全1134件 (1134件中 1-50件目)
よし、今日から日記を再開してみよう。ここで。 水島英己To: ??????@hotmail.comSubject: 27日の日記From: Date: Sat, 27 Apr 2013 10:13:36 +0900<楽天ブログの日記更新メールです><このメールに返信するとブログ記事が書けます><下書きする場合は、下記アドレスに送信して下さい><下書き用アドレス ><画像を添付することも出来ます>
April 27, 2013
コメント(0)
この楽天のページのひどさには参ってしまう。望みもしないのに、無断で商品のコマーシャルのリンクを貼り付ける、日記のページにだ。スパムメールもひどい。そのほかにも、いろいろ考えることがあって、ここから徐々に次のページに移行しようと思っています。詩人たちの島CHAPTER2というタイトルです。ここを御覧下されば幸甚です。
March 20, 2008
コメント(3)
Raymond Carverの未完詩篇のなかに、しかし、それはそう題されているだけで、正確には詩集の形としては出なかったということだが、ぼくは"ALL OF US"という、カーヴァーの詩集をまとめた本のなかで、その補遺(Appendix)の部に、その未完詩篇がまとめられてある、のを知っている。その一つは、"No Heroics, Please"というタイトルの詩である。No Heroics, PleaseZhivago with a fine moustache,A wife and son. His poet's eyesWitness every kind of suffering,His doctor's hands are kept busy." The walls of his heart were paper-thin,"Comrade-General half-brother Alec GuinnessSays to Lara, whom Zhivago has lovedAnd made pregnant.But at that moment,The group from the topless barNext the theater begins to play.The saxophone climbs higher and higher,Demanding our attention. The drumsAnd the bass are also present,But it is the rising and falling saxophoneThat drains away the strengthTo resist.「対比」がすべてである詩なのだが、この対比は効果的なのかどうか。にわかには判断できない。パステルナークのジバコの映画があり、その映画館のそばのトップレスバーからはバンドの音が聞こえてくる。なかでもサキソフォンの音が、ジバコを見ている「われわれ」の注意をひきつけ、最終的にはそれに抵抗ができない、というのである。そして、もっとも重要なのは、この詩のタイトルであって、このタイトルが、この対比のどれに加担し、どれを否定しているか、にわかには判断できないし、判断してはならない、というのが、ぼくの見解である。この詩のタイトルを、村上春樹は「英雄を謳うまい」と訳している。これは、実に「効果的」な訳であろう。しかし、こう訳したとき、ジバコは否定され、しがないサックス吹きのサックスの音が称揚されるというような単純なものではないはずだ。「心の壁が紙のように薄い」というのは、ジバコの偏見の無さを言っているのか?ここらあたりがポイントになろうが、ジバコを忘れてしまっているので、どうもしようがない。No Heroics, Please今晩は、この言葉を薬のように飲み込み、寝る。
March 12, 2008
コメント(9)
残務整理中なのだが、やる気が出ない。一日中、呆然としているというのが実情です。でも、そうも言っておれないから、少しずついろんなことを片付けていこう。4月からつとめる予定の職場から、時間割の第一案なるものが届いた。かなりハードな日程だが、月から木曜日までに、出講日が整理されてあったので安堵した。いよいよ新しい生活が始まりそうな予感もする。
March 10, 2008
コメント(2)
―卒業式の夜の会では、ゆっくり「おめでとう」を言えないまま、先生の幸せそうないい笑顔を眺めていました。ごめんなさい。ほかの方々から、そしてこのブログで、先生の好いエピソードたくさん聴かせて、読ませてもらいました。先生のすべての言葉、すべての振る舞い、すべての表情、全人格を生徒たちは受けとめましたね。教師冥利に尽きる、とはこのことではないでしょうか?私も見習いたいです。明日ゆっくりお話したいです。吉田秀和の新著、書評欄で見て読みたくなっています。先を越されました。今週、朝日夕刊に連日インタヴュー記事が出ていますね。読んでおられますか?昨夜「歌わせたい男たち」紀伊國屋ホールで観てきました。(姜尚中氏が客席にいましたよ)別の世界にいる人なら「馬鹿な!」と大笑いできるところでしょうが、私にはとても笑えなかった。泣けました。すべてが、あまりにも現実だったから。うちはいよいよ来週です。では。―komachitoさんから、上記のコメントを頂戴した。前半部は、ほめすぎ、こちらとしては忸怩たる思いもするが、でもうれしい言葉でした。もうこれで、なんの未練もなく、都立をやめることができます。というのも大げさだが。ほんとうにkomachitoさん、ありがとう。もう少し頑張る元気が湧いてきました。吉田秀和の新しい本。詩と、それを曲にした「歌曲」の、これは、すべてを味わいつくした人の、それでも感動を忘れない鮮やかで豊かな鑑賞(批評というより)。そこから落ちてくる甘い果汁のようなすばらしい文章を一滴一滴味わいながら読む本である! 楽譜の分析もあるから、楽典などに興味のある人は何倍も楽しめる本である。雑誌「すばる」に連載中のもの。この本で扱われている詩人たち、その曲。○ヴェルレーヌ「月の光り」 フォーレが作曲しているもの。○リヒァルト・シュトラウス作曲「夕暮をゆく夢」 詩はオットー・ビーアバウムのもの。これを述べたこの章のタイトルは「薄暮の夢」とあり、―Bに―という献辞がある。これは吉田秀和の、亡くなった奥さんバルバラさんのことだろう。この献辞がある章が「歌遥か」―もう一度Bに―とある。しかし、最初のページ明記されているように、この本全体が―Bに―ささげられているのであった。○リヒァルト・シュトラウス作曲「四つの最後の歌」 詩はヘッセ3つと、アイヒェンドルフ(19世紀ドイツ・ロマン派の大詩人という吉田の説明がある)のものが一つ。これはシュトラウス「その人が死ぬ前年に書き上げた文字通り最後の四つの歌」。ぼくは、これを聴いてみたいと思った。○メーリケの詩にフーゴー・ヴォルフが曲をつけた「メーリケ歌曲集」など、これへの言及が多い。メーリケは、小説「旅の日のモーツァルト」で日本でも知られた人。あとは省略して、読者それぞれが、それぞれの好きな詩と歌曲に酔えばいい。この本は、音痴の私でも、曲が、歌が聞こえてくるような本です。吉田秀和は、あとがきに、このあとがきがまたすばらしいのだが、ハイネの言葉をめぐって、「歌曲」の真髄を言い当てている。ハイネは、Le lied est le Coeur qui chanteと言ったらしい。「歌曲とは歌う心である」。これをドイツ語訳したものがあり、それはEs ist das Herz, das Lieder singt. それを吉田秀和は「歌曲を歌うのは心である」と日本語で直訳する。そこから、最後に筆者自身の考え、「歌曲とは心の歌にほかならない」というふうに自分はハイネを訳すという。つまり、「歌曲とは歌う心である」から「歌曲を歌うのは心である」に移り、そして「歌曲とは心の歌にほかならない」という具合にハイネを深化させる。―歌曲について書いた小文を集めたこの本が、幾分なりと、そういう成り行きに通じるものになっていたら、どんなにうれしいことだろう。― というのが著者のこの本のモチーフである。これは見事というしかないが、浅学のわたしにも、まさに、その「成り行き」の奥深さが感じられてならないというのが読後感である。ここであげられた歌曲のCDがないか、探したがなかった。でも、ブラームスの歌曲の悠揚せまらざる素晴らしさを述べた章「雲の歌と夜の露の歌」を読み、これがまた、この雲を愛する吉田秀和という人のたたずまいと重なるすばらしい文章なのだが、そこで述べられた歌曲「野辺にひとり」の曲の分析の途中で、ブラームスの特徴を指摘した部分、そこに出てくるヴァイオリンソナタがあったので、それを今から聴こうと思う。でも、その前に、筆者の文章を味わおう。― 略(「野辺に一人」の曲のアナリーゼ・筆者自筆の楽譜つき) 充足した安定感の響きで出発し、ごく短い乱れのあと、また取り返された確信と平安の思い。これはこの詩全体の構造であると同時にブラームスの音楽の真髄であり、核心であった。私たちはこの歌曲の最初の動きを耳にしただけで、すぐ「ああ、ブラームスだ」と思い当たる。 この歌曲は彼の作品の多くで実にしばしば出会う一つのパターンの典型的な例で、しかも、その多くが類型的作品に終わらず、むしろ、この巨匠の選りぬきの名作になっているのである。たとえば、ヴァイオリン・ソナタ第一番、ト長調。あの曲の最初のフレーズをきいて、「ブラームス!」と心の中で叫ばない人はいないだろう。―さあ、これから聴いてみよう。パールマンのヴァイオリンとバレンボイムのピアノ。
March 6, 2008
コメント(1)
卒業式が土曜日だったので、今日はその代休だった。一日中、ボーッとしていた。締め切りを過ぎた「詩」も書かなければならないが、だめだった。八王子まで歩いていって、吉田秀和の『永遠の故郷 夜』(集英社)と吉田健一の『シェイクスピア シェイクスピア詩集』(平凡社ライブラリー・これは論考と訳詩集の二冊を合体させたもの)の二冊を買って帰る。期せずして、二人の吉田が揃ってしまった。
March 4, 2008
コメント(1)

卒業式の前日に、ぼくのために、お別れパーティを開いてくれた小川高校の、さわやか3年3組に感謝を!ありがとう!お前たちはMIY(みんな、いい、やつ)だった。おまえたちのことを決してぼくは忘れないよ。ひとりひとりからもらった38本のバラ、そして手紙。バラはぼくの心の刺青になり、手紙は死ぬまでぼくのそばにある。ありがとう。さようなら。おまえたちの、そして小川の26期のみんなの幸せを、ぼくの思いのすべてをこめて祈る。元気で!さようなら。ありがとう。
March 2, 2008
コメント(8)
行かなかった道 ロバート・フロスト 駒村利夫 訳黄ばんだ森の中で道がふたつに分かれていた。口惜しいが、私はひとりの旅人、両方の道を行くことはできない。長く立ち止まって目のとどく限り見渡すと、ひとつの道は下生えの中に曲がり込んでいた。そこで私はもう一方の道を選んだ。同じように美しく、草が深くて、踏みごたえがあるのでずっとましだと思われたのだ。もっともその点は、そこにも通った跡があり実際は同じ程度に踏みならされていたが。そして、あの朝は、両方とも同じようにまだ踏みしだかれぬ落ち葉の中に埋まっていたのだ。そうだ、最初眺めた道はまたの日のためにと取っておいたのだ!だが、道が道にと通じることはわかってはいても、再び戻ってくるかどうかは心許なかった。今から何年も何年もあと、どこかで溜息まじりに私はこう話すだろう。森の中で道が二つに分かれていて、私は―私は通る人の少ない道を選んだのだったが、それがすべてを変えてしまったのだ、と。
February 27, 2008
コメント(0)
The Road Not TakenTwo roads diverged in a yellow wood,And sorry I could not travel bothAnd be one traveler, long I stoodAnd looked down one as far as I couldTo where it bent in the undergrowth;Then took the other, as just as fair,And having perhaps the better claim,Because it was grassy and wanted wear;Though as for that the passing thereHad worn them really about the same,And both that morning equally layIn leaves no step had trodden black.Oh, I kept the first for another day!Yet knowing how way leads on to way,I doubted if I should ever come back.I shall be telling this with a sighSomewhere ages and ages hence:Two roads diverged in a wood, and I-I took the one less traveled by,And that has made all the difference.(Robert Frost, 1916)同僚が休んだので、その自習の連絡に一年生のクラスに行った。課題が出ていたので、教科書のそのところをチラッと見た。それとは関係なしに、その教科書(現代文)の最初のエッセイ(たぶん入学直後に読むのだろうが、その教材はマエストロ小澤征爾の娘で征良が書いたもの)、そこにロバート・フロストの名があったので、眼にとまった。それが上記の詩の一節であった。最後の連だったかもしれない、その和訳が載っていて、アメリカのハイスクール時代に教わって、感動した詩だというような文句があった。卒業式が今週の土曜日にある。私は、それまでに、この詩を訳して、原詩とともに、クラスの卒業生たちにプレゼントしようということを思いついた。いい訳があったら、それを使ってもいい。一つの人生の岐路、選択、というもの、その結果をも含めて、フロストはつつましく、深く歌っている。読むものに、想像の余地を与えるというか、彼らの思いや年齢の相違によって、いくらでも変化しうる感慨をここにこめている。定年を迎える私は、たぶん涕とともに読むであろう、しかし、その涕はそんなに甘くも苦くもない。卒業を迎える高校生たちは、若さのたどる道と友情の道を、この二本の道から、いろいろと考えるかもしれない。「都教委」製作の卒業「式」などは、どうでもいいことだ。二つの道が自分の前にある。自分が選択した道と、そうしなかった道。選択した道は、だれも選ばなかった道かもしれない。いつか遠い日のあるとき、その道がこんなにも自分を変えてしまったと、ため息とともに思うこともあろう。あの別の道を歩いていった友もまた同じように思うかもしれない。そう思うことで、そう想像することで二つの道は一つの道になる。一つの道は、もう一つの道を決して忘れない。卒業の日に、遠い将来をこのようにして想像することは、悪くはない。きみが歩いている道は、だれかが歩きたかった道かもしれないし、落ち葉や紅葉の森は忘れようとしても忘れられない青春の大切な思い出の道でもある。道はそこにある。歩くのはきみだ。思うのもきみ。でも、きみだけの道ではないし、いつもそこには「もう一つの取らなかった道」がある。そう内省することは、人の心を豊かにする。この日本で一番のフロスト読みは、今の皇后だと、私は確信しているが、彼女は次のような歌を作っている。― かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ ―フロストの、この詩の趣をだれもこれ以上に味わうことのできる人はいないだろう。この歌は彼女の身の上を思い合わせると、すごい歌だとしか言いようがない。(注・皇后の歌とフロストのこの詩との関連性は私の発見ではなく、あるblogによる。)
February 26, 2008
コメント(0)
午後、土曜日に行われた入試の採点。公立校の格差はひろがるばかりである。午前中、図書室。読んだ本、C.M.Bowraの"THE CREATIVE EXPERIMENT"、邦訳は「現代詩の実験」(みすず書房)、訳は大熊栄という人。古い本だが、結構おもしろい。バウラは専門がギリシア文学で、オックスフォードの先生だった人。ギリシアの詩人カヴァフィスの詩を論じた「コンスタンティノス・カヴァフィスとギリシア的過去」という章を読んだだけだが、この名前だけ知っていて読んだことのない詩人について、もっと知りたくなった。精神科医の中井久夫がこの詩人の全詩集を訳したことも思い出した。池澤夏樹も熱中して訳していたころがあった。船上にて カヴァフィス 中井久夫訳このちいさな鉛筆がきの肖像はあいつそっくりだ。とろけるような午後甲板で一気に描いた。まわりはすべてイオニア海。似ている。でも奴はもっと美男だった。感覚が病的に鋭くて会話にぱっと火をつけた。彼は今もっと美しい。遠い過去から彼を呼び戻す私の心。遠い過去だ。すべて。おそろしい古さ。スケッチも、船も、そして午後も。この詩について、中井は次のように述べている。― このぴりっとした寸劇は彼ならではある。いきなり場面に強い照明を当てる第一行。スケッチは当時の同性愛者たちの写真代わりであった。そしてイオニア海は、ギリシアに深入りしている楠見千鶴子さんによれば「エーゲ海ほど激しく挑発的で明晰な色合いを持たない代わりに、柔らかく潤んだ大気と混じり合ったけだるい曖昧さで思わず吐息をつかせてしまう」。しかし、この追憶詩の最終行は?スケッチも船も古くて当然。だが「午後」とは?むろん、その午後ははるかな過去だ。だが、はっと疑念がきざす。回想に耽る只今の午後も陳腐だというのでは?そうなれば感傷はすべてくつがえる。―「イオニア海の午後」中井久夫『家族の深淵』所収)カヴァフィスの最終行は、たくらみに満ちたものらしい。
February 25, 2008
コメント(5)
I've read the short novel by Flannery O'Conner. Title is "The life you save may be your own" above . That seems to be a typical american style novel, I mean, the daily world that is changed drastically by stranger . He is a tramp in this story.First scene is very metaphoric and impressive." The old woman and her daughter were sitting on their porch when Mr. Shiftlet came up their road for the first time. The old woman slid to the edge of her chair and leaned forward, shading her eyes from the piercing sunset with her hand. The daughter could not see far in front of her and continued to play with her fingers."Thus they, the old woman and her daughter, will have a tramp his name is Shiftlet.The desolate land, widow, her deaf daughter, strange newcomer...The old woman said to him, "Good evening.""The tramp stood looking at her and didn't answer. He turned his back and faced the sunset. He swung both his whole and his short arm up slowly so that they indicated an expanse of sky and his figure formed a crooked cross."According to a kind of expository book about the writer, "Her stories are often complex in symbolism and psychology, as well as deeply rooted in religion and mythology."But you can find that the experience of reading O'Connor is to make you see the intensity of life beyond her Catholic religion and so on.(英語の勉強)
February 24, 2008
コメント(0)
池井昌樹さんの挨拶はいつものことながら、とてもよかった。「水底の真珠」である詩魂の永続こそが大切なのだ。流行を追わず、「不易」なるものに身を沈めよ。今年も元気な平岡先生に会えてよかった。今年、78になるという。この年齢での爆発的な詩のマグマの胎動は奇跡に近いといったら、先生は怒るだろうか。学生時代、ぼくらにとって近代文学研究家のスターの一人であった平岡敏夫は今エネルギッシュな詩人である。八木幹夫さんにも会った。いつも、八木さんは他人とは思えない、思わせない強い包容力のある人である。そして何よりの収穫は、八王子在住の詩人、鈴木正樹に出会えたこと。帰途、電車のなかでいろいろ話した。これも会田綱雄の磁力のせいである。そしてこの会をここまで持続させた池井昌樹の。行ってよかった。お土産の、桃の木に咲く蕾の花をかかげて八王子まで帰る。(吉祥寺の「いせや」がいつもの会場なのだが、あらためて、ここの焼き鳥の美味しさを感じた。)
February 22, 2008
コメント(0)
―お父さん、一番速いのがグルダで7分、一番遅いのはグールドで15分もかかるのよ。―何の話?―ほら、見てよ。ここにCDが12枚あるでしょう。一番上はグルダ、一番下はグールド、そのなかは平均的に9分ぐらいの巨匠たち、ギーゼギング、リヒテル、ケンプ、バックハウス、アッシュケナージたち、ポリーニのものなど。バレンボイムもあるわ。―何の話?―ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、第23番へ単調『熱情』の第一楽章の演奏時間が12名の演奏家で違うということ。― へぇー? グールドはグルダに比して2倍ほど長いのか。彼の弾くモーツアルトもずいぶんゆっくりしていた。昔、授業で聞かせたことがあったよ。で?― グールドは初見のできない生徒のように弾くっていう酷評もあるのよ。―きみはどれが好きなの?―グールドでないということは確かだわ。―ぼくは聴き比べてみたことはないが、グールドが気分的に合うような…―なにもわからないで、グールドの名前だけを覚えている詩人はみんなそうでしょう。―そうでした。―耳はどこ? 聴くことを忘れて、喋ってばかりいる口に食われたのね。―「熱情」は引き伸ばされるほどいいってことはないのかな?―それをしっかりと聴く「耳」の力があればね、お父さん!―延ばされて、一粒の音が世界になるまで、聴くことができたらね。グールドはそれを狙っているとぼくは思うけど。―なんとでもいいなさい、なんとでも言えるわ。―それにしてもポリーニの輝きはすごいね。ドラマテイックってこういうことだというような。―楽章とは何か?あなたは分かっているのかしら?―拡大された生ではないの?―それが馬鹿ということ。過ぎ去っていく時間という馬に、ロデオのように乗ることに決まっているじゃない。どこまでも振り落とされことなく、あなたはあなたのイメージを持ちこたえることができるかどうか。そういうことを、この12名の演奏家たちは教えてくれているとわたしは思う。そう、あなたの好きな比喩ではないのよ。楽章とはムーブメントそのものですよ。―今日は非常に勉強になりました、奥様。―満月よ。
February 21, 2008
コメント(2)
時間休を今、小刻みに取っている、残しても来年はやめるのだから無駄だ、全部とってしまえ、という気概で、取っているのだが、今日も一時間の休暇を取って帰る。衛星のスターチャンネル(三月一杯までは千円ちょっとで見られるというので、昨年末から契約したのだが)で、”Brokeback Mountain”をやっていた。途中からだったが、その映像の美しさ(一つ一つがワイエスの絵のようだった)と、それを背景に展開される二十年にわたるカウ・ボーイ二人の同性愛の、これも背景に劣らぬ美しさに引き込まれてしまい、加齢とともにゆるくなった涙腺をしめることができなかったのである。女房も参加して、主人公の一人が、この一月に死んだという記事を読んだという。イニス役を演じたHeath Ledgerのことで、今年の1月22日に28歳で亡くなった。処方薬の過剰摂取が原因だということらしい。ちょっと調べたら、オーストラリアはパース出身(パースには私の教え子が結婚して住んでいるのだが、彼女は元気だろうか)ということだった。この映画は彼の名演で成り立っているようなものだが、かれの英語はなんというか、西部のカウボーイを彷彿させるもので、私はまずこれに引き込まれたのである。こんな無骨な男が繊細きわまる「愛」を男相手に演じる。でも、この映画の基本にあるのは、アメリカそのものである。少なくとも私の理解する最高のアメリカである。心情のあり方、出し方、その受け止め方をふくめて。自己破壊の衝動の強さ、愛しあうことが、はるかな自然(Brokeback Mountain)と深くつながり、その背後には巨大な「神」がいる。彼らの愛はもちろん、この世では成就するわけはないが、しかし、死んでしまった相手の男の面影を絶対に忘れることなく、イニスは荒涼とした生を決然として生きなければならない。それが彼の定めである。愛しあう男たち二人が、妻もあり子ももうけているという設定がおもしろい。メロドラマ風に「不倫」を、男同士にやらせているといえば身も蓋も無い話になるが、そういう仕組みも、必然のように感じられるのが、この美しく厳しい山脈をバックにして語られる物語にはあるとしかいいようがない。もう少し丁寧にこの映画を観て、私の「アメリカ」像を作ってみたいものだと思った。この映画の監督は、中国系のアン・リーである。行き届いた演出、鋭さと優しさをかねたシーンの連続。そう言えば、06年度のアカデミー賞の「作品賞」を逃したとき、彼が「同性愛」に対する偏見のせいだとコメントしたことを思い出した。しかし、私は、この映画はゲイのカウ・ボーイの物語をこえて、もちろんその美しさを否定するのではない、彼らの理想郷であるワイオミングの透明な空にまで届いていると思ったのである。(こういう出遭いを作ってくれた、休暇を奇貨とする。)
February 20, 2008
コメント(1)
Mr. Edwards and the spider Robert LowellI saw the spider marching through the air,Swimming from tree to tree that mildewed day In latter August when the hay Came creaking to the barn. But where The wind is westerly, Where gnarled November makes the spiders fly Into the apparition of the sky, They purpose nothing but their ease and dieUrgently beating east to sunrise and the sea; What are we in the hands of the great God? It was in vain you set up thorn and briar In battle array against the fire And treason crackling in your blood; For the wild thorns grow tame And will do nothing to oppose the flame; Your lacerations tell the losing game You play against a sickness past your cure.How will the hands be strong? How will the heart endure? A very little thing, a little worm, Or hourglass-blazoned spider, it is said, Can kill a tiger. Will the dead Hold up his mirror and affirm To the four winds the smell And flash of his authority? It’s well If God who holds you to the pit of hell, Much as one holds a spider, will destroy,Baffle and dissipate your soul. As a small boy On Windsor Marsh, I saw the spider die When thrown into the bowels of fierce fire: There’s no long struggle, no desire To get up on its feet and fly― It stretches out its feet And dies. This is the sinner’s last retreat; Yes, and no strength exerted on the heat Then sinews the abolished will, when sickAnd full of burning, it will whistle on a brick. But who can plumb the sinking of that soul? Josiah Hawley, picture yourself cast Into a brick―kiln where the blast Fans your quick vitals to a coal― If measured by a glass, How long would it seem burning! Let there pass A minute, ten, ten trillion; but the blaze Is infinite, eternal: this is death,To die and know it. This is the Black Widow, death. 1944 ぼくの手に負える詩じゃないけど、Robert Lowellが、実在したアメリカの牧師J.Edwardsに仮託して語りたかったこととは何だろうか?「逃れることのできない死」というものの厳然たる事実だろうか。Jonathan Edwards(1730―1758)という厳格なCalvinistの書いたもの、彼の若年時の蜘蛛の観察記録と、有名な説教「怒れる神の手の中にある罪人たち(“Sinners in the Hands of an Angry God”,1741)」を下敷きにして、この詩は作られているのだが、 Edwardsが彼の敵対者(従兄弟ということだが)のJosiah Hawleyに向って、逃れると見えても逃れられない地獄の炎の無限さを言うところ、それが死であり、それを知ること、それが毒蜘蛛で(Black Widow)あり、死だ、という最後のスタンザの独白(そのようにLowellが仮構しているのだが)は、その辛辣さを超えて何かを言いたいのかもしれない。偉大な神の手のなかにあるわれわれとは何か、どんな防御を講じようが、地獄の炎を免れることは不可能なのだ。この詩が書かれた1944年時は大戦時、Robert Lowellはconscientious objector(良心的兵役拒否者)として収監されたらしい。そういう時期とも重なっている作品である。それにしても、この激しさ、この断罪damnationの激しさは異様である。異邦人でinfidelであるぼくにとってはということだが。Robert Lowellの次の言葉は印象的である。"...All my poems are written for catharsis; none can cure melancholia or arthritis."訳せば「…すべての私の詩はカタルシスのために書かれた、というのはだれもメランコリー(鬱)と関節炎を治癒できるものはいないからだ」。
February 19, 2008
コメント(0)
14日の新聞に、オーストラリア政府と議会が、先住民アボリジニーに対して「深い悲しみや苦しみ、喪失感を与えた」として、初めて公式に謝罪したという記事が、ラッド首相が先住民の女性の手をとってわびている写真とともに掲載されていた。白人社会との同化を目的に、先住民の子どもたちを親から強制的に隔離し、白人家庭や施設で育てさせるという政策を20世紀初頭から1970年代まで政府がとってきた、そのことに対する公式謝罪が初めてなされたということ。前ハワード政権は「過去の政策に責任はない」として拒否したということだ。ラッド首相は先住民代表たちが見守るなか、「過去の過ちを正し、歴史の新しいページをめくるときが来た」と述べたそうだ。新聞によると、―100万人いたとされるアボリジニーは現在約46万人で、豪州の全人口の2パーセントにとどまる。劣悪な環境での生活を強いられ、平均寿命も国民平均より約17年短く、乳幼児死亡率も平均を上回っている。首相は教育や医療での政策を強化する方針で、被害者への金銭的な補償は否定している。―なぜか、この記事が印象に残っていて、新聞を探し出して、忘れないうちに書いておきたくなった。非先住民たちが先住民に対して、ジェノサイドに近いことをやったのは、アメリカ(マニフェスト・ディスティニー!)であり、オーストラリアであり、ここも和人たちがアイヌに対して、それ以上のことをやった。ほかにもあるかもしれない。そういうことを思い浮かべながら、この記事を読み返してみた。
February 17, 2008
コメント(2)
My funny valentine My funny Valentine Sweet comic Valentine You make me smile with my heart Your looks are laughable, unphotographable Yet you're my favorite work of art Is your figure less than Greek Is your mouth a little weak When you open it to speak, are you smart? But don't change a hair for me Not if you care for me stay little Valentine, stay! Each day is Valentine's day 私のおかしなバレンタイン かわいらしくて面白いバレンタイン いつも私を心の底から笑わせてくれる 見てくれはおかしくて、写真向きじゃないけれど あなたは私のお気に入りの絵のモデル スタイルはギリシャ人には負けるわね、 しゃべり方も少したどたどしくて 話し始めるとお世辞にも頭良くは思えないわね。 でも私がこう言うからって あなたの生き方を少しも変えちゃだめよ あなたに会えばいつも意地悪ばっかりで あなたは私を煙たがっているかも知れないけれど、 もう少しそばにいてよバレンタイン あなたといれば、毎日がバレンタインデーね (ロジャース&ハーツ) 上記は、ひぐま氏のblogからコピーしたもの。ただし、段落は私が設けた。ひぐま氏はバレンタインデイの夜に、ひさしぶりにチェット・ベーカーの歌で、これを聴いたとのこと。私も、これを読んで聴きたくなり、今聞きながら書いている。ひぐま氏によるとチェットの声は「ピーターパンボイス」というのらしいが、私も一時期、この甘ったるく、倦怠に満ちた声が好きでよく聴いた。ウーン、やっぱりいいと思えばいいし、という感じかな、今は。06年にチェットの歌う何曲かの歌の歌詞を引用した詩を書いたことがある。岡山の「大朗読事務局」が出している、DOG MAN SOUPの3号。私はずいぶん誤訳していたのだなと、ひぐま氏の訳(たぶん、そうだと思うが)を読みながら思った。どこかどうということは書かないが、その詩を全部書き写してみます。これは、最近詩を書いていないので、その助走のような気持もある。fall in love too easily 鏡の中の鏡割れている砂浜産卵の夜を迎える海亀の無数の足跡点描画家たちの色彩の…の混じりあいのように分けがたい涙と泣き声が告知する明日の波打ち際破片を拾いあつめ私はあまりに簡単に恋におちる憎しみがしなびた筋肉に赤い血をめぐらすのと同じだ一日「玉砕」を暮らす埒もない想像に乗って軍服姿で敬礼している私捕虜として労働を強制されている私父たちのかわりに「万歳」とささやく大きな鏡はつねに/すでに死んでいる五月、六月、しかし神無月まで私は生きながらえるだろうかどんな出発とも関係のない日々を縫って旅立っていることを知らない旅のなつかしさや なつかしい待っていることを待てない待機とか単に認知症の老人になることを跪いて祈るなど単に微笑でいい青白い月ではない「私を興奮させ、スリルと歓びを与えてくれる」のは貴重な「少し」、少しの「貴重」、そういう色彩の混じりあい九月、十一月、私はあまりに簡単に恋におちる私のおかしなバレンタイン表象をすりぬけ、哄笑に値する私のバレンタイン「たとえ私が好きでなかったとしても…」そのままいつもの髪いつものかわいい私のバレンタインでいて!四月のパリ素数の文月、だれも繰り返せない、割れない「私が駆けて行き、私の心というものがあればその心に刻みこまれた」晴れや雨暮春には春服既に成り、冠者五六人・童子六七人を得て詠じて帰らん孔子が賛同した生から見棄てられしかし帰るだろう暮春いまだない、もはやないノスタルジアのにじむ道光り輝く眼差しの童子たち六七人遠くを見つめた青年たち五六人とすれちがう「けだるい老衰血のゆるやかな腐蝕 やがて肉体の破壊」のすべてが聞き飽きたブラームスのクラリネット・クインテットのように鳴るまで詠じて帰らん「過酷な錯乱」「今こそ俺は魂をつくろう」読みさしていたイェイツを読むうすくかげり消えてゆくちぎれ雲よ 飛びつつ鳴く孤独の鳥よ産卵の涙を流す海亀よ割れている鏡私はあまりに簡単に恋におちる「五月から十二月まではとても長いけど日々は次第に短くなる」セプテンバー・ソングが歌うのは季節ではない神無月まで私は生きながらえるだろうかそのレクイエムのような、破片たちへのかわいい私のバレンタイン今 自分の詩を読み返して考えるのだが、この詩のspeakerは男性か女性か?全体では中年の?男性らしく思われるけど。(一箇所だけ、原詩のspeakerと同様に女性になっているところを発見もしたが)。ということは、私は原詩をあまり理解していなかったということになる。原詩は、生意気だが、どこか素直なところもある少女が、ちょっと、とろいValentineという名の恋人をからかっているというような感じだと思う。あるいは、これも錯覚か?私は、このValentineを少女の名ととって、書いたようだ、先の一箇所を除いて。でも、その一箇所が誤訳と関係しているところでもある。いずれにしても大したことではないが、意図して詩のspeakerの問題を考えてみようと思った。そうすると人物との関係がもっと明確になるはずだ。「私」というspeakerはごまかしがききすぎる。では?You make me smile with my heartというような強い、はっきしりしたyouとmeの関係を日本語はなかなか作りがたいが、このyouとmeのsexは何か、というと、英語ではまたわかりにくい(そのわかりにくさは、こちらの無知もあるが、もっと文化的なものでもあるはずだ)。そういう違いも考えてみると面白いことだ。
February 15, 2008
コメント(6)
今日職場で、先日アマゾンから届いた4ドルの古本、詩の本を読んでいた。これは教室で実践された詩についての授業をもとにして書かれたもの。そのintroductionに次のような一節があった。THE LOGIC OF POETRY( by Richard Monaco & John Briggs) Angles of interpretation, poetic theories, detailed concentration on historical factors, philosophy, psychology, are left for the classroom and the contextual preference of teacher and student. We might think of it this way: A good poem is like a lens through which you can look at the universe, but the vision is yours. So we want to learn how to focus our minds through a poem and look with our own”sight.” How far we learn to see depends on us.訳してみる。(このテキストのコンセプトについて述べている)…解釈の仕方や、詩についての理論、歴史的な要素や、哲学、心理学などに対する細かい詮索はクラスや、先生と生徒のそのときの状況による選択に任せます。 こんなふうに考えています。いい詩とはレンズのようなもので、それで全世界を見ることができる詩です、しかしあなたのビジョンはあなたのものですよ。だから、一つの詩を読むことを通して、どのように精神を集中させるかを学びたいのです、そしてそのときもあなた自身の「見ること」を忘れてはいけません。いかに遠くまで見ることを学びうるかは、われわれ次第なのです。見られるように、ゆるやかな詩の教科書だが、こういう態度で、詩に向き合ったことがなかったので、とても広々として楽しい。一番いいのは、このディスクールには抑圧がないことだ。それは「馬鹿」とは違う、所詮「啓蒙さ」という言い方では片付けられないものがあるということ。そういうことを、この本から学んでいる。
February 12, 2008
コメント(0)
昨晩は、六角橋ストリートはメリオールで、倉田夫妻、阿部嘉昭、廿楽順治、玉川満の諸氏と飲んだ。私は、途中から調子が悪くなり、みんなには悪かったけど、中座して帰った。家に帰り着いたのは、午前0時だった。どうも最近はキャパが、酒のそれはあるかもしれないが、議論のそれがとみに減衰しているようだ、風邪気味もあったのだが。今日は一日中寝ていた。もうひとり、小川三郎さんも参加する予定だったが、仕事の都合で来られなかった。私は、詩集を頂戴していながら、お礼も言っていなかったので、お会いしたかったが、またの機会を期そう。蜜日真っ青な空に古い電柱が刺さっている。欲しいものなど何もなくなる。(小川三郎『永遠へと続く午後の直中』05年思潮社刊より)そろそろ、自分自身の詩集の準備をしなければと思っている。上記とは全く関係ない話。書評に難渋していたときに、深夜のテレビで、Amy Winehouseという奇妙な名を持つ女性歌手の演奏が流れているのを見た。名前からして変だが、着ている服は野暮天squareな白いスーツ、しかし二の腕には刺青、そして明らかに名前の通りに酔っ払っている感じ。60年代の南部のプアホワイトの典型のような淋しい顔、一目見て、その異様さに胸をつかれた。そのとき、この書評を書き終わったら、彼女の演奏をyou tubeで探してやろうと思った。で、その動画を見ました。こういう歌い手がいるということにアメリカを感じてならない。このクニのポップシンガーの「羊水」発言や、それをバッシングするメディアのmoralisticな偏狭さ、そのなかで自己批判と自足を繰り返す歌い手たちの貧しさ、これに比して、「偏狭」や「貧しさ」がどういう制限もなしに、violentに荒れ狂うなかで、酔っ払いになり、ジャンキーになり、自滅をたどる、たどったmusicianに事欠かないのがアメリカである。まるで制服を着ているかのようなスタイルで、真剣に歌っているAmy、しかしその眼は完全に病んでいるかのようでもある、派手なパフォーマンスもない、しかし、そこには何かやむにやまれぬもの?が荒れ狂っている。痛々しいまでに。(というようなことを書いたあとに、動画を見ると、新しいものが入っていて、それはbbcのお笑い番組に彼女が出ているものだったが、結構現代のどこにでもいるような芸人という感じもした。私は何かを錯覚することで、理想化したいらしい。Amy ぶどう酒の家 の話はどうでもいいことだった。単に、そのセクシャルなパフォーマンスに、あのときの私が反応したにすぎなかった、と今は思う)
February 11, 2008
コメント(2)
沖縄タイムス社から出されていた、「沖縄文芸年鑑」が今年の号で終刊するということだ。いろんな理由はあるのだろうが、端的に言って、現代の出版状況の悪化が原因だろう。沖縄タイムスは日刊新聞で、そこに今まで「年鑑」に出されていた文学賞などの作品を吸収するということだが、それにしてもこの南島の独自の、その年度の文学を網羅していた年鑑の終刊には淋しい思いがする。先日の朝日の夕刊の連載コラム「人脈記」に、この沖縄タイムスが出版した伝説的な『沖縄大百科事典』の編集チームの主任だった上間常道さんのことが紹介されていた。河出書房の編集者をやっていて、沖縄に帰りこの仕事をしたのだった。この大百科が出たとき、まだ高校生だったという友利仁は今沖縄タイムス出版部にいる。朝日の記事によると、この大百科事典は、――千人余りの執筆者が1万4千項目を書く。「沖縄戦」だけで400項目。思いを込めた3年がかりの大仕事だ。スタッフは素人ばかり。上間が河出仕込みのノウハウを一から教えた。「復帰から年月がたち、沖縄のアイデンティティーが問われている時期で、大百科づくりは沖縄の文化運動でした」沖縄タイムス出版部の友利仁(40)は当時、高校生。「大百科を読む側も県民運動のようだった」とふりかえる。 ―ところで、その友利さんは独力でこの『沖縄文芸年鑑』を4年間にわたり、編集してきた。15年間の歴史の後期をになうことで、南島の文学を、見つめつづけてきたわけだ。ご苦労様でした。これからも、高校時代の熱い思いを忘れることなく、思いのこもった本の出版にたずさわってほしいと思う。現代の出版事情のあまりのひどさに抗して。
February 9, 2008
コメント(2)
今日は、友人の愛好するHart Crane の、MOMENT FUGUEという短い詩を読んでみよう。The syphilitic selling violets calmly and daisiesBy the subway news-stand knows how hyacinthsThis April morning offers hurriedlyIn bunches sorted freshly― and bestowsOn every purchaser ( of heaven perhaps)His eyes― like crutches hurtled against glassFall mute and sudden( dealing change for lilies)Beyond the roses that no flesh can pass.最初から、あやしげな雰囲気を感じる。The syphiliticは梅毒患者。彼が売る、あるいはofferしbestowする自然の花々との対比の目覚しさ。Wallace老とは、その対比がまず異なる。そして、その花々の序列が問題である。まずヴァイオレット、デイジー、ヒヤシンス、そして突然ユリ、最後にはバラが、なぜか、越えられるものとしておかれる、という構図。これらの花々が暗喩的であり、シンボリックなものであること。しかし、この詩のなかで、私が眼をとめるのは、like crutches hurtled against glassというようなフレーズだが、わが友よ、これは、卓抜な表現ではないでしょうか?自信はないが、これを日本語で意味を取ると、「ガラスに向って投げつけられた松葉杖のような」ということになるであろうか。そのような眼を、このThe syphiliticは持っているということか。violentなイメージだが、だれもが考えつくことではない。彼は、heavenから見離されているのであろう、たぶん。だから、売り急ぐのか。あるいは押し売り寸前までいくのか。あるいは捧げるのか、授けるのか。「最後にはバラが、なぜか、越えられるものとしておかれる」と先ほど書いたが、このバラの形容「肉が通過できない」というのはどういう意味だろうか。どんな肉体も越えることのできないバラを越えて、あるいは、その彼方に、無言で罪深くユリを商うしかないということか。バラがGodやLoveやredemption(贖い)の象徴であるとしたら、ユリは死とresurrection(再生)のそれであろう。しかし、こういう解釈でいいのか。解釈を投げ捨てて、この詩のタイトルを読み直す。「フーガの時」とある。この詩形(視覚的な工夫)と韻律がそれを表すとともに、花々の交換が、異なる声部が、同一の主題をリレーしてゆく、音楽のフーガを思わせる。そういう才気煥発なところもHart Craneの持ち味ではないのだろうか。私の理解は浅すぎて、友人には及ばないが、おどろおどろしいsexual diseaseの男を出しながら、それを美しい花々、それこそ読むものにいかようにも解釈を許す(ように私は思うのだが)花と対比させるところに、Hart Craneの普遍性があるのではないか、などと思った。(蛇足だが、最後のstanzaのrhymesに触れておくと、eyes―lilies、glass―pass)
February 8, 2008
コメント(2)
THIRTEEN WAYS OF LOOKING AT A BLACKBIRDというタイトルのWallace Stevens の詩を今日は「勉強」した。3年生は自宅学習期間というか、受験期間で、授業はない。私は3年の授業だけ、この一年間持っていたので、今授業はない。3年間に一度だけめぐりくる、「至福」の時間を私は過ごしているのだが(これも今年で最後)、高校受験が近づけば、またいろんなことで忙しくなる。最近は図書室にこもって、Stevensを読んでいる時間が多い。今日は上記のタイトルのとおり、13連に分かたれた詩を、じっくりと味わってみた。次のように始まる。1Among twenty snowy mountains,The only moving thingWas the eye of the blackbird.2I was of three minds,Like a treeIn which there are three blackbirds.しぶい漢詩を思わせるような始まりで、コントラストもそんなに斬新にも感じないのだが、「ただ動いているのはクロ鶫の目だけ」という表現には、対象をしぼりこむ力を感じる。blackという語のコノテーションが、この詩全体に味をつけているが、その始まりは不動のなかの動で、ある不穏さを予感させる。2はどういう意味だろうか。「私は三つの心から成り立っていた、木のように、その木には三つのクロ鶫がいる」ということか。三という数字には何か意味があるのかもしれないが、three, tree,と韻を重ねていて、心の三つの位相と三羽の鶫の単純な対比が主であろう。こういう調子で詩はモノローグをもとにして積み重なるように、墨絵のタッチで描かれるという感じである。3The blackbird whirled in the autumn winds.It was a small part of pantomime.4A man and a womanAre one.A man and a woman and a blackbirdAre one.3は黒鶫の秋空での旋回を、無言劇の一部だと述べる。このメタファーはいい。4はとても不思議な感じがする。抽象的なのだが、それが吃音者の言葉のように、視覚的にそうだと私は言いたいのだが、いわば見えるように聞こえるのである。三行目に黒鶫を含めて「一つ」だと断定するのが驚きである。AとBはなじみの語であり、概念である。AとBは「一つである」と規定する。述語は抽象的な概念であるが、なじみのものだ。愛し合っている二人は「一つ」であるよね。その二人に異質な黒鶫を加えてみよう、それでも「一つ」だと、詩は規定するのである。このand a blackbirdという付加がなじみのA man and a womanに亀裂を入れるのだが、それをAre oneというようにidentifyすることで、この無言劇に小さな、しかし意味ありげな動きが動くということ。そういうふうに私は読みたい。5I do not know which to prefer,The beauty of inflectionsOr the beauty of innuendoes,The blackbird whistlingOr just after.6Icicles filled the long windowWith barbaric glass.The shadow of the blackbirdCrossed it, to and fro.The moodTraced in the shadowAn indecipherable cause.5も単純な対比から成っている。beauty of inflectionsとbeauty of innuendoesが主であろう。前者は「湾曲の美」、後者は「風刺の美」、こんな単語はじめてお眼にかかったが。きみはどちらが好きですか?「クロ鶫が鋭く鳴いている」と「ちょうどその後」は、どちらを選びますか?6の前半分は室内の粗野なガラス窓、つららに覆われたそれを通して見た鳥影。こういう描写の具体性がとてもいい。最後の三連は「哲学」のようなものの萌芽。長い単語、長すぎて「判読できない」原因を、あるムードが影の中で追いかけたのである。取り出すなら、「黒鶫の影」と「解読できない原因」との結びつきが、この連のポイントであろう。たしかにASIATICさんがコメントで紹介してくれたFrost said, "Stevens, you know the problem with you? You write about bric-a-brac.'" というbric-a-brac(骨董品)的な言葉が多いですが、弁護すれば、それもわざと使っているのであろう。ここまで書いたら眠くなった。おやすみ。(註・原詩の各連の番号はローマ数字だが、このお馬鹿ページはそれを機種依存文字と言って嫌うので、アラビア数字に変えてある)
February 7, 2008
コメント(0)
Wallace StevensTHE SENSE OF THE SLEIGHT-OF-HAND MANOne’s grand flights, one’s Sunday baths,One’s tootings at the weddings of the soulOccur as they occur. So bluish cloudsOccurred above the empty house and the leavesOf the rhododendrons rattled their gold,As if someone lived there. Such floods of whiteCame bursting from the clouds. So the windThrew its contorted strength around the sky.Could you have said the bluejay suddenlyWould swoop to earth? It is a wheel, the raysAround the sun. The wheel survives the myths.The fire eye in the clouds survives the gods.To think of a dove with an eye of grenadineAnd pines that are cornets, so it occurs,And a little island full of geese and stars:It may be that the ignorant man, alone,Has any chance to mate his life with lifeThat is the sensual, pearly spouse, the lifeThat is fluent in even the wintriest bronze.血を抜かれたり、排泄物を提出したり、逆さまになったり、なにかを塗られたり、いろんなことを体にされて、老医師の、メタボ寸前である、酒をひかえよ、ちゃんと病院に行け、などの検診後のconsiderationsを聞いて、そこを出たのは2時前であった。昨晩の9時過ぎから水も食も採ってなかったので、立川駅ビルのなかに駆け込み、昼飯を食った。今までに入院したことなどなかったし、無茶で不摂生でもどうにかなったけど、これからはそうもいくまい。そのあと、喫茶店に行き、Wallace Stevensの上記の詩を、電子辞書で確かめながら、読んだ。仕事は休んだし、誰にも邪魔されない一時間強ばかりを貪る。何も考えなかった、何も思い煩わなかった。この詩も、あと少しでわかるだろうというところまでしか読めていないが、それにしても一番読めていないと自分で思うのは、この詩の深さである、議論の詩ではないし、何かを宣言しようとしているのでもない、ただこの感覚の歴史というか、そういうものがとらえきれない、そのもどかしさのなかでも、私は自分が「島にいる、無知で、孤独な一人の男である」と想像してみる。英語には、冬の形容詞があり、その最上級が当然の如くあるというのにも驚くのだが、その「厳しい冬のさなかにいても、真珠のような配偶者との官能的な生」をつがわせるチャンスがあるかもしれない、いや「もっとも荒涼たる冬の青銅」というような言葉自体に酔っていたのだ。書き写していると、音楽が鳴ってくるようでもあった。ともかく、Wallace Stevensにたどり着けたことに感謝しよう。
February 5, 2008
コメント(2)
というタイトルで、「樹が陣営」に載せる書評を書いた。神山睦美さんの『夏目漱石は思想家である』(思潮社)という本の書評だが、ずいぶん時間はあったのに、生来の怠け癖で、追い込まれて、やっと書き上げた。十枚書くと、へとへとになる。体力をつけねばとつくづく思った。明日は人間ドックに入る予定。入っても、悪いところを直さなければなにもならないが、調べてもらうだけで、どこか一安心するのは、安上がりにできているということだろう。
February 4, 2008
コメント(0)
今やらなければならないことから逃れて、ほかのことを夢想するのが、人である私の習性だが、逃れて行く先の対象とは、アメリカの詩人、Wallace Stevensでもある。「でも」と言ったのは、そういう対象はいくらでも、でっちあげることが可能だから。「アメリカ名詩選」に採られている彼の詩のなかで、一番最初の作品が、タイトルにあげたThe Snow Manである。これは解説によると、「原詩は紆余曲折するただ一個のセンテンスでできている」。五つのスタンザにわたる、彼の詩で言えば、短いものだが、それでもちょっと驚く。日本の詩で、こういう書き方が可能か、こんなのがあるだろうか、と思う。この詩を引用してもいいのだが、今夜は徹夜覚悟で「今やらなければならない」ことにとりかからなければならないから、遠慮しておく。二月、明日はThe Snow Manになるだろう。
February 2, 2008
コメント(0)
気づくと、締め切りが二つあって、呆然としている。週末になんとかしなければいけいない。いけないのに、頭が働かない。サイードの「文化と帝国主義2」の後半部を読み終わり、少し元気を出す。彼が引用しているものにとても素晴らしい文章があった。忘れないように書いておこう。12世紀の修道士、サン・ヴィクトルのフーゴー(1096-1141)のもので、サイードはこの文にいつも立ち返り、そこから勇気を汲むという。―― それゆえ、修練をつんだ精神にとっては、眼に見えるはかない物事のなかに放浪する術を最初に少しずつ学ぶのは、大いなる美徳の源ともなるのだが、それはそうすることで、そうしたはかない物事を置き去りにして進むことができるからである。 彼自身の故郷を愛おしむ者は、まだ未熟な初心者にすぎない。あらゆる土地が彼自身の生まれた土地であると思える者は、すでに強靭である。けれども全世界を外国とみなすことができる者は完璧である。 未熟な魂の持ち主は、彼自身の愛を世界のなかの特定のひとつの場所に固定してしまう。強靭な者は彼の愛を、あらゆる場所に及ぼそうとする。完璧な人間は、彼自身の場所を抹消するのである。 ――いかにもサイードの好みそうな文句だ。偏狭さや固着が、それじたい悪いとは言い切れないが、それを否定する強さを持たなければ、未熟なままで、なつかしい故郷ともども腐ってしまうだろう。普遍にわたる経験に自らをさらすとは、自己自身をどこまで追放できうるかにかかっている。exileの主題はサイードのみならず、このグローバルな時代に課された普遍的なものである。
January 30, 2008
コメント(7)
先日書いた「末世」という粗雑な文に、多くのコメントをいただき、いろいろと考えさせられた。そのコメントの一つ、一つに対して応えるべきだが、その余裕も知識も私にはない。私のモチーフは、あくまでも、ただ「現場」、それも私が考える「現場」からの発想にあるということだけ。教育の論理とは、内田樹ふうにいえば、私もその通りと思うが、等価交換ではないし、空間化できるものではないということで、それが、あの文の根底にある考えだ。いじられ、いじることは、少しよしたらどうだ、という思い。孔子時代に戻れ、などとは言わないが、もう少し、「時間」を下さい、ゆったりと、豪奢に、実り、腐り、死滅してゆく「時間」の経験を、「現場」で味わいたい、共有したいというモチーフだが、アナクロニズムであることも承知している。制度や政策について提言しようとして書いたのではない。(これを無責任と言うなかれ)。私の思いは、「こういうイヴェントを拒否できる生徒」の存在ということにつきるかもしれない。「参加する生徒」に対して別段私は反感をもたない。しかし、「拒否できる生徒」を、私は彼が一人であろうとも肯定するつもりである。
January 28, 2008
コメント(15)
明日は推薦入試で出勤なので、今日、八王子市長選挙の期日前投票をしてきた。八王子駅前のヨドバシカメラのそばに、クリエイトホールという市の公民館みたいなところがあるのだが、そこで今日の8時まで行われていた。結構、期日前の投票をする人が多いらしく、混んでいた。現職と環境派の新人の争いである。両者とも無所属だが、現職は政府与党の一味であることにはかわりはない。明日が選挙日だが、結果はどうなるのか。一矢を報いたいものだが。最近非常に腹が立つのは、杉並区のW中の「夜スペ」なるイヴェントの認可である。今日のニュースでも大きく報道されていた。その初回の授業が始まったということで。S塾なる中高生向けの塾の講師が出張して、現役の中学2年生の偏差値上層部を相手に講習していた。その塾に直接通うよりも、W中で行う分、授業料も安く、インタビューに答えている保護者や生徒(もちろん、その授業に出席しているから賛成派ばかりだ)の意見も、このイヴェントの成功を喜ぶものばかりだった。これを計画立案した校長は民間の会社から校長になった人で、数年前ほどには朝日新聞で、自分の校長としての実践をコラムとして書いていたことがある。それなりに面白く、別段反感も持たずに、その連載を読んだ記憶がある。しかし、この公立中を使っての、夜の、選抜組みへの予備校講師の講習という企てには腹が立つ。これは彼(校長)も、杉並区の教委も表向きは関係せずに、保護者たちが立ち上げた私的な第三者機関の運営ということで行われるものであるにせよ、よくも最初は反対していた都教委が認可したものだと驚く。驚くと書いたが、考えてみればここ十年余りの都教委のやり方からすれば、全く当然のことに過ぎなくて、逆によくも最初に反対を表明したものだということに驚くといったほうが正確である。現場を根こそぎにひっくり返した「改革」、それは簡単に言えば、教育への「経営」「効率」「ネオリベ」的考えの介入であったが、その道筋の行き着くところは、税金で運営されている公立校をも、その考えにいやおう無く巻き込み、一予備校の宣伝のための「学校」と化すことに他ならない。タックスペイヤーとしては、どこに文句を言っていいのか分からぬように、受益者負担の建前をちらつかせてはいるが、半額ほどの減であること、その施設を使わせていること、選抜したその学校の生徒をそのままそこに通わせること、これらはことさらに「あるもの」を優遇し、「ないもの」をますます貶める「格差」拡大の道にほかならず、明らかに憲法の定める教育を受ける権利、教育の義務などに違反している。こういうやり方に対して、何も言わずにいることは恥ずかしいことだ。昔の杉並区、その教委だったら、この話はありえないことだが、そういうことを言ってもしようがない。「競争」や「利益」を見やすくすることは、なんでも話を簡単にすること、どこが悪いの?と居直れることにつながる。これに反論することはとても困難になる。勝ったよ、儲かったよ、これに反論することは至難だ。だが、ぼくは、何人かの教え子の顔を思い浮かべてみる。「夜スペ」なる命名も気品がないのだが、そういうものに、どんなに誘われても、彼や彼女は出ないだろうな、中学生の時期を自分なりに、どうにか工夫して、辛いことの多い、その時期を乗り切るだろうなと思う、そういう教え子たちをすぐ思い浮かべることができる。むしろ、このような試みを、うさんくさく思わなければダメだと自分で考えることのできる生徒たちこそが救いである。なんら翳りのない表情で、「学校」という場をも、経済界の一企業、一工場のように収益優先の論理で語る管理職に対して、この学校の子どもたちは、ほんとうにどう思っているのだろうか?そして、こういう管理職、こういうことを後押しする区教委や、都教委というものの存在を、区民や都民はどう思っているのだろうか?末世である。救いがないのは、すべてのことが政治的、経済的、経営的、要するに、教育の時間と論理から逸脱していること、そしてそのことを最初から疑わない風潮である。
January 26, 2008
コメント(7)
あらたしき展開告知する使者のあしおと低し雪が降り来る 水島修こういう声を彼も持つようになったのだ。物思うことは思わぬことと連接している。多く思うことが少なく思うことにまさるなどということはない。人は、いつの時代でも、不如意と不安にさいなまれている。多く嘆きを歌う方が、少なく「低」く「あらたしき展開」を歌うことにまさるということはない。関節がはずれたような措辞、「あらたしき展開」「使者」「告知」「低し」などを収斂させるのは平凡な叙景「雪が降り来る」である。この平凡さの中にこそ、彼の歌が今は存在するのだ。でも、彼はことさらな対照を試みようとはしない。「関節がはずれた措辞」というのは、評者の勝手な読みにすぎない。なだらかさの連接のなかで、そのなだらかさが内包する小さな違和。「使者のあしおと低し」、きみはずっと使者を待っている、永遠に到達しないカフカの使者、かれは今、宮殿を出発した、でもその宮殿の広さは無限大だ、きみは窓辺にすわり、「降り来る」雪をながめながら、使者を待つ。
January 25, 2008
コメント(1)
センター試験のリサーチの分析が立川のk塾であったので、出席した。前の職場の連中がぼくをふくめて4名もいた。つくづくばかばかしいことだと思った。その連中の、自足と厚顔には情けなくなった。これ以上、このことについて書きたくはないが、ひとつだけ書くと、信頼に足る男だと思っていたやつ、今でもその職場にいる男、机などをひっくり返さんばかりに管理職に抵抗していた奴の、本性を今日見極めたと思った。悲しくて、ばかばかしいこと。でも、そのあと木村君と久しぶりに会った。このことが、またぼくの生きる道を、ああいうさもしい連中とは異なる、ぼくはそう信じるのだが、そういう道を教示してくれたと思う。
January 24, 2008
コメント(2)
彼は現役の詩人でしたから、書くことの苦闘について、「愛」という言葉を使って、表現したのです。昔、受けた「詩の授業」について思い出しながら、彼女は書いている。私の記憶では、彼はこう始めました。I love you so much.Youが何であれ、それはいまだ生まれぬ詩だったのです、と彼女は書いている。今日はひどく寒かったので、私は彼女の書いたもので、すこし暖をとったのだ。私のまえのYouについて、思い巡らすが、それは一つとして、固着や矛盾から解放されてはいない。私は彼の、その授業の本を読んでみたくなり、アメリカに注文したが、届くか届かぬか定かではない、そういう小さな売り手がネット上で安売りをしている、そのお店に注文したのだ。これは「愛」であると思う。でもその本、彼女があんなに激賞した本のタイトルは「詩の論理」という名だ。I love you so much.と呟く。私のまえにある、Youがなんであれ。そこには火が燃えている。
January 23, 2008
コメント(0)
今日で3年の授業終わる。明日からは自宅学習期間だ。受験の連中は、これからが正念場だ。がんばってほしい。私は36年間の公立高校での授業を今日で終わった。感慨なきにしもあらずだが、感慨にふけるような暇も無いというのが実情である。でも肩の荷が下りた思い。ふかぶかと深呼吸をした。寒さがここちよい。
January 22, 2008
コメント(5)
寒かった。ひとりで飲みたかったので、相原で降りた。「まいど」は異常な混雑だった。Z大の学生、しかも女子大生が12名余り、飲み食いをしていた。そのけたたましいこと。おじさんは三名ぐらい。小さくなって、圧倒されていた。「同窓会?」と小さな声で、おかみに聞いてみたが、そうではないらしい。そのうちまた入ってくる、20名ぐらいになった。話を聴く気にもなれなかったが、仲間のだれかがお愛想して帰るとき、かならず、この学生たちは、「お疲れ」と言い合うのである。「お疲れ」か。これは詩の言葉になるだろう。ぼくより、みんな元気そうなのに、「お疲れ」と言っている。疲れるほど勉強したのかな。それとも、さよなら、という言葉の代わりに使っているのか。卒業式には何を着てくるの?和服よ、というような話も聞こえてくる。そうか、4年生で、今日は最後の授業だったのだろう。それで「お疲れ」さま、ということで、みんなで飲んでいるのだ。進路がみんな決まったような顔だったのを、今思い出す。晴れ晴れしていたな。ぼくは、雪の降りそうな気配を感じたから、一人で「雪見酒」のつもりで、ここに寄ったのだが、雪も降らない。その代わり、女子大生たちの雪のような白い顔を盗み見て帰った。「お疲れ」。
January 21, 2008
コメント(0)
4月から勤める予定の職場から、出講日の予定が送られて来た。見てびっくりした。月から土までとある。電話して確かめたら、こちらの意向を聞いてくれるとのこと、少し安心する。9月から出講する予定の某大のシラバス作成を終り、Web送稿する。明日が締め切りということだったので、あわてたが何とかやっつけた。「ことばと世界」という茫漠たるテーマで授業をしてみようと思う。その相互の行き来のなかで、両者がもっと「濃密」に感じられ、考えられるように学生たちともども、自分もそうなるような「学習」の場をつくってみたいと考える。実はこのテーマは、ノーマ・フィールドの次のことばから拝借したもの。これを読み直したとき、自分でもなんとかやっていけるのではないかと思ったのだ。― ことばはいきもの。世界は限りなく濃密。このいきものを手にして世界に向かっていくのが文学。文学は人間が精一杯世界と向き合ったときのひとつのかたち。―「祖母のくに」あとがき。こんなに簡明で、そうだから、姿勢をまっすぐにさせることばに勇気づけられている。
January 20, 2008
コメント(0)
最近のお気に入りは、シューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ イ短調」。ヨーヨー・マと、ピアノはエマニュエル・アックスという人。先日、「阿Q」ラジオで、ロストロポーヴィチのチェロで流れていたのを聞いた、ピアノはなんとベンジャミン・ブリテン。1968年のDeccaレコード。いいな、と思って、かみさんにCDある?と尋ねたら、わが家にもあるといって、持ってきたのが、Sonyのこれ。―ピアノ五重奏曲「ます」―と、アルペジオーネ、それに―歌曲「ます」―を、バーバラ・ボニーというソプラノ歌手が歌っている。その三曲の収録されたCDである。アルペジオーネはロストロポさんのような嫋嫋たる抒情性はあまり感じられないが、マさんの清潔な、なんというか上品このうえもない響きも捨て難い。得てして、最初に耳が捉えたときの感動から逃れ難いから、ちょっと違うぞと思ったが、何回も聞いているうちに、マのものでなくてはいけないというような感じを傲慢にも抱いてしまうのが素人である。つまり、単にロストロポーヴィチのものがここにないので、聞けない、比べられないということにすぎないのだが。この寒さのなかで、頭もかじかむ。心もかじかむ。そういうとき、失われたアルペジオーネという楽器のことを思い、それのためにシューベルトが作って、今に残っている曲を聴く。あるいは同じCDにある、曲と歌が、かなでる「The Trout」を聴く。春に遡上するために、鱒たちはこの寒さを不眠症で耐えている。
January 19, 2008
コメント(2)
'Don't you worry, and don't you hurry.' I know that phrase by heart, and if all other music should perish out of the world it would still sing to me.というのは「アメリカ文学の父」(フォークナーの言葉)、Mark Twainの言葉だが、今日はこの言葉を発見して、ホッとした。これはカーヴァーにならって、カードに書いて壁にはるべき言葉である。
January 16, 2008
コメント(6)
“Poem in January”としてアップしたマリアン・ムーアの詩の、先日書いた解釈に、平川さんとタクランケさんから、コメントを頂いた。ぼくの解釈も、お二人の解釈も、マリアンに言わせると、どうなるのだろうか?そんなことを考えた。解釈ではなくて、考えだけど。矛盾するが、「想像の庭」も「本物のヒキガエル」もいないところから始める以外にはない。「想像は死んだ、想像せよ」「本物のヒキガエルは死んだ、ヒキガエルを作れ」ということになるのだろう。これはもちろんアメリカという「伝統」のない「荒野」の詩人であるマリアンにもあてはまることで、マリアンが言っているのも、よく考えてみれば同じことだ。「詩は」とはと、はじめたとき、あとに続く規定の消滅と、それゆえの苦闘のなかにはじめて「ヒキガエル」はその醜悪な姿を示しだすのだろう。断じてモダンでなければならない、というランボーの言葉は、そういうことと関係する。「古典詩」、この言葉で、とくに「連句」のことをいうのだが、これは事情がちがう。でも、ここにある「共同性」や「伝統」も、いつまでも固定的なものではありえない。俳諧がはらんでいた初発のエネルギーをなんとかして現代に生かすことを考えずして、巨大な七部集の糟粕を嘗めるだけでいいということにはならない(それを嘗めるだけでも大変なことだが)。こういう「古典詩」の伝統がここにはあるとして、それと今の詩との眼もくらむような断絶はどうだろう。たかだか、70年にも満たない「現代詩」は、その外延と内包を真にどこに連接し、どこと断絶しえたのか?「古典」詩の伝統も弱い、「現代」詩も弱い。これは何もないより、さらに弱いことではないか。「古典」詩の伝統が弱い、というのは、それに対する新鮮な言及、その「古典」詩をもっと幅広いレンジで捉えうる(たとえば、藤井貞和さんの最近の本などは、東南アジアやアイヌ語を含めて詩の成立を探求する壮大なものだった、そのような)試みこそが、今待たれているのではないか。そういう試みが「古典詩」を強くし、その結果「現代」詩も強くするということにつながらない、とはいえないだろう。「荒地の恋」も大切な伝統である。同じように、「七部集」や「アイヌ神謡集」「ユーカラ」、「おもろ」も大切な伝統である。これらの「新しい」読み直しが、今こそ必要である。
January 12, 2008
コメント(4)
今週は辛かった。その辛いなかでも、連句が始まったのが唯一の救いである。机上は獺祭書屋状態になっているが、解酲子、樫男のお二人についていくのは楽しみである。「なにぬねの?」というSNS上でやっているが、完成した暁には、御連衆の許可の上で、ここにも掲載しようと思う。一月の詩は、マリアン・ムーアというアメリカの女性詩人の、その名もPoetryという詩である。詩について考えていると、この詩人の有名な定義、詩の定義を思い出した。それが、ここに載せた詩にある。岩波の「アメリカ名詩選」にあるから、興味のある方はその訳を参照しながら考えてください。軽妙に見えながら、考えさせられる詩である。そのサワリの部分を同書の訳で確認しておこう。――われわれの詩人たちが、 「想像力の直訳主義者」となって、傲慢さや軽薄さを乗り越え、われわれの眼の前に 「本物のヒキガエルの棲む架空の庭」を呈示するまで、詩はどこにもない。――要するに、詩とは「本物のヒキガエルの棲む架空の庭」を呈示することだとマリアンは定義している。逆に言えば、本物や生ものを扱うことのできる詩人がいなくなり、半端な詩人(half poets)たちの飾り立て詩?しかなくなったということか。この定義自体は軽妙でもない洒脱でもない、そこにもっていく詩の運びがすばらしく軽い。風のように、冷たくもあり、暖かくもある自然な運びが、ぼくらを連れて行く先は、「想像上の庭」であり、そこには「本物のヒキガエル」が棲んでいるのだ。ここでぎょっと驚くのはぼくだけか。陰鬱で重たく気が滅入る詩しか書けないぼくにとって、マリアンのこの詩はいろいろ参考になる。どんな平凡なものでも、詩はそれをrealに見せることができるし、もしかしてgenuineなものにも変貌させることもできるかもしれない。「本物のヒキガエルのいる想像の庭」。
January 11, 2008
コメント(4)
今年初めて、「まいど」に寄った。結構混んでいた。携帯を出してみると、Nから電話が入っていた。ぼくも今日あたりNさんと会えるかもしれないと思い、途中下車したのだった。案の定、彼もそう思ったのである。恋人でもないのに、こうして「気が合う」というのは、お互いに酒好きだからか。長身の彼が来たのは6時、ぼくはその十五分前ぐらいから飲んでいた。壁にぶらさがった値札を眺めているうちに、すべての品が20円値上がりしたの気づいた。焼き鳥は据え置きだが、生ビールの中(生中とぼくらは呼んでいる)が290円だったのが310円に、酎ハイ類が210円になっていた。こういうところにも、原油高などの影響が及んでいるのだろうか?造形大の学生などが多いのだが、彼らはどう感じているのか。聞いてみたいと思った。一時間ほど飲んで別れた。立ち飲みだから、ぼくらには少し応えるようになってきた。二年前は、ここで3時間の長丁場を飲んだことがあるが、さぞや周囲の客に迷惑をかけたことだろう。今は、夢物語である。Nさんはぼくより一歳ぐらい年少だが、都に見切りをつけて、一年はやくやめて、今は某大で非常勤をやっている。そこからいえば先輩である。やめるに際してのわずらわしい事務的なことなどをいつも親切に教えてもらっている。二人で飲むと次の白詩を思い出す。対酒蝸牛角上争何事石火光中寄此身随富随貧且歓楽不開口笑是痴人
January 10, 2008
コメント(4)
仕事が始まって、3日目。この日常もあと少しで終りだ。自家中毒のような日常を清算することはかなわないけど、そこにリズムを意識して作っていこうというようなことを考えている。これは最近よく読んでいる阿部さんのblogの影響でもある。それにしても、もう一刻もはやく、現状からお払い箱にされたいとも思う。今の仕事に未来はない、もちろん、これはぼくだけの感想である。こういうことをいくら考えたとて、商売をやっているわけではないから、そういうつもりはないから、いくらでも自分をやっつけたり、救ったりできる。それはぼく自身がすることだが、相手もやってくれる。そういうことを含めて言うのだが、そういうことに少し以上疲れたというのが実感である。だからお払い箱にしてほしいというのだが、きみたちのことをうらんでいるわけではない。きみたちとぼくを囲繞している鉄仮面のような制度に疲れたというのだ。ぶらぶらと歩いてきて、手はポケットにいれたまま、「役人のチマチマした発想は、おれはきらいだ」といい、W中の補習の構想に賛成する都知事というのがきらいなのだ。よく、言いますね。「役人のチマチマした発想」のもとに、「チマチマした」現場をつくったのはだれですか。あなたにほかならない。もう、いい加減、この男もお払い箱にしたいものだ。
January 9, 2008
コメント(0)
どうかしている。「接岸」を「接近」と読み間違えてしまった。これではどうしようもない。自分がいつも「接近」だけで「接岸」できないという思い込みがあるからか。フロイト流の症例になりそうな過ちだ。自分のものならいいが、人が書いた、しかも共鳴したエッセイのタイトルを読み間違えるなんて、どうにかしている。渡り鳥もわたる場所を間違える。この温暖のなかで、生命のリズムを傷つけられて。「接岸」の暖かさ、安堵、到達感、「接近」の切なさ、遠くはなれては近づく島を包む、月の海。
January 8, 2008
コメント(6)
何故だか、最近英語を読みたくなって、カーヴァーのものを読み直し(ほとんど初めてのようなものだが)ている。今日は、彼の文学修行中の最も苦しい時期の思い出が書かれている”Fires”というエッセイを三分の一ほど読んだ。弱い語学力がもどかしい。20代前に彼は結婚して、もう子どもがいた。フラナリー・オコーナーが、作家にとってためになる経験はすべて20代前のもので充分であると言ったらしいが、カーヴァーはそれに異を唱えて、自分にとっては20代以後の経験しか思い出せないし、それが自分に大きな影響を与えたのだと言う。ろくに椅子もないような貧乏な生活だった。ガキたちが影響を与えないような自分だけの空間はなかったとも書いている。日本のある時期の私小説作家、葛西善蔵などを想起させるアメリカ版のすさまじい貧困生活が述べられていた。しかし、葛西などと決定的に違うのは、荒涼とした風景の中に一人で立ってひるまない孤独の強さである。人と自己を「他者」として見据える強さであった。そして、その「他者」に寄せる比類のない眼である。カーヴァーは徹底した短編作家である。彼は長編や実験的な小説は読めないとまで言っている。詩を書くように小説を書くのだと言う。ということは小説を書くように詩も書いたということと等しい。ある一瞥、ある会話、そこから彼の短編も詩も始まる。一つの会話、一つの動作をちらっと見る、それが始まりなのだ。倉田良成、阿部嘉昭さんと、思いがけない形で連句(倉田師匠の捌き)が始まった。これは今年最初の私にとっての「文学的事件」であり、楽しみである。阿部さんという真摯で、しかも大きな「文学的」Chaosとの出会い。
January 7, 2008
コメント(3)
藤井貞和さんの『詩的分析』をやっと読み終わった。前半よりも後半が面白い。言語学に対してモノを言っているところが。詩の実作者として言語学に食い込んでゆくというのがモチーフである。コトとモノの区別などは、この本で一番面白かった。「おもろ」の分離解読を唱えた小野重朗は高校時代の旧師だが、その対句部と繰り返し部の分け方も小野先生とは異なるそれが最近の研究では試みられているということも、はじめて知った。Raymond Carverの” On Writing”というエッセイを読んでいたら、机のそばの壁に自分が書く上で参考にすべき大切な言葉を貼り付けてあるという話があった。たとえば、“Fundamental accuracy of statement is the ONE sole morality of writing.”これはEzra Poundの言葉。CarverはChekovがよほど好きだったのか、彼の物語の一節をもカードにして掲げていた。その言葉は、“… and suddenly everything became clear to him.”という短いものだ。これについて次のように書いている。I find these words filled with wonder and possibility. I love their simple clarity, and the hint of revelation that’s implied. There is mystery, too. What has been unclear before? Why is it just now becoming clear? What’s happened? Most of all―what now? There are consequences as a result of such sudden awakenings. I feel a sharp sense of relief―and anticipation.Chekovの言葉もいいが、それに感動するCarverの素直さも、読んでいていいなと思った。
January 6, 2008
コメント(0)
ある気配があって、もぞもぞと本を探していたら、カーヴァーの”FIRES”を手に取っていた。正月早々から、読みたくはないと思ったのだが、そのなかの”Distance”という短編に魅惑されて、読み終わったばかりだ。父親であるぼくが、娘に、小さいときの私はどうだった? 知りたいのよ、話して、と訊ねられたとする、ぼくは彼女に何を話すだろうか。この短編は、そこから始まる。でも、娘の話ではない。泣き止まない赤ん坊であった娘を間にした、若すぎる父と母とのカーヴァー流の「気配」に満ちた台詞と語りの「やりとり」の物語である。それを語ることで、現在の娘と父とにある種の「融和」や「許し」のようなものがもたらされる物語である。狩猟好きの少年(父であるのにboyと書かれている)は、友人との約束の早朝の時間に間に合うように早々と寝ているのに、娘が泣いて何度も起こされる。妻である少女(母であるのに、girlと書かれている)は少年を、なぜこんなときに狩猟に行くのかといって非難する。少年はついに毒づいて出て行ってしまう。車で友人を迎えにいくのだが、そこで気持が変わって、家に帰り、妻のためにベーコンを焼く。妻である少女も起きてきて、マフィンを作る。娘も別に調子が悪かったということではなく、今はおとなしく寝ている。妻が作ってくれた朝飯を食べようとすると、そのプレートが膝の上に突然落ちてしまう。二人とも笑う。夫である少年は、汚れた服を脱ぐ。こういうことがカーヴァー流の貧しいが喚起的な文体で描かれる。それだけを今の娘に父親は話す。この短編の最後の数行を訳したいのだが、たぶん村上春樹が訳しているだろうから止めることにする。こういうことは、ぼく自身の若かりし時にもあったというような感想とともに、このような些細なことを、「気配」に満ちた語りに転換できるカーヴァーの文才にあらためて感銘した。そして、これは「詩」である、というのが強く感じたことである。ありふれた日常を「危機」と「不安」の断崖に、たくまずして持っていく「機略」、こう書くと底が浅いように思われるかもしれないが、日常をenigmaに変化させるということで「詩」であるといいたいのである。なにしろ、「今」の娘、父親に質問する娘を”She is a cool, slim, attractive girl, a survivor from top to bottom.”と表現しているのである。a survivor from top to bottomとはどういう意味だろうか?また、彼女がこの質問を父である語り手にするのは、クリスマスの日である。こういうことを「機略」と呼びたいのだが、ぼくにはよくわからない。日常はしかし、こういうことに満ちている。詩の課題として考えたいこと。(語りが無に触れるような語り。)
January 3, 2008
コメント(3)
今日、息子が国立のアパートに帰っていった。夜の十時、竹芝桟橋から出る船で、神津島と式根島に行くということだ。最初は奄美を予定していたが、帰りの便が取れなくて、変更したという。彼が帰ってから、また老人たち三名プラス老猫一名の日常が戻ってきた。昨日は飲みすぎたつもりもないのに、疲れて早々と寝てしまった。昼に、片倉城址の山腹にある住吉神社に、息子とわれわれで初めてお参りに行った。閑散とした神社で、数少ない年寄りの氏子さんたちが、テントを張って、これも数少ない参拝客に対していた。いい風情だった。どうにか年賀状を書き終えて、投函した。冬の透明な空に恵まれた正月である。「S高校を卒業して、24年になります」という教え子の賀状などを見ると、ありふれた感想だが、月日の立つはやさに驚かされる。彼は私のなかでは、まだ憧れと含羞と、いささかの反抗心を秘めた高校三年生である。しかし、今は奥さんと、少年になった息子を支える大きな鉄会社の工場長である。教え子たちの多くの賀状。年に一度とはいえ、それを何十年にもわたって、彼ら彼女たちが、その近況を昔の担任に伝えてくれる。その幸せに報いるためには、書かずにはいられない、疲れたなどとはいってはいけない、と思う。どうにか書き終えて、投函する。これが、いつもの年のいつもの始まり。だから、書き終えるとホッとする。考えてみると、いつも自分よりは年少の人たちとともに生きてきた。悩み、笑い、怒り、歓びを一緒に繰り返してきたのだった。そのことが自分のエネルギーを、生きるためのそれを、かきたててきたのだ。批判され、同情され、あるいはともにいるに足るものとして見られることはあっても、悪意のなかでお互いを見つめあうことはなかったと思う。生かされてきたのだ。社会という場とは違う、たしかに恵まれた空間があったと思う。スクール(暇という稀有な時空)。効率や経済的なタームでは語れない時間と空間が豊かにあったそこ。「美しい時間の場」とでも形容したくなるそこも、ずいぶんと様変わりしたが、そこで「生き合った」ことを卑下するつもりはない。36年間存在したそこから、今年の3月で私も「社会」に巣立つということになるわけだ。それでも、そういう場、基本的には反効率と反等価交換(これは内田樹のいう意味での)、反消費のための「時空」を作り出していくために微力を尽くして働きつづけたいと思っている。「豊かな時間」を蓄積していきたい。というのが年頭のresolution。今年もよろしくお願い申し上げます。
January 2, 2008
コメント(4)
大晦日、息子が帰ってきて、ひさしぶりに一緒に飲む。それまで、ずっと年賀状を書いていて、そのあと少し片付けたりしているうちに日が暮れた。来年はどんな年になるか。この一年、この日誌を読んでくださった人たちに深謝。よいお年を。
December 31, 2007
コメント(2)
「関与」ということで「強制」を値引きしたわけだ。「歴史」は物語りという考えもあるけど、「政治」の名でいつまで、物語をつくろうとするのか?「政治」は介入しないということが嘘であるのはわかりきったことだ。「教科書審議会」なるものは「政治」以外のなにものでもありはしない。岩国市の市長の立ち姿は美しい。彼を辞任に追い込んだクニのやりかたは醜悪だ。そんなことができるのか?汚職官僚や「記憶にない」大臣を一杯抱え込み、その連中が作成したアメリカ一辺倒の基地の再編成施策で、言うことを聞かないから、税金を交付しないなどと。非常に疲れる労働をして、帰ってきた。広島の知人が、殻つきの生牡蠣を送ってくれていた。ナイフと軍手つきである。不器用ながら必死で開けた。たまらずにしゃぶりつくと、そのおいしいこと、涙声で?おいしい、おいしいと叫ぶ。義父に食べさせると、彼も同じような感嘆の声をあげた。牡蠣食えば海が鳴るなり八王子牡蠣殻や品格捨てて幾ひさし憂きことを牡蠣の身ごとに飲みほせり生牡蠣の磯の香匂ふ厨かな九十九翁の入れ歯にやさし海の乳
December 26, 2007
コメント(7)
今日のニュースから。首相が、「国の責任」を薬害肝炎の被害者救済のための議員立法に明記することに前向きの発言をしたということだ。結構なことである。それに反して、文科省の教科書検定審議会なるものは、沖縄戦での「集団自決」に日本軍の関与を認める各教科書会社の訂正修正に対して、再修正を命じていたということである。薬害は認め、「日本軍」の関与は認めたがらない、ということらしい。薬害は人の命を奪うにいたる薬を国が「許認可」したということである、「集団自決」は日本軍、ということは日本国が、陰に、あるいはあからさまに強制して生を人為的に中断させることを許認可したのである。沖縄県民の抗議のうねりを受け、文科省の大臣は修正に対する「前向き」の発言をしたはずだ。それを受けて各教科書会社は訂正した白本を提出した。しかし、それに再修正を指示したという。指示したのは審議会の小役人たちであろう。大臣の意向を無視したわけだ。どういう再修正か、具体的にはわからないが、どうせロクでもない、「後退」にちがいない。テキサスを南下してゆくと、メキシコ湾の近くに、Corpus Christiという大きな町がある。テキサスの友人たちと、その昔、そこを通過した。「聖体」という意味だが、今日は聖誕祭のイブ。そこから、こういう話題を書き続ける気がしなくなってきた。しかし、Corpus delictiという言葉もある。これは大江の「定義集」で知った言葉だが、慶良間諸島の「集団自決」の死者たちを、大江は書くのがしのび難くて、この語を和訳して「あまりにも大きい罪の巨塊」(「沖縄ノート」p210)と表現したという。これをめぐる曽野綾子の滑稽な誤読については、新聞の「定義集」を読んでほしい。言いたいこと。いつになったら、日本国は自らの「過ち」の「許認可」で、死なしめた無数の無残なCorpus delictiたちのまえに、頭を深くたれ、その「責任」をいさぎよく認める日を持つことができるのだろうか。
December 24, 2007
コメント(1)
駅頭で右翼の街宣車が、がなりたてていた。ヤクザのような恰好のおじさんが天皇賛美の主張をしていた。買い物をして帰るときには今度は、ジーパンを腰パン式に履いた30代くらいの奴が、やはり天皇の偉さについて説教していた。そうか今日は誕生日だったのだ。今の天皇とも、その家族ともかけ離れた、脅迫めいた言辞に耳を貸すものはいないだろう、と思ったが、立ち止まって聞いている人もいるようだった。そこだけが時間が止まっていて、しかしそこで喋っているものは今を生きているものに変わりはなかった。うすよごれた感じが今も耳に残っている、欲望むきだしの天皇崇拝者、誰かを賛美することで誰かをやっつけるというこびりついた奴隷根性が淋しくもあった、大きな、眼に見えない格差がここでも働いている。求めない、そうすればというイデオロギーもあり、こきおろせ、そうすればというイデオロギーもあり、行き場を失った品格は品悪になるばかりだが、ボウダンガラスの向こうから祝意を表しに集った善男善女の幸せを寿ぐ「大家」もどんなアクチュアリティをも自ら捨てようとしている善意の老人である。いかなる「天文と時変」をも「九重の天子 知るを得ず」というより、「知る」辛さを知りすぎているから、どこにも現れない「天子」になろうとした人のようでもある。このとき、街宣車の上で猿のようにがなりたてている欲望は、師走の雑踏にまみれている消費の欲望をどれだけ吸収でき、できないのか。ごくろうなことである。議員立法で薬害の被害者たちを一律救済する方途を考えるというニュース。これすら、自らの救済のための便法であるとしたら、まさしく、そうなのだが、捨てられて「鬼」となった人々は本当に帰るべき場所があるのだろうか?「新楽府」を読み直しながら、私は古い諷諭の行方について考える。
December 23, 2007
コメント(0)
今日は冬至だった。いつもは柚子湯をつかうのに、冬至を忘れて、柚子も買っていなかった。いやなニュースの多い一年だった、そう簡単に「一陽来復」とはいかないらしい。でも、いつも冬至の日に思うことは、明日からは陽射しが長くなるということだ。それだけで、なにかかすかな希望を与えられたような心持がする。それでいい。クリスマスも冬祭りの一種なんだろう。魂が増殖してゆく、死んだものがよみがえる、それが冬至を境にして起こるわけだ。 偶然も未来もあそぶ冬の野に棒杭となりて立てり (齊藤 史)この歌のような厳しさは持てないけど、寒さと暗さのどん底の冬至の日に、焼酎をなめている自分が今年もいる。
December 22, 2007
コメント(0)
全1134件 (1134件中 1-50件目)