詩人たちの島

詩人たちの島

二階





駅のロータリーの植え込みに
青少年健全育成宣言都市という碑が見える
コンクリートで作られた花壇にはゼラニュームが燃えている
Mサイズのアイスコーヒーを飲む
熱波で引きつった顔
揺れている乳房を誇示している女
背を曲げ、歯をむき出して必死で歩いている老人
サッカーチームの少年の一団
電動車椅子を走らせている男
成瀬駅前のドトール
あっという間にアイスコーヒーの氷片も融けてしまった
下の風景を切り取っている窓ガラスも融けてしまいそうだ

ぼくより年輩に見える男(どうしてこういうことにこだわる?)が隣に坐った
男はSサイズのアイスコーヒーを手に持っている
共通点はぼくも男も喫煙者ということだ
きれいな本をテーブルの上に置く
新版の小林秀雄全集の「考えるヒント」
深々と一服すると鉛筆で線を引きながら読み出した
彼は窓下の人間たちには興味がないようだった

摂氏三十三度を越える室外
摂氏二十五度くらいの喫茶店の中でも汗はまだ顔に居座っている
「考えるヒント」ではなくて、突然ト短調のシンフォニーでも
鳴らないものか
ぼくはひたすら下の風景を窃視する
視られていることを意識していない身体
フーコーのパノプティコンなどと書くとまた誰かが怒るだろうな
アイスコーヒーの王者と駅頭をゆく無名者たちとの権力関係はすぐに入れ替わる
30分のがまんだ、30分の看守だ、30分の2階だ

意味ではなく暑熱と寒冷に支えられているのが人生である
権力は書かれることによって無常となる
その乳房が揺れているのであって
揺れているのは乳房ではない
傍線が引かれ
煙草が三本吸われ
アイスコーヒーが飲まれ
ぼくと男は立ち去る、そして二度と遭うことはない

外に出ると汗がまた噴きだした
見上げると2階のテーブルには
ぼくより年少に見える(どうして、こういうことにこだわる?)男が
坐っていた
これは嘘である
ここから二階の客は視えない

見られていることを意識している身体になる
薄い頭髪を手でかきあげて
匹夫の勇などと口で呟く
いつの間にか足が足を空中に蹴り上げ、
walking along on a summer’s day
there’s not a cloud up in the sky
I love everyone and everything
I’m so happy and I could fly
I’m so high
などと
即席のロック・シンガーになったつもりで、空を飛ぶのである
30分の2階が7秒の世界に対する愛に変わる
ロンドンのテロの犠牲者たちや
児童虐待防止協会や青少年健全育成宣言都市のために
このコンサートの収益をすべて寄付するのである
ロック・スターになって
世界中の2階に声を届けるのである

「父は暑いと言ったら十円だよ、と言いました。家族みんなで
ゲームをやっているようにして、だれか言わないかなと聴き耳を
たてながら我慢したものです。そして最後はいつも父が立て続けに、暑い、暑い
と20回ぐらい叫び、これでアイスクリームを買ってきなさいと言うのでした。
この夏は、父の三回忌にあたります。暑い夏がくると優しかった父のことが
思い出されてなりません」千葉県・主婦・46歳

「猫は朝の6時と夜の6時に、必ずバイリンガルのような発音で
ゴハンと言いながら、私を追いまわします。私が2階の書斎で
覚醒剤を用いながら、曲の構想を練っているときに、ゴハンと
やられると私は猫を殺したくなります。実際にもう何匹か殺しました。
もちろん、私はときには猫たちを心から愛撫します、まあその果てが
殺戮になるのは仕方がないのではないでしょうか。実は今の妻も猫なのです」八王子市・作曲家・57歳

この夏に傍線を引く
2階に傍線を引く
花火に傍線を引く
鶏頭に傍線を引く
傍線を傍線に引く
アジアに
ロンドンに
地震に
バザーエフに
プーチンに
ぼくはどこにもいない、この「無さ」から、シャトルはたぶん
帰還したくないのである
それは宇宙の2階の、いや2階の宇宙のダイモンの誘惑であって
重力の傷ではない


July 31, 2005

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