ヴィッセル神戸とオリックスバファローズ、コベルコ神戸スティ-ラ-ズ■□応援します、芦屋から

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2007/07/26
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カテゴリ: ヴィッセル神戸


さてさて、もう1,2名の補強がありかな? 多分センタ-バック??

酒井選手は、皆様ご承知の選手ですからね、出場機会がなくなりつつあった、もったいない状況で。当然神戸でがんがんやってくれるでしょう。チ-ムの選手層の厚さとレギュラ-争いというチ-ム内の競争に大いに貢献してくれそうです。
なにせ、ワ-ルドユ-ス準優勝の黄金世代をはっていた選手ですからね。



>>以下、コピ-

酒井友之(さかい ともゆき、1979年6月29日-)は、サッカー選手。ヴィッセル神戸所属。ポジションはMF。

本職のポジションはボランチだが、右サイドも務める。 ジェフユナイテッド市原(現ジェフ千葉)ユース所属時の高校3年生の時、ジェフのトップチームでデビュー。 正確なフィードで攻撃に厚みを持たせるボランチ。

土田晃之にTBSのサッカー中継の副音声などで自分に似てると言われ、自分の弟と土田が言う事がある。(実際に土田は浦和ファン)

所属チーム

1998年 - 2000年 ジェフユナイテッド市原
2001年 - 2003年 名古屋グランパスエイト
2004年 - 2007年7月 浦和レッドダイヤモンズ
2007年7月 - ヴィッセル神戸


1999年
ナイジェリアで行われたワールドユースにレギュラーで出場。準優勝に貢献。


2000年
シドニーオリンピックにレギュラーとして出場。2000年12月の日韓戦では途中出場ながらA代表デビュー。


シドニーオリンピック
本大会では中村俊輔らと中盤を構成、酒井は右サイドでバランスをとる役目を全うし、チームは決勝トーナメントに進出。しかし一回戦対アメリカ戦では2-1の状況で試合終了直前に痛恨のPKを献上してしまう。これを決められ、最終的にPK戦で敗れた。


2001年・2002年



2003年
シーズン途中から指揮を獲ったネルシーニョ監督の構想から外れる。浦和レッズからのオファーに移籍を決める。


2004年
序盤は怪我人続出のチームを地味ながら支えた。怪我人が復帰すると控えが多くなったが、少ない登場機会にも出た時には好プレイを見せ、(Jリーグカップ決勝後の清水戦等)首脳陣の評価を高めたシーズンとなった。


2005年



2006年
ブッフバルト監督に冷遇されていたが、ナビスコ杯では内舘や調子の上がらない小野よりいいプレーを見せた。さらに、今期初先発となった大宮アルディージャ戦では『MVP級の働き』でサポーターからより一層の支持を得る。


経歴
初出場 1997年5月3日 対清水エスパルス戦
初得点 1997年5月7日 対サンフレッチェ広島戦

代表歴

出場大会など
1995年 U-17世界選手権
1999年 ワールドユース
2000年 シドニーオリンピック

試合数
国際Aマッチ 1試合 0得点(2000)






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Last updated  2007/07/26 08:45:33 PM コメントを書く


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