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詩人たちの島
加藤健次『紺屋記』
―加藤健次「紺屋記」
「十八日晴れ、花屋/といっても/花を売っていたのではない/ひずめの音が坂道をおりてくる/未来から/国がたちあがる/山田邸にいましたが……。/と、河井さん」(「花屋」)。ある種のインデックスが、この詩集には、この詩を含めて、いたるところにしかけられている。「山田邸」「河井さん」、その河井さんの「『塵壷』に/破りすてられたはずの組織論」(「花屋」)があらわれる。これらの人名や書名は、すべて幕末の実在の人物たちであり、その日記である。「花屋」というのも当時の旅館の名である。では、これらのインデックスをたどってゆくことで詩は何かを開示しようとしているのだろうか。たしかに―和漢の/おくれた思想が/春をまきもどしている/今は「ない」/と伝えられるだけの理由が今も「ある」―という部分に詩人のモチーフはあるかもしれないが、しかしそれを越えて、詩の終りの「十九日雨、油屋/といっても/油を売っているのではない」という軽い地口が表象するような現在に着地することが、いや着地せざるをえないということが、この詩の伝える感触である。幕末の「花屋」から現在の「油屋」への、紺屋川沿いに点景する時空のイメージを、自らの感懐を視点とすることなく、どれだけイメージ自体に語らせることが可能か、これが加藤さんのこの詩集の眼目ではないかと私は思う。「加水も加熱もされない/それぞれの事情がひなびて/紺屋川のうす氷を溶かす」(「ラムネ湯」)ようにして生は営まれてきたのだ。生と時代との関わりも、何も歴史小説が描くように劇的なものである必要はない。「防犯カメラが作動している/待合室へ/着地するために」「あなただけが知らない/だれでも知っていることを追いかけて」(「燕」)ゆくのは生の深まりに他ならないから。
「沈下橋」にとても印象的なフレーズがある。「世界と/その意味に/欄干はない/壊れてしまわないために」。沈下橋と世界が自然に重なる。水にさらされてある橋と世界。ここでは紺屋川、それが流れ込む高梁川の流域の世界。備中高梁の歴史がさらされる。そこに生きる人々、山水とともに。それらが「壊れてしまわない」ためにこそ、さらされているのである。加藤さんの言葉は、水のように、燕のように、蕎麦粉のように、ぬらし、飛び交い、伸び、のばされる。「ように」とは正確ではない。そう表現すると「欄干」がそこに立つからだ。この小さな「蓋」をされた世界に、ニューヨークで友人を亡くしたスズキ君の声が携帯で届く。「みんな無言で/ただ歩いている、って感じ‥‥。」その声から「営業用の/です。が消えていた」(「蓋」)。ヴォネガットにならって言えば、そうしたものだ、としか言いようのない言葉であり、表現である。沈下し、着地し、「肩の力をぬいて」「やれることをもっと深く」やるだけだという意味で、この詩集は詩人の転機を鮮やかに画するものだ。
(「現代詩手帖」07年6月号掲載)
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