恐竜境に果てぬ第1章第1節その1

「恐竜境に果てぬ」第1章『先史時代』第1節・恐竜境へ出発その1「戦闘訓練」

タイムマシンの試運転はすべて滞りなく終わった。ただし、これでいざ先史時代へ出発というわけにはいかなかった。
仔細をひとことに語るのはむつかしいが、私たちの身辺に著しい変化が起きたとまず言える。

少なくも田所は完全に警察にマークされていた。田所によると、本当は警察の背後にもっと巨大で恐るべき敵が暗躍しているという。警察とは言っても目下のところ、地元警察がやや目をつけ始めているだけだが、事と次第によっては今後、彼の行動を追う動きは、拡大、複雑化するかも知れない。
また、背後とは言っても日本の警察そのものが、背後の何者かと既につながりを持っていることはあり得ないとも彼は付け加えた。

田所正装

田所が警察にマークされ始めた理由の一例として、彼の運転免許証の記載事項は、見るたびに変化して、記録価値を持たない。それでいてこれは例えば偽造したものではない。彼は満18歳以後に確実に取得し、五年ごとの更新も果たしている優良ドライバーである。量子論で言う『波束の収縮』効果を埋め込んだ免許証である。

いっぽうタイムマシン試運転に同行した私はというと、まだ身辺を探られている気配はないようだ。考えてみると、タイムマシンの同乗者として私は全く知られていない。田所の住まいを訪れるのもしょっちゅうでなく、他の人のほとんど通らぬ右折路をフルフェイスのヘルメットにバイクであっという間に曲がるだけだ。だが田所と行動を共にする以上、いずれ私の存在と行動も暗躍組織の知るところとなるに相違ない。

田所は、私も初めは変わり者の学者だと、やや横目で眺めるような態度でいたし、ログハウスに起居する隠遁者のような生活ぶりはいっそ奇怪だった。ところが今ではこの私も彼の質素なログハウスと自ら耕した畑、そしてそこでの生活などに親しみがわいて来た。そんな矢先、彼はログハウスを丸ごと一戸、突如として消失させた。そうせねばならぬ事態に迫られてのことだった。

消失といっても、無論取り壊したり火をつけて焼き払ったりしたわけではない。感知出来ない別次元の世界へ移したのだ。
この別の次元世界というものを田所が理路整然と講義したわけではないから、私はまだ余り理解出来ないでいる。だが田所に責めがあると言うつもりもない。私の無知に、いちいち講義をしていては、田所も大変だろう。
ある時偶然、田所が『四次元』という言葉を多分軽い気持ちで使ったが、私も時空理論などをようやく納得しかかったばかりだったのか、改めて説明を請わずに済ませて来た。ただこの時彼は、いつもの時空理論の講義には比べるべくもないものの、四次元世界のイメージを説明してくれた。

田所によると、ホワイトボードなどで講義した四次元時空世界は、機械操作で時空のひずみを作って時間旅行の足がかりにする不可欠の要素には違いないとは言え、それはタイムマシンという交通機関の移動手段に利用するだけの存在なのだという。
私にはこの言い回しだけで理解が困難になるのだが、このような時、田所は「わかろうとせず、まず受け入れよ」と、何やらウロンな新興宗教勧誘のようなことを言うからますますわからなくなる。
だから実は今以て肝心の時間旅行の理論そのものもわかっていないに違いない。

「かいつまんで言う」と断わりながらも田所は、このログハウスを一時引っ越しさせた四次元世界のことを、例え話を使ってかなり長く説明した。
彼の説明はこんな具合だった。

我々は三次元という立体世界に現に存在しているから、この世界の空間を感知出来るし、その性質を利用したり、その性質ゆえに起こる災害などをある程度までは回避出来る。

利用するというのは、例えば車でドライブすることだ。これは車の性能そのものとしては上下移動は不可能だが、実際に走っているうちに、平地や山地などの起伏の中を移動しているから、上下動していると言える。つまり縦・横・高さの全要素の中を移動している。
災害については、台風の高波の被害を食い止めたり埋め立てに用いたりするテトラポッドなどの波消しの工夫をしている。

ところが、四次元となると、我々は四次元空間を感知出来ないまま、その性質の恐らく一部を理論的に知り、実験でその利用法をやはり一部獲得しただけなので、もし四次元世界に天候・気候などに相当する現象があったとしても、その実態を捕えられないから、その天候などがもたらす災害に襲われても、目の前にいきなり津波を浴びた如くに、為すすべなく致命的打撃を受けることとなろう。

かくの如く四次元、あるいはもっと次元の要素の数を増やして汎用的に表現すると、『異次元』というものは科学的好奇心をおおいにくすぐるには違いないが、一知半解の情報量で余り深入りすると、まず命取りになる様々な現象に見舞われると予想したほうがいい。

つまり我々は四次元空間の性質の一部を可能な範囲で利用する必要がある。
今回の時間旅行は、その時空のひずみを正確な座標で計測して位置を確認しながら、過去の世界へと移動することになる。

ゆえに経験済みの過去への移動は行なうが、先ほどの三次元のドライブで言うと、目的地または途中の休憩地までは、見知らぬ土地をひた走り通過するのに似ていて、行程のほとんどは、生まれる以前の見知らぬ過去の世界を通過してゆくだけだ。
なるべくなら目的地以外、言い換えると、行動予定を綿密に計算して立てた時代と場所以外のところへ立ち寄るのは、緊急時を例外として、避けるべきだ。


以上が田所の説明である。つまり『四次元世界とは何か』という定義説明は全くなかった。
わずかに私がイメージ出来たように思ったのは、四次元空間は、今住んでいる世界のどこにいても、あるいはどこに必要な物を移しても、いずれ所在を関係者や組織に知られてしまう危機から逃れるための一種の隠れみののような空間世界ということだ。

ろくな理解力がない私にしては前置きの能書きが長くなってしまった。
あの、青木ヶ原樹海を利用した『対パトカー騒動』以来、佐々木助三郎警察官のうわさが、その真偽のほどはともかく、幾つか伝わって来た。
うわさ話は田所が提供してくれた。なお、このごろの彼の交通手段はほとんど空間移動である。

探検車逃走開始


田所の言葉を借りてみる。
田所「佐々木警官が署でひともんちゃく起こした末に、神経科を受診したそうだ。そして今休職中で、どこかで療養しているということだが、この話、すべてを信ずる気にはなれぬ。

彼は職務一筋、現場でたたき上げられた屈強の警官には違いないが、単なる体力自慢だけの男ではない。知力のある男だ。
神経科の病院に入っているというのはデマだろう。
もし事実なら、個室病棟にわざと入って、何か企んでいると考えるほうが当たっている気がする。

佐々木はあの時、時空のひずみの世界へ迷い込んでから警察署へ戻るまでのあいだに、――これは今のところ全くの憶測の域を出ないものだが、あるいは四次元空間のどこかで、ある陰謀組織に洗脳のようなことをされた疑いがある」

このことを話したあと、田所はいきなり私をテレポートさせて、この時はまだ無事に建っていた自宅に呼んだ。さらに彼は、かなり大きな大砲と左右に二基装備した機銃を備えたタイムマシンの銃火器に慣れる必要を強調すると共に、私にいきなり本物の自動小銃を持たせて、この操作にも慣れておくほうが良いと勧めた。
いつぞや富士の麓にある一つの自衛隊駐屯地の創立記念日に、バイクで訪れた時、隊員が持たせてくれたM16タイプに似た形の自動小銃がズシリと重かった印象があるが、久しぶりに田所が渡したものが、全く同じ重量感だった。

マシンガン

田所は自動小銃の扱いに詳しかった。何より驚いたのは、以前から彼の家の一室のサイドボードに置いてある自動小銃を見るたび、てっきりエアガンのような玩具だと思っていたものが、実弾を装填する本物とわかったことだ。
私はズシリと重いこの銃を持ち、彼の指導通り様々な射撃姿勢をとることにはすぐ慣れた。体力には人一倍自信があったからだ。

田所は少なくともこのような自動小銃二丁のほかにも、拳銃を一丁所有していることがわかった。そして彼はこれらを所持する法的許可を得ていない。
何んだか急に彼が正体不明の恐ろしい組織の人間に見えて来たのも正直な気持ちだが、冒険を共にする意志をはっきり伝えた以上、彼に味方して行動するしかない。

・・・・・・・・・・



田所のログハウスへ呼ばれた日から数日経ったある日、私は再び田所にテレポートされたが、この時既にログハウスは消えていた。私は彼のログハウス跡地に立っていた。
田所「村松。佐々木助三郎はやはり仕事を休んではいなかったよ。だが表向きは単なる田舎の警察署のパトカー隊員だが、元は青森県警の高速隊に属したから、かなり優秀だったはずだ。どうやら正義感が強くて、よく問題を起こしたらしい。

パトカー1/43


青森を遠く離れた静岡県の一市警に配属となったのは要するに左遷だろう。
当然、佐々木は不満が多いはずだ。
公僕と呼ばれる公務員の一人でありながら、佐々木のパトカーはまだ青森県の高速隊のパトカーのままだ。
本来許されぬことをなぜ彼が押し通せるか、これは俺にもわからぬが、ともかく佐々木はある種のスタンド・プレーを黙認されている。
黙認されながらも、彼は次第に警察の中で浮いて来ている」

私「それはまんざらあり得ぬことでもないかも知れねえよ。お前のような天才には無縁の世界かも知れねえけどよ、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の富豪警官・中川は、警察官の制服を着ねえで、気に入ったデザインのを着てやがる・・・いや、悪かった、先があるなら続けてくれ」

田所「佐々木は俺たちのタイムマシンの走行過程を可能なだけビデオ撮影していた。これは俺がテレポートで手許に引き寄せたあと、そのテレポート技術のほんの応用で、原子レベルまで分解しているから問題ないが、思わぬところで俺たちの人工湖が撮影されていた」

私「え ! ? 本当かよ ? 」
田所「うむ。富士宮警察署は初め佐々木の言を問題にしていなかったが、偶然、例の青木湖をハイカーが撮影して地元の研究家か何んかに情報提供していたらしい。
富士山というのはやはり凄い山岳なのだな。

033

この郷土研究家が懇意にしている年配の警官の鶴の一声で、――あるいは正式の勤務ではないかも知れぬが、ともかくまだ水が完全には引いていない青木湖を調べに向かった。あのあと俺は、満水の青木湖の水を一気に地下に返すことをやめて、土地の傾斜に任せてゆっくり湖水を地下へ返したのだ。あの辺の地形をいじり回し過ぎたからな。
無論、ここまでの情報を俺はなるべく悟られにくい方法で調べて確かめたわけだ。例えば郷土資料館というのがある。そこを訪ねた時、ラチもない話に混ぜて聞き出したりとかな」

今気づいたが、私は今回の物語の中で、ほとんど重要なセリフを言っていない。
田所のセリフが確実に長い。
そして今回に限らない予感を覚えた。冒険出発ともなれば、行動をリードするのは間違いなく田所だから、私のセリフは危険に遭遇した時の「うわっ ! 」、「おおっ ! 」ぐらいしかなくなるのではないかと思った。

物語の主役は私たち二人ということをバランスよくつづって整えようと思い立ったのが甘かったかも知れない。己れの性質に多分に原因もあるのだろうが、友人・知己にほとんど恵まれなかった孤独の人生ゆえ、拙い小説の空想世界に至ってまで、架空の田所修一の存在感に圧倒されるのを悔しいと思うとは、何んとも皮肉なものだ。
ともあれ、物語を続けてみる。

田所「村松、お前は富士六湖の話は知ってるよな」
私「ああ、『赤池』って異名を持つヤツな」
田所「何しろ精進湖(しょうじこ)異常増水の時に現われるだけの幻の湖だから、多分、地元の者以外にはほとんど知られておるまい。今、村松が言ったように湖というより完全な池だ。出現時の面積数十平方メートル、水深はやはり数メートルというところか」

私「そうか、田所が実験で出現させた青木湖も、精進湖のすぐ近くだしな」
田所「そうだ。郷土研究家は、興味もあっただろうが、大量の雨による精進湖異常増水の情報に敏感だから、周辺地域の生活の安全にも気を配って、警察に知らせたものと思われる。
無論、この調査自体に佐々木は参加していないが、署員の臨時の行動のことは知ったはずだ。

さて、ここから佐々木の単独行動の話だ。佐々木が、彼にとっては忌まわしい青木湖を再度訪れたかどうかはわからぬが、恐らく佐々木は俺のログハウスをマークしようと、この朝霧高原に足を向けたに違いない。
村松はもう何度もここへ来て知っていることだが、俺のログハウスへの道は、特殊な仕掛けで他人が通れぬようにしてあるわけではない。

この朝霧高原は、周辺のやや裕福な住民が別荘を建てて真夏の避暑などに利用している土地でもある。自宅と変わらぬ豪華なものから俺のように廉価で出来るログハウスを建てる人もいる。
つまり初めのうちは無論のこと、俺がタイムトラベル実験を重ねるうちに偶然ある陰謀団の存在を知ってからも、怪しいとは思ってもそれが陰謀団とわからぬうちは、向こうも特に危険人物として俺をマークしなかったほどだ。

妙な例えだが、一般市民が暴力団の存在を知ってはいても、その組織の巨額の密売計画の秘密を知ったり、生活拠点に深く踏み込んだりしない限り、原則としては彼ら組織は市民に危害を加えないのと似ている。

だが、俺がアメリカの大学で実験物理学のセッティングと実験結果のデータ整理で忙しく立ち回っていた頃、生活の物心両面にわたってとても親切に、そして懇意にしてくれた俗称ヒル・アンドン教授が、実験を通じて、その組織の存在と行動目的を知ってしまったことから、まずヒル教授が、のち帰国後、教授の主張に賛成して協力を始めた俺も目をつけられるようになった。

先日、村松を呼んだあと日ならずして、佐々木がいきなり俺のログハウスに現われたのにはさすがに驚いたよ。幸い部屋の中にいたから、持ち去られては困るものを、すぐに、ははは、この時は天井裏にテレポートして、俺自身も天井裏に隠れて、佐々木の様子をうかがっていた。

村松、佐々木の単独行動は以前から同僚・上司の頭痛の種だったらしいにしても、今度の彼の行動は明らかに尋常ではない。
俺が天井裏でヤツを見張っていたらな、最後に何やら通信機のようなものを制服のどこかから取り出して、何者かと連絡を取り始めたのだ。もちろん連絡の相手は警察の者ではない」

さすがに頭の鈍い私にもわかった気がしたので言ってみた。
私「田所、もしかしてお前が通信傍受しようとしたら、えーと、あ、『波束の収縮』による盗聴防止機能で交信内容を聞き取れなかったってことか・・・」
田所「そうだ。佐々木は十中八九、ヒル教授をつけ狙う陰謀組織と何か通じている。直接確かめて証拠を得たわけではないが、まず俺の推測通りだろう。
村松、改めて言うまでもなかろうが、この冒険旅行は単なるロスト・ワールド探検ではない」

私「わかってるよ。俺も前に言ったろうが。生活のための金銭のための仕事はもうやる気がしねえが、命をかけた仕事なら喜んでやるってな。今度のタイムトラベルは恐竜と陰謀団の二つを相手にする二重の意味の冒険旅行だってことだろ」

田所「その決心、実にありがたい。内心済まない気持ちをぬぐいきれぬが、いや、こんなことばかり言うと、お前にまた叱られるか。さて、長くなったが、話がだいたいまとまったところで、早速頼みのお前に、タイムマシンに装備した銃火器操作の練習をしてもらいたい」

田所はまたコンパクトな機械を取り出して、何やら操作を始めた。
しばらくして周囲の空気が静電気を帯びたようにねばついて来た。
陽炎が立って景色がゆれ、それが次第に形をとり、やがてタイムマシンの巨体が現われた。

タイムマシン in 朝霧高原


私「改めて見るとデカイし、格好もいいなあ。・・・田所、マシンに乗ってもいいか」
田所「もちろんだ。俺にいちいち断わることはないぞ。よし、お前の姿を写真に撮っておこう」
私は何んだか無性にわくわくして来て、マシンの上に乗ってみたくなった。つまりマシン内部に入る前に、自衛隊の行事の時に子供が戦車の上に乗っかるようにマシンのてっぺんに乗ってみたかった。
私「田所、晴れの門出の記念だ、お前も入れよ」
田所「ハハハ、それがな俺は写真撮られるたびに魂を抜かれる気がしてダメなんだ」

私「ウソつけ ! 」
田所「ああウソだ。ただな、村松の車上の姿を写しておきたいのだよ」
言葉に表わせぬ田所の厚意を感じた。私は言われるままタイムマシンの屋根のハッチのところに足を投げ出して、リラックスしたようなポーズでカメラに収まった。

タイムマシン記念撮影


田所「さてと、あわただしいだろうが、早速90mm砲と20mm機銃の練習だ」
私たちはそれぞれのハッチから、詳しくは田所がマシン後部から見て右側、つまり操縦席側のハッチから、私は助手席、つまり発射桿側からマシン内部に降りた。

座席につくと、フロントガラス、正確には正面のテレビ・スクリーンに、見慣れた朝霧高原の風景が広がっていた。
田所が操縦席につくと、早速操縦桿の左側にある各種スイッチのほんの一つをカチッと鳴らして操作した。とたんに軽い金属音が車内に静かに響いた。
ご存知のかたは、東宝昭和38年暮れ封切の「海底軍艦」劇中、爆破テロから修理復旧後の艦内シーンの穏やかな機械音を連想されたい。
車でいうエンジン始動、変速機は中立―ニュートラルの状態である。ただしオートマチック車のシフトレバーに相当するものさえない。操縦操作のすべては、田所発明のおうぎ形のようなハンドル一つで出来る。

田所「村松。実際は走行しながら、様々な襲撃から車体を守るために、お前に銃火器操作をしてもらうことになるわけだが、動くものに敏感な恐竜が多いから、停止することも多い。今回はまず基本操作に慣れてもらうためにも、マシンを停止したままシミュレーション動作の練習を始めてみよう」

改めて言われるとにわかに緊張感がわいて来た。
無論、今ここに本物の恐竜が出て来るわけではないのだが、私はかなり真剣な気持ちになっていた。

田所「照準器は発射桿と連動しているとは、前に簡単に言ったが、見ての通り、かなりの大きさだから、実質右側だけ注目しててくれれば済む。ただし左側もきちんと動く。
まずトリケラトプスを出す。時速50kmほどでこちらへ向って来るから、照準器の対角線の交点、つまりズバリ真ん中に標的が入るよう動かして、左右の機銃発射ボタンを押してくれ。標的が有効射程内にある時は、緑のインジケーター・ランプが点灯する」

私「おい田所、有効射程外に近づいたらどうするんだ ? 」
田所「発射ボタンを半押しした瞬間に赤いランプが点灯する。でもかまわぬ。そのまま発射ボタンを押してくれ。実弾が出る」
私「田所、標的が真ん中の点からそれたらダメか ? 」
田所「いや、大丈夫だ。標的が照準器視界にある時は有効だ。この場合、空間移動に時間がややかかる程度だが、複数が続々迫って来る時は、直近のものから順に飛ばしたほうが安全だ。だからなるべく照準器中央に合うようにしてくれ。・・・では出すぞ ! 」

景色が一瞬で変化した。それまでずっと見えていた朝霧高原の生い茂る木々や遠くの山なみが消えた直後、いきなり赤茶けた山肌が視界を覆った。
シミュレーション映像とは言え、造山運動活発な先史時代を思わせる極端な円錐形の岩山は、いかにも荒涼たる原始の世界に相応しい光景を作り出していた。

トリケラトプス出現


私は視界に広がる山容の迫力に一瞬気をとられていた。眼前にそびえる三つの山のうち、真ん中の山を背に、一頭のトリケラトプスが立っているのが目に入った。所詮テレビ・ゲームのようなものであり、シミュレーション映像なのだが、そいつは真っすぐこちらを向いて、ゆっくり首をふって、威嚇行動をしているように見えた。

田所「村松。これは大事な訓練なので、お前の判断行動能力も試したい。今からあいつを走らせるが、俺が指示するつど、照準器を動かし、同時に発射ボタンを押してくれ。シミュレーター本格作動の前に言っておくが、時速50kmは車の平均的スピードだから、かなり速いとも言える。
いいか、スイッチオン ! 」

私は突然『死角』という言葉を思い出したが、田所に聞こうと思った時は既にトリケラトプスがこちらへ突進を始めていた。
田所「村松、今発射ボタンを半押ししてすぐ全部押してみてくれ」
私は彼の最初の指示通り、照準を標的に合わせて発射ボタンを二段階に分けて押した。だがランプはいずれも点灯せず、目の前に次第に迫るはずの恐竜の姿には何の変化もなく、四つ足で疾駆する巨体がみるみる大きく見えて来た。

田所「この距離はまだ有効射程外だ。距離の感覚をなるべくつかんでくれ」
間髪を入れず田所の指示が飛んだ。さらに次の指示は箇条書きのメモを読むように、言葉が略されていた。
田所「村松、発射ボタン半押し ! インジケーター・ランプ確認 ! 」
私「オッケー。お、緑だ ! 」
田所「有効射程に入った。半押し続行。黄色になった瞬間、発射 ! 」

トリケラトプス最接近


緑のランプがついている間に、トリケラトプスはいよいよマシンに近づいた。
次の瞬間、ランプが黄色に変わった。
私「これぞまさしく信号機。車は急に止まれないと来たもんだ、用意、てーッ ! 」
ダダダダダと昔の戦闘機の機銃弾発射音さながらの小気味良い音響が続いたと思うまもあらばこそ、激突しそうな距離に迫った巨獣の体が転瞬に消えた。
フィルム映像のカットが切り替わった如く、それこそあっというまのことだった。

トリケラトプス消失


田所「さすが拳法有段者の村松だ。とっさの機転には期待出来そうだな」
このあと、延々と発射訓練が続き、恐竜複数への機銃発射、おびただしい群で接近する恐竜への90mm砲発射による群の一掃などの訓練が次々に行なわれた。
さらには突然マシンの横から巨大な顔をのぞかせたティラノサウルスに対して機銃、大砲いずれも無効という、ややギョッとする設定も味わうこととなった。

これが先刻私が思いついた『死角』である。この時、田所は全く思いがけない行動に出て、シミュレーション画像の肉食竜を葬ったが、この最後の場面を含む以上の戦闘訓練詳述についてはここでは省く。いずれ文字通り命がけの冒険旅行の随所での同様の場面、さらなる不測の事態に出くわした折に、いやというほど、訓練成果の発揮を余儀なくされるので、驚異と凄絶の冒険描写はその時まで措(お)くこととする。


★佐々木警官についての伝聞覚書★

ここで筆者、書きとどめておく。
佐々木警官の行動情報などにつき、単なるデマも含め、物語の中で少し触れておいたが、その後、より正確な彼の動きがわかったので、ごく簡単に記しておく。
ただし、情報源は同僚で相棒の渥美警官であったり、佐々木自身が単独行動を田所に察知されたことであったり、複数存在するので、このことには触れない。

目下のところ、とりあえず確認出来た事柄に絞って書く。
佐々木は戦車のようなタイムマシンに翻弄される予想外の体験をしたが、この事実を認めたのは、パトカー同乗の渥美だけだった。
渥美は、佐々木が目の前で不思議な空間に吸い込まれるのを目撃していたから、その後佐々木が経験したさらに不可思議なことにも理解があった。

そういう佐々木自身は、一旦冷静になろうと、渥美が認めてくれた不可思議な現象さえも、夢か幻かと、己れの精神状態に懐疑の念を抱いた。
だが余りに生々しい印象であり、その目で確かに見て来たこととしか思えなかった。

佐々木は休職願いを出して、しばらく自宅にいた。この何日かの空白が、警察署内でうわさとなり、デマが流れたとみられる。
渥美は佐々木とは正反対に近い、警察官としては温厚な性格だが、なぜか気が合った。二人はコンビだった。

勤務を終わると、ほとんど必ず渥美は佐々木の自宅に寄った。
件(くだん)の事件のあとしばらく、渥美はほかの警察官とペアを組んで仕事をしたが、毎日佐々木の自宅に寄っていた。
数日経ったある日、佐々木は渥美に、改めて不可思議な経験談を語った。

この時彼は、初めて『タイム・パトロール』という言葉を使った。
正式名称はともかく、SFなどで知れわたっている言葉として、意外にも通称として定着していた。

「俺はこの国際タイム・パトロールの我が国の初代司令官になる」と佐々木は告げた。渥美はそのパートナーとなるよう請われたが、さすがにためらわざるを得なかった。それは今すぐどうこうではないからと言葉を継いだ上で、佐々木は、物理学者・田所修一が、地球歴史改革のゲリラ組織の中枢にいて、危険人物だから、この者を拘束しなければならず、そのために即座に行動を起こすと言った。



―その1了、 第1章第1節その2 へつづく― (2010/09/26 更新)


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