忘れな草のおボケな日記

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忘れな草0713

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2009年05月11日
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カテゴリ: 主婦・雑談
久しぶりに映画を見に行った



見たのは「 余命一ケ月の花嫁



去年テレビで放映されたこの映画の元になったドキュメンタリーは



どうしても見ることができなかった



ちょうど長女ちゃんが退院して7年間住んでいた小倉を離れ



大分に帰ってきた頃だった



退院する前、主治医の先生から



「もうあまり長く頑張れないだろうから、今のうちに家族と一緒に過ごして、やりたい事や好きな事をさせてあげてください。」







確かに、長女ちゃんが激しい頭痛で倒れて



それが悪性の脳腫瘍であることや



その腫瘍は手術をしても完全に取り除く事ができないことも



放射線をしても、抗がん剤を使っても



余命は一年ぐらいだとも言われていた



抗がん剤も最初はうまく効いているような感じがしていたが



長女ちゃんの場合、その抗がん剤との相性があまり良くなかったのか



2クール目を終わって少し経った時外泊をしたのだが



その外泊から帰って3日後の夜に急変し



大きな痙攣発作を起こし、小さくなりかけていたと思っていた腫瘍が



またその悪の手を広げ出していたのだ







この痙攣発作で長女ちゃんは一時的に左半身に麻痺が出て



退院の話は消えてしまったのだった



幸いにも左半身の麻痺は長女ちゃんの懸命のリハビリで



10日も経たないうちにほとんどわからなくなった



そして、5年目になっていた大好きな保育士の仕事には復帰は難しいということで







それから、3月のお彼岸に外泊を利用して二人で温泉に泊まりに出かけた



今になって思うのだけれど



その時の温泉旅行は、長女ちゃんの私へのプレゼントだったのかもしれない



3月の定期のMRIの検査が終わって告げられたのが



もう、あまり長く頑張れないかもしれない・・・・・という言葉



長女ちゃんには、このまま病院にいてもリハビリぐらいしかすることがないから



通院でリハビリと抗がん剤の治療をしましょうと言うことにした



二人で話して、小倉のアパートを引き払って大分に帰ることにしたのだが



本当は長女ちゃんは小倉を離れたくなかったのだと思う



それは、長女ちゃんがいなくなった後、彼氏が



「私が退院しても、家の事はほとんどできないし、私の面倒を見れないでしょ」



と、言っていたと話していた



もし、こんな病気にならなかったら



長女ちゃんと彼氏は、一緒に住もうとまだ建築中だったアパートを借りようと決めていたのだ



そのアパートは退院にした時には既に入居が始まっていて



私に「このアパートにしたかったんよ」と教えてくれたのだった



ちょうど一年前の事である



そんな事があって、『余命一ケ月の花嫁』のドキュメンタリーを



私はどうしても見ることができなかった



長女ちゃんがいなくなって、ある時書店で本になっているのを見たけれど



その時も表紙の文字を見ただけで内容を見ることはできなかった



ただ、こうしてブログを続けていることで



その内容がどういうものなのかを知ることはできたけれど



余計にその話を詳しく知ることはできずにいた



だから、このお話が映画になった時



見に行こうかどうしようかとかなり迷っていたけれど



長女ちゃんのように病気と闘ってきたその証を見たいを思った



映画を見ながら、その姿が長女ちゃんと重なって



始まった途端に涙は止まらなかった



映画の中にいるのは長女ちゃんだった



入院中、彼氏が付き添いのベッドで寝ている姿は私だった



いつも笑顔で話している姿は長女ちゃんだった



余命を告げられた時、予後を週単位でと言われたそれも



長女ちゃんと同じだった



再入院した時の長女ちゃんもすでに脳全体に腫瘍が転移していて



主治医に言われたのは



「一週間持つかどうか・・・お盆は越えられないかもしれない、誕生日は迎えられない」



手術をした後の検査で、余命1年と言われたことが現実になった瞬間だった



そんな事を次々と思い出し、オーバーラップする



息を引き取る瞬間も臨終を告げられた時も全く同じで



まるで、9か月前の私達の姿がそこにあった



その時、彼氏が長女ちゃんの手を握って声をあげて泣いていたのを思い出した



『24歳6ヶ月で生涯を閉じるその瞬間まで、人を愛し、人に愛され、人を支え、人に支えられた長島千恵さん』



それはまさに長女ちゃんそのものだった



その瞬間まで生きていた2人は



今頃向うの世界で知り合っているのかもしれない



遺してきたこちらの愛する人たちを



優しい思いでいつも見ていてくれているのだろうか



とても辛かったけど、最後まで見ることができた



自分の病気と向き合って頑張って闘った長女ちゃんは



その日までちゃんと生きていた



千恵さんが最後に流した涙を見ながら



長女ちゃんが流した最後の涙を思い出した







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Last updated  2009年05月12日 03時01分10秒
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