2021.10.10
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カテゴリ: ちょこっと豆知識

 体育の日とは、10月10日のことだったんですよ。


​ああ年齢がバレてしまうなぁ。​


​…と思わざるを得ませんが


現在 ​​「スポーツの日」​​ と呼ばれる
​10月の第2月曜日​ の国民の祝日は、

かつては ​「体育の日」​ と呼ばれる
​10月10日​ 固定の国民の祝日のことでした。


なぜその日なのかというと、
それは世界的なスポーツの祭典、
オリンピックに由来する日 だからです。


 なぜオリンピック開催日が祝日となったのか。


戦後日本の宿願であった
​1964年の東京オリンピック​

その ​開会式が行われたのが 10月10日 で、
その日を 1966年に 「体育の日」と祝日に定めた​ のが始まりです。

つまり祝日に定めるほどに
日本にとってこれは重要な出来事でした。

それはなぜか。


◇ 祝祭の年であるはずだった1940年


1936年、国際オリンピック委員会(IOC)は
歴史上初めて、アジア地域でオリンピック開催を決定しました。
そのとき選ばれたのが日本です。

開催予定とされたのは ​1940年​

それは日本の国の起源を
紀元前660年の神武天皇即位の日としていた日本にとって
​皇紀2600年という節目の年​ であり、

さらに同年には、
「紀元二千六百年記念日本万国博覧会」
つまりは ​万博も重ねて開催​ される予定でした。

世界的規模の祝祭が同時開催される期待とともに、
国内の祝賀行事も様々に予定 されるなど、

​​とてつもない祝祭の一年​​ となるはずでした。


◇ 幻となった東京オリンピック

​​​
しかし 1937年から始まった日中戦争 があり、
世界の日本を見る目が厳しくなってゆくと同時に、
日本側も資金の調達が難航することになりました。

さらに決定打となったのは、
日本柔道界の重鎮「柔道の父」であり
東京開催に力を尽くし「日本の体育の父」である
​加納治五郎さんの死去​ だったのかもしれません。

​結果、
​1937年に日本政府は東京オリンピック開催権を返上​ しました。
​1938年には万博も延期が決定、事実上の中止​ となりました。

その後、日本は太平洋戦争へと舵を切ることになります。


◇ 平和の祭典という希望


そして1945年に戦争が終わり、
1951年サンフランシスコ講和条約締結によって、
日本の主権も回復することになります。

そんな日本の復興期、
国家事業のひとつとしてオリンピック招致がありました。

​かつて中止された平和の祭典を、今度こそ日本で。​

それが戦後日本の悲願であり希望でした。
かくして1964年、東京オリンピックは晴れて開催され、
開会式であった10月10日は祝日となりました。

それは体育の日であると同時に、
平和と希望の日でもあったのです。


 「体育の日」の変遷について


とは言えども、
時代はすすみ、移り変わるもの。

体育の日にこめられた祈りや願いは
時が経つにつれてその意味合いは薄くなり、

私たちくらいの世代になると
「運動会の日」 というイメージとなりました。

それにしても、


〇 1966年~1999年 の間は
 「体育の日」は10月10日 で、

〇 2000年 に適用されたハッピーマンデー制度により
 「体育の日」は10月の第2月曜日 となり、

〇 2020年 には
 「体育の日」は 「スポーツの日」 と名称を変え、

〇 2021年 だけは
 2回目の東京オリンピック開会式の日である
 7月23日が「スポーツの日」 とされました。

〇 2022年 からは
 あらためて 10月の第2月曜日が「スポーツの日」 です。


案外、色々な変化は起きていたんですね。





​​ 余談ですが ​​



幻の東京オリンピックとなった1940年の前の回である
1936年にはドイツでベルリンオリンピックが開催されました。

国威発揚の場として大いに利用された
プロパガンダ効果が高かったとして批判される大会ですが、

「前畑ガンバレ!」のラジオ中継応援放送が有名な
日本人女性初の金メダリスト前畑秀子選手、

「友情のメダル」として銀と銅のメダルを半分に割って分け合った
西田修平選手と大江季雄選手など、
日本人選手がとても活躍した大会でもありました。
​​​​​

この大会の水泳選手、
金メダリストの寺田登選手・杉浦重雄選手
銅メダリストの牧野正蔵選手は

私と同じ高校(当時は旧制中学)の出身だそうです
思い出してみると確かにプールサイドにレリーフがありましたわー……




そのベルリンオリンピックの記録映画があります。

ドイツの女性映画監督であり、写真家であり、女優でもあり、
さらには世界最年長のスキューバダイバーでもあった
レ二・リーフェンシュタール

ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』の監督でもあったり
ナチス協力者という非難は免れ得ないものでしたが
現代でもオリンピック記録映画として大きく評価されている作品が
『オリンピア』という二部作です。


『オリンピア』のうち、
開会式と陸上競技の記録が『民族の祭典』

​​
民族の祭典 【淀川長治解説映像付き】 [ レニ・リーフェンシュタール ]

陸上競技以外の17種目と閉会式が『美の祭典』

​​
美の祭典 【淀川長治解説映像付き】 [ レニ・リーフェンシュタール ] ​​

として公開されました。

これらは​当時の世界各国の事情によって
色々な編集バージョンが存在しているそうです。

私はかつて深夜に放送されたこれを
VHSに録画して何度も見るほどハマっておりました。

一見とてもシンプルな記録映像なのに、
くっきりと記憶に残るくらいの魔力があった

断言してもいいくらい
美しい映像です。



監督レニ・リーフェンシュタール自身についての書籍もありました。
​多くの写真とともに彼女の生涯を追う一冊です。

​​
レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実 [ スティ-ヴン・バック ] ​​

​​​​
​​





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最終更新日  2023.09.23 23:48:18
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