インディー(34)



「ほんとにおひさしぶりです。噂の京都のロールケーキのお店ですが、この店で間違いないと思いますよ」

と言いながら、ピッチのアドレス帳から、
仏光通にあるミディ・アプリ・ミディのアドレスと電話番号を開き、バレエオジサンに差し示した。


「探すのには、結構、苦労したんですよ」
と恩に着せる。

「こちらで話題になったときに、山科のお店っておっしゃってましたよね?」
「それで、電話帳などで山科のめぼしい店に片っ端から当たって行ったんですが、それらしい店が見つからない」


「で、あきらめかけていたんですが、ひょんなところから発見してしまったんですよ」


「ケイコとマナブって言う雑誌があるでしょう?」


マスターもシャンペングラスを磨きながら、真剣に聞き耳を立てている。


そもそも、このロールケーキ屋さん捜しは、マスターとバレエオジサンの会話に私が割り込んだことから始まっていた。


半年ほど前の秋のことだったろうか?


三宮に出ると私はいつもワインバーは、BONOと決めていたのだが、時には気分を変えてみたいときもある。


特に、やっさんとの会話で火花が散って、少し気まずい空気が流れたようなことがあると、その次の三宮訪問時は、別のワインバーに立ち寄り、気分転換をはかったりした。

やっさんは、イカサマソムリエで商売上手とは言え、元々、彫金師上がりで(その上、バイク整備士、カメラマンなどの経歴も持っていた)、いろいろな事柄に対して、こだわりを持っていた。
そのやっさんの世界を、私はいつものオカチャン節で荒らすものだから、少なからず火花が散る。


そんな夜は、心なしか勘定も高くなっていたように思う。


さて、天使の泡でのお話。


例によって、バレエオジサンは
「あしたは、東京で○×を見るんだよ。」
とバレエの話。

当時の私は、バレエに関しては、全く関心がなかったので、一つ席をあけて、ひたすら黙って出されたシャンペンを味わうしかなかった。


ところが、話は、いつの間にやらケーキ談義。

これなら、私の出番だとばかり、口を挟む。

バレエオジサンに向かって
「甘いものが、お好きなんですか?」

一瞬、間を置いて
「おいしいものなら、なんでも」
と、さりげない受け答え。

こういう瞬間のやり取りで、その後の人間関係が決まってしまうことは良くある。


絶妙の間と
柔らかい受け答え
そしてウィットに満ちた短い一言。


これだけで私は
「こいつにはかなわない」
と感じとってしまった。


これまで味わって来た贅沢の質、量ともに、こいつは、私など生涯かかっても経験できないものを既に数多く味わって来ている。

そんな空気を彼の一言から感じ取ってしまった。

(つづく)

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