2004/07/29
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カテゴリ: その他
※今回、ちょっとエラそうなことを書いちゃったかも。
 ●年文章畑の仕事をしてきた実感による個人的意見ということでご了承下さい


東京は、久しぶりの雨です。
新潟など、このたびの豪雨で被害に遭われた方には
勝手な言い分で申し訳ないのですが、
(今後の復興をお祈り申し上げます)
じゃぶじゃぶと景気よく降ってくれているので、
気温もさほど上がらず、資料とのとっくみあいにはよい天気だと言えるでしょう。

ただいま、かつて在籍していた会社からの依頼で
観光パンフレットを企画中。
そのため、頭が一時的に編集・ライターモードに移行中です。(気分だけは!)
「締め切り」も久しぶり~!

1ヶ月以上も(快挙)続けてきて今頃ですが、
このサイトのタイトルについて。

「Void Mark ~虚空座標~」は、「こくうざひょう」と読みます。

元ネタはメリッサ・スコットのSF、
サイレンス・リーの三部作 (「天の十二分の五」「孤独なる静寂」「地球航路」)
に出てきた言葉で、
宇宙船が超空間航行する際の航路の照合マークみたいなものです。

「虚空=何もないところ」の「座標=足がかり」。
それは、日々いろいろなことを見たり、聞いたり、調べたり、考えたりして
「自分」というものを広げ、新たな心の部分に足跡を記したいという、
漠然とした思いにぴったりくるような気がして、
このサイトのタイトルに引っ張ってきたのです。

そして、この言葉は(現役ではありませんが)ライターの端くれだった私の、
「文章を書くとはどういうことか」という考えに通じるものでもあります。

楽天ブログの中には、詩や小説を書かれる方が大勢いらっしゃると思うので、
誤解のないよう申し上げますと、
私は田舎印刷会社の企画編集兼ライターでした。
まあ、「ライターもどき」というのが正しいかと思いますが、
市町村などのパンフレットを企画構成し、一応取材などもし、その原稿を書くのが仕事でした。
そういう職場における文章とは何かというと、
もちろん、ライターとしての名前も出ませんから、
ネームバリューで読んでもらえると言うことはありません。
観光パンフなどの無料配布物だと、
書いた文章が最後まで読んでもらえるとは限りません。

求められるのは、個性より何より「結果」。
読みやすく、伝わりやすいこと。
観光パンフならば、そこに行ってみたいと思わせること。
つまり「書きたい文章より、求められる文章」を書く職場だったのです。

田舎印刷会社ですから、所属するライターも
専門教育を受けてきているわけではありません。
私も含め、入社してから勉強し、経験を積み、
教えられ、自ら学び取っていくことで文章力を付けるしかありません。

何より効果的なのは、「教えること」です。
年数を積み、後輩も増え、いつの間にか後輩を指導する立場になっていた私は、
後輩にこんなことを言ったことがあります。

「文章の世界には、色も、形も、味も、音も存在しない。
書くことで初めて存在するんだよ」

それは、観光パンフの文章でした。
単なる説明ではない「紀行文」的な紹介文章には、
一種独特のテクニックが求められます。

言ってみれば、読者に臨場感を与えること。
「他者」ではなく「読者」が体験しているように感じさせ、
(つまり、臨場感を出しながらライターの主観を出し過ぎない)
同時に、必要な情報を説明だと感じさせないように盛り込んでいくというものです。

作為を感じさせてはならず、文章の存在を感じさせてもならず、
ただ、期待と情報を伝え、さりげなく誘導する……。
それは、慣れが大きくものを言うのですが、
経験がないと、まるで「新聞記事」になってしまうのです。
(新聞記事が悪いのではなくて、誤字もなく、内容も明瞭で読みやすい。しかし心が動かないと言う意味です)

ではどうすればいいかというと、
ライターの個性を出すなという原則とは逆に、
ライターの「感覚」を通して書くしかないのです。
たとえば、その海岸の夕景がどうであったか。
ライターは、自分の中にある感覚から言葉を拾い出し、
文章の中に、色と、輝きと、広がりと、その色彩の変化を
描き出さなくてはなりません。
もちろん、言葉をきわめて描写すればいいと言うものではありません。
描写し、そこに「感覚」を織り交ぜ、読者に疑似体験させ、
想像させる。
そう、読者の心の中に描き出すのです。

「何もないところ=読者の意識」に「何か」を描き出すための「言葉=座標」。

私が「虚空座標」という言葉に惹かれた訳がおわかりいただけたでしょうか。

そして、この「虚空座標」の言葉は、私の石を見る意識にも通じています。
「石の物語を読む」 でも書きましたが、
「石が○○」に見える、「石の中に△△の世界が見える」
と言うとき、
それは、それを見た人が発見した瞬間から、その石に存在するものだと思うからです。

「ただの石=何もないところ」に「何か=座標」を見つける
ということなのです。

手のひらに乗るような小さい石でも、
何かを見つけることで、世界は無限に広がっていく。
今の私には、それが楽しくてなりません。

長々と書いてしまいましたが、
今日のネタに合わせた石は、これ。

ラブ

ラブラドライトとアイオライトです。
この二つの石には、写真を見ていただくとわかるように、
ちらちらと輝くヘマタイトの小さな破片が入っています。

つまり、サンストーンが混じっているのです。
その様子はまるで宇宙。

(アイオライトにサンストーンが混じると、アイオライト・サンストーン、
または、ブラッドショット・アイオライトと言うそうです。
では、ラブラドライトは?)

私は、この手のひらの中の宇宙に
どんな世界を見つけることができるでしょうか。















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Last updated  2004/07/29 11:14:35 PM
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販売者@ Re:分りやすいです。(09/30) スーパーセブンが、過去くず石だったとい…
通さん@ Re[4]:深紅であるはずの石(12/10) わ!わ!こちらにお返事をありがとうござ…

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