ALL TOMORROW'S PARTIES

脚本



あまりに突然の宣告に呆気にとられて顔を上げる。
信じられないという表情。
「嘘でしょ?」
今日は私の27回目の誕生日。
ムードのあるイタリアンレストランで楽しくお食事、
この後ワインもいただいて・・楽しい夜になるはずだった。
男が吹きだして言う。
「困るなぁ。本気にされても。
大体僕が君みたいなさえない女と本気で付き合う
わけないでしょ。今度結婚するんだ。だからもう会うのはよそう。」
まるで全てが冗談だったかのような軽い物言い。
立ち上がり去っていく男に私は思わず立ち上がって大声を上げる。
「待って!」
男が立ち止まる。
「嘘でしょ?こんなの嫌よ。
私はあなたのこと本気だったのよ。本気で・・・。」
騒がしかった店内は一瞬で静まり返り、冷たい視線が集中する。
涙。
男は踵を返して私に近寄ると肩に手を置いて耳元に囁くように行った。

「君に僕は似合わないよ。
そんな台詞も似合わない。」

これが数時間前に起こった出来事。
私はそのまま会社に戻り、その屋上に鎮座して3本目の缶ビールを
あおっている。足元にはめちゃくちゃにつぶれたビールの缶が
散らばっている。その最後の一缶を飲み干すと私は手すりにつかまって
地上を覗き込んでみた。
地上ははるか彼方、往来も少ない。
酔いがまわっているのか視界がぐらぐらと揺れた。
この高さなら・・間違いなく死ねる。
私は靴をその場で脱ぎ捨て、片足を手すりにかける。
死ぬ理由・・・理由は・・・そうね。
人生に対する深い・・深い絶望。
思えば今まで生きてきていいことはほとんどなかった。
家が貧乏だったから苦労のしっぱなし。
頭だってよくないし、容貌もさえないし
安月給のOL、30手前。
やっと幸せになれると思ったのに・・。
未練なんてない。こんな人生、早く終わらせてやるわ。
明日出勤したらやつはきっとびっくりすることだろう。
ふん、いい気味だわ。
私が思いきって手すりから身を乗り出した、そのときだった。
「待ちなさい。」
突然背後から男の声がしてびっくりして振り返る。
「誰!?」
そこにはこの暑い中黒いロングコートに黒いシルクハットを
深くかぶった黒尽くめの奇妙な男が立っていた。
いくら目を凝らしてみても男の姿は暗闇の中で薄暗く不安定であった。
男はかばんの中からぼろぼろの本のようなものを取り出すと
ぱらぱらとめくった。

「読ませていただきましたよ。あなたの脚本。
はっきりいって・・・最低です。想像性のかけらもない。」
「え?」
男は大きくため息をついてその本を投げ捨てた。
言っていることが飲み込めず戸惑う私を尻目に男は続けた。
「あなたの人生は最悪だ。確かにそうだ。
でも、それはあなたのせいじゃない。脚本が悪いんだ。
世の中にはいろいろな脚本がある。人の数だけある。
悲劇・喜劇・サスペンス・SF・・・・・でもあなたのは
そんなんじゃない。ただのつまらない、退屈な、駄作だ。
有能なエージェントなら3行読んだだけでゴミ箱に投げ捨てるような
三流の失敗作だ。それがあなたの脚本だ。」
ここまで言って男は一呼吸置くと、近づいてきて
静かに一片の名詞を差し出した。
男には顔が無かった。
「失礼。私はこういうものです。」
名詞を受け取り表を覗き込むと
そこにはこう印刷してあった・・・


あなたの人生書き直します。
フリー・スクリプト・ライター
黒部 一郎


「フリースクリプトライター?」
「はい。私はあなたのような恵まれない方々の人生を立て直す
お手伝いをさせていただいているものです。
もしも私にまかせてくださるというなら、最高の人生を
お約束しましょう。いかがですか?」
「でも・・・」
「何、心配はいりません。」
男は私の言葉を大きな声でさえぎりながら言った。
「代金でしたら結構です。
お客様に喜んでいただけること、それが何よりの報酬ですから。
実はもう最初の部分は完成しているんですよ・・・。」
男の声には一種の魔力めいた響きがあって
私の頭に直接響いてくるように抵抗させなかった。
男が鞄から今度は真新しい本を取り出して私に差し出した。
「さあ、読んでみて下さい。」
恐る恐る受け取って最初のページを開くと
そこには綺麗にタイプされた文字がぎっしりと並んでいた。
「いいですか。あなたのすることはその脚本どおり行動し
脚本通りの台詞を話すこと、これだけです。
ただし必ず守ってくださいね。
そうすれば素晴らしい未来を約束いたしましょう。
ただし、守れなかった場合は・・・・」

しかし男の話が終わる前に、私は早くもその脚本に
夢中になっていたのであった・・・・。


        続く

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