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↓これ面白いですね。海外旅行好きのボクにはたまりません♪Google Maps技術使った世界遺産検索サービス、カカクコム子会社http://nikkeibp.jp/wcs/j/comp/393247でも、やっぱりピラミッドのところを探しても見つからないんだよなー。。どなたか、四角いピラミッドの画像を見つけた人は教えてくださーい(^^;
2005.08.24
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今から11年前の1994年2月18日。それまで、海外はおろか、飛行機にすら乗った事が無かった、わんこパパ(当時学生)は、大学の春休みを利用して、初飛行機&海外旅行にもかかわらず、無謀にも、インドなど南アジアへの40日間の放浪の旅へ出発した。しかし、結果的には、今までの人生の中で最も有意義かつ、密度の濃い体験になり、周囲の反対を押し切って、行った甲斐があったと心から思えた貴重な旅となった。今日から40日間、毎日とはいかないけど、その放浪の旅の様子を書いて行こうと思います♪-------------------------------------1994年2月18日(出発の日)いつも直前にならないと準備をしない、わんこパパ(当時は学生)は、この日も予想通り、旅の用意を直前までしていて、徹夜明けのまま、バックパック一つで、成田へ向かった。わんこパパは、それまで飛行機に一度も乗った事が無く、国内も北はスキーで行った岩手、西にいたっては大阪までしか行った事が無いという今どき、化石のような貴重な存在であった。。そんな訳で、まずは飛行機に乗れる!と、とても楽しみでワクワクしていた。(なんか小学生みたいだな(^^;;航空券は、オープンチケットという、帰りの日程や空港の変更が自由なチケット。行きは、タイのバンコク経由で、スリランカのコロンボへ向かうルートにした。航空会社未定となっていたので、チケットを受け取るまで、どの航空会社で行くのか分からない。チケットを受け取ると、航空会社の欄に「AI」の文字が。「AI」?、そんな名前の映画があったな?とは当時は思うはずも無く、さっぱり見当もつかないまま、出発ゲートへ向かった。出発ゲートのチケット挿入口の近くには、普通スッチーがいるはずなのだが、(ということも、当時は知らない..)そこに居たのは、サリーを身にまとったインド人女性達(驚)そう、AIとは、インドの航空会社、エアーインディアの略だったのだ(^^;;うーん。生まれて初めて乗る飛行機がインドの飛行機というのも、なかなか貴重かも♪
2005.02.18
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10年前に初めてインターネットを使った時、最初に見に行ったのは、雑誌に載っていたペルーの政府観光局のページだった。英語だったけど、インカの遺跡っぽい雰囲気のカラフルなページが表示された時には、何だか画面の中にドラえもんの「どこでもドア」が出来たようで、メチャメチャ感動したのを覚えている♪http://www.peru.info/perueng.asp↑今はだいぶ洗練されてしまったようで、、前の方が雰囲気出てたなぁ(^^;;でも、今は世界中の観光地のページを見て回っても、テキストのリンクを辿ったり、キーワード検索して見るだけなので、イマイチ、画面の中で世界旅行をしている感覚には全然ならない。。画面上の3Dの地球儀を回して、衛星写真をスムーズに拡大縮小したりする感覚で、もっと、自然な感じで世界各地の地図や様子がどんどん見られたらいいなあ。。と思っていたら、Google Mapという新しい地図検索サービスが公開されたようです。http://maps.google.com/mapsこれ、何がスゴイって、マウスでドラッグするだけで、どんどん地図を思い通りに動かして見る事ができるところ♪拡大縮小がもっとなめらかになって、拡大したら建物まで見えるような地図になるともっといいなー、と思うけど、β版という事なので、今後に期待(^-^)と思っていたら、地図をクリックすると、その周辺の映像が実写映像で流れるというサービスをあのアマゾンが始めたらしいです。http://a9.com/-/company/YellowPages.jspそのうち、家に居ながらに海外旅行の雰囲気がそこそこ楽しめるようになるかも(^-^)
2005.02.10
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月曜日に本田晃一さんのメルマガで、「明日テレビに出ます!セミリタイヤ特集の一人として」とお知らせがあった。本田晃一さんはブログに掲載されているイラストと、赤ちゃんの写真しか見た事が無かったので、いったいどんな人なのかな?と思って、フジテレビの「とくダネ!」を録画しておいた。出演時間は2分と言っていたので、あまり期待はしてなかったのだけれど、セミリタイヤ特集自体は、結構長くて20分近くやっていた。最初に紹介されたのは、昨年12月に実際にお会いしたことのある、マウイ島でヤングリタイヤ生活を送る、ヒロ・ナカジマさん。新婚の奥さんとハワイの一軒屋でラブラブに暮らしている様子や、少年時代から今に至るまでの経緯なども放映された。奥さんがモデルさんのようにキレイなので、ビックリ!その後、東京湾を自分で買ったクルーザー(と言ってもたった100万円というから驚き)でクルージングする本田晃一さんが放映された。笑顔が似合うメチャメチャ好青年だった。本田晃一さんのお父さんも出演されていた。詳しくは本田晃一さんのブログを見てください。http://blog.livedoor.jp/hondakochan/他にもサラリーマン時代に貯金した2000万円だけでセミリタイヤを実現している30代の家族なども紹介されたが、共通していたのは、皆、その父親はセミリヤイヤ生活に対して良く思っていない事だった。「男は体が動くうちは一生懸命働くのが当たり前」「20代、30代でリタイヤだぁ?ふざけるな!」というのが、本音らしい。。注)本田晃一さんのお父さんは、実際には理解してくれているとの事です。放送後の、アナウンサーやゲストの方達の反応も、かなり否定的な雰囲気だった。コメントでは、「仕事をしなくなったら、毎日張り合いが無くなってしまう」「仕事していたほうが、多くの人から頼りにされて充実できる」「ボクもリタイヤしようと思えば今すぐできるけど、 仕事を通して得るもの大きいから辞めるつもりは無い」と言った感じで、「ウラヤマシイ」というコメントは何と1つも出なかった(驚)まあ、アナウンサーやゲストなどのテレビに出るような人達は、今まで一生懸命頑張ってきた結果、世間から高く評価されている人たちが多いので、セミリタイヤという考えは、彼等の今までの生き方そのものを否定されてしまったような気がしたのかも知れない(推測)でも、私達は断然セミリタイヤしたい派だ。高校受験時代から、つい2年程前までの実に20年以上の間、いわゆる世間の期待に答えるよう、必死に努力し続けてきたけど、その結果、若い時代の貴重な時間を相当犠牲にしてしまった。。「65才になったら、それまでの努力が報われて自由が得られるのだから、 それまでは、ガマンして働き続けなさい」なんて価値観に対しては、それこそ、「ふざけるな!そんな年をとってから何ができるんだ。」と言いたくなってくる。(久々に熱くなっているワタシ(^^;;)もちろん、人それぞれ、価値観が違うから、人がどんな人生を送ろうと、構わないけど、55才から65才の人で、働いている男性の割合は、日本とアメリカがダントツに高くて90%ぐらいなのに対して、ヨーロッパ(ドイツ、フランス)では、40ー50%程度。イタリアに至っては30%だという統計結果も放映された。「日本人はおかしいよ。日本人は「働く事=人生」になってる。 人生はもっと楽しんでいいんじゃない?」という、本田晃一さんの言葉が印象的だった。
2005.01.18
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スマトラ島地震による津波被害の義援金募集、始まったようです!インターネットからも送金できます。●日本赤十字社http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/703.html●日本ユニセフhttp://www.unicef.or.jp/kinkyu/sumatra/2004.htm「そんな、個人が少しぐらい送金したからって、何の足しにもならないよ」「義援金を送って満足してるなんて、単なる偽善者だよねー。ヤダヤダ」とか思っている、そこのアナタ!!今回被害に遭った地域は、日本では信じられないぐらい物価の安い地域がほとんどです。たった数千円でも、向こうの価値では数万~数十万円以上になる事もあります。それで、少しでもお役に立てるなら、安いもんじゃないですか!カンタンですので、小額でも面倒がらずに送ってみましょう(^-^)さて、先々週にお会いした、マウイ島でヤングリタイヤメント生活を楽しむ、ヒロ・ナカジマさんが、今月、皆さんをアッ!と言わせますよ。キーワードは「ガオー!」です。と予告していたのですが、今日のメルマガにその答えが書いてありました。ナント、1か月前に、隣に住む友人の話を聞いて、はじめて南アフリカに興味を持ち、今月25日の飛行機で、マウイから南アフリカに渡ったのだそうです。(津波の影響は大丈夫だったんでしょうか?)それだけなら、少ししか驚かないのですが、ビックリしたのは、単なる旅行でなく、そのまんま2月まで、南アフリカに住むという事。 ええーっ!!!(驚)×10まさに、ヤンリタしていなければ、とても真似できない離れ業。そのきっかけとなった、隣のイタリア人夫婦のライフスタイルがまたスゴイ!1年のうち半分はマウイ島、冬の2ー3か月間は南アフリカ、残りの期間は世界旅行をしているのだとか。。リタイヤした老人でなくて、30代の夫婦でですよ!これって、私達が目指している、時間と場所に捕われず、好きなときに好きな場所に住むライフスタイルそのものじゃないですか(驚)日本で普通に、会社員や主婦の人達と生活していると、「そんなの、夢物語で宝くじが何度も当たらない限り実現できる訳ない!」「だいたい子供がいたら無理!」って決めつけてるけど、実際にそういう人達がいるんだなー。と改めて認識しま
2004.12.28
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この週末は、子供と遊んだり、年賀状を作成したりしていて、テレビを見ていなかった。なので、今回のアジアリゾート各地の津波の被害を知ったのは日曜の夜になってからだった。私が初めて海外旅行に行ったのは、大学時代の春休みを利用した約40日間の旅で、ルートは、タイ→スリランカ→モルディブ→南インドだった。今回の被害地とほぼ一致する(驚)そのような過去もあり、とても遠い国の出来事とは思えない。。どこも、大自然が広がり、南国ならではの朗らかな人達の住む、のんびり&ゆったりしたリゾート地なので、今回映像に映し出された光景のあまりの変わりように、言葉を失った。。27日15時現在、死者の数は1万3000人を超えているという。NYの911テロを上回る数だ。ストレスの溜まる都会から逃れて、バカンスに来ていて、このような予想もしなかった被害に遭われてしまった方々の事を思うと、何とも例えようがない。今の私にできる事は、義援金を送る事ぐらいだけど、27日15時現在、今回の津波被害用の受付はまだ行われていないようだ。下記などで、そのうち開始されると思う。でも、本当はニュースにならなくても、助けを求めている人達はたくさんいるので、日頃から自分達のできる範囲で寄付などはしていきたいと思った。同情するだけでは、何も解決しない。●日本ユニセフ協会 ユニセフ緊急支援情報http://www.unicef.or.jp/●日本赤十字社 海外支援金受付http://www.jrc.or.jp/sanka/help/aid/index.html他にも募金や救援などの情報があれば、コメント&トラバ頂けると嬉しいです。
2004.12.27
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前からとっても楽しみにしていた、育児セミリタイヤ生活時代からの大ファンである、本田健さんの講演会へ参加して来ました(^-^)娘さんを育てるのに最善の環境を色々探していた、家族思いの本田健さんは、来年から軽井沢を離れて、アメリカに移住される予定らしく、日本での講演会は今後貴重になるかも。会場となった府中の森芸術劇場は8000人もの応募者の中から抽選で当たった2000名もの人たちが集まり、みんな本田健さんの登場を楽しみにしている様子。でも、最初に出て来られたのは、来場者の皆さんへ音楽のプレゼントがしたいと言う事で招かれた、ウォン・ウォン・ツァンというピアニストの方。私は失礼ながら、その人を知らなかったので、最初は正直、「ピアノもいいけど、本田健さんの講演が聞きたいのになぁ。。」と、ちょっと不満に思っていたのだけれど、ピアノを演奏し出したとたん、そんな思いはふっとんで、すぐに聞き入ってしまった。そういえば、ここ何年もプロの生演奏なんて聴いてなかったなあ。。やっぱり生演奏は心が癒されるなあ。。などすっかりハマってしまった(^-^)特に、自分で作曲したという3曲目の曲は、イントロから涙が出そうになった。何でかは全然わからないけど、きっとウォン・ウォン・ツァン氏が言うように、自分の魂が喜ぶために作った曲だから、理屈を越えた何かが私の魂に響いたのだろう。その他の曲ももちろん素晴らしかった。NHK教育テレビの番組テーマ曲になっているとの事で、結構聴いた事のある曲も多かった。また、合間のトークもとっても面白くて、本田健さんの講演を聴く前に、すっかり幸せな気分になった(^-^)さて、休憩後、本田健さんの若い頃の写真などがちょろっと流れるビデオが流れた後、いよいよ、本人が登場した。ちょっと前までは、髪をロングにしていたとか、とあるセミナーで神田昌典さんが、「本田健さん、かっこいいですねぇー。ウラヤマシー!!」と繰り返していたので、てっきり、キムタクのようなイケメンな感じなのか?と思っていたけど、実物は、眼鏡をかけて、ちょっとポッチャリした感じだった(失礼(^^;;)でも、そんな感じがかえって、親しみが湧いて、余計ファンになってしまった(^-^)講演のタイトルは、来年1月に発売される最新刊のタイトルと同じ、「きっとよくなる」だったけど、決して良くある本のプロモーション活動としての講演ではなく、今後の著作の構想や、海外展開などの話がメインで、特に最近韓国語訳された本が韓国で大好評で、嬉しい悲鳴をあげている様子などが、スライドを交えながら、紹介され、関西人ならではのユーモア溢れるお笑いトークで、とても楽しいひとときを過ごさせていただいた。講演の最後に「きっとよくなる」の要点が語られた。それは、「幸せな人生を送るには、心配しないと決める事がとっても大事」という事だった。でも、そうは言っても、「心配しない」と決められる人は全体の5%ぐらいしかいないそうで、それだけでは、大抵の人は、「そうは言っても、無理だよー」で終わってしまう。でも、講演はそこで終わらなかった。そこで終わっていたら、普通の講演会で良くありがちな、聴いた時は、話がウマさにのせられて、「すごく良かったー」と思っても、後に何も残らないパターンになってしまう(^^;;;その後、本田健さんは、「心配しないで済む方法は、人に何かを与えてみる事です。 ちょっと試してみましょう。 今日、誕生日の方はいらっしゃいますか?」と言って、会場の参加者でたまたま誕生日だった人に壇上に上がってもらった。で、「では、皆さん、この2人にHappyBirthDayの歌を、心をからお祝いする気持ちで歌ってあげましょう」と言って、ちゃんと2人の名前入りで、会場の2000人が一斉に歌い出した。2000人もいるので、それはもう、すごい大合唱。歌い終わった後は、会場からものすごい拍手と歓声や指笛がわき上がった(^-^)私も、「いいなー」などとウラヤム気持ちは不思議と起こらず、素直に、2人に「おめでとう!」とお祝いする気持ちになった(^-^)祝福された2人は、とても嬉しそうで、1人は「今までで最高の誕生日です!」と言っていた。今まで似たような話は、例えば斉藤一人さんの「困った事は起こらない」などのお話で知ってはいたけれど、実際にはどういう状態なのか、この体験で、体で実感できたような気がした。こうやって、小さな事でも、例えモノやお金でなくても、人に見返りを求めずに素直にプラスのエネルギーを与え続ける事によって、その人は徐々に徳を積んで精神的に幸せになっていくんだろうな。そして、それは結果的に経済的な豊かさにもつながっていくんだろう。と、気が付いた。帰りには、「きっとよくなる」の小冊子を5冊もいただいた。とても読みやすく、電車の中で一気に読んでしまった。とても暖かい気持ちになった。パクリだとか批判する人もいるけど、私は、こんな人が実際にいるんだ。と素直に感動した。ますます、ファンになった。本田健さん、ありがとうございました(^-^)
2004.12.19
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先週の金土と、「ハワイプチ富豪の成功法則」の著者である、ヒロ・ナカジマさんにお会いして来ました(^-^) といっても、残念ながらマウイに行って来た訳ではないんですぅ(^^;;先週日本に来て大阪&東京で、ヤンリタセミナー&懇親会をやっていたので、ちょっと高かったけど、それに参加してきたのでした(^^;;お約束で、12月なのにアロハにビーチサンダルで講演されていたヒロさんは、一度お会いしただけなのに、皆をフレンドリーにしてしまう不思議なオーラを持った人でした♪でも、その外見や南国の雰囲気とは違って、講演の内容は、とても理論的かつ具体的。ちゃんと数値を代入できる方程式の形でポイントを示してくれました。(本に載っている方程式よりもはるかに具体的なものです)今回のお話は、「ヤンリタ(若くして労働せずに毎日好きな事に打込める真の自由を手に入れた生活)って、皆さんが思ってるほど難しくないでしょ?ホラ!」というのがメインのテーマだったので、サラリーマンのままでも、「お得な」投資用不動産を手に入れる事ができれば、15年後にはヤンリタできる。というのを、年間に必要な生活費を元に、実際に金額を入れていく事で、具体的に示してくれました。「お得な」投資用不動産がどうすれば手に入るのか?というのが多くの人にとっては難しいですが、そのハードルさえ克服できれば、一般の人がヤンリタするのも現実的だと理解できました。ただ、私達も含めて、30歳を越えた人たちにとっては、最低15ー20年も待たないと、ヤンリタできないのでは、あまり魅力的なプランではありません。。案の上、そういう質問が出ました。ヒロさんは、「そういう人には起業を勧めています。それが一番の近道です」と答えました。うーん。やはりサラリーマンをやりながらでは、例えヤンリタできたとしても、頭金がかなりの額用意できる場合を除いて、ずいぶん先の話になってしまうんだなぁ。と改めて認識しました。あと、私達のように子供連れで、ヤンリタ/セミリタイヤして、日本だけに定住せずに、好きな時期に好きな場所に行くという目標を達成した場合、「子供の学校の問題」というのが残ります。ハワイプチ富豪のヒロ・ナカジマさんに会って来ました(^-^) (PM 07:40)りすママからは、「私達夫婦は構わないけど、子供が転校ばかりではカワイソウ。。ビザの問題もあるし。。」と言われてしまいました。その事をヒロさんにメールで質問したところ、なんと数時間後には、お返事をくださり、しかも、そのメールをヒロさんのブログ、「ヤングリタイヤメントfromハワイ」に載せていただきました。http://blog.livedoor.jp/hironakajima1/archives/1xxx-xxx-xxxxx.htmlありがとうございました。やはり、成功する人は皆マメだなあ。。と感心しました。うーん。来年はオアフでなくて、マウイに行ってみるか(^^;;
2004.12.12
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前回の日記で書いたように、年明けの1月7日からハワイへ行く計画を立てていたのですが、ツアー扱いで行くと、1才半の子供の料金が3万以上になってしまう事が判明。。オマケに1月7日でも、年始扱いらしく、予約したとたんに、その日から変更が利かなくてキャンセル料がかかるらしい。。今回は、AB-ROADに何ページも載っているハワイではメジャーな旅行会社に問い合わせてみたのだけれど、「明日の朝10時までに入金を済ませてください!」「残金も数日以内に全額振込んでください!」「40日前からキャンセル料かかりますよ!」などと、セカセカしていて、しかも横柄な態度。。たぶん、年末年始の問い合わせで忙しくて、丁寧な対応ができないんだろうなあ。と思いつつも、とたんにツアーで行く気が失せてしまった。。で、もう一度日程含めて考え直す事に(^^;;私は「今度はどこへ行こうか?」「どんなルートで行こうか?どんな所に泊まろうか?」などとプランを練っている時が一番楽しいので、本来、旅行会社主導で、色々決められてしまうのは大嫌い。ハワイの場合は、自分で航空券とホテルを別々に手配するよりツアーのほうがかなり割安そうだから、ツアーで探していたけれど、今回の件で、やっぱり自分で手配したほうがいいな♪と思った。で、多少高くなっても、ツアーには無いようなハワイ旅行がしたいな!と、色々調べていると、なんと、1件家の貸別荘のようなところを発見!http://www.lanikaihomes.com/index_j.htmlワイキキではなく、オアフ島の東海岸の海辺にあるんだけれど、そこは世界のベストビーチトップ10にも選ばれた事があるんだそう(^-^)ワイキキへも車で30分もあれば行けてしまう。レンタカー組には好都合では?値段はシーズンや宿泊数によって変わるらしいのだけれど、ワイキキの高級ホテルに宿泊するよりはお手ごろなようだ。実際に滞在した日本人の方の旅行記へのリンクもあった。http://www5f.biglobe.ne.jp/~poteaya/index.htmうんうん。なるほど。結構いいところかも♪英語だけど、ちょっと問い合わせてみようかな(^-^)
2004.12.02
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ここんとこ、ずっと仕事が忙しくてすっかりごぶたさしてしまいました。さて、昨年の10月に行って以来、赤ん坊(と言ってももう1才半だけど(^^;;)を連れての、2回目のハワイドライブ旅行を計画しましたー!もう育児休暇は取れないので(当たり前か。。)年末年始に行くか?ずらして、12月頭に行くか? 1月に行くか?迷いに迷いましたが、結局、日程は来年1月7日から11日までの3泊5日に決定!本当はもうちょいノンビリした日程でマウイとかのネイバーアイランドとかにも行きたいんだけど、何せ、りすママがほとんど休めない会社なのと、ヨーロッパドライブ旅行、その他電気製品の買い換えなどで散在したツケで、年末年始は予算的に断念。。しかーし!早速、前回利用させてもらったコンドミニアムに問い合わせたところ、正月休みを外したにも関わらず、既にほぼ満室状態だそうで、空きがあるか今、調整中だそうです。。まあ、2回目だし、今回はワイキキでなくてもいいんだけど、どうなることやら??みなさんも、年末年始の旅行計画はお早めに(^0^)/
2004.11.18
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関東は、きのう、今日と暖かくてとってもいい天気(^-^)昨日は祝日だったので、1才5か月になったウッキーを連れ、近くの動物園に行ってきた。最近は、家にいると何度も絵本を持って来ては、「コエ!コエ!」(←「これ読んで!読んで!」と言いたいらしい(^^;;と絵本を読むようにねだってくる。で、動物の絵や写真があると、指を指して、「コエッ!コエッ!!」(←「これなあに?これ?」と言いたいらしい(^^;;と名前を知りたがるのだ。保育園では、「ニャー」(猫)とか、「チュー」(ねずみ)も言えるようになったと、保母さんが話していたけれど、家では「ワンワン!」しか聞いた事がない。。案の定、動物園でキリンを見ても、指を指して、「ワンワン!ワンワン!」とか言っている(爆)しかも、動物園は生後4か月のときにホノルル動物園に行って以来、1年振りなので、動物園は本人も新鮮だろうと思っていたら、すぐに飽きてしまったようで、動物そっちのけで、家族連れで来ている、同じぐらいか、少し大きな子供のほうばっかり見ている(^^;;最近ようやく歩くのもそこそこ上手になったので、そのうち、チョコチョコとその子供のほうに歩いて行ってしまった。。その子のママが、「まあ、かわいい!」と言うと、そのママさんに向かって、指を指して、「ワンワン!ワンワン!」とか言っている。アチャー(^^;;そんな風に、あちこち歩き回って大変だったんだけど、それを見ていて、気付いた事があった。その動物園は山の中にあって、高低差が激しい。道からちょっとでも外れると、急な斜面があったり、足がはまってしまう溝とかがたくさんある。でも、ウッキーは不思議とそういう場所を避けていく。柵などに触るときも、いきなり触らないで、色々観察して、最初は恐る恐る触ったりして、安全だと分かり、だんだん慣れて来てから、初めて、叩いたり、舐めたりする。「さわっちゃダメヨ!」と言っても、自分で確認するまでは気が済まない。無理に引き離そうとすると、小さいのにスゴイ力で思いっきり抵抗する。あと、すごい元気で嬉しそうに歩き回っていたので、全然気が付かなかったけど、ちょっと触ってみると、かなり体が熱い。熱があるようだ。家に帰って計ってみると38度以上あった。。でも、本人はすごく元気で、食欲も旺盛。で、その後、ぐっすり眠って、翌朝には熱も下がっていた。先日、斉藤一人さんのCDで、「正しい」でなく「楽しい」ほうを選ぼう。というお話を聞いた。これ、大抵の人は物事を判断する時に、「どちらが正しいか?」で判断してしまうけど、本当は「どちらが楽しいか?」で判断したほうが、全然いいよ。という、とっーーても深いお話なんだけど、子供って、何も教育されなくても、「どちらが正しいか?」ではなくて、「どちらが楽しいか?」を基準に日々楽しんで過ごしているんだなあ。と感心した(^-^)
2004.11.04
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ハワイのマウイ島で、30代の若さでセミリタイヤし、毎日、カイト・サーフィンをしながら自由を満喫するヒロ・ナカジマさんの本。(ウラヤマシー(^-^))http://www.hironakajima.com/kite/新刊本ランキングで総合ベスト10(ビジネス部門じゃないよ!)に入るほどの人気で、私も注文後、少し待たされてしまった。。成功法則の本は、あふれるほど出ているけど、不思議と今まで、成功した後、リゾート地で自由を満喫しながら、成功本を書いている日本人ってあんまり、というか私の知る限り、誰もいない(^^;;(ロバート・キヨサキ氏は元々ハワイ出身だしね)みなさん成功しても日本に住み続けているか、海外に行った人も大都市で相変わらず忙しそうに働いている。不思議だ。。(成功したら沖縄に移住したいという人は結構聞くけどね)「ハワイプチ富豪の成功法則」の中でヒロ・ナカジマさんは、「金持ち父さんのロバートキヨサキ氏はもう十分過ぎるぐらい稼いでいる。 セミリタイヤと言いながら、新しい会社を立ち上げたり、 講演会で世界中を回って自分の商品を宣伝したりと、多忙な毎日を送っている。 いったい、どこまで稼げば気が済むのだろう??」というような事を書かれています。(文章は少し違うかもしれませんが、お許しくださいね)また、ヒロ・ナカジマさんが住んでいる、マウイの自宅は賃貸で、豪邸でも何でもない、向こうではごく普通の家だそうです。夜な夜な派手なパーティーに出かける事や、高級車を乗り回す事に興味は無いそうですが、そのかわり、趣味のカイト・サーフィンへの情熱はハンパではありません!物欲や表面的な快楽に惑わされず、自分が本当に好きな事に素直に打ち込める。そんな、ヒロ・ナカジマさんの人柄が伝わってくるような内容でした(^-^)モノより自由な時間を大切にしたい私達としては、とっても、学ぶべき内容が多かったです。#でも、ハワイでセミリタイヤは私達にはハードルが高いかなあ。。#まずは、アジアから始めてそれからステップアップか??)
2004.10.27
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以前のブームほどじゃないけど、相変わらず「主婦向けの節約本」って多いですね。中には、「冷蔵庫と電話以外のブレーカを落として出かける」とか、「半分のお湯の量で同じ水圧の出るシャワーに付け替える」など、なるほど、それは賢いかも。というのもあるんだけど、以前、テレビに出ていた主婦で、ビックリしたのは、「牛乳を2本買う時は1本レジで清算して、もう一度レジに並び直す」というもの。「はっ??」と思って続きを見ると、その理由は、「2本一度に買うより、2回に分けたほうが消費税が1円安くなるから」だってさ。(消費税3%のときの話かも)その主婦、買い物に行く時は、新聞のチラシを隅々まで調べて、大根、じゃがいもなど、食材1品1品について、その日に一番安くなっている店をチェックして、一番安くなっている食材だけを買いながら、次々と店を何件も回るんだと言う。(例えそれが自転車で30分以上かかる隣町のスーパーでもだよぉ)これを見て、テレビのゲスト芸能人のどなたかは、「そこまで徹底した節約根性が素晴らしい。私も少しは見習いたい!」と言っていたけど、私は正直、「バッカじゃないの?この主婦。」と思った。なぜって、この主婦には、時間=お金(Time is Money)という感覚が全くないから。。会社で、「300円節約するために1日中あちこち駆け回ってました」なんて言ったら、間違いなく上司から怒鳴られます。だって、「社員が1日働く時間 = 数万円の売り上げ」だから。最初に書いた、「ブレーカを落として出かける」とか、「シャワーを節約型に付け替える」というのは、その行為に時間をかける必要が無いから、賢いと思うけど、1円のために混んでいるレジに並び直して、5ー10分の時間を捨てているとしたら、アホとしか言いようが無い。。食材の買い物に半日かけて300円節約しているヒマがあったら、半日パートでもして数千円稼ぐか、半日もあったら、趣味や好きな事を学んだりして、もっと有意義な時間を過ごしたらどう??って思う。でも結構、「節約する事自体が快感!!」「1円でも節約できた瞬間がすごく嬉しい!!」っていう女性も多いんですよね~。まあ、それはそれで節約が趣味になってて、ストレスも発散できていいのかな??
2004.10.22
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台風23号、大変でしたね。関東に近付いた頃には勢力も弱まり、ウチの近くはいつ台風が通過したのか分からないほどでしたが、雨も強くなって来た20日の夜8時半頃、たまった洗濯物を洗っていた洗濯機が突然故障してしまいました。。「げげっ、何もこんな時に故障しなくても!」ブーン!ブーン!とモーターの回る音はするものの、洗濯槽が全然回らなくなってしまい、モーターは空回り状態に。。困ったなあ。。明日保育園に持って行く服を、全部放り込んじゃったから、明日ウッキーが着て行く服が無い!でも、こんな時間でしかも、台風の日に電気屋さんが修理してくれるとは思えないし。タイミング悪すぎ!「しょうがない。近くにある銭湯の横にあるコインランドリーで洗濯しよう。」と、大雨の中、たっぷり水を含んで恐ろしく重い洗濯物を抱えて、歩いて3分ほどのコインランドリーへ。しかーし!びしょ濡れになって苦労してたどり着くと、コインランドリーは真っ暗。。鍵もかかっていて入れない。でも、その横の銭湯は開いていた。中を覗くと、番台におばさんが座っている。「あのー、コインランドリー使いたいんですけど。開けてもらえませんか?」と言ってみるが、びしょ濡れの私を見ると、困った感じで「1度開けてしまうと他のお客さんも入って来て閉められなるから困るんだよ」「台風だし、早く閉めたいんだよねー」と、なんとも迷惑そうな対応。ちなみに雨は激しいが、風はそれほど無い。「洗濯機が突然壊れて、明日子供が着ていく服が無くてとても困っているんです」「乾燥機はあるので、洗濯だけでいいんです。お願いです。助けてください!」と、必死でお願いしてみるが、「お気の毒だけど、開ける訳にはいかないよ。悪いね」と、全く開ける気は無い様子。しかたなく、重い洗濯物を抱えて大雨の中、元来た道を引き返した。途中で、この台風の中、ビザを配達しているお兄さんに道を聞かれた。大変な思いをしているのは、私達だけじゃないんだ。とちょっとだけ気が楽になった。
2004.10.20
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今日はわんこパパ&りすママとも会社を休んで、ウッキーを預けている保育園の半日保育体験に参加した(^-^)りすママは毎日送り迎えしているから、だいたいの園の様子は知ってるけど、わんこパパは運動会と遠足の時しか行かないから、普段ウッキーが保育園でどんな風に過ごしている(暴れている?)のかとっーーっても気になるところ。で、行ってみると、なんと来ていたのは、ママさん達ばかり。。お父さんの姿は全く無い!!「男が保育園を見学なんて、恥ずかしい」とでも思ってるのかな??マスコミでは「パパが育児に積極的に参加してます!」って話をよく聞くけど、現実はこんなもんか。。とちょっとガッカリ。。ウッキーがいるは0才ー2才までの一番小さい子のクラス。まだ、布団の上でネンネだけの子も結構いるけど、ウッキー(1才4か月)ぐらいの子は広い部屋で、ヨチヨチ歩いたり、猛スピードでハイハイしたりして、思い思いに無邪気に遊んでいた。同じぐらいの月齢の子が皆「アー」とか「オッオッ!」と同じような声を出しながらチョコマカしているのがとってもかわいい(^-^)しばらく親も保母さん達といっしょになって、他人の子に本を読んであげたり、歌を歌ったりして過ごした。そうして小さい子達と過ごしてるだけで、すごく癒されるような気がした。とは言っても、保母さん達は思ったより大変で、泣き叫ぶ子を両手に抱えながら、他の子に本を読んであげていたりする。その後、大きな手押し車に子供4ー5人を載せて、近所の牛小屋とかに散歩に行くんだけど(ってメチャ田舎なのがばれてしまう(^^;;)鋪装されていないガタガタな坂道を保母さん一人で押していったりする。しょっちゅう子供を抱きかかえていなければならないし、それも2人とか。かなりの重労働なんだなあ。。と思った。帰ってから、皆を子供椅子に座らせて、いただきますの歌を歌って、昼の給食を与えた。子供それぞれに食べ方に個性があって、ウッキーのように大口を開けて欲しがる子もいれば、同じ月齢なのに器用にスプーンで食べている子、すぐに粘度遊びのように食べ物を手でこねてしまう子とか、色々いて大変だけど面白かった(^-^)たまには保育園で過ごすのも悪くないですよ。全国のお父さん達!
2004.10.14
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せっかくレンタカーも借りたし、今日はあちこちドライブしよう!という事で、まずはオアフ島の東側を中心に回ることにした(^-^)(西側のほうは距離が長いので、慣れてからにしようと言う事で(^^;;)午前中はまず、ワイキキからダイヤモンドヘッド方面へ車を走らせる。ワイキキ海岸沿いの1方通行のメインストリート、朝から賑やかなカラカウア通りを走ると、右手はヤシの木とワイキキビーチ、左手はハイアットなどの白い高層ビルが立ち並び、いかにも「ワイキキ」って感じの風景がしばらく続く。その後、ホノルル動物園を過ぎた辺りから、ビルは無くなり、代わりに、広々した芝生の庭の向こうに大きな平屋の家が点在する別荘地に変わる。そう、この辺りがワイキキ近辺では最高級の別荘地、カハラ地区だ。平屋なのは、敷地が十分に広く見通しもいいので、わざわざ2階建てにする必要がないのだ。1階から十分に海が見渡せる。ウラヤマシー!!そんな優雅な別荘に見とれていると、広々した道が突然道が行き止まりに。「あれれ??」と思っていると、正面にひときわ豪華な建物が見えて、その周りに高級車やらリムジンやらがたくさん止まっている。私達の車がゆっくり近付いていくと、黒のタキシードで正装した男の人が2ー3人近付いて来た。すごく丁寧な英語で「ここへお泊まりの方ですか?」と聞かれ、鈍い私達は初めてここがホテルの敷地内だと分かった(^^;;;後で調べて、ここがかの有名なカハラ・マンダリン・オリエンタルホテルだと知った。。どうりで、入り口からして凡人を寄せつけないオーラが出ている訳だ。。うーーん。。数年後にはああいうホテルに顔パスで入れるようになってやるぞ!と、思いつつ、来た道を引き返す。そして、ダイヤモンドヘッドを海沿いの道にそって越えて行く。ダイヤモンドヘッドも間近で見るとただの岩山だった。。遠くから眺めたほうが断然絵になる(^^;;そこからさらに海沿いに少し行くと、シュノーケルで有名なハナウマ湾に着いた。ーーー続くーーー
2004.10.05
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今回のワイキキ滞在先は、「ワイキキパークハイツ」という1BRのコンドミニアム。バケーションレンタルと言って、実際に別荘として利用しているお宅の空いている期間を利用させてもらうという形式なので、部屋によって、インテリアや調度品が異なっていて面白い。エレベータで、実際に住んでいる人とばったり会ったりして、ホテルより生活感があって、なんだかハワイに住んでいるみたいだ(^-^)今日はベビーカーを借りて、週に1度行われるというアロハスタジアムのフリーマーケットへ行った。アロハスタジアムは大きいのですぐ分かったけど、高速の出口と、スタジアムの入り口が良く分からなくて、途中で基地の敷地内に入ってしまい、軍人に呼び止められたりと結構迷った。。フリーマーケットと聞いていたけど、ほとんど新品で値段も普通だった。ちょっとがっかり。。赤ちゃん服などを見て回って、その後近くのパールハーバーSCという、観光客のほとんどいないショッピングセンターへ。ちょうど夕方で、地元の人達が、巨大なショッピングカートのカゴいっぱいにモノを詰め込んで買い物をしていた。こういう光景はアメリカ本土といっしょだ。基地が近いので、軍服を着た人もチラホラ見受けられた。女性の軍人が多いのにビックリ!ちょっとした食料と、シアーズで見つけた赤ちゃん用ゆりかご(足をバタバタさせると電飾がピカピカ光って音を出すヤツ)を買って、コンドミニアムに戻った。ーーーーつづくーーー
2004.10.04
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注)これは2003年10月3日の旅行記です今日から9日間、0才4か月になってようやく首も座ったウッキー♂を連れて、ハワイ(と言っても流行りのネイバーアイランドでなくてオアフだけど..)へ出発(^-^)今の会社になってから、年末年始以外は連続3日以上の休みがほとんど取れないリスママは、実に8年ぶりのハワイ。旅行オタクのわんこパパは、なんと意外にも初めてのハワイだ(驚)親に、赤ん坊を連れてハワイへ行くと言うと、両方の親は予想どおり大反対!「向こうで病気になったらどうするの!」「慣れない場所で孫に何か起こらないか心配で、心配で。。」「あのー、ハワイは日本語の通じる病院がたくさんあるんですけど。。」「気候のいいハワイのほうが、朝晩冷えるようになった秋の日本よりカゼ引きにくいし」と、色々言ってみるが、海外旅行なんて一大イベントだった団塊世代の親にはほとんど効き目がない。。ただ、もう子供じゃないんだし、最後は自分達の自己責任という事で、何とか反対を押し切り、出発。いつもはシャトルバスで成田まで行くんだけど、今回は赤ん坊連れなので、マイカーで成田の近くの駐車場に駐めて行く事にした。ちなみに9日間&洗車&空港まで車を届けてくれるサービス付きで5600円飛行機はマイルを貯めている関係でノースウエストにした。赤ん坊のバシネット(壁に掛ける飛行機用の赤ちゃんベッド)をリクエストしてあったので、席はスクリーンの前。ノースウェスト航空のバシネットは、手入れをしやすくするためか、ネットの中に段ボールでできた箱が入っていて、その中に赤ちゃん布団と枕がその上に敷いてあった。合理的と言えば合理的だけど、赤ん坊をそこに寝かすとなんだか、捨て犬のようでちょっとかわいそう。。(後で写真アップします)成田→ホノルルまでは約8時間の飛行時間夜9時頃の出発だったが、時差があるので、同じ日の朝にホノルルに到着。飛行機の中でぐっすり眠れれば、こんな無駄の無い移動は無いだろう。幸い、初めての飛行機&長距離移動となった赤ん坊は、泣き叫ぶ事も無く、ミルクを飲んだ後は着陸20分前までぐっすり寝てくれた。坊の近くだ。。」とアンラッキーな様子だったけど、降りる時には皆から「とってもいい子だったね」と褒めてもらえた(^-^)家でもこんな大人しければいいのに(^^;;空港に到着後、さっそくレンタカー会社のシャトルバスに乗ってオフィスへ向かう。今回利用したのは、バジェットレンタカー。到着の朝から、出発日の朝までちょうど7日間なので、5ー7日間料金ギリギリ適用できた。Intermidiateという、小型と大型の中間ぐらいのサイズの車種を指定してあったので、日本でいう、コロナぐらいの大きさの車かな?と思っていたら、なんと4輪駆動の大きな車だった。車種はスバルのフォレスター。後で調べたら、レガシーより全然お手ごろな車だったけど、4駆は予想してなかったので、ラッキーな気分でチャイルドシートを自分で装着し、車に乗り込む。さて、慣れない右車線、左ハンドルでの運転だったけど、ハワイをはじめ、アメリカの道は広いので、日本よりずっと運転しやすい。アメリカ本土と比べても、そんなに飛ばす車も無く、10分も走ればすっかり慣れてしまった。車のペースは沖縄に近いかも(^^)ーーー続きはまた足しますーー
2004.10.03
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今日は1日雨だったので、室内で遊べる池袋サンシャインに行った。最初は、水族館などに行く予定だったのだが、入場無料券を貰ったので、最初にナンジャタウン へ行った。数年前(10年前?)、出来立ての頃に行ったときにはまだそんなに流行ってなくて、入場料も高かったから、あまり混んでなかったけど、今日は雨の日曜だからか?ものすごい、ヒト、ヒト、ヒト!!テーマパーク全体がお祭りの縁日状態(^^;;;で、一番混んでいるのは、アトラクションでもショーでもなく、食べ物屋さん(^^;;餃子スタジアム、シュークリーム畑、アイスクリームシティ、プリン博覧会、と名付けられた各々のエリアには、全国から選ばれた名店の出店がズラリ!人気のある店には長蛇の列ができていて、買うだけで1時間待ちなんていう店も。。最初の頃は体験型アトラクションで売っていたナンジャタウンも変わったもんだ(驚)少し前に、テレビで「食のテーマパーク」の特集をやっていた。関東で食のテーマパークというと「新横浜ラーメン博物館 」 が元祖として有名だけど、ナントこれも、内装などはナムコが手掛けたんだそうです。知ってました??その番組で、ナムコの関係者の人が「我が社はエンタテイメントの会社ですが、食も代表的なエンタテイメントですから(笑)」と言っていたのが印象的だった。日本のゲーム業界は子供人口の減少と、ケータイ電話の通信料金にゲーム代になるはずのお小遣いが流れてしまうというダブルパンチで、苦しいらしいけど(ゲーム業界最大手のセ○は実質破綻してしまいましたし。。)こうやって、業界の枠にとらわれずに、自分達の売り/得意技を分かっている企業・人は、時代の変化にもちゃんと対応して行けるんだなあ。と感心した。自分の売り/得意技は何か?これをウワベだけでなく本当に分かっている人・会社は強いですよね。私たちもいいかげん、自分の売りを見つけないと(^^;;そんな訳で、恐ろしく混雑していたナンジャタウン。でも小さい子連れには少々厳しく、2時間居ただけで疲れてしまって、水族館にも寄らずに帰ったのでした。。
2004.09.26
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注)これは1994年9月22日の旅行紀です8月18日に出発した今回のエジプト・イスラエル・トルコの旅も今日で最後。。色々ありすぎて、エジプトに降り立ったのが遠い昔の事のよう。最終日はやはり、お土産を色々と物色する事となった(^^;;イスタンブールのお土産屋になぜか良くあるのは「じゅうたん」日本で買う1/3以下だと言うが、なんかアヤシイし、そんなお金も無い。後から聞いたら、観光客相手のじゅうたん屋のほとんどはボッタクリ系だという。ヤッパリ。手ごろなのは、トルココーヒー、紅茶、アップルティー、それにトルコのお酒RAKIなど。あと、目玉オヤジのような形の魔よけも、大きいのから携帯ストラップのような小さいのまで色々あった。(でも貰った方はそんなもん貰ってもなあ。。と思うだろう。。)で、前回の南アジア旅行でも結構喜ばれたのが、現地の人気歌手/タレントのCDやテープ、雑誌、ポスターなどだ(^^;;古典なら日本でも聞く機会があるかもしれないけど、トルコのポップスなんて、日本ではほとんど情報が無い。1994年当時はインターネットもまだ一般的でなかったし。で、当時やたら目に付いたのが、TARKAN(タルカン)というイケメン男性ポップシンガー(プロフィール)もう、トルコのどこへ行ってもその人の曲ばっか流れていた(^^;;驚いた事に今でも人気歌手として活躍しているとの事。見かけが売れていた頃のジョージマイケルに何となく似ているのが別の意味で気になりますが。。ただ、当時のトルコにはCDはほとんど出回ってなくて、ほとんどテープだった。そんな感じで、伝統的な土産はほとんど買わずに、テープや雑誌など俗っぽいものを買い込んで、1か月ぶりにアエロフロートロシア航空に乗り込んだ。今度は行きよりは少し新しい機体だった。今回もまた、行く前の日本での情報や常識を覆す出来事でいっぱいの旅だった。でも予想外の事が起きるから、自由旅行は止められない(^^;;
2004.09.22
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のんびりと過ごした国境の街エディルネを後にして、バスで再びイスタンブールへ戻る。8月18日に出発したこの旅もいよいよ明日で終わり。。これだけ長期で旅に出ると、出発したのがずいぶん昔の事のように思えてくる。日常生活の数倍ー数十倍の色々な体験を短期間にしたのと、日本のようにセカセカしてなくて、時間の流れがゆっくり感じられるのがその原因だろうか?今日はどこへ行くでもなく、イスタンブールの港で、ヨーロッパ←→アジアを行き交う船や、道行く様々な人種の人たちの様子をボーっと眺めて過ごした。大昔の人達もここを通って、アジアとヨーロッパを行き来していたのかと思うと、とても感慨深く、ただ見ているだけで飽きる事は無かった。今はテロなどで危険なイメージの強くなってしまったイスタンブール。10年前の当時は、平和そのもので、イスラム文化と東欧の文化が入り交じった、賑やかだけど不思議に落ち着く街っだた。明日はとうとう帰国の路につきます。。もっと居たいなー(^^;;
2004.09.21
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ギリシアとブルガリアとの国境の街エディルネ。街の中心を徒歩で離れると、すぐにのどかな田園風景が広がっていた。しばらく行くと、川に鉄道の橋が架かっているのが見えた。鉄道の橋は鉄橋だったが、その横に架かっている道路の橋は石造りの趣のあるものだった。エディルネは橋の街と言われるぐらい、昔に作られた橋が多い街なのだという。確かに徒歩で歩いていても、5ー6個の石造りの橋に出会った。途中の田園地帯をハイキング感覚でのんびり歩くというのも気持ち良かった。たまにすれ違う人も親切で、道に迷いそうになっても色々教えてくれた。昼は地元の人しか利用していないような、小さな食堂でトルコ式のピザを食べた。みかけはピザというより具の乗ったフランスパンといった感じだったが、とてもおいしかった(^-^)見どころ満載の観光地を見て回るのもたまにはいいが、長期の旅では、そればっかりでは疲れてしまう。。旅の本当の楽しさは、その地域で実際に暮らす人たちの何でも無い日常に触れる事だと思った。後になって、会社の8つ上ぐらいの先輩に、大学時代は長期の休みを利用して1か月ほど海外をブラブラしていた。と話すと、とても羨ましそうな顔をして「オレたちの頃は格安航空券もなく、1ドル=250円ぐらいしたので、長期旅行どころか、ハワイ5日間のツアーすら数十万出さないと行けなかった。海外旅行=金持ちの娯楽だった」と言っていた。70年代生まれの私たちからすると、信じられない話だが、10年足らずで海外旅行は急速に身近になったんだなあ。。としみじみ思った。同時にあと10年したら、今の常識もずいぶん変わっているんだろうなあ、とも思った。何かの本に、情報がグローバル化すると、かえって人の行き来は活発になって、これからは「大移動時代」になると書いてあったし。本当に国内旅行感覚で、気軽に世界中を行き来できるようになっているかもしれない(^-^)明日は再びイスタンブールに戻ります(^-^)/
2004.09.20
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22日の帰国まで、とうとう残り3日。これから行ける場所は、往復を含めて2泊以内の場所に限られる。なんだかんだ言って、ダイビングを除くとメジャーな都市ばかり旅して来たので、日本人観光客が誰も行かなそうな所へ行く事にした。イスタンブルから西へしばらく行くと、ギリシアとブルガリアの国境がある。せっかくなら両方の国境を越えてみたかったが、残りの所持金が少なかったのと、とくにトルコとギリシアは仲が良くないらしいという事で、トルコ側の国境のエディルネという街に滞在する事にした。エディルネの情報は下記などが参考になります(当時はインターネットが無かった。。)●エディルネ:国境と線路http://www.nobuhito.com/tcdd/edirne02.html●写真で見るトルコhttp://www.jetro.go.jp/turkey/japan/5/5_21/5_21.html国境の街だという事だが、街の様子はバリバリのイスラム社会トルコのまま(当たり前か(^^;;)東洋人観光客が一人もいない、にぎやかなバザールやモスクなどを散策した後、石造りのかまくらのような岩をくり抜いたような、オスマントルコ時代から残っているという古い宿に泊まった。明日は、この街のあちこちに点在するという古い橋をのんびり見て回る予定(^^)
2004.09.19
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今日はトルコ旅行の定番カッパドキアへ。「石灰岩が侵食されてできた世界最大の地形で、世にも不思議なその風景はトルコに来たからには見ない訳にはいかない」確かそんなような事が地球の歩き方などに書かれていたと思う。それで、トルコの他の場所を断念して来たのだが、ここで私は大きな勘違いをしていた事に気が付く事になる。その大きな勘違いとは、石灰岩の侵食によってできたというから、「カッパドキア=世界的に有名な大鍾乳洞」と思っていたのだ(笑)で、当日イスタンブールから付いて来た自称ガイドは友達と会う事になったと言って、現地の旅行会社を紹介すると、どこかへ行ってしまったので、、良く分からないままスタンダードなカッパドキア1日ツアーに参加した。岩をくり抜いた昔の住居跡やキノコのような岩などを見て回ったが、一向に洞くつへ潜る気配はない。後半になってやっと、大鍾乳洞のある洞くつはいつ行くのか?と身ぶり手ぶりで説明して、ようやくそんなものは無い事が分かった。。とても楽しみにしていたので、かなりショックだった。。ピラミッドの時といい、今回のカッパドキアといい、勝手に想像を膨らませて期待し過ぎていると、期待を裏切ったときのショックが大きくて、せっかくすごいものを見ても、感動しなくなる危険があるので、事前にあんまり期待しない方が、旅は楽しめるなあ、、と今回の旅はつくづく思った(^^;;
2004.09.17
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注)これは1994年9月16日の旅行記です地元の旅行会社?の薦めで、カッパドキア2泊ツアーに参加する事に。集合時間になって、その旅行会社に行くと、そのツアーを勧めてくれた若いニーチャンが大きな荷物を持って待っていた。ん?このニーチャンもこれからどこかへ出かけるのか?と思っていると、「こっちだよ」と手招きして、オンボロな普通の車に乗るように勧められる。えっ?ツアーだって聞いたけれど、他には客がいないの?と言うと、他にも4人組の欧米人が予約してあったが、ドタキャンされたという。。で、急遽、マイクロバスからこのオンボロ車に変えたらしい。。ふーん。まあ貸し切り状態だからかえっていいか(^^;;と思っていると、何とそのニーチャンも乗り込んで来た(驚)へっ!?とビックリして、質問すると、「カッパドキアの観光にはガイドがいたほうがいい。オレがガイドするよ」という事らしい。。このニーチャンだけでなくて、トルコやエジプトの人達というのは、気さくで明るくていいんだけど、なんかこう、やたら馴れ馴れしいんだな(^^;;;;初対面のただの観光客に対しても、日本では何をやっている?趣味は?結婚している?恋人は?などなどすぐに根掘り葉掘り聞いてくる(^^;;;;日本での孤独な生活に疲れた。。という方がもしいらっしゃれば、トルコやエジプト、またはインドや東南アジアを旅してみる事をお勧めします。孤独になる暇など無く、本当にいろいろな人から話しかけられます(^^;;;;-------------------------------------今日の日記先週末にウッキー(赤ん坊)のひじに3つほどオデキができていて、いつもの湿疹の薬をつけていたが、だんだんひどくなり、ついにひじは包帯を巻かないと、見ていられないほどただれて、ほとんど映画の特殊メイク状態に。。さらにそこからトビヒして、肩や脇腹にもボツボツと広がってしまった。。その影響か熱も出してしまい、今週は保育園を休んでいる。。ずっとりすママが会社を休んでいるわけにもいかないので、今日はわんこパパが会社を休んで、小児科に連れて行った。小児科の先生もお手上げのようで、近くの皮膚科を紹介してもらい、そこで抗生物質の入ったもっと強い薬に切り替えてもらった。ウ
2004.09.16
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ふうっ、やっと実際の日付けに追いついた(ホッ)という事で、ちょうど10年前の今日の旅行記の続きです(^-^)昨日、イスタンブールに到着し、初日の宿を探していると、同じようなバックパックを背負った日本人が歩いている。よく見ると、何と一緒に来た大学の友人ではないか(驚)何という偶然。彼もちょうど今日、ギリシアから来たところだと言う。大観光地のイスタンブール、安宿は山のようにある。「じゅうたん安いよー」とあちこちで日本語で勧誘するじゅうたん屋をかわしつつ、適当なドミトリー(相部屋)を実際にいくつか部屋を見せてもらいながら、決めた。ぐっすり眠った翌日、まずはイスタンブールの街へ探索に出た。イスタンブール市街の足はトラム。イスラム教独特の丸いドームにとんがった柱が象徴的なモスクのすぐ脇を通る、近代的なデザインのトラムがなんともミスマッチだが、それがまたいい味を出している。そのトラムに乗って、港に出る。目の前に広がる海は、かの有名なボスポラス海峡。海の向こうはヨーロッパ大陸だ。観光ガイドにも良く載っている風景を目の当たりにし、トルコに来たんだぁ、と実感する(^-^)海岸では、ムール貝を焼いている屋台がたくさんあった。そんな中、ふと見るとハンバーガーのようなものを売っている人がいる。しかも結構な人だかりだ。トルコのバンバーガーってどんなのだろう??興味津々で近付いていくと、何とパンに挟まっているのはハンバーグでなく、「サバ」だった(驚)それもフライでなくて、皮付きの焼きサバ。日本の感覚だと、フライならともかく、「パンに焼き魚は無いだろ!」という組み合わせだが、これがけっこうイケル(^-^)その場で焼いているアツアツのサバだからだろうか?思わず、おかわりしてしまった(^^;;後で調べたら、「サバサンド」といって、地球の歩き方でも紹介されていた(^-^)
2004.09.14
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意外にも、とっても南国リゾートっぽいテルアビブに驚いた昨日。こんな所ならもう2ー3日滞在したかったなあ。。と、ちょっと後ろ髪引かれながら、バックパックを背負い空港へ。余裕を持って2時間前にはチェックインを済ませたが、それからが大変だった。。荷物検査がハンパでないのだ!X線に通してバッグを開けるだけでは終わらず、入念なボディーチェックの後、何と荷物検査の空港職員が、バックパックの中のモノを全て取り出して、一つ一つ調べ始めた。その職員はモデルさんのようにキレイな若い女性だったのだけど、無菌室の研究者が使うような薄いビニール手袋をはめて、着た後の汚れた下着類まで、一つ一つ入念にチェックし出した(オイオイっ!)こんな事なら、ちゃんと汚れ物はまとめて畳んでおけば良かった。。と、後悔&恥ずかしさで、気まづそうにしていると、お土産に買った死海の石けんの箱を見つけて、「これは何?」と、怪訝そうな顔で質問してきた。「Dead sea soap」と答えるが、そのモデルのようなお嬢さんは、「信用できないワ!」といった感じで、「この箱を開けて中を調べてもいいか?」と確認すると、一応お土産用に丁寧に包んであった箱を開けて、検査室に持って行ってしまった。「石けんに見せかけて、麻薬の粉とか詰め込む人がいるのかな?」だいぶ待たされて、ようやく石けんとその検査員お嬢さんが戻って来た。どうやら疑いは晴れたらしい(ホッ)そんなこんなで、出発ギリギリで、別の空港職員に誘導されて、なんとか飛行機に乗り込んだ。トルコのイスタンブールへ向かうその飛行機は日本では決して見る事の無い、イスラエル航空。もう一生乗る事は無いかもなあ。。そう思いながら、約2時間の空の旅でイスタンブールのアタチュルク空港(舌噛みそう(^^;;)に到着。イスタンブールはまさに中東のイスラム文化とヨーロッパ文化が交わる街。砂漠ばっかり旅して来た事もあって、なんだかとっても落ち着いた気持ちになった。明日は、そんなイスタンブールの街の様子をご紹介します(^-^)/
2004.09.13
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これは1994年9月12日の旅行記です。3日間滞在したエルサレム旧市街に別れを告げ、バスでイスラエル1の大都市、テルアビブへ。バスは2階建ての最新型。今までおんぼろバスばかり乗っていたので、フカフカのシートと乗り心地の良さに思わず驚いてしまった(^^;;さすがは先進国。エルサレムからテルアビブまでは高速道路が整備されていて、わずか1時間ほどで着いてしまった。テルアビブは遺跡のようなエルサレムの城塞都市とは正反対に、近代的な高層ビルが立ち並ぶ大都会。しかも、地中海に面した白い砂浜が緩やかに弧を描き、パームツリーが並ぶ美しい海岸線のすぐ脇にビルが建ち並んでいる(驚)中東というよりは、まるでハワイのワイキキにでも来たかのような錯覚に陥った。 まずは、宿を探す。ここまで宿は全て安いドミトリー(相部屋)だったので、1泊だし、奮発して?ごく普通のホテルにしてみた。清潔でフカフカのベッドが新鮮だった(^-^)荷物を置いて、さっそくテルアビブの街を散策。カイロなどとは全然違って、とってもキレイで洗練されている!さっすが、先進国だぁ。白人のユダヤ人達がオープンカフェでトロピカルフルーツなどを食べている様子を見ると、ますます南国のリゾート地に来た気分。ここが中東有数の危険地帯イスラエルとはとても思えない(驚)まさに砂漠の中の楽園(オアシス)という感じだ。にぎやかなメインストリートを歩いていると日本人から声をかけられた。エルサレムもそうだが、イスラエルに来る日本人観光客はほとんどいないので、すれ違えば、とりあえず挨拶ぐらいはするようになっていた。近くのハードロックカフェ・テルアビブ(←そんなのあるんですねぇ)に入り、お互いのこれまでの旅の話題で盛り上がる。帰りに、これは日本では貴重だという事で、Tシャツやら帽子やらをお土産に買って、ホテルに戻った。明日は、いよいよトルコ、イスタンブールへ飛びます(^-^)/
2004.09.12
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今日はユダヤ教の安息日。ユダヤ教の安息日は徹底していて、ユダヤ教の人は仕事をしてはいけない。だからほぼ全ての店が閉まってしまう。食料品店も閉まってしまうので、食べ物も前日までに買わないと大変な事になる。それで、1日何もする事がなくなってしまうので、外国人が運営する1日ツアーに参加する事にした。でも、これは結構ハードなツアーで、集合時間は何と午前2時半。。エジプトのピラミッド登頂作戦を思い出す(^^;;なんでこんなに早いのかというと、日の出を見に山に登るんだという。。しかも歩いて。。登山の用意など何もしてなかったが、真っ暗な山道(といっても草木は生えてない岩山)を懐中電灯片手に登って行く。結構険しい山道を2時間近く登ってようやく頂上へ。ふと見ると、頂上にロープーウェイの駅が!(げげっ、昼間なら楽に来れたのか。と知ってかなりショック。。)辺りがだんだん明るくなってきて、地平線から日が出て来た。今まで見えなかったけど、ここから見る景色はちょっとしたグランドキャニオンのよう。大昔はこの砂漠地帯も川が流れていたのかあ。と思うとなんだか不思議な気分。下山するときもロープーウェイは使わず、歩いて降りる。。途中に有名な滝があるからだと言うが、その滝は日本ならどこにでもあるような10mぐらいの普通の滝。でも、一緒に来ていた中東系の外国人観光客は大喜びで、水遊びをしている。またもや、こちらでは水と緑は大変貴重なものなんだなあ、と実感。その後、世界的に有名なあの「死海」(Dead Sea)に行った。本当に浮かんだまま、本が余裕で読める(^-^)でもハンパでない塩分濃度なので、汗疹などのちょっとした傷口でもあると飛び上がるほどイタイ!また、間違っても水を飲んでしまうと、これまた辛いのを通り越して喉がイタくてシャレにならない。試しに死海の水を少しだけ舐めてみたけれど、それだけで、しばらく口の中がおかしくなってしまった(^^;;その後も名前は忘れてしまったけど、エルサレム周辺の歴史的な名所を回って夕方には戻って来た。明日は古代都市エルサレムとは正反対の近代都市?テルアビブへ向かいます(^-^)/
2004.09.11
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エルサレム2日目。宿は学生ビンボー旅行のため、またもドミトリーに宿泊。石をくり抜いた洞窟のような宿で、宿泊客の半分以上は日本人。。イスラエルに来るような人なので、皆1クセも2クセもある人ばかりだった。「海外はだいたい中東か南米だな。この緊迫感が何とも言えない」「西ヨーロッパやアメリカなんて軟弱者の行くところだね。フッ、、」「バグダットに行こうとしたけど、途中襲撃に遭って駄目だった。。悔しいからもう一度トライする!」などなど、やはり普通の人とはかなり違う価値観を持っている。とりあえず、もっともエルサレムらしい光景が見られる「嘆きの壁」に行く事にした。城壁に囲まれたエルサレム旧市街は歩いて1周回っても1時間足らずの小さな場所。「嘆きの壁」のあるモスクもその中にあるので、宿から歩いて15分ほどだった。途中の道も狭い石畳でとても車は入って来れない。まさに歩行者専用で、自転車すら見かける事は無く、両端の店や家も皆石造りで昔のままなので、本当に古代の街に迷い込んだかのようだった。店の看板も石造りの街に良く溶け込んだ控えめな色合いなので余計そう感じるのかも。 細い路地をクネクネと歩いて行くと門があり、突然視界が開けた。だだっ広い広場と金色に輝くドームのついたモスクがそびえている。そのモスクの下の壁に、黒い服と小さなこれまた黒い帽子?をちょこんとつけた人々がへばりついている。お祈りをしている人達だ。この服装&もみあげをひたすら伸ばす独特のスタイルはユダヤ教の中でも特に敬虔な○○派の人達だ(すいません、名前忘れました)私達もひんしゅく覚悟で壁に手をやり、嘆きのポーズをして記念撮影をした。今までタイ、インド、スリランカ、そしてエジプト、イスラエルと旅して来て、イスラム教もそうだけど、どの国の人たちも皆宗教を基準に日常生活を送っているんだなあ。と、日本では葬式の時ぐらいしか宗教を意識しないので、かなりカルチャーショックを受けた。
2004.09.10
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「あきらめた瞬間、脳細胞はブチブチと実際に音を立てながら大量に死滅する」これは、先々週から毎週仕事帰りに通っている心理学の初級講座で、一番ショックを受けた言葉。脳科学を少しでもかじった事のある人なら「そんなの常識!」なのかもしれないけど、脳細胞というのは、体の他の細胞と違って、生まれた時から数が増える事は無くて、成人した頃から、逆に毎日どんどん減っていくんだそうです。で、一番減ってしまうのは、人が目標や夢をあきらめた(見失った?)時だそうで、会社の第一線で活躍していた人が、定年後、すぐにボケてしまうのも、この事と深い関連があるんだそうです。(あくまで一つの仮説だと思いますが)ただ、普通の人間は脳のせいぜい数%しか使わずに、一生を終える人がほとんどだそうで、毎日脳細胞が減ってく事を心配するより、「脳ミソをもっとどんどん活用して今までできなかった事を実現しよう!」と年齢に関係なく前向きに色々チャレンジしていったほうが、脳ミソにとっても、心にとっても健康でいられるのだそうです。今まで、抽象的に「何でもできる!というプラスの思いが強い人のほうが成功しやすい」とか「悲観的な事ばかり考えていると病気になりやすい」という事は、いろんな本や人から聞いてはいたけど、そういう事も、ちゃんと細胞レベルで科学的に説明できるんだなあ。。と今日も感心しきり。学校でも、歴史の年号とか過去の人名ばっかり覚えてばっかりいないで、こういう事を教えればいいのになあ。。とつくづく思いました。実は私、学生の頃、心理学を専攻しようと思ったほど、興味があったのですが、そのころ私が出会った心理学は、分厚い本に数式や統計がいっぱい載った難解な理論だったり、ネズミを使った地味な実験の繰り返しだったりで、「あんまり人間的でないなあ。。」とがっかりして、止めてしまったという過去があります。ようやく楽しく学べる身近な心理学に出会えて幸せです(^-^)http://www.mental.co.jp/陸路でイスラエルへ入国 (PM 07:45)注)これは1994年9月9日の旅行記です朝早くドミトリーの宿を出て、バスターミナルへ。イスラエルのエルサレム行きの国際長距離バスに乗る。今度はおんぼろバスでなくて、ちょっと旧式だが、日本にもあるような大型バス。エアコンも付いている(^-^)途中、スエズ運河で昼食のため停車する。でも実際のスエズ運河を目の前にしてビックリ!ものすごく狭い(驚)川幅は江戸川ぐらいしか無いのでは??というぐらいだった。たまたま乗り合わせた、仕事で来ているという50代ぐらいの日本人の話では、石油タンカーなどの大型船はここを通れないため、ヨーロッパへは南アフリカまでアフリカ大陸をぐるっと回って地中海へ行くという。(それじゃあ、全然運河の意味ないじゃん(^^;;)再びバスに乗りしばらくすると、いよいよイスラエルの国境に着いた。迷彩服を着て、ライフルを持ったイスラエル兵が何人か見える。一気に緊張が高まる。と、そのイスラエル兵達は、笑いながらこちらに手を振っているではないか!(驚)見かけとのあまりのギャップに、戸惑ってしまい、慌てて手を振り替えすが、たぶん顔はひきつっていたと思う(^^;;特に荷物を調べられる事も無く、パスポートにスタンプを押されるだけで、あっけなくイスラエルに入国。。(こんな簡単でいいのか?? でも出国する時は大変だった(13日の日記参照))ニュースでも良く出てくるガザ地区を通って、北へ向かう。ひたすら火星のような荒涼とした大地を進む。エジプトでもそうだったけど、こういう砂漠地帯に来ると、たまに緑を見つけると、本当にきれいだなーと感じるようになった。緑が目にまぶしい(^-^)日本に居ると気がつかないけど、緑と水に囲まれているというのはそれだけで贅沢なんだなぁ、、と思った。午後3時頃、大きな城壁が続く場所に到着。この中がエルサレムだという。ただ、外から見てもローマの古代遺跡のようで、とても人が住んでいるようには見えない。でも、城壁の門をくぐった瞬間、世界は一変した!その中は石畳の狭い路地があちこちに網の目のようにはり巡らされ、所狭しと小さな店が立ち並ぶた城塞都市、エルサレムの旧市街が広がっていた。2000年前からほとんど変わっていないという石造りの街はまるで古代へタイムスリップしたかのようだった。---11 日の日記へ続きます---
2004.09.09
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注)これは1994年9月8日の旅行記です長距離バスで乗り過ごしてしまい、全く知らない街に到着。しかも、周りは全てアラビア語で、日本語はもちろん、英語の通じる人もいない。。仕方がないので、バスのチケット売り場らしき場所へ行き、「カイロ!、カイロ!」と言ってみるが、発音が違うのか全然通じない(T_T)最後は地図を取り出し、カイロを指差して「ここへ行きたい!」と身ぶり手ぶりで伝えて、何とか分かってもらえた(^^;;再びバスに乗って約2ー3時間。ようやくカイロに戻って来た(ホッ!)最初に泊まったドミトリーに行くと、運良く日本人も何人か居た。でも「これからヨルダンとシリアへ行きたいんだけど」と言うと、「ヨルダン→シリアには今入れないらしい。イスラエルのほうが良いのでは?」と言われた。「えっ?イスラエルはアラブ諸国から嫌われていて、一度ヘブライ語の入国スタンプを押されてしまうと、そのパスポートでは、もう2度とアラブ諸国には入れないと聞いたけど」と答えると、「ヨルダンやシリアは無理だけど、トルコなら大丈夫だよ。今はイスラエルも和平が進んでいて 危険も少なく落ち着いているよ。逆に今シリアに行くと何かとやっかいだ。」という事だった。うーん。なんだかややこしいけど、イスラエルというのもあまり行く機会は無いだろうから、この際行ってみるか?という気になってきた。カイロからエルサレムまでは直行バスが毎日出ていて簡単に行けると言う。少し迷ったが、さっそく明日の便を予約した。しかし、日本のニュースでは危険な情報しか聞かないイスラエル、1人で行って大丈夫だろうか??(当時はそんなスリルも楽しんでいたなあ。。)
2004.09.08
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注)これは1994年9月7日の旅行記です。今日で2週間近く滞在したハルガダ&紅海ともお別れだ(T_T)一緒に来た大学の友人は一足先に別の目的地へ向かった。この後は1人でエジプトを離れ、ヨルダン→シリア→トルコと、中東の陸路をバスで移動する予定だった(今考えれば何と危険な(^^;;でも、ハルガダ滞在中に中東情勢に変化があり、ヨルダン→シリアへは入れなくなったという情報が数人のバックパッカーから入って来た。うーん。それは困った。。最悪、空路でエジプトから直接トルコへ飛ぶしか無いか?でも、それではパックツアーのコースと変わらないし、せっかく長期で来た意味が無いよなー。。とりあえず、カイロに戻って情報収集する事にしよう。という事で、夜行バスに乗り、来た道をカイロまで戻るはずだった。「カイロまで」と英語で運転手に告げ、バスに乗り込む。帰りのバスには日本人は1人も居なかった。途中、まだ夜が明ける前に大きな川のある都市に停車して大勢の客が降りたのを何となく覚えているが、すぐに深い眠りに入ってしまったらしい。運転手に何やら言われて、初めて目が覚めた。夜はすっかり明けていた。客はだれも居ない。「ああ、着いたんだ」とバスを降りるが、どうも様子が違う。その時はじめて、乗り過ごして他の街に来てしまった事に気が着いた。途中で運転手が交代したらしく、カイロで起こしてもらえなかったのだ。。がーん。。---次の日記へつづきます---
2004.09.07
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注)これは1994年9月5日の旅行記です。紅海のダイビングスポットで一番有名なのは、ここハルガダではなく、対岸のシナイ半島にある、シャルムシェイク(Sharm El Sheikh) というところにある。そこは欧米のハネムーナーやセレブ達が訪れる高級リゾートで、バックパッカーには、かなり場違いな場所(^^;;今日は、その近くまで行ってダイビングをする事になった。「えっ!?どうやって行くの?」陸路で行くとしたら、カイロまで戻ってスエズ運河を渡って行かなければならず、結構大変だ。片道2日かかるだろう。「そんな訳ないだろ。船だよ船!」と同室のダイブマスターが答えた。紅海は地図で見てのとおり、かなり狭い。船でも1日かからずに対岸まで行けてしまうそうだ。ただ、さすがに日帰りではキツイので、船で1泊して、往復してくる事になった。しかも、船は定期便でなくて、たまたまそちらに向かう用事のある船に便乗させてもらう事になった(^^;;良く覚えてないけど、向こうの普通のファンダイブ+αの料金しかかからなかったと思う。いつものようにダイビング機材一式を借りて、船に乗り込む。良くある個人所有のクルーザーのような白い船だ。船内にキッチンやちょっとしたリビングのようなスペースもある。自分達もちょっとリッチになった気分(^-^)昼間は移動の途中でいつものように2回潜って、サンゴ礁や熱帯魚達と戯れた(^-^)でも一番感動したのは夜。甲板に出てビックリ!今まで見た事も無い、ものすごい星の数!!星の光の無い空間のほうが少ないぐらいだ(ホント)天の川もガスの様子までくっきり見える(驚)慣れるまでは、キレイどころか気持ち悪いぐらいに感じた。そんなに星がたくさんあるので、明かりも無いのに遠くのシナイ山の輪郭がくっきりと分かる。つまり星の光の無い部分が山なのだ。しかも海の上なので周りに空を遮るものは何も無い。みんなデッキの床に仰向けに寝転がって、ずっと星を見ていた(^-^)ちょうど何とか流星群というのが来ている時期と重なり、流れ星もたくさん見る事ができた(^-^)明日は、沈没船へのダイビングの様子などをお伝えします。
2004.09.05
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今日は過去の日記の記述が見当たらず、何をしたか思い出せないので、エジプト旅行記はお休みします。(明日は記録があるので大丈夫です(^^))---代わりに今日は、先月この日記でも少し紹介しました、日本メンタルヘルス協会の心理学初級セミナーの2回目の参加報告をします(^-^)http://www.mental.co.jp/今回は衛藤先生自らが講師をされて、またまた笑いあり涙ありのとても充実した2時間半でした。内容は一言で言えば、先週は「相手の悩みを正しく聞く方法」今週は「自分が困ったときの相手への話し方」という事で、まさにその日のうちから学んだ内容を実践できるような、とても具体的な内容でした。おそらく、心理学の理論的、学問的には「そんなの基本中の基本の理論だ」というものなのでしょうが、本で勉強して頭で分かったつもりになるのと違って、参加者同士で、現実の場面に応用して実際に会話をしたりディスカッションする事によって、楽しく無理なく、学ぶ事ができました(^-^)先生ご自慢のお笑いトークで、難しい内容もいとも簡単に具体例で紹介してくれるので、こんなお話なら、中学・高校時代に聞いていれば、私の人生ももっと変わっていたかもなー。とつくづく思いました(^^;;内容について、詳しくは触れられませんが、自分の考え方次第で、同じ環境、同じ境遇でも、幸せにも不幸にもなるという事を、今週もまた再確認しました。せっかくなら、幸せな気持ちでいられるほうが、自分も、そして周りの人たちもプラスなはずですよね(^-^)
2004.09.02
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エジプトダイビング講習最終日。一通りの訓練が終わり、いよいよ最終チェック。インストラクターが1人1人、ちゃんとできているかチェックする。ダンナのエジプト人インストラクターは結構いいかげんで甘いんだけど、奥さんのオランダ人インストラクターは、かなり厳しい。。そのせいもあって、緊張して、あまりうまくできなかったけど、何とか合格(^-^)その後は、しばらくダイバーあこがれの紅海のサンゴ礁を思いっきり堪能した(^-^)その後、ボートに戻る時、私が最後になったのだけど、ボートに上がるためのハシゴに手をかけたその時、ふと、遠くを見ると、黒っぽい物体が数個こちらに向かってくるのが見えた。「げげっ、サメだ!」慌ててハシゴに登ろうとしたが、その物体はすぐに近付いて来た。「やばいっ!」と思ったが、良く見ると尾ひれの振り方がサメとは違う。横ではなく、縦に尾ひれを振っている。「イルカだ!」5匹ぐらいの群れでみるみる近付いてきた。2メーター以上ある大きなイルカだ。すごい迫力!私も慌てて、全速で泳ぎ出し、ちょうどイルカの群れと並走する形に。イルカ達は逃げるどころか、こちらをちらりと見て、微笑んだように見えた。ほんの2ー3秒だったが、手を伸ばせば届きそうな間近で、イルカ達と一緒に泳いだ(^-^)嬉しいを通り越して、すごい感動が沸き起こった。ボートに上がってからも、なぜか、しばらく涙が止まらなかった。イルカには癒し効果があるっていうけれど、涙が出たのもその効果が影響したのかな?と思った。帰りにPADIの仮ライセンスカードを貰った。これで正真正銘のダイバーの仲間入りだ(^-^)
2004.09.01
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2日間寝込んで、体調も戻ったので、今日からまたダイビング講習に復帰(^-^)でも、今まで一緒に習って来た仲間は今日ライセンスがもらえるけど、私は2日遅れなので、後から参加したチームに合流。ちょっと悔しい(^^;;2日間空けただけだったのに、習った事をかなり忘れてしまっていて、最初は結構とまどってしまった。。さらに、今日は海流の流れの速いところでの講習だったので、かなり疲れた。足ひれを使ってめいいっぱい泳いでもほとんど進まない。油断をすると後戻りしてしまうほどで、まるで川をさかのぼっているシャケになった気分(^^;;今日は主に浮力調整(水中で静止しても浮いたり沈んだりしないようにする)の練習をした。空気をジャケットに入れたり出したりして浮力を調整するんだけど、空気の体積は水深の微妙な違いで変わってしまうため、これが結構難しい。ちょっと油断して体が浮き上がり出すと、空気の体積もすぐに膨張して余計に浮力が増すので、あっと言う間に水面までロケットのように上がってしまう。これを水深の深いところでやってしまうと、肺の中の空気も同様に急激に膨張するため、かなり危険である。実は私はこれを一回やってしまい、インストラクターにかなり怒られてしまった。。何年か後に、健康診断で肺のレントゲンを撮ったときに「以前に肺に負担をかけた事がありますね?今は直ってますが傷跡がありますよ」と言われた事があるので、たぶんそれが原因だと思う。他にも海の中の世界は、命に関わるいろいろな危険があって、なぜダイビングするのに結構な時間をかけてライセンスを取得するようになっているのか、その理由が良く分かった。でも、どこまでも続くサンゴ礁と、20メーター以上視界があるという透明度の高い海の世界はやはり、それだけの手間をかけて体験する価値は十分あった(^-^)水中写真が無いのが残念。。
2004.08.31
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土日と身内の結婚式で大阪に行っていて、日記の更新が止まってました。。エジプト旅行記も、毎日更新できるようにがんばりますが、今日は、赤ん坊を連れての結婚式出席の大変さについて書きます(^^;;弟の結婚式当日。親族紹介は午後1時からだが、会場のホテルに着いてから着替えるため、8時半東京発の新幹線に乗る。そのためには、最寄り駅を7時10分発の電車に乗らなければならない。赤ん坊連れなので、朝はオムツ替えやら、ミルクの用意やらで、何かと時間がかかる。5時半に起きたけど、家を出るのはギリギリになった。あと1分家を出るのが遅かったら乗り遅れるところだった。。こういう場合は近くてもタクシーを使ったほうが良いと反省。。さて、駅探の乗り換え案内では25分ぐらい余裕があるはずだったのに、長いホームに1か所しか無いエレベータを探しているうちに新幹線への乗り換え時間は5分しかなくなっていた(T_T)お弁当を買う余裕も無く、新幹線に乗り込む。荷物はあっという間に大量になってしまったので、海外旅行用の大きめのスーツケースにしたが、新幹線にそんな大きな荷物を置く場所はやっぱり無い。。ベビーカーは畳んで、一番後ろの座席の背もたれの隙間になんとか押し込む事ができたけど、スーツケースは、ひんしゅく覚悟で、出入り口のドアのところに置くしか無かった。新幹線は京都と東京を移動する外国人旅行者なども利用すると思うんだけど、彼等は大きな荷物をどうしているんだろう??旅行者は飛行機か高速バスを使えと言う事か??新大阪着。新大阪だけはエレベータがあったけど、大阪駅など他の駅にはエレベータはほとんど無い。エスカレータもあんまりなくて、階段だけの出口も結構ある。ベビーカーと大きな荷物で、式場のホテルに着いたときには既にヘトヘトになってしまった。これは、海外旅行のほうがずっと楽かも(^^;;;行きは赤ん坊が寝ていたので、まだ良かったけど、帰りはミルクをあげてもギャーギャー泣きっぱなしで、1時間以上、ずっと連結部分のスペースで立ったまま抱えてました(泣)今度は絶対電車は使わず、空港まで車で行って飛行機か、大阪まで自分で運転して行くぞ!と思うぐらい、どっと疲れた赤ちゃん連れ新幹線の旅?でした
2004.08.30
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紅海でダイビング講習3日目。でも、朝起きたら、フラフラで起き上がれない!ドミトリーの同室の人に体温計を借りて熱を測ると、38度8分。。「こりゃ、だめだ。。」泣く泣く講習を欠席。やはり慣れない連日の疲れが出たか??一人、今日、明日と2日間、宿で寝こんでいたのでした。トホホ。。
2004.08.29
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ダイビングライセンス取得コース2日目。今日はいよいよ、海底に潜っての練習をする(ドキドキ)と言っても水深2メーターだけど(^^;;昨日と同じように、レンタル機材を店で借りてボートに乗り込む。(機材をキープできず、毎回借り直すシステムは面倒だった。。)またしても、きついウェットスーツに重たいタンクをつけて、囚人状態に変身!ポイントに着いて、1人1人ボートから海に飛び込む。いよいよ自分の番が来た。「まあ、水深2メーターだから、失敗しても何とかなるだろ」そう思いながら、タンクを背に海に飛び込む(というより落下。。)次の瞬間、水中で周りを見てビックリ!水面ははるか上のほうで、手もとどかない。3メーター以上は余裕でありそう!どこが水深2メーターだ??慌てて、タンクのチューブから空気を吸うが、地上と違ってかなりの違和感がある。2、3回呼吸しただけで、すぐに苦しくなり、何とか上に上がろうとするが、インストラクターのオランダ人のお姉さん(ダンナがエジプト人)に止められる。空気が不足してる訳ではないけど、チューブから呼吸するのは勝手が違って、なぜか、私だけ非常に苦しがっていた。。他の人達は、初めてのダイビングに喜んでいる様子。。さすがに見兼ねたのか、インストラクターが私を抱えて水面に上がる。たった2ー3分だったと思うけど、ようやく海上の生の空気が吸えて、生き返った気分になった。ああー、このまま死ぬかと思った(ホントに。。)しばらく、そのまま海上で呼吸を整えて、気を取り直してから再び海の中へ。今度は、まだ違和感があるものの、一応落ち着いて呼吸ができるようになった。なんだか、肺呼吸からエラ呼吸にでも切り替わったかのような感じだ。普段ほとんど意識する事の無い、呼吸がこんなに大事なものだったのかと、身にしみて実感できた(^^;;今日も短時間にいろいろな事を教わった。講習が終わる頃には、皆それなりに水中でなんとなく泳げるようになっていた。ただ、まだ浮力調整はうまくできないので、沈んだままだったり、浮かび出すと一気に水面まで上がってしまう。。水中で、何もせずに静止しているのは結構難しい事が分かった(^^;;水中から見る海の世界は、テレビでは見ていたけれど、実際に体験するととても神秘的(^-^)特に上から太陽の光が差し込むと、サンゴも上の水面もキラキラしてとてもキレイ。魚もカラフルなのが当たり前のようにたくさん泳いでいて、完全に海の上とは別世界。何であんな重装備で、重たい思いをしてまで、ダイバー達が海に潜りたがるのか?その理由が、少し分かった気がした。明日はもっと深いところまで潜るそうです。大丈夫か??
2004.08.28
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ダイビングライセンス取得コース初日。朝、店のレンタル機材をその場で合わせて、ボートに乗り込む。今までシュノーケルもまともにやった事がないので、不安と期待が入り交じる。まずは、移動するボートの上で、機材の使い方や注意点などを教わる。そして、実際に足ひれを付けたりタンクを背負ったりしてみるのだけど、海の中とは違って、これがメチャクチャ重い!ウェットスーツもサイズが合わなかったのか、きつくてなんだか、自由を奪われた囚人にでも成った気分(^^;;さらに、機材を付けるために下を向いている時間が多かったので、船酔いでだんだん気分が悪くなってくる。。うー、気持ち悪いー、もう限界だ。。というところで、いよいよ機材をつけて海に飛び込む事になった。とは言っても、最初から潜れるはずもなく、機材はダイビング用だけど、救助用に使うような空気の入ったオレンジのベストを着て、シュノーケルの練習をする(^^;;でも、シュノーケルで水面から下を見るだけでも、テレビで良く見るようなサンゴ礁が広がっていて、カラフルな魚がたくさん泳いでいるのがクッキリ見える(^-^)「おおーっ、早く潜ってもっと近くで見てみたい!」今日はダイビングでも基礎になるシュノーケルの練習と機材の使い方を教わっただけだったけど、明日はいよいよ、2メーター下まで潜れるようです。楽しみ、楽しみ(^-^)
2004.08.27
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カイロの喧噪から一転、とても静かな朝を迎える(^-^)宿は今回もドミトリー(相部屋)の安宿。当時の地球の歩き方に載っていたので、宿泊客は日本人ばかり。。さっそく、PADIのダイビングライセンスを取るための講習に申し込みをする。10年前の当時は、まだまだライセンス取得には結構お金がかかったが、ここはエジプト価格なので、日本の相場の半額以下だった(^-^)宿に泊まっている人達は、ほぼ全員がダイビング目的で来ているので、部屋では、「今日はイルカと一緒に泳いだ!」「巨大なナポレオンフィッシュを見た!」「えっ、どこで?どこで?」とかの話題で盛り上がっている。早く、ダイバーあこがれの海というのに潜ってみたい!気持ちはあせる(^^;;ここで、日本の普通のダイビング講習だと、最初の2日ぐらいは実地でなくて、教室で本を見ながらの勉強だったり、プールで機材をつけて潜る練習をしたりするそうなのだが、ここエジプトでは基本的に何でもアバウト(^-^)早速明日、いきなり初めて身に付けるレンタル機材で、ボートから飛びこんで潜るという(ウソー!)という事で、今日はダイビングのいろいろなルールの書かれた本(幸い日本語)を読んで、明日に備えた。こんな即席で大丈夫かいな??
2004.08.26
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さて、今日は世界中のダイバー達のあこがれ、RED SEA(紅海)へ向かう。ビンボー学生の交通手段はもちろんバスである(^^;;カイロから、ナイル川に沿って南のルクソール方面に向かい、途中で左へ分岐して紅海へ出る。 距離にして東京→名古屋ぐらいだろうか?結構な距離だが、高速道路は無い。でも、エジプトのバスの運転手はスゴイ!絶叫マシン好きな人は一度乗ってみる事をオススメする。なぜって? なんと、乗客を乗せたバス同士で競争するのだ!最初、ものすごい勢いで後方から来たバスが追い越していったと思ったら、すかさず、自分達を乗せたほうのバスの運転手もアクセルを思いっきり踏み込み、追いかけ出す。。砂漠の中の見通しのいい幹線道路とは言え、結構対向車も走っているにも関わらずだ。思いっきり反対車線に飛び出して、抜かそうとするが、向こうもどんどんスピードを上げて抜かせない(オイオイ(^^;;)そうこうしていると対向車が現れて、慌ててブレーキを踏む。それだけでもハラハラするのに、さらにハプニングが。しばらくの抜きつ抜かれつのバトルの後、ようやく自分達の乗ったバスが相手を完全に抜き去り、運転手もホッとした?ところで、前方を見ると、ナント、大型トレーラーが道の真ん中に横転している!!急ブレーキで、みんな席からふっ飛び、前の方に転がってくる乗客もいたほど。。止まった時のバスと横転したトレーラーとの距離は2メーターぐらいしかなかった。。幸い、けが人は無かったが、一歩間違えば大事故になるところだ。。あー恐。。でも、こんな事は日常茶飯事なのか、観光客以外の乗客は、またいつもの事ネ。という感じで、笑っている。さすがは南国?夕方には紅海に面した砂漠の小さな町、ハルガダに着いた。後で調べたら、ヒルトンなどの大型リゾートもある結構有名なところのようだけど、私達がバスを降りた場所は、メインストリートの割には、のどかな感じ。 海は透明度が自慢なだけあって、さすがにキレイだ! 明日からが楽しみ(^-^)---つづく---
2004.08.25
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もう十分にピラミッドもカイロの街も満喫したし、そろそろ他の場所へ移ろう。さて、どこへ行こうか?最初に考えていたのは、王家の墓やアブシンベル大神殿のある定番のルクソール。でも、エジプトの遺跡に過剰な期待を持てなくなってしまった当時の私には、それほど魅力的では無くなっていた(^^;;それで、2日前にドミトリーに来た2人組から聞いた次の一言で、即行き先は決定した。その一言とは、「世界3大ダイビングスポットの1つがエジプトにあるって知ってた?」へっ!?エジプトと言えば、砂漠と遺跡のイメージしか無かった私には、最初何を言っているのか理解できなかった(^^;;「エジプトの海って、そんなにキレイなの?サンゴ礁もあるの??」と、私が驚いていると、「何言ってるの? RED SEA(紅海)と言えば、世界のダイバー達のあこがれの地だよ(^o^)」紅海と言えば、地図だとエジプトとサウジアラビアに挟まれた非常に狭い場所のような感じに見える。。有名なスエズ運河で地中海とつながっているから、原油を満載した巨大タンカーとかが、ひっきり無しに往来しているイメージで、どちらかと言うと油で汚れた汚い海だと思い込んでいた。。でも、実際は、周りが皆砂漠で流れ込込む川が皆無なので、水の透明度はピカイチなんだとか。「へえー、そうなんだー(^-^)」当初は予想もしなかったルートに、いつでも臨機応変に変更できるところが自由旅行の醍醐味。「エジプトでライセンスを取って、ダイビングというのも意外性があっていいかも(^-^)」という事で、実は2日前に次の行き先は既に決まっていた(^^;;---明日へ続きます。お楽しみに---
2004.08.24
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エジプトに着いて6日目、ようやくエジプトの文化にも慣れて来た。今日はエジプト(カイロ)での食事について、紹介します(^^)エジプトはイスラム教の国。なので、他のイスラムの国と同様、基本的に豚肉は食べません。その代わり、ヒツジの肉を良く食べます。昔のタバコ屋のような小さな店のカウンターには、大抵、トルコなどで良く見かける羊の肉をグルグル巻きにしたもの(すいません、名前忘れました)が置いてあり、店の人が刃物を当てて、グルグル回すと、肉が食べやすい形にスライスされます。それをいろんな料理に入れて食べるようです。先日紹介したエジプトのファーストフード、ピタの他にも、シシケバブーや、インドのナンに具を乗せたものなど、いろいろあります。南国なので辛いものもありますが、辛くないものも結構あります。でも、実は6日も絶たずに、エジプト料理には飽きてしまいました・・なぜか?それは、「皆トマト味だったから!」です(^^;;;)まず、サラダ。どこへ行っても、サラダの具はトマトと、レタス代わりのとっーても苦い青菜(これも名前忘れました。。)の2種類だけ、、レタスは寒い地方の野菜なので、エジプトでは高級品です。それに、他の料理にも必ずトマトが入っています。イタリアのようなトマトソースというよりは、軽く潰したトマトがそのまま入っているという感じ(^^;;なので、何を食べても同じ味がしてしまうのでした。。あれ?エジプトと言えばモロヘイヤじゃないの??というアナタ!モロヘイヤは観光客用のレストランにはありますが、現地の人が行く店のメニューにはあまり無かった気がします。家では良く食べるそうですが。モロヘイヤばかり食べている訳にもいかないですし。どちらにしても、思ったより料理のバリエーションが無く、その後はしばらく、チャイニーズの店に通ったのでした(^^;;;)やっぱり、料理は日本食が一番いいなあー。
2004.08.23
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注)これは1994年8月22日の旅行記です。今日は、貴重なエジプト文明の遺産や、ツタンカーメンなどのミイラなどが展示されているエジプト考古学博物館へ行った。本当に価値のある遺跡は、発掘された当時、欧米人によって持って行かれてしまい、ロンドンの大英博物館などに展示されていると言うが、それでも大量の遺跡やミイラなどが展示されていた。紀元前4000年というから今から6000年も前のものが、こうして保存されているというだけでも、何だか不思議な気分(^-^)こちらのほうが、観光地化されたピラミッドより古代の雰囲気は出ていた気がする。
2004.08.22
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注)これは1994年8月21日の旅行記です昨日のピラミッド登頂計画を反省し、今日は普通に観光する事にした。昨日は夜明け前で、影しか見えなかったので、良く絵はがきで見かける、砂漠の中にそびえる雄大なピラミッドとスフィンクスにいよいよ出会えるかと思うと、胸が高まる(^-^)でも、着いてみるとイメージしていたものと、かなり違っていた。(ピラミッドに神秘的な憧れを持っている人はここから先は読まないほうがいいかも(^^;;)まず、世界的な大観光地なので、ピラミッドの周りはホテルや土産物屋がひしめき合っていて、砂漠のイメージとは程遠かった。。ピラミッドは丁度、街と砂漠の境目に位置していて、観光用の写真は皆、街側から砂漠を背に撮ったものだったのだ。逆から写真を撮るとこんなふうにウソ臭いものになってしまう。。ピラミッドは確かに大きかったが、スフィンクスはかなり小さく、これも観光用の写真は下からカメラを構えて撮っているのだと思われる。。しかも近くにはファーストフードのケンタッキーもあって、下手に撮るとそれが写ってしまう(^^;;まあ、期待が大き過ぎたのかもしれないけど、赤いJTBの帽子をかぶった日本人団体客とかもたくさん来ていて、あちこちで集合写真を撮っていることもあってか、かなり神秘的なイメージとは懸け離れていて、ショックだった。。また、有名なラクダは、地球の歩き方などにも書いてあるけど、ほとんどが観光客目当てのボッタクリ系で、乗ってしまうとどこへ連れていかれるか分からないらしい。途中で降りようと思ってもラクダの背中はかなり高いので、飛び下りる事もできず、勝手に行きたくもないところを連れまわされ、高額な料金を請求されるという。。でも、ピラミッド自体はやはりすごかった。大きいのは全体だけではない。ひとつひとつの石の大きさがスゴイ。自分の身長ぐらいある(驚)昨日もし、警備員に見つからなかったとしても、こんな大きな段差では登れていたか、かなり怪しい。途中で挫折して、しかも戻るに戻れなくなってしまったかも?と思うと、何だかほっとした。ちなみに私は大の高所恐怖性である(^^;;;クフ王のピラミッドは、内部に入れるようになっている。中は急斜面の細いトンネルのようになっていて、結構進むのがしんどかった。この中も観光客だらけで、あまりの人の多さと換気の悪さで、一時的に酸欠状態のようになってしまったのを覚えている。。そんなこんなで、あまりいい思い出が無いピラミッド(^^;;でも、これを見ないとエジプトに来た気がしませんよね?
2004.08.21
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注)これは1994年8月20日の旅行記です。午前3時前、頼んでおいたバンのタクシーが宿に到着。眠い目をこすり、大学の友人含め、5人で乗り込む。カイロ中心部から有名な3大ピラミッド&スフィンクスのあるギザまでは、空いていれば車で40分ほど。夜中なのですぐ着いた。昼間なら、もうピラミッドが見える距離のはずだが、真っ暗で何も見えない。。5人のうち2人は既に登った事のある人達だったので、彼等の後についていく。正面は閉まっているし、夜中も警備員がいるので、裏手から気付かれないように近付く。うーん。なんだかアラビアンナイトの盗賊にでもなった気分だ(^^;;しかし、暗い夜道、半分砂漠のような急斜面の丘をいくつも超えていくため、足はとられるは、オマケに先導の2人が途中道を間違えて、元の場所に戻ってしまったりで、予想よりずっと時間がかかってしまった。。8月のカイロは夜明けも早い。そうこうしているうちに、辺りは徐々に明るくなってきた。。ヤバイ。。そして、いよいよクフ王のピラミッドまで100mぐらいの所まで来たところで、ついに警備員に見つかってしまった。。こん棒を持った警備員数名に追い立てられ、あえなく退却(涙)8月初めは楽勝だったらしいが、夏休みで、こういうイケナイ日本人がたくさん来ては、ピラミッドに登るようになったため、警備も厳重になったらしい。ちなみにその当時、頂上に登る旅行者は日本人だけだったとか。。貴重な世界遺産なのだから、それをけがすような事は、やっぱり止めようと反省した。。
2004.08.20
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注)これは1994年8月19日の旅行記です。昨日は深夜(というかほぼ明け方)に寝たのと、時差ボケもあって、昼過ぎに起きる。とりあえず、食料の買い出しついでに、カイロの旧市街を散策。イスラム教のエジプトでは、地元の女性はあまり外をブラブラしないため、街中は観光客以外は、ヒゲを蓄えた濃い系のエジプシャン男性だらけ。インドほどではないが、かなり暑苦しい(^^;;; でも、さすがは南国?そのエジプシャン達はやたら陽気!歩いているだけで、やたら声をかけられる。「パピルス安いよー!」とかの商売系も多いけど、普通の人も、「Hi! Japone! ゲンキー?」とか、多言語言葉?で陽気に話しかけてくる(^^;;遅い昼食は、エジプトのファーストフード、ピタ(現地の発音はピッタ)を食べた。今は日本でも全然珍しくないが、当時は日本には無かったので初体験(^^)その場で、10数種類ある具の中から好きなのを数種類選ぶと、店のおじさんが、ピタの皮いっぱいに詰めてくれる。日本の2倍近いボリュームで、1個でお腹いっぱいになってしまった。肉団子かつくねのような感じの具がおいしかった(^-^)ドミトリーの安宿に戻ると、前からいる宿泊客数名も戻って来ていた。何と、ピラミッドの頂上に登って来たそうだ(驚)「ピラミッドって、頂上まで登れるの???」そんな事、考えた事も無かったけど、こちらのバックパッカー達の間では定番らしい!?もちろん、登る事は禁止されているため、昼間に登ろうとしても、すぐに警備員に止められる。しかし、夜明け前の暗いうちに登り始めれば、警備員に見つからずに登れて、ピラミッドの頂上で、砂漠から昇る最高の朝日を見る事ができるという(おおーっ!)禁止されているとは言え、その話を聞いてしまったら、さすがに冒険心が動く(^^;;;さっそく、明日の未明、何人かで行ってみる事にした。ーーーつづくーーー
2004.08.19
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注)これは1994年8月18日の旅行紀です(^^;;昨日、日記を書き終わってから、そう言えば10年前の今頃はエジプト・トルコ方面を旅していたよなあ。。正確な日はいつだっけ?と家に帰ってから昔のパスポートを見てビックリ!ちょうど10年前の今日、1994年8月18日にその旅へ出発したのでした。なんという偶然!これは、旅行記を書けというお告げに違いない(^^;;;と勝手に思い込み、今日から「エジプト・トルコ・中東旅行記」を書いていく事にしましたぁー(^^)ーーーここから旅行紀ーーー結局徹夜明けのまま、成田に行き、途中まで同行する大学の友人と合流した。これから、乗り継ぎ合わせ実質20時間近くを共にする飛行機は、ビンポー学生ご用達のアエロフロート・ロシア航空(^^;;;;軍用機を改造したという「ツボレフ何とか」というヤケに細長~い機体は、乗った瞬間にビックリ!内部も細長い廊下のようで、新幹線よりも横幅は狭いかも。。しかも、小学校の頃に乗った遠足バスのような、薄っぺらい座席の背もたれが全部前に倒れている。。乗客は皆、それを自分で「よっこらしょ」と起こしてから席に着くのである。。モスクワまでひたすらシベリアの北部を進む。飛行機の窓からは、学校の地理で習ったツンドラ地帯と呼ばれる真夏でも氷が残り、所々にコケのように見える植物が茂っている地域か、北極の氷一色の世界がひたすら続く。途中大きな湖と街が見えた。バイカル湖かな?10時間弱で、モスクワ空港に到着。約4時間のトランジットでエジプト、カイロへ。しかし、モスクワ空港って、国際空港というのが信じられない、ホントに何も無いところだった。。夜の到着だからかもしれないけど、店はほぼ全部閉まっていて、空いているのは、化粧品やブランドバッグなどを売っているDutyFree1件のみ(驚)テレビを見ながらくつろぐような場所も全然無く、皆、階段に座ってひたすら4時間待っているだけ(ホントに)飲み物の自販機等も全く無い。慣れた旅行者はここで紙パックのジュースを1本500円ぐらいで売り歩いていた。。強者だ。。それでも飛ぶように売れていた(^^;;;今は空港のサービスもかなり良くなったんでしょうか??10時間以上にも思えた、拷問のような地獄の4時間が過ぎ、ようやくエジプト行きの飛行機に乗った。機内サービスのジュースが何とおいしく感じられた事か(^^;;カイロの空港へ到着。時間はナント夜中の2時半。。ホテル予約などしていないので、これからタクシーで街に出て探す。さすがに不安になっていると、同じようなバックパックを持った旅行者3人組から声をかけられた。「これからカイロへ行ってドミトリーの宿を探すんだけど、タクシー相乗りしません?」南アジアを旅したときも、空港や大きな駅に着くと大抵はバックパックを持った日本人旅行者も何人かは居るので、初めての街でも全然困った事は無かった。逆にやけに親切で日本語のうまい現地人についていくと、かなりの確率でぼったくられる。その3人組の中に、1人カイロに何度か来た事のある人が居て、安宿の集まる場所に行き、何件か当たってみる。満室のところや、深夜は閉まっている宿の後、ナント5人全員が一緒に泊まれる宿を発見。最近オープンした所らしい。今考えると、夜中のカイロ市内をウロウロしていて治安は大丈夫だったのか?と思うが、ともかく成田からの長旅の疲れもあり、すぐに深い眠りについた。ーー明日の日記へ続きますーー
2004.08.18
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