやって来た。
田所は、前回と同じく、コンパクトなテレポート機を操作した。この時は件(くだん)の身体にねばつく感触があった。一瞬後、私たちは田所の自宅仕事場に着いた。

前回と同じ場所にタイムマシンがあった。
私は改めて小ぶりの戦車のような車体を見つめた。

全長約6m、全備重量約6tは戦車としては、いささか貧弱であるけれど、外観はやはり個性的な形の戦車、あるいは自走砲であり、いかつい姿には違いない。しかも、これはれっきとしたタイムマシンである。

車体最前部には自衛隊が1961年に制式化した、あの独特の砲身の形を持つ『61式中戦車』と同じ口径の90mm砲一門を中央に装備しているのは、その数値だけを見れば尋常ではない。

さらに大砲の左右にはピタリ線対称の位置関係をとって、機銃が二門装備されている。そしてこの機銃の口径が20mmである。これもまともでないと評価されても仕方ない。ついでながら口径20mmを選んだのは私である。
機銃ではなく『機関砲』とまで呼ばれた旧海軍のゼロ戦の20mm機銃への憧れが、この選択となった。

なお、参考までに、田所が時々乗る自家用車、ホンダ・インテグラの諸元をごく簡単に記して、タイムマシンと比較しておくと。
全長約4.4m、重量約1.1t。
さらに高さはというと、タイムマシンが約2.2m、インテグラが約1.3mである。

長さそのものは2mも差がないが、完成品の体積に激差があり、車格の迫力の違いは歴然たるものとなる。
最後にあえて書かなかった車体の幅を書く。タイムマシンが約2.3m、インテグラが約1.7mである。

私たちはタイムマシンに乗り込んで、定位置に着いた。
田所が慣れた手つきでスイッチ類を操作すると、車内に軽い機械音が響いた。
スクリーンの景色が一変した。
私は前回の最後の景色を正確に覚えてはいなかったが、マシンは既に高原をぬってどこまでも続く舗装路の上を走っていた。

マシン路上に戻る

初め想像していたほどの劇的な感覚はなかった。やや妙な感じは確かにした。
ドライブ中に居眠りをし、ふと目が覚めると、車窓の風景が変わっていたという例えもあてはまらない。
ただ私たちは明らかにほんの少し過去に戻って、その時の試運転の続きの場面の中にいた。これがいくらか妙な感じを与えた。
田所の鋭い言葉が私の少しぼんやりした意識を現実に引き戻した。

田所「パトカー接近 ! 」
そう言うと田所はブレーキをかけてマシンを停止させた。
私は猛追するパトカーに追突でもさせて装甲の強さを試すのかとでも思ったが間違っていた。

ドリフト用意

田所は「戦車とはやり方がだいぶ違うがな」と言いながら、操縦桿をグッと強く握って、そのまま左手の手首に力を込めて前へと押した。操縦桿の左側部分が、私の目にはごく軽い感じで前へと動き、当然ながら一体化している右側がこちらへ向いた。

無論この時、タイムマシンの巨体は派手な動きを見せていたはずだが、中にいる私の眼には、一見フロント・ガラスのようなスクリーンに映る前方の景色がかなりの速さで左へと回って見えた。日本拳法で『後ろ蹴り』という技をゆっくりやると、こんなふうに景色が動くのかなどと、ラチもないことを一瞬考えたが、路上での言わば派手なパフォーマンスは、直接には見えなくとも、車内スピーカーからの騒々しい怒号のような声で察しられた。

ドリフト横

「ガーガー、やいお前ら、逮捕したあとどんなめにあわせるか、首でも洗って神妙に待ってやがれ ! ガーガー」
田所「いいタイミングだ。パトカーの二人の警官に問う。俺の今告げているアナウンスは、そちらに良好に届いているか、答えよ ! 」
助三郎「こぉのヤロウっ ! その偉そうな態度は何だッ ! お前たちは道路交通法を犯しているんだぞ ! 」

ドリフト終

田所「繰り返す。質問にのみ素直に答えよ ! 」
応答がなかった。もはやタイムマシンは完全に四輪ドリフトならぬキャタピラ・ドリフトを完了し、パトカーに対し、真正面を向いて、このまま前進すれば道路を逆走する姿勢であった。
助三郎「まだかよ、コンピュータ登録されてるんだから、すぐわかるだろ。早くしろよ ! 」

田所「おい村松、今のはこちらへの呼びかけではないようだな」
私「ああ。もしかして、富士警察署か富士宮警察署へでも、いや、ここは・・」
田所「そう言えば本栖湖のすぐそばに、あれは交番だったかな、そんなのがあったな。でも、俺たちの違法行為を連絡するのは当然の任務であるし、このへんの連絡網は、見事なはずだ」

田所のやけに落ち着き払った態度と話し方にはそろそろ慣れかかっているが、今の私はそう悠然とはしていられない気分だった。
かつて暴走族がパトカーや白バイの追跡をまんまとかわして、逃げおおせたなどというエピソードは聞いたような気がするが、私たちは戦車同然の車で公道をキャタピラの凄まじい回転音を立てて走り、パトカーの追跡を、テレポーテーションなどで振り切ってここまで来て、なおも彼らの行為を妨害しようとしている。

助三郎と名乗る警官の言う通り、もし逮捕されたら、二人ともどんな仕打ちを受けるのか、私は大ざっぱな想像をして、それだけでも恐ろしくなった。
私「田所。ぜひ教えてくれ。俺たちは無事にこの試運転を終えて、それぞれの自宅へ帰れるのかよ ? 」

田所「何だ村松、また俺の計画に対する疑いの気持ちが起きたのか。それでは村松を少し落ち着かせるために、正面のパトカーの中で起きている騒動めいたことの説明をしてやるよ。どうやら何らかの方法で警察に俺の存在がわかったらしい。俺の運転免許証の確認などを行なおうとしているようだが、彼らには未来永劫(えいごう)不可能なのだ。ある仕掛けを施してあると言ったら、どうだ、わかるか ? 」

助三郎「おいッ、仕掛けってなんだ ! つつみ隠さず答えねえと、ぶっくらすぞお ! 」
私「田所、パトとの通信が入ったままじゃんか、まずいんじゃねえのか ? 」
田所「あいつらのオツムでは何ということもない、安心しろ」
助三郎「うるせえぞ、いちいち。お前ら、よくもそれだけ警察を愚ろうしたもんだなあ。覚えてろお。ええ ? ああ、何だって ! バカヤロウ、そんなことあるわけねえじゃんか、寝ぼけてんのか、おめえ ! ? 」

田所「正面のパトカーに告ぐ。こちらへの警告や脅迫は構わぬが、内輪もめのアナウンスはやかましいだけだからよせ ! 」
パトカーからの応答はなかった。こういう時の態度はいかにも警察らしいと私も思った。
私「おい田所。あの何とか言う水戸黄門の家来みてえなヤツは色気がねえな」
助三郎「てめえは誰だ ! 名を、名を名乗れッ」
こういう聞き方をされるとは夢にも思わなかったから、つい懐かしいセリフが出た。

私「赤胴、鈴之助だあーッ ! 」
助三郎「てめえら、必ずぶっ殺す ! 待ってやがれ。今応援頼んでるからな」
田所「応援ということは、さては村松、年末(2007年)の小遣いでパトカーのダイキャスト模型を、もう一台買ったな」
私「おお、今度こそ静岡県警のヤツをな。でも、まだ買った時のままだ。何だかもったいなくてなあ。遂にジオラマの話が混じってしまったけど、だから応援のパトは来ねえはずだ。おい田所。また俺の物忘れの病が出た。何かの話の途中だったんじゃねえのか ? 」

田所「うむ。それが内輪もめの原因になっていると思われることなのだ」
私「あ、思い出した ! 田所の免許証だ。あ、そうか、お前に質問されてたんだったな。・・・もしかしてお前、免許証の、あの何て呼ぶかわからねえが、登録番号みてえのが、『波束(はそく)の収縮』を起こして、クリックだか何だかするたびに変わるようにしてあるのか・・・」

田所「正解だ。おい村松、パトカーの中の通信内容がこちらに届かないな。何かヘッド・フォンなどでやり取りしているようだ。何を話してるか、聞けるように、こちらの機械を操作してみるか」

傍受無線から、地元警察署の署員の話と、その相手をする助三郎警官の乱暴な怒号とが、確かにやかましく聞こえて来た。
警察官・某「ですから何度も報告しているように、田所修一の免許証番号が、確認しようとするたびに、数字が変わってしまうのです」
私「おい田所、イジメられてるのは地元署の警官らしいぜ。あれだけ乱暴な言葉遣いってことは、佐々木ってのは、相当前職を鼻にかけてるな」

車内前方のスクリーンの一部が長方形に切り取られたようになったかと思うと、その長方形の中に、一人の警官の姿が映った。私は遠く離れた警察署の様子をどうやってスクリーンに映し出せるのか、おおいに疑問と好奇心がわいたが、今は言わば緊急時なので、田所への質問を控えた(控えたまま、あとで質問するのも忘れてしまった)。
私「おお、同じ署の警官同士がカッカし合ってるぞ。地元の警官も我慢の限界に来てるようだ。それにしても、転勤先であんなでけえ態度してんのか、あの水戸黄門ヤロウはよお」
田所「それに村松、お前の情報も推定しようとし始めたようだ。先ほどから俺がお前の名を呼ぶ声が何回も向こうに届いているからな」

私「ええッ ! じゃ、やっぱり田所、すぐに俺の存在もバレちまうじゃねえか。俺にはお前のようなスーパー・テクニックはないぞ・・ ! 」
田所「ナニ村松、そこはぬかりはない。第一、富士・富士宮地区のお前と同姓のものだけでも大変な人数だ。しかも、ヤツラは俺と親しい友人・知己を中心に『村松』」姓の者を絞り込もうとしているが、多分徒労に終わるはずだ。警察のヤツラにとって、少なくとも目下のところでは、俺と親しいお前という人間を特定するのは無理だ」 

私「よしきた自信がついた。おい水戸黄門ヤロウ、いくら左遷されたからって、転勤先の署でもめるのは余りよろしくないと思うぜ」
助三郎「ヤイ、てめえら ! 元青森県警高速隊の猛者(もさ)の俺たちをいつまでも甘くみるなよ。待ってろ」

田所「いかん、村松。あの佐々木という男、パトカーから出る気配だ。今のところは、彼らに直接危害を加えたくない。先を急ぐぞ」
私「え、何するって ? ヤツが出て来たって、このマシンに乗り込むことなんて無理だろ」

田所は「ドロンだ」とだけぶっきらぼうに言うと、ある機械操作をした。とたんにおなじみの粘りつく感覚がしたと思うと、タイムマシンは、全く別の風景の中を走っていた。なお、テレポーテーションのため、本栖湖は既に通過していた。

・・・・・・・・・・

マシンドロン

助三郎「ちっきしょー、また消えやがった」
格之進「やれやれ、今回は俺、ようやく登場だ。だけど助さん、あいつら、なんかとんでもない科学技術持ってんなあ。俺は頭がイカれたんじゃないかって感じだ」
助三郎「何言ってんだ、格さん。俺たちゃあ、いたって健康だ。さて発進するぞ」

・・・・・・・・・・

標識確認

田所「村松、左前方に『青木ヶ原』の案内標識確認。しかし、何とも殺風景な標識だな」
私「おお、ってことは、もうすぐあの人工湖の実験やったところに向かうのか」

マシン標識通過

田所「その通り。あいつらに伝えねば。我々の車両を追跡中のパトカーに告ぐ。道案内をするから、追跡続行されたし。本車両は、ただいま青木ヶ原の標識を通過せり。そのすぐ先に、未舗装の林道がある。前後には横道は何もない。林道へ右折して追跡されたし」

・・・・・・・・・・

助三郎「この先に林道があったかどうか・・・おい格さん」
格之進「おお、知らないな」
助三郎「どっちみち林道に入りゃあ、そのうち袋のネズミだ」

パトカー標識到着

パトカーがタイムマシンのすぐ後方に猛追して来た。タイムマシン試運転の結末やいかに ! ?

―その3了、 序章第3節その4前編 へつづく―



次回いよいよ序章クライマックス、富士の樹海に起こる天変地異の圧巻 ! どうぞご期待下さい。

青木湖噴出1小


クリックしますと、「特撮機関誌大一プロブックHP」へ戻ります。












© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: