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【送料無料】民主主義とは何なのか [ 長谷川三千子 ]をよんでいる。前回の憲法言論とくらべると、歴史的に民主主義をひもといてはいるが、原論のような、民主主義と歴史、宗教、政治学との関連性でのべているのとは違い、民主主義はいかがわしいという人々の歴史観があったと述べているにとどまる。フランス革命は大量虐殺の歴史があり、その負の汚名を断ち切ったのは、第一次大戦、特に第二次大戦における民主主義国によるファシズム国に対する勝利であり、その後は共産主義国に対する民主主義国の勝利で民主主義の汚名が返上されたという。というか我々の世代は、200歳も生きている人はいないわけだし民主主義がすばらしいと思って当然としているという。そもそも、民主政体は古代ギリシャに始まったが、民主政体の当然の帰結としてリーダーがひつようであり、アテネでは僭主政がそれであるという。しかし、ギリシャ人は民主政体のこの僭主制度に対するアレルギーをもっており、断行裁判なるものを作って、リーダーすなわち僭主を何人も処刑しているという。まあ、私が考えたのは、確かに、民主政治は一つ間違うと独裁者をつくりあげてしまう。それは民主主義の宿命ともいえよう。ご清聴ありがとうございました
2013.12.27
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【送料無料】 日本人のための憲法原論 / 小室直樹 【単行本】を読んだ。伊藤博文は第日本帝国憲法をつくったが、憲法という制度を導入するだけでは日本社会にねずかないということを、見抜いていた。欧米にはキリスト教があり、神の前には皆平等であり民主主義が生まれた。伊藤は天皇を神とすることにより皆を平等とし民主主義をつくった。しかし、問題点は西欧では憲法が王をしばるためのものであり、日本ではその王(=天皇が)が神であるということだ。天皇が絶対的であれば、それが暴走してしまうことになる。このことが後々、軍部に利用され日本は軍国主義に陥ることになる。昭和に失敗に終わるではあるが、伊藤はどうしたかというと、天皇はその先祖の天皇に対して責任を負っている、すなわち縛られているとした。すなわち、天皇は人民と契約を結ぶのではなく、天皇同士で契約をむすばれるとした。 短いですがご清聴ありがとうございました
2013.12.26
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【新品】【書籍・コミック 人文・思想・社会】日本人のための憲法原論 を読んだ。今回は、英国最高の首相といわれるディズレーリについて。彼はビクトリア朝下のユダヤ人の大政治家である。たくさんの業績を残しているが、著作では英国議会に残した役割について述べる。当時は穀物法というのがあり、英国は他国からの流入を防いでいた。保守党(地主層は穀物の値が下がることには反対していた)逆に自由党(資本家層は食料のコスト削減による労働者賃金の下落を見込んで穀物法の値が下がってほしかった)の二つがあり、ディズレーリは保守党であった。当時アイルランドは属国であり、ジャガイモの飢饉がおこった。アイルランドはカトリックであり(ちなみに英国はプロテスタント)英国に酷使されていた。しかし、飢饉のためアイルランド人がたくさん死んだため、小麦の価格が急騰した。さすがの保守党の党首も穀物法解禁をせざるおえなくなった。ここで、保守党のディズレーリが登場する。彼は党首と論戦をし英国に二つの議会のルールをつくった。ひとつは、公約は絶対に守り、もしそれを変えるならば選挙で国民の真意を問うということ。保守党は穀物法は賛成であったので、総選挙は必要であるとした。もうひとつは、議会は論争ですべてを解決するということ。要するに、金権政治をしないということ。である。それに、くらべると日本の政治は英国と150年遅れているということになるという。ご清聴ありがとうございました
2013.12.22
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<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/11f80562.2db86564.11f80563.c8408731/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f3996235%2f%3fscid%3daf_link_txt&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f11803740%2f" target="_blank">【送料無料】日本人のための憲法原論 [ 小室直樹 ]</a>を読書中である。ロックの思想というものを読んでいる。17世紀のイギリスの方で科学者のボイルと親交があったという。社会契約説をとなえた人である。科学の影響を受けて、彼は自然状態(この案はホッブスのほうが先であるが)という架空の状態を考える。原始の人間は、全く誰にも束縛されない自然状態にあったとするのである。ところが、時代がさかのぼり人は共同で生活するようになった。ゆえにお互いに社会契約を結んでお互いの利益を守らなくてならなくなった。それを社会契約とする。ロックの思想は彼の死後100年を経て、アメリカ革命、フランス革命を起こしたので、18世紀を支配した政治学者といわれている。アメリカはご存知のとおり銃社会ではあるが、それは西部開拓時代の名残ではなく、ロックの自衛権の名残と書かれている。短いですがご清聴ありがとうございました
2013.12.22
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【中古】 100年デフレ 21世紀はバブル多発型物価下落の時代 /水野和夫(著者) 【中古】afb
2013.12.16
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<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/11f80562.2db86564.11f80563.c8408731/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f3996235%2f%3fscid%3daf_link_txt&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f11803740%2f" target="_blank">【送料無料】日本人のための憲法原論 [ 小室直樹 ]</a>を読んでる。まだ出だしではあるが、平易に書いてあるので、哲学書の10倍読みやすい。笑い。民主主義と、資本主義は双子であり、ともにキリスト教から生まれたということを、キスリスト教(特にカルビン派から説明している)キリスト教は神の前に人は平等であるので、それが民主主義につながり、あるいは資本主義はカルビン派の救済の思想から生まれたという。この、後者の救済の思想から生まれたという説明はあまりしっくりこなかったが、その説はマックスウェバーによるという。そういえば、デフレ100年のほうは、経済学の知識がいるので挫折したが、途中までを要約すると、16世紀と現在21世紀には歴史的な断絶があるという。16世紀前は、労働の黄金時代であり、有名なフィリップス曲線(インフレ下では失業率は下がる)で説明されているとおりインフレの時代だという。ただし、そのインフレはよく言われているように、アメリカからの銀の輸入による価格革命が原因ではなく、ヨーロッパの人口増加による需要の増加による物価上昇としている。この時代賃金はどんどん上昇したので、ROE(株主資本利益率)はどんどん下降し、投下資本に対し利益が増えないので、社会が危機に陥ったという。ゆうなれば、支配者階級の中世封建領主の没落である。しかし、それを乗り切る手段として、民主主義と資本主義が生まれ、400年間の今日までそれが続いたとしている。まあ、私も経済の専門家ではないのでよくわからなかったが、少しマクロ経済、ミクロ経済を勉強しないとあかんな。ご清聴ありがとうございました
2013.12.08
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日本人の能力観をしばっているものに受験がある。やれ、東大だ、京大だ、というのがそれだ。その理由といえば、難しい試験に合格したから優秀だというわけだが、果たしてそうだろか?あるいは、そうした能力は実に先天的なもので、ほぼ普遍であるというのがもうひとつあげられる能力観である。最近はリベラルアーツの本を読んではいるが、上の能力観だと、旧制中学、高校の学生の優秀さが説明できない。あるいは、リベラルアーツを学んだ海外のエリートの優秀さも説明できない。要するにいかなる秀才といえども、ないもないところから、情報を生じさせることはできないのである。ゆえに、優秀なカリキュラムを組んだリベラルアーツを重視した大学をつくることは、現代日本の必須事項のように思える。まあ、短いがご清聴ありがとうございました
2013.12.05
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[単行本]fs3gm【中古】【メール便可】指導者とは 徳岡孝夫訳/リチャード・ニクソン目下、ニクソン元大統領の「指導者とは」を読んでいる。外国人の要人の手からなる、このての引退後の回顧録は初めてだが、まだ、読みきっていないので随時紹介したい。目下、20世紀最大の政治家チャーチル、フランスのドゴール、マッカーサー、そして吉田茂を読んでる段階である。皆個性が強いと強調されているが、悪いイメージでは書かれてはいない。生い立ちから追うのではなく、その人物をテーマを絞って書かれていて、時間を追って書く形式ではない。現代史はそれほど学んでいないので、あまり脳に引っかからないが、当時の政界情勢に政治家がどう考え行動したかが書かれている。たとえば、マッカーサーはアメリカが余りにヨーロッパよりなのに、腹をたて、それがもとで政治生命を失ったそうだ。マッカーサーの日本統治が成功したのは、農地解放による実質奴隷制の廃止であり、そらがなかったら日本は共産化していたことだろうとのこと。もし、毛沢東が同じように農地解放をしたら、中国の共産化はうまくいかなかったであろうとのこと。逆に蒋介石は、台湾の農地解放により、台湾の近代化に成功したとのこと。金言、格言もちりばめられていて、「逆境とは人生最大の教師」「幸福には静かな生活、足るをしる心が必要だが、権力者にはそれらは与えられない」「不人気なことを実行し、妨害をものともしない人物でなければ、危機の宰相にはなれない」また、吉田茂はいかにもアメリカべったりの首相のようにはうつるが、アメリカからは言うことを聞かないといわれ、日本からはアメリカの言いなりだといわれた、平たく言えば、中間管理職であり、それを支えたのが、マッカーサーとの友情だとしている。吉田茂のジョークも面白く、日本軍による破壊のために補償を求めにきたインドネシアのスカルノ大統領に「我々日本もインドネシアで作られた台風により、国をあらされており補償を求めたい次第です」と答え、大統領も何もいえなかったとか。荒地になった日本をみて「これで古い生産設備を壊す必要はなくなった。おかげで新しい生産設備で発展が見込める」と言い、事実そのとおりになった。ご清聴ありがとうございました
2013.11.22
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【送料無料】不識塾が選んだ「資本主義以後」を生きるための教養書 [ 中谷巌 ]を読んだ。中谷巌氏のはじめた不識塾で使用している50冊以上の著作のうちのいくつかを紹介した本である。そもそも、不識塾とは将来の日本の未来を背負う若い有能な会社の人材を集め、講師陣を招き、リベラルアーツ(人文科学の幅広く、深い知識)を討論形式で教育していく塾だそうである。では、リベラルアーツとは、何かといえば、人文科学、たとえば、哲学、宗教、政治、心理学、文化、民俗学等幅の広い知識であるのだが、それと会社の仕事と何が関係あるとおもわれるかもしれない。たとえば、マレーシアはイスラム教徒の多い国だが、日本法人にあるイスラム教徒の社員tが遅刻してきたとする。日本なら注意して当たり前だが、そもそもイスラム教には時間厳守という観念がないという。すると、そこに、イスラム教の文化、歴史、社会、もちろん宗教の知識が必要になってくるのである。はじめは、海外の法人企業で自己主張ばかりしていた管理職が、そうした環境のなかでだんだん、相手の言うことをまずは聞いてみるという姿勢ができてくるという。おもしろいことに、そんなことを続けていると、段々とでは一体我々日本人の所属する社会、文化、民俗学、歴史、宗教とはなんだろうと自問するようになるそうである。たとえば、国家の政治でも、自分の会社でも、リーダーシップのある指導者がいないなどと嘆く日本国民は多いが、そもそも、古事記の段階からして、この国には西欧的な一神教のような絶対的な神がいないことに、リベラルアーツを学んでいると気づくという。では、世界的にはこうした教育はどうなっているかというと、ヨーロッパでは少数の精鋭がこうした教育を受け国を動かしているという。アメリカでは、学部によって受けるか否かがきまるそうである。もちろん、日本にはないわけだが、明治の偉人はこうした教育の重要性に気がついており、それが昭和初期の旧制中学、高校へと受け継がれていったわけだが、敗戦後GHQが日本の解体を画策してこの制度を壊してしまったという。まあ、私も少しこの本に載っている書籍を今後少しずつではあるが紹介していきたいと思うしだいである。
2013.11.19
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【送料無料】文明の衝突 [ サミュエル・P.ハンティントン ]を読んだ。全部で500ページ、内容的には世界には8種類の文明があり、冷戦後、すなわち現在から今後文明間の軍事的衝突が起きるというもの。ここで言う文明とは、宗教を核とした文化をもった国家群のことだが(たとえば、キリスト教の西欧文明、イスラム教のイスラム文明など)、これらがあるときは、西欧文明 対 非西欧文明、あるときは、ユーゴの紛争に見られるような、国家内部の異なる文明間の紛争、セルビア(ギリシャ正教会文明)、ボスニア(イスラム文明)などが紛争を起こすと現在起きている世界的な文明間の紛争を説明している。一方、我々アジアだが、中国文明は有史以来、ここ200年の停滞を除いては世界一の超大国であり、それに唯一対抗しうる軍事力は日米安保以外にないとしている。しかし、日本は維新前から中国⇒大英帝国⇒枢軸国⇒アメリカと常に当時の最強と思われる国家と同盟を結んでおり、21世紀はそれが中国となるとしている。 本の訳は良く、且つ、文明間の衝突というタイトルどおりのテーマでつらぬかれて書かれており読みやすい。まだ、あと三分の一を読んでないので、それは次回に紹介したい。続く
2013.11.08
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今日は友人とパスタの店に行く。あまりこんでいないお店だったが夜に来るとムードがあるらしい。そんなことよりも、こちらは家の中が火の車だ。貧乏だし、職もないし、家族の関係もうまくいっていない。最近道教のホームページをみたが、この世には絶対知=タオ=道 があり、われわれは相対知の中に住んでいるという。両親のことはあまり好きではないが、相対知でかんがみていくしか、手段はないのではないか?要するに嫌いな相手とは、相手の立場から少し考えてみる必要があるということだ。今人類が何億いるかはしらないが、皆違う人々だ。我が家のますらおぶりさまには、まあ、あまたが固いのは、私も同様だから仕方がない。我が屋のもう一方の方は、異性だから仕方がないとかんがえるしかないだろう。こんなこと書くよりは、道教の書物でも読んだほうがよさそうだからここでやめておく。兎に角、毎日がしんどくてたまらん。考えてみれば、民社党の中川氏も自殺してしまった。同郷のものとして非常に残念だ。彼も彼なりに、行き詰ったのだろう。私事で恐縮だが、万葉集の解説本を大切にして読んでいる。もし、能力開発などをお考えの方がいらしゃったら、詩の勧めということをいいたい。私は物理を学んでいるのだが、短歌を読んだ後に、詩を読むと鋭い洞察が働くことがおおい。直観力とでもいおうか。理数系としかも文科系の短歌に何の相関関係があるのかは、わからぬが、まあ、統計的には出せる研究であることは確かだ。心理学の分野ではなかろうか?先の議員の話だが、まあ、少し庭掃除をしてみようとおもう。大してやることの無い庭だが父に教わって少しやってみよう。今年のひとつの課題としてみよう。明日は庭掃除30分、二階の自室を掃除してみよう。中国のことわざから「千里の道も一歩から」である
2009.01.05
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ディベートについては私は長い間偏見をもっていた。だいたい、どんなものかというと、AとBの二つの相反するテーマがあって、討論する人間を二つに分ける。そして、A主張チームとB主張チームで討論させる。そしてかたがついたら、その次はA主張チームのほうにBの主張をもたせ、もちろんB主張チームにAの主張をさせるということをするのである。だいたいこの世の中の事件、経済問題、教育問題、政治問題、外交問題はある主張なり意見がただしいのであって、自分以外の主張をもつことじたいおかしなことだとおもって、アメリカ人はおかしな授業をするものと思っていた。しかし、マークス寿子氏の本を読んでみて、ディベートとはただしい意見や主張をもつ、あるいは考え出すのではかならずしもなくて、反対サイドから見たら、それらの人たちあるいは団体がどういう見方を自分たちに対してするかを、身をもってすることが目的だったという。たとえば、まあ日本の犯罪には凶悪事件あり、で絶え間がないが、犯罪者は悪だとかんがえるのは当然なのだが、では犯罪者のがわからたったら、被害者、あるいは社会と言うものはどうみえるかがわかるとおもうのである。ディベートはそういう意味で客観性育成議論教育方法とでもいったらよいだろうか。
2007.09.27
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いい男とはどんな男か?もちろん眉目秀麗ならいうことはないが、ここでは、人格について考えてみたい。漫画家に柴門ふみがいるが、彼女の漫画である、あすなろ白書の主人公である、かけい君をみると、まだいい男としてはまだもうひとつという感がする。かけい君の設定は、秀才であるが、どこか影があって、ホストをしているというものだ。もちろん、すごい男には違いないが、まだまだ、女の視点からみたいい男という感がぬぐえない。風とともに去りぬの主人公レッドバトラーはどう描かれてるだろうか。南北戦争が始まる前にパーティーをするのだが、南軍の男たちは、皆が皆、血気にはやって北軍などとるにたらんと主張する。しかし、レッドバトラーは北軍の工業力のすごさを主張し、皆からへっぴり腰だとバカにされる。事態を冷静に分析するという点と、一人だけみなの前で自説を主張すると言う点で著者マーガレット・ミッチェルのいい男感が描かれている。そしていざ戦争がはじまると、レッドバトラーは、大活躍をするである。日本の実在上の人物である山本五十六を彷彿とさせる内容だ。僕はいい男というのは、一種あまのじゃくだと思うのだが、そういう点でマーガレット・ミッチェルのいい男像はすぐれていると思う。
2007.09.23
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最近は心理学関係の本を読んでいる。今は石原加受子氏の本を読んでいる。カウンセラーとのことだが、カウンセリングとはこういうものなのかという、そのカウンセリングの精神がつたわってくる。たとえをあげれば「変わろうとすると、変らない、故に少しの努力を毎日心がけろ」 「性格を変える必要はない、性格は見る方向から変るものだ」 「五感を意識して生活しろ。」などなど。私は人と接する際に、なるべく声にはりをもたせる工夫をした。まあ、除除にではあるが、変ってほしいものだ。五感の訓練は風呂で体を洗うときの、タオルとの接触感や、歯磨きの接触感、もちろん食事を味わってたべるとうを工夫している。あとは、好きな歴史の本を読んでいるときだろうか?一瞬だが快い感覚を感じることも起きだした。石原氏の方法でどうなるかは今後のお楽しみだが、まあ批判できるまでいったら、それは、逆に言えば自分と言う個性に完全に適応したことだから、彼女の理論を自分のものにしたということか?本の情報を適応するにはどんな分野でもひねりが必要だと思うからだ。
2007.09.10
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我々は一体何のために生きているのだろう?幸せとは何だろう?今自分は幸せか?こんな問い疑問は誰でも抱くであろう。しかし残念ながら現在の教育システムはこうした人材、要するに我が日本国をよくするための人材を輩出するというほんとに単純で当たり前な要望にこたえていないのではないだろうか。たとえば、メーカーが物を作って売ってみれば、売り上げや利益を算出して、ああ、この商品はよく売れたな。ということは今までの路線でも大丈夫だろう。と結果から判断するだろう。しかし、こうした当たり前のことが現代の教育システムではなされていないのである。強いてあげれば、受かった学校というものがあるが、極論を言えば、東大にはいれば、即その人の人生が成功したと果たしていえるのだろうか?大切なのは、教育を受けた学生が社会でどう生き行動しそして、いい人生をおくったか、否かであって学歴の高い学校に入れるのが、小中高大ふくめてすべての学校の目的ではないはずだ。いい学校にいれればいいという観念から、学閥などというくだらない考え方が社会に浸透するのである。いい大学に入ればいいなら、実に簡単なことだ。その大学の試験対策の講義を予備校で受けてあとは決まりきった解答を試験ですればいい。それが本来なら知育体育徳育を含めた総合教育あるべき教育の知育とは言いがたいエセ知育の偏重を生む。では、そんな偉そうなことを言うならこんなに職業があって生き方も多様な現代社会の人間をどういうものさしではかるのだ?と、答えがかえってくるであろう。しかし私に言わせればその問いこそがまさに現代日本に重要なのであって、そうした問いかけこそが、日本人が本当に幸せな生き方とは何か?そしてそのためには学校教育はどうあるべきかを議論する契機になるのである。
2006.03.05
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監督が銚子商業のグランドを見にいったそうである。そしたらブルペンのマウンドが馬鹿に高かったそうである。当時は銚子商業は全盛期で木樽がでたそうである。また、成東高校のブルペンもみたそうである。やはり、斜面を利用したような変なブルペンだったそうである。当時は鈴木孝正が出ていたそうである。そして監督はこのブルペンの高さにいい投手ができる秘密があるのではないかと思ったそうである。で、自分の学校のブルペンに普通のブルペンの隣に高さ1mのブルペンをつくったそうである。まあ、何ゆえいい投手がでるかはわからないが、とにかくひとつ言える事は、下へ投げようとするから低めのコントロールがよくなるそうである。プロはもう出来上がった選手だから効果はないが、投手経験のない生徒ならば試してみたらどうであろうか。
2005.08.12
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前回中指を鍛えるということはお話した。それが正しいことを示すのは以下の話である。知人の監督が、山梨に巨人の現監督堀内氏の講演をたまたま聞いたそうである。堀内氏は巨人の黄金時代を支えた投手である。彼が言うには子供のころ怪我をして、利き腕の薬指が半分ないそうである。故に知人は自分の理論が正しかったと言っていた。さてもうひとつのいい投手の作り方のアイデアはマウンドを高くしろということである。まあ、暑いのでこの続きは次回ということで。
2005.08.11
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知り合いに高校野球の監督が居る。彼が言うにはいい投手というのは球の回転がいいのだという。高校生でも140キロを出す投手はいるだろう。もちろんノンプロでも。では、プロの投手との違いは何かといえば球の回転なのである。ロッテの李が一年目に打てなかった。李が言うには日本の投手は球の回転がいいので手元で伸びるそうである。日本の投手の140キロは韓国の投手の150キロに匹敵するのだという。知り合いの監督はいい投手をつくるため二つのアイデアを考えて実行してみたそうである。五本の指のなかで一番力があるのは中指だ。だから中指を鍛えればいいのではないか。と思ったそうである。そうして、空き瓶に砂をつめて糸をまいてそれを中指で持ち上げる訓練をさせたそうである。では、もうひとつのアイデアは次回ということで。
2005.08.10
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キリスト教ではボランティアを重視しますね。また、仏教にも慈悲の心というものがあります。世のために少しでも貢献することは、古今東西問わず、崇高なことと考えられてますね。父には昔、自分に余裕があって、且つ困っている人がいたらなるべく助けてやれ、と教わりました。どうも、二極的にものを考える人もたくさんいますね。会社だったら、経営陣は悪、従業員は善。社会だったら、政治家は悪、国民は善。のごとくに。心理学では、会社のなかで経営陣は経営の論理で考え行動し、従業員は情感の論理で考えるといいます。ひらたくいえば、経営者は会社規模で物事を考え、従業員は、経営陣に不当に扱ったりされるとまあ、腹が立つわけです。なかなか上司の立場からものをみるというのも難しいですよね。だって人は感情の生き物ですから。しかし、そもそもの仕事というものは会社の業績を第一にした組織なのですから、経営陣を悪とは言えないわけです。小泉首相も評判が悪いですが、日本を思ってのすべては言動なわけであります。最近は暑いですね。僕はよくプールに行っています。おかげで筋肉がつきました。笑い。最近はねた切れでもあります。笑い。では、みなさんがんばりましょう
2005.08.08
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まあ、勉強の理念としては、楽しく、興味本位に勉強するということだろう。利根川進氏もノーベル生理学賞を受賞したが勉強は興味のあることをやれと言っていた。残念ながら日本の勉強には受験があり、そこでがんばらないと、高度な教育を受けられる大学に入れない障害がある。高校時代という非常に重要な時期に興味本位ではない勉強をしなくてはならないということは、我が国民にとって残念なことである。まだ、文科系は量によって力が左右されるのでかまわないが、理数系は才能によって、力が左右されてくるために、受験勉強で才能がつぶれてしまう可能性がある。天才を輩出する国をつくりたいならばゆとりの教育を、仕事のできる人材をつくりたいのもゆとりの教育を、施していくべきではないだろうか。もっとも、教育者にも優秀な人材を集めなくてはならないことはもとろんであるが。
2005.08.07
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司馬氏によれば、幕末にあれだけの人材が出たのは、日本が300の藩に分かれていたからではないか、と言っていた。世界に目を転じれば200あまりの国家がある。多様な国が存在することは誠にいいことである。韓国では木の植林に、日本では省エネ社会を、アメリカでは土壌改良、中国では人口の一定化に成功した。やがてこうしたノウハウは世界中に広がるだろうしまたそうでなければならない。そういう意味では、日本の構造特区法案というものは画期的なのではないか。人材を育成すると言う意味では、現在の教育は物足りない。日本中が東大を目指していて、かつ学閥が幅をきかせている。このブランド志向をかえる手立てはないものだろうか。この国を世界一の国にしようと思っている人材がどれほどいるだろうか。まあ、もちろん経済力を再建するという意味だけでなく、発展途上国の食料問題を考えたりする周囲の国家に尊敬をされるような国家という意味ではあるが
2005.08.06
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今はグローバル社会ですね。60年代に誰が今日を予測したでしょうか。ドラッカーはボーダレス化を予測してました。よく知りたい人は著書 ポスト資本主義 を一読を。さて、海外との交流も盛んになると海外でスピーチをする機会もあるこでしょう。英国かフランスかドイツか中国かはわかりませんが、海外で日本語のスピーチをする場合は、少しこつがあります。かつて中曽根首相は、日本語でスピーチをする場合は、英訳しやすいような日本語でスピーチをしたそうです。故に中曽根の言うことはよくわかると外人に好評だったそうです。まず言いたいことを英語で書いてそれを日本語に訳してそれをスピーチすれば、向こうの方々もよく理解ができるのではないでしょうか。
2005.08.05
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毎日暑いですね。僕のほうはまあプールなどに行ってます。クロールも満足にできません。ちなみにクロールはオーストラリアの原住民がしていた泳ぎ方だそうですね。短距離走のクラウチングスタイルもカンガルーの走り方を取り入れたそうです。では本題能力は比例線で変化すると誰しも思うでしょう。やればやっただけだけの能力の向上があるみたいな。でも、実は学習というのは階段状に変化するものなのです。数学者の弩天才ピーターフランクルさんも同じことをおっしゃっていたので、あれだけの天才がいうことですから、傾聴に値する言葉だとおもいますね。みなさんも語学などを勉強してもなかなか上達しない経験があるでしょう。まあ、階段状ですから、縦軸を能力、横軸を学習時間とすれば、どうしても水平な部分があるわけなんです。勉強してもなかなか上達しない。しかしある点に達すると、急に能力があがったのが実感できるわけです。僕は元来飽きっぽいので読書にしても、3冊を平行して読むことにしています。この本は飽きたなーと思ったらもう二冊のどちらかを読みます。まあ、以上です。では、みなさんがんばりましょう
2005.08.03
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イメトレの効用イメージトレーニングを毎日やってほぼ一ヶ月たちました。なんて言うか直観力が考え事の最中に出てきて、もやもや考えていても、こうだー、っていうように脳が働くようになりました。まあ、大脳生理学もかじったことはないですが、右脳が活性化することが原因でしょうかね。右脳型人間というと、ミスターですよね。勝利の方程式、メイクドラマなど、直感で言葉をだすのは有名ですよね。まあ、空手だったら、目の前に相手がいるのをイメージして、こう突いてきたらこうよける。というようなイメージトレーニングができますよね。相手が大男をイメージしたり、逆に小さな相手をイメージしてもいいでしょう。僭越ですがもし指導者の地位にあるとしたら、弟子たちには、将来の自分をイメージさせてもいいですね。将来、健康で元気に暮らしてるみたいなイメージを暇なときにするようにさせたら良いでしょう。スポーツは客であり、人生は主であります。スポーツが主になるのは、主客転倒ですね。まあ、プロになるような方は別ですがね。普通の子には、スポーツと平行して自分の人生観を語ってもいいですね。そのためにも、指導者たるもの一月に一冊ぐらいは本を読まなくてはならないでしょうね。
2005.08.02
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古田選手にみるユーモアと根性ヤクルトの古田選手は野村監督の大抜擢があったとはいえ、まあ、成功した選手と言っていいだろう。彼のどこに学ぶべきかと言えば、根性とユーモアではないだろうか。まあ、彼は頭が切れるとかはよく言われるが根性があると、同僚の選手が言っていた。もちろん、ストレスがたまってるのに愚痴を言わないのも精神上悪いことだ。しかし、耐えられることなら耐えてみたらどうだろうか。ユーモアというのも、一流の人はだいたい持っているようだ。吉田首相が街頭演説をしていた時に、寒かったので厚着をしたいたら、ある聴衆が「外套ぐらい脱げ」と言ったら「これが本当のガイトウ演説」と吉田氏が答えたそうである。今日は暑いですね。ほんま暑くてかなわんな。昨日は近くで雷で死者がでました。怖いです。では、みなさんもがんばりましょう
2005.08.01
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どうも最近はネタが切れてきたので、啓蒙の言葉でも毎日書こうとおもいました。 今日の一言我々が学問をするというのは、人格を向上させるためにするのです。JSミルの自助伝経済学者の中谷氏がテレビに出てきてまた経済の話でもするのかと思ったら、日本人はもっと教養を磨けと言ってましたね。優秀な人がいれば周りにいい影響を与えるし、その逆もあります。我々は常に生産的でなくてはなりません。まあ、最先端の人間になるのは過酷でもありますが、たとえ、病で倒れてもその人はそれ相応の評価を受けるでしょう。子供に勉強しなさいという親御さんは多いですが、人間的に立派になれという方は今の時代少ないのではないでしょうか。もっと視点を変えて、真の教育とはなんだろう、もちろん100人親がいれば、100通りの考え方もあるでしょうから、自分なりに考えて子供を育むべきでしょう。学校の勉強ができて、優秀な大学に入ったと言っても、それに嫉妬したり、あこがれたりするのは、おかしなものです。音楽や絵画の才能のように、受験勉強とは一種の特殊才能程度にかんがえるべきではないでしょうか。学閥によって就職や会社の昇進が左右されるなどシステムの非効率化をあおぐだけで何にもなりません。ダイナミズムとでもいいましょうか、もっと人の能力というものを他に求めるべきでしょう。
2005.07.23
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意外な意見というものに我々はよく接する。すなわち、意見としてはそのときにおいては少数派なわけである。しかし、えてしてこういった意見のなかに思わぬ真実が隠されてることも否めない。実例をあげれば、ドラッカーは日本のGNPがフィリピンよりも低い時代に、世界で二番目に高度情報化社会になるのは、日本だと主張していた。もちろん当時はほかの人は誰も耳をかさなかった。最近では、ドラッカーはアメリカの貿易収支は大幅赤字ではないともいっている。サービス収支といって、アメリカにきた留学生がアメリカにおとす、お金の計算があいまいだというのが根拠であるらしい。そもそも科学が意外性の意見の象徴だし、その科学者ですら、現実に起こっているこの実社会の意外性に偏見をもっている人もおおい。一万年前のこの地球の大地に立って誰が今日の文明を予想できただろうか?日本人は意外なことをいうと変わり者扱いされる国民性があるが、アンテナをはりめぐらして意外な意見になにかみるべきものがあったらそれを支持する度量はひつようであろう。私のよく言う質実剛健の精神である。
2005.07.22
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プラス思考はいいとよく言われ、将来のありたい姿をプラス思考でイメージしなさいとは、いろいろな本で言われている。イメージトレーニングしかり、ナポレオンヒルしかり。脳内革命なども一時期凝ったことも私はあるが、著者の病院に電話してみたら、電話がダイヤルQ2になっているのは驚いた。まあ、あまり誹謗中傷はよくはないが、著者は脱税でも問題になったし、すなわちプラス思考とは、そういうことなのではないかと最近は思っている。つらい思いをして落ち込まなければ、つらい境遇の人の気持ちはわからない。いつの時代にもいるエリートなる人種もなまじ挫折した経験がないだけに、人の痛みのわからんやつが多い。世の中、社会は使われるほうと使うほうに分かれるが、使うほうには、やはり変な上流意識をもった人間もうんざりするほどいる。挫折してマイナスに考えることも非常に有意義な体験、もちろん誰でも多かれ少なかれあじわうことだが、ではないだろうか。
2005.07.21
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糸川英夫という学者がいたが、私の尊敬する人の一人でもある。彼が小学生のころ、○×式のテストがあったそうである。確率的には、五割なので、まじめに考えないで鉛筆を転がして、解答していたそうである。先生がそれをみつけて、彼の母親に相談したそうである。普通の教育ママならば、真面目にテストを受けなさい、としかるだけだと思うが母は一計を案じたそうである。近所に障害かなにかで、学校に行っていない同学年の子がいたそうである。糸川氏の母は、「英夫、隣には学校に行けない○○君がいるでしょ。○○君に勉強を教えてあげるために、授業をちゃんと聞いて教えてあげなくちゃいけないでしょ。だからテストもしっかりとやらなければだめよ」と言ったそうである。そうして、糸川氏は隣の子に学校で習ったことを教えに行くというのが日課になったそうである。糸川氏いわく、その経験から我々には皆社会的役割があるんだという事を学んだそうである。その後、社会的役割をまっとうするということが彼の人生を通じて、芯のようになったそうである。
2005.07.15
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ビートたけしの母親は教育ママだったそうな。彼女いわく、貧乏は循環するが持論だった。貧乏だといい学校に入れない、そしていい会社に入れない、すると収入が低い、教育費がかけられない、そしてまたいい学校にはいれない。笑い。では、それを断ち切るのはどこかといえば教育だとのことだったそうです。そんな理由もあって、寝る前には必ず子供の鉛筆を削ってあげたそうです。たけしは出来が悪くて、学校によって、廊下から教室をのぞいて、こら馬鹿たけ、しっかり勉強せんか、とどなったりしたそうです、わらい。なかなか知恵もあって、たけしの兄の大さんが母に連れられて寿司屋に行ったそうです。当時はなにせ高い食べ物ですから、彼女いわく、いいかい、みんなには内緒だよ、勉強をがんばりな、ということもあったそうです。大さんいわく、あの母親のことだから、多分みんなにそうしてただろうとのことです。
2005.07.14
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内助の功最近は女性の社会進出も激しいですね。まあ、家庭を守る主婦もいることだしここ3日間は内助の功について書きたいと思います。明治の九州に宮崎トウテン←漢字は難しい、という偉人が出たそうです。トウテンのお祖父さんは、社会のために尽くしなさいというのが口癖だったそうです。そうして、長男がその教えを守ってボシン戦争に参加して、ルソーの本を腹巻に巻きつけて戦死してしまったそうです。普通なら身内にそんな惨劇があったら、考え方は逆になりますよね。しかし、その家の女どもは、亡くなった兄のようになりなさいと言って子供を育てたそうです。そうして、宮崎トウテンという偉人がその家から輩出したそうです。なにぶん女性というのは、近視眼的でやれ勉強しなさいと子供に言いますが、何のための勉強なのかを教える必要があるでしょうかね。
2005.07.13
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現代人の3つの欠点なにぶん僕の書くことは批判的ですが、プロ野球の野村元監督が言っていたことなので、まあ、ご了承を、笑い現代人の欠点とは、自己中心的、依存的、観念的だそうです。まあ、自分もそんな感じなのでえらそうなことは言えませんが。世界中がアイドル全盛の時代ですよね。ストーカーの存在も、言うなれば、身近なアイドルの追っかけってことになるでしょうか。アイドルの心理とは自己愛ですよね。アイドルは自分だけのものだ、アイドルが自分のことだけを思っているってことです。要するに他者感覚の欠如と言うべきか。どうも、この現象は世界的なものらしいです。質実剛健という言葉がありますが、現代人はこの言葉の原点にもどる必要があるでしょう。正しいことは正しい、間違ってることは間違ってる。自分がこうだと思ったことは、厳しい上司にも提案をする。くだらないブランド志向、学歴主義、優越感は捨て去る。自分よりも下層の階級の人とも対等につきあう。自己主張を外見でするのではなく、内面で自分を主張する。まあ、美辞麗句を書き並べましたが、自分もそんな立派な人間ではないのでそうありたいものです。
2005.07.12
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コンプレックス克服法人はみな何かしらのコンプレックスをもっている。容姿がわるいとおもってる女性。学歴、役職が低いとおもってる男性。コンプレックスを克服するには、コンプレックスの別の対象で自信をもつべきだろう。学歴が低いと感じている人は、それを克服するには、高い学歴をもたねば克服はできない。仮にそれが能力的に無理ならば、合理化といって、学歴の存在価値を低くみつもるしかない。学歴至上主義の価値観を持ちつずけていては、学歴コンプレックスは克服できない。社会に出て実業家として成功したり、あるいは、ある秀でた分野をなにかしらもったりして、他の分野で自信をもつべきだろう。
2005.07.10
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人の気性には強気勝気弱気の三種類があるそうです。強気は何があっても絶対に負けないという人。勝気は局面がいいと強気だけだが、わるいと弱気になってしますひと。弱気は常にだめだと思ってしまう人だそうです。強気の歴史的人物はナポレオンがあげられますね。兄ジョセフいわく、ナポレオンが何かいいだしたら誰も何も言わなかった。みんなナポレオンの言うとおりだと言った。わずかな抵抗でも彼は必ず克服した、と言っています。エジプト遠征でエジプト沖のフランス海軍が、イギリス海軍に全滅させられて、退路をたたれたとき、普通ならもうだめだとおもうとおもいますよね。でもナポレオンはこうなったら東洋に大帝国をきづいてその国の王となって君臨してやると思ったそうです。ちなみに勝気の人物としてはヒトラーがそうだと言われています。ちなみに日本人は勝気の国民だということです。バブル前は、すごい鼻息があらかったですが、今は下向きですよね。
2005.07.09
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この本には主に二つの哲学が書かれてました。ひとつは、人は中流階級で生きるのが一番楽だということです。エリートはそれなりの激務があるわけだし、社会の底辺でもその日暮らしで大変なわけですね。次に、現在の境遇に不満ならば、それより過酷な境遇を考えろということです。ロビンソンはブラジルで農園経営をするのですが、現状不満足でした。しかしその後、無人島に流されて、ブラジル時代に自分がいかに恵まれていたかをしるわけです。日本文学は哲学をこうだと述べている小説は少ないですね。イギリス文学というのは、サマセット=モームの人間の絆にしろ、必読の価値はありそうですね。モームの人間の絆の結論は、人生とは現実の出来事の連鎖だということですね。主人公は幸せを求めて女性遍歴を繰り返すわけですが、最後はごく普通の女性と一緒になります。そうして、人生に幸せを求めてもそんなものはないときづくわけです。では人生は何かといえば、あたかもはたおり機がじゅうたんの模様を縫っていくように、人生の出来事がどんどん積み重なっていくだけ、ということだそうです。とってもニヒルな考えですが、ひとたびモームのように割り切ってしまえば、ロビンソンにしろ自分の人生を不遇だとなげくこともないですね。
2005.07.08
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イギリスという国かつては七つの海を支配したといわれる大英帝国であるが、今は少し元気のない国ですね。日本も国力から言えば現代のイギリスのような国になるでしょう。まあ今の経済状態が続けばではありますが。まあでも、なかなか優秀な民族であるには違いはありません。いろいろなものを発明しているし、科学もイギリスは偉大な自然科学者が多いですね。遺伝子を発見した学者も、車椅子の宇宙物理学者ホーキングもイギリス人です。万有引力の法則のニュートン、量子力学のディラックもイギリス人です。大戦中メッサーシュミットは初めてのジェットエンジン搭載の戦闘機で、もちろんドイツの戦闘機ですが、実はジェットエンジンの原理を考え出しのはイギリス人なんです。イギリスの小説家の本はサマセット=モームの「月と六ペンス」と「人間の絆」それとデフォーの「ロビンソン漂流記」を読みましたが、日本の作家とは違って哲学がありますね。どんな哲学かは次回と言う事で。また、イギリスという国は、予想上手な国です。これから世界がどうなっていくのかを的確に予想しますよね。経済からオリンピックのスポーツまでさまざまな予想をして、当てるのはうまいですね。
2005.07.07
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システムを変えること何か仕事なり、勉学なり、なんでもいいから行き詰った時はどうしたらよいか?ひとつには、それまでの方法を変えることがあるだろう。たとえば、暗記中心の勉強方法を理解中心に変えるとか。英単語や連語の暗記中心から英文法を本当に理解しているか?と言った具合に、理解を中心にするのである。また、集団の問題になってくるとシステムを変えることも必要になってくる。高齢化社会ではあるが、中高の授業にボランティアなるものがあれば、それを利用して、高齢者の世話を老人ホームなどで行えば、無償で、介護ができるようになる。堀越学園野球部では、チームに攻め組守り組みをつくったそうである。リトルリーグでもトップクラスの生徒が集まってきているので、下手な選手は練習をあきらめてしまうそうである。自主希望の形で攻め組みは練習、守り組みは、合宿の飯づくりなどをさせるそうである。特筆すべきは一度守り組みに入った選手が気持ちを変えて、攻め組みにもどりレギュラーをとったそうである。現状に甘んじず絶えず、情報を集め、状況を変える努力が必要である
2005.07.01
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価値観と脳との関係世の中にはたくさんのそして様々な人間がいる。あるものは、左翼的な思想をもちあるものは宗教の信者であり、あるものは科学を信じている。科学万能主義に警告を発している学者もいる。養老氏などはその例であろう。彼は脳という観点から、いろいろなことを主張している。脳はには中脳があるが、それは運動神経をつかさどる部分である。中脳が発達していることは頭がいいことでありすなわちスポーツ選手は頭がいいことになる。スポーツは勉強の能率も高めると、灘高校出身の吉田たかよし氏もとなえている。さて、本題だが、我々は持っている価値観が正しいと主張するものだ。しかし、その価値観を生み出しているものは脳であり、脳がある価値観を正しいと思うようにできているのである。すなわちどんな価値観を持っていようとも初めに脳ありきなのである。
2005.06.25
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医学部に入れなかった人のために私の友人は優秀だったのだが、すごい楽天家で、受かるわけないのに東大医学部を目指して結局入れなかった。世の中、まあ動機はどうであれ医学部を目指す人は多いと思う。残念ながら力もなしに、医学部に入れない方も多いと思う。そういう人にはバイオ関係をお勧めする。上述の彼も結局獣医学科にいったわけであるが、彼がこんなことを言っていた。確かに医者は高給取りでいい職かもしれない。しかし、医者になったところで、生涯のうちで治せる患者は千人単位だ。しかし、バイオ関係にいって、新薬を開発すれば、億単位の人命が救助できる、と。まあ、これからは、少子化で大学受験も簡単になっていくので医学部を目指して入れない人も少なくはなってくることでしょう。でも、万が一、入れなかった人はバイオ関係に進まれることをお勧めします
2005.06.24
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メジャー長谷川投手の美談長谷川投手といえば、イチローと同じマリナーズのセットアッパーであるが、やはりセットアッパーとして、以前メジャーの他の球団にいたそうである。そのチームであるシーズン大活躍をして、優勝争いをしたそうである。しかし、優勝のかかった大事な試合で打たれてしまって、優勝を逃してしまったのである。打たれたあとベンチでがっかりしているとチームメートが2人来て、事務室に来いといったそうである。長谷川は俺は殴られるのかなぁ?と思ったそうである。しかし、事務室に行くと、2人がハセお前のおかげで俺たちは優勝争いをできたじゃないかと、あたたかい言葉でなぐさめてくれたそうである。アメリカは確かに個人主義の国だが、個人主義だからといって、みんながばらばらということはないそうである。ウエーテリングルームなどに行くと、こいつは毎日来てるな、こいつはさぼってるな、と見ているそうである。まあ、もともと長谷川はアメリカに住む予定ではあったのだが、その後彼はアメリカに家を建てたそうである。まあ、美談ですね。
2005.06.23
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経済学のうそとほんと歴史上有名な経済学者はたくさんいますね。国富論のアダムスミス、ケインジアンのケインズなどなどです。あとは最高の社会科学者と称されるマルクスもいますね。マルクスは例外かもしれませんが、スミスさんとケインズさんは、少し不真面目だったそうです。経済学とは自分の生活に直接かかわってきますよね。すなわち、経済理論もその理論どおりの政策をすれば、自分の所属する階層が儲かったり儲からなかったりするわけです。その点がその他の学問と違いまして、物理を例にあげるなら、いくらビックバン宇宙論の仮説を考えたところで自分が裕福になるわけではないのです。すなわち、国富論もケインジアンも彼らの階層が、儲かるような経済理論だったわけです。これだけ有名な経済学者の理論の背景にそんな事情があったとは驚きですよね。
2005.06.22
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GDPとクラッシッククラッシック音楽と社会の豊かさには相関関係があるという。日本のように、ある程度社会が成熟するとあまりいい楽士、すなわち楽器演奏者がでないそうである。成熟する途上の国から、いい楽士がでるらしい。なぜそうなのかは、よくわからないがそういうことらしい。マーラーと交響曲第9番ベートベンやドボルザークなどがそうであるが二人とも交響曲を9つ創って亡くなっている。それゆえマーラーも9番目の交響曲を作曲するのを、恐れていたそうである。で、9番目を創ってそれを協奏曲かなにかに名前を変更したそうである、笑いしかし、交響曲をその次に作曲して実質的には10番作曲後に亡くなったのだが、皮肉なことに形式的には9番でなくなったそうである。笑い
2005.06.19
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東京学会館浦安高校の二人の石井左投手というのは、右投手よりも貴重であるという。同じスピードガン表示ならば、左投手のほうが速く感じるのである。速かった左投手の典型といえば、400勝投手の金田、年間400奪三振の江夏があげられる。当時はスピードガンはなかったが、おそらくこの二人の投手は150キロの球を投げていただろう。時代が進むにつれ、投手の球速も速くなってきている。昔は150キロを投げる投手はプロ野球会で一人か二人だったが現在では一チームに一人はいる。そういう二つの意味では、確かに単なる偶然にとられてしまうかもしれないが、東京学館浦安高校から150キロを投げる左腕が二人もでているのである。まあ、ヤクルトの二人の石井なわけだが時代的に離れているのならばまだわかる。しかし、つい最近、150を投げる左投手が同じ高校からでているというのは注目に値するのではないか?高校野球関係者ならずとも、プロにおいても東京学館浦安高校の野球部を視察にいくと何かがみつかるのではないだろうか?
2005.06.18
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女性の言葉女性の言葉は超言語的である。具体的に言えば、夜遅く飲んだくれの亭主が帰宅して、妻が何こんな遅くに帰ってくるのよ、と怒ったとする。確かにその言葉には、馬鹿やろうという意味も含まれてるかもしれない。しかし同時に、こんなに遅くまで夜ほっつきあるいていたら、体をこわすじゃないのよ、というやさしい意味も含まれているのである。脳には右脳と左脳があるが、この二つの脳の間にはパイプがあるそうである。そしてそのパイプは女性の方が太いそうである。いわば、女性がその太いパイプをつかって脳全体を使って生きているのにたいして、男性は部分的にしか使っていないのである。要するに男性が馬鹿やろうと言ったら馬鹿という意味しかないのである。脳全体を使ったほうが長生きするそうである。一般に文科系の人間のほうが理系よりも長生きするのは、脳全体をつかっているからであろう。女性が長生きなのも同じ理由だろう。神がなぜ男女をこう分けて創ったのはなぜなのだろうか?あるいは科学的に学者はなんと答えるのだろうか?男は思考的、感覚的、女性は直感的、感情的。ほんとうに両者は対称ですね。
2005.06.17
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知育徳育体育明治の偉人津田塾大学を創始した津田梅子は、我々が学問をするのは、人格をみがくためにしているのですと言っている。学校の教師にしろ、社会にしろ、知育や体育は実にわかりやすい指標であるのか、重視するのだが、どうも人格というものが重視されていない。いかなる行為にしろ、何々のために行動すると考えると結果的によいことがある。大関千代大海が、私は親孝行のために相撲をとりますと言ったとき、親方の元千代の富士は、あ、この子は伸びるなとおもったそうである。行動療法というものがある。ある行動をすると、その人の考え方が強化されるというものだが、毎日などなにかしら、善行をしたことを日記なりにつけるといいだろう。それを繰り返していくうちにいい感じの人間になるのではないだろうか。
2005.06.16
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自然環境と性格自分が住んでいる自然環境と性格には関係があるという。日本は自然が、たとえば、灼熱の国インドや、アラブのような砂漠地帯と違って、厳しくない。ゆえに、土地の開墾がそういった国々よりもたやすいのであった。そういったことから、努力すればなんとかなるという勤勉性がうまれたといわれている。あるいは、日本人は過熱と冷却が激しいという。たとえば、Jリーグだ、小泉人気だというと、みんながそれにどどどと流れてしまう。その原因は、日本が火山性の土壌で食物にカルシウムが少ないという説もある。あとは地形の状態が性格にも影響する。たとえば、盆地に住んでいる住人は一般的に、仲間意識がつよくて協力しようという性質がある。また、川によってある地域が寸断されていると川の向こうとこちらでは、住人の仲が悪いとも言われる。私の住んでいる町も川で分断されてるのでまあ、仲が悪いのです、笑い
2005.06.14
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大学受験における文系と理系の違い結論から言えば、文科系は努力型の分野、理科系は才能型の分野といえる。予備校の先生が言っていたが、理系のセンスを養うには一年半必要だという。故に一浪しても、いい大学には入れないそうだ。理系は才能型なので、もし先天的に恵まれていれば、わずかの努力でいい大学に入ることもできる。友人が言うには、受験参考書も使わずに教科書を読んだだけで、東大に受かった人がいるそうだ。逆に文科系は努力がものをいう。たとえば、勉強が、社会科にしろ、英語にしろ暗記中心なので、知識がある一定レベルに達すればいい大学に入ることができるのである。あと文系が有利なのは、英語、漢文、古文、国語が、すべて語学をやっているという点であろう。要するに、英語の力を伸ばすのにその他の語学系の学問、たとえば国語の勉強というものが、役に立つのである。しかし、理系は英語の学習と数学や物理の学習には何の相関関係がないのである。それだけ、理系のほうが大変なのである。まあ、友人の友人のような方もいることはいるのであるが。
2005.06.13
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日本人と実用主義日本人とは何かといえば、いろいろと議論がでてくるだろう。そしてその特徴のひとつに実用主義があげられると思われる。すなわち、それが何なのかというふうに考えるのではなくて、いかにそれを使うかという主義とでも言おうか。戦国時代に鉄砲が盛んに使われて、戦術が変わってしまったのだが、当時のオスマントルコやムガール帝国(インド)は、鉄砲をとりいれていないのである。なぜかといえば、鉄砲が戦争に使われれば、戦闘形式が変わり、騎兵の存在意義がなくなってしまうからである。また、幕末に薩摩と英国が戦争をして薩摩が簡単に負けてしまったのだが、普通、戦争に敗れると目、耳、口抑えて相手のことを何も聞くもんかとなるそうである。しかし、敗戦後、薩摩はヨーロッパのクラッシック音楽を導入しているのである。ようするに、これは使えるとなると導入するのが凄いのである。
2005.06.11
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詩作のすすめ僕は毎日短歌をかいています。正確には詠んでいますね。詩作というのは短歌にしろ、俳句にしろ精神健康上いいみたいですね。たまたま父がそういっていたのでまあ、ここ3ヶ月ほど詠んでいますが、なんだか余裕が出てきたように思います。病室で暇な方や、リストラで家に居る方などあるいは浪人中の受験生には詩作を勧めます。そうですね、いじめにあってるような児童にもすすめたいです。内容はさまざまでいいですね。恋愛、人生、情景、旅行、など、なにかいい感じの気分になったら詩を詠んでみましょう。
2005.06.10
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最高学府とはどんなところ?知人に東大生がいるが、東大生についていろいろと話を聞いた。よく東大生は社会で通用しないと言われるが、その点について聞いてみた。まず東大生は集中力が凄いそうである。同僚がくだらない漫画を読んでいるさいに話かけても返事がかえってこないそうである。次に東大生は優先順位がないとのことである。どうでもいいことを、片っ端からどんどん覚えていってしまうそうである。そういうところが東大生が通用しないということに関係があるのでは?と知人が言っていた。また、東大生は価値観が狭いそうである。エリート街道をまっすぐに進むことだけが人生だと思っているそうである。故に、やっと四年生ぐらいになって、対等に話ができるようになるとのことである。あと、東大生はシステムに乗るのは上手いがシステムをつくることはできないとも言っていた。最近不祥事を起こした堤氏がいるが、彼は東大でも異色であり、堤氏がつくった勉強会が伝統的に残っているそうである。まあ、知人が言うには、勉強ができるのだから別にそれでもかまわないとのことではあるようだが。以上東大の悪口とも思えることを書いてしまったが、東大生になりたいと思っている方や東大に興味がある方が読んでいただければ幸いです。東大生はやはり優秀です。菊川怜をみても頭の良さがわかりますよね。ただ、これだけ優秀な人材を、もっと分散して、異なったことをさせれば、たとえば飛び級なんかもどんどんやって、物作り学校なんかも作って、世の中が動いてくれれば尚いいですね。
2005.06.08
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