インディー(33)




初めて天使の泡を訪れるに際して、大変お恥ずかしい電話をマスターにしてしまった経験がある。


「あのぅ、BONOのマスターに紹介してもらって電話してるんですけど、そちらはスパークリングだけのお店ですよね?」


マスター
「いいえ、うちはシャンペンしか置いておりません!」


「えぇ、そうなの?それじゃあ、値段の高いシャンペンだけをグラスで出しているの?」


マスター
「さようでございます。うちは、毎晩、3種類のシャンペンをグラスでサービスさせていただいております」

マスターが「シャンペン」と発音するたびに電話の向こうからしぶきが飛んでくるかと思われるくらい、マスターの語気には力が入っていた。


こんな赤っ恥をつい一年前、かきまくっていた私が、今度は、高校を出て間もないお嬢様、おぼっちゃまたちに蘊蓄を垂れ流している。
いや、なんとも赤面してしまうようなお話。

それもこれも、やっさんのせい。
やっさんのはかりごと。
と、他人のせいにしてしまう。


さて、マスター
テタンジェをもの静かに抜栓した後、うやうやしく三人のグラスに均等に注いで行った。

マスターも、元バレリーナのナオミが気に入ったようで、ナオミに視線を向けて

「このシャンペンは、007ロシアより愛を込めてで登場したシャンペンなんですよ。よろしければ、今度、ビデオを借りて、どこで登場するか、ご覧になってください」

とシャレたお話。
一年前の電話での会話と打って変わって、シャンペンということばに強調は一切含まれていなかった。

気取って目でうなづくナオミ。

いつものテタンジェ、ブラン・ド・ブランらしく、泡の肌理がひときわ細かく、立ち上る泡を見つめているだけで、うっとりした気分になってくる。

ひと口つけて
「オイシイッ!」
と叫ぶナオミ。


私は、してやったりとニンマリ。


水族館で不思議な海洋生物でも見つめるかのように、眼を寄せて、ジッとグラスの底から立ち上る泡に見とれるヒロト。


BGMは、どこかイスラムのニュアンスを含んだスペインの音楽。

ヴォーカリストの名は忘れてしまった。

また、天使の泡を訪れたときに聞いて置こう。


私の演出は、予想以上に効を奏し、二人をすっかりシャンペンの世界に浸らせていた。


(つづく)





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